第155話 暗算勝負
前の話で、続きは今日中とかウソついてすみません。
まさかの急用とかが入ってしまいまして。
しかもまた話が長くなって、タイトルと合わなくなったので、前の話のタイトルも変更しました。
ぐだぐだですみませんが、よろしくお願いします。
ビロウスはすぐに見つかるだろうとと思っていたのだが、レンは中々見つからなかった。
街中の宿を捜させたというのに、どこにもいないという。
いったいどこに行ったのかと思っていると、やっと見つけたという知らせが入ってきた。
なんと街の外で野宿しているという。
「なぜ野宿しているのかはわかりませんが……」
理解できないという顔をしている部下に、ビロウスは説明してやる。
「そこがオーバンス殿の用心深いところだ。なるほど街の外では魔獣に襲われる危険がある。だがそれよりも人間の方を恐れたのだろう。土地勘のない街で罠にかけられたりしたら、絶体絶命だからな」
多くの敵がいるだろう彼にとって、用心すべきは魔獣よりも人間というわけだ、などとビロウスは一人で納得する。
とにかく場所はわかったのだ、すぐにでも人をやりたいところだったが、残念ながらもう日も沈もうとしていた。
さすがにこの時間では遅いということで翌朝、彼は信頼できる部下をレンの元へと送り出した。
「多少強引でも、なんとしても面会の約束を取り付けて来るのだ。ただし絶対に相手の機嫌を損ねるな」
自分でも難しいことを言っていると思ったが、そこは上手くやってもらわねばならない。
そして部下は彼の信頼に応え、見事にレンを連れてきてくれた。というか、これは期待に応えすぎだった。
ビロウスの予想では、面会の約束を取り付けて、こちらがレンの元へ出向くはずだった。
最初に会う場合、身分が下の者が上の者の所へ出向くのが礼儀だからだ。平民のビロウスが貴族のレンに会おうとするなら、当然、出向くのはビロウスになる。
それにレンは用心深い男のようなので、なおさらこちらへは出て来ないだろうと思っていた。
ところがレンはあっさり誘いに応じてやって来た。
情報が漏れるのを恐れたビロウスは、部下に機嫌を損ねるなとは言っても、レンが何者なのか教えていなかった。
もしレンが貴族だと知っていれば、部下もいきなり招こうとはしなかっただろう。大事な貴族を迎えるとなれば、それなりの準備も必要だからだ。
しかも運の悪いことに、大事な取引でトラブルが発生したという連絡が朝一で入ってきた。自分が行って対応しなければ、ということでビロウスは外出してしまったのだ。
レンが店までやって来たのは、ビロウスが出て行ってしばらくしてからのことだった。
「申し訳ございません。ビロウスは急用で出かけておりまして……」
店の者に頭を下げられたレンは、ちょっとムッとした。
店まで案内されてきたら、肝心のビロウスはいないという。呼んでおいてこれはマナー違反だろう。
やはり情報漏れを恐れたビロウスは、レンのことを店員たちにも言っていなかった。おかげでレンを迎えた店員たちも、彼がそこまで重要な客人とは思わなかった。
「いつ頃帰られる予定ですか?」
いつものようにレンは丁寧に聞いたが、これも裏目に出た。
「俺を待たせるとは何事だ!」
とでも怒っていれば、すぐにビロウスの所へ使いが走っただろう。
しかしレンの態度を見た店の者たちは、やはり大事な客ではなさそうだ、と判断した。少なくとも相手が貴族とは思いもしなかった。お供がダークエルフの子供一人というのも判断に影響しただろう。
だが店にはレンのことを知っている者もいた。娘のナタリアだ。
しかし彼女は連日の疲れが出たのか、今朝から少し体調を崩して寝込んでいた。そんな彼女がレンの訪問に気付くはずもなく、結局レンが何者なのか、誰もわからなかった。
「あいにく、いつ頃帰ってくるかわからない状況でして」
「そうですか……」
だったら帰ろうかなと思ったレンだったが、
「すぐに帰ってくるかもしれませんので、しばらくお待ちになりますか?」
「では少しだけ待たせてもらいます」
どうせ帰っても予定はないし、せっかく来たのだから少し待たせてもらおうと思った。ちょっと待って帰ってこなければ、また出直せばいい。
「ではこちらへどうぞ」
奥の一室で待たせてもらうことになり、店の者に案内されて向かおうとしたとレンの足が止まる。
側にいた店員たちのやり取りが聞こえたからだ。
「ここの計算が合わないぞ」
「そんなはずは……」
「よく見ろ。合計金額おかしいだろ」
どうやらお金の計算が合わずに困っているようだ。こういうのはレンも日本のサラリーマン時代に経験がある。
日本でもこちらの異世界でも、やっぱり同じようなことをしているんだな、と思いつつ、通り過ぎようとしたレンの足が再び止まる。
「おいイーリス、ちょっと来てくれ」
店員の一人がさらに別の店員を呼んだのが、呼ばれて出てきたのが小さな女の子だったからだ。どう見ても小学生ぐらいの女の子である。あんな小さい子に何をさせる気だろうと見ていると、
「イーリス、ちょっとこれを計算してくれ」
店員が数字の書かれた獣皮紙を手渡す。
女の子――イーリスは受け取った紙をじっと見て、
「ここ。引き算が間違ってます」
すぐに指をさして間違いを指摘した。
それを聞いた店員たちは、
「あ、ここだったか」
と疑いもせず、彼女の指摘を受け入れている。
「イーリスですか」
レンを案内しようとしていた店員が、彼の視線に気付いたのか、小さな女の子のことを説明してくれた。
「あの子はイーリスというんですが、あんな小さい、しかも女の子なのに計算が得意なのですよ。店の者の誰より計算が速くて正確なので、ああやって困ったときはあの子に頼んでいるのです」
「へえ……」
イーリスというその女の子は、ちょっとぼんやりした感じの子供だった。言われなければ、計算が得意そうには見えないだろう。
「計算というなら、このリゲルも得意ですよ」
「ダークエルフが? ご冗談を」
店員は鼻で笑った。ダークエルフにそんな知能があるはずない、と言われているようで、レンは少し腹が立った。
「だったらちょっと問題を出してもいいですか? 365+51はいくつになります?」
「えっ?」
「365+51です」
「えーっと……」
普通の日本人なら、すぐに答えの出る簡単な暗算だったが、その店員は苦戦していた。この世界では簡単な暗算ができない者がほとんどだ。義務教育もないので、それが普通だった。
レンはそれを知っていて、あえて店員に問題を出してみた。普段ならこういうことはやらないのだが、ダークエルフをバカにされた意趣返しだった。
「リゲル、答えは?」
「416です」
パッと答えるリゲルを、店員が疑わしそうに見る。
「本当にその答えで合ってるのか?」
「合ってる」
ぽつりとつぶやいたのは、リゲルではなくイーリスだった。
レンがそちらを見ると目が合ったので、軽く笑いかけてみる。イーリスはちょっと小首をかしげてから、ニコッと笑い返してきた。
なんだか小動物のようで、とてもかわいらしい。
「本当にこのダークエルフは計算ができるんですか?」
店員はまだ疑っているようだ。
「できますよ。多分ですけど、こちらのイーリスちゃんより速いと思いますよ」
普段のレンなら、こういう挑発するようなことも言わない。それを言ったのも、店員の言葉に腹を立てていたからだ。
「イーリスよりも?」
店員の方も、ちょっとムッとしたようだ。彼にしてみれば、ダークエルフより劣っていると言われることは、それだけで侮辱だった。直接彼が言われたわけではないが、彼らの中で一番のイーリスが下ということは、彼ら全員がダークエルフよりも下、劣っていると言われたも同じである。
「そこまでおっしゃるのでしたら、本当にイーリスとそのダークエルフ、どちらが速いか勝負させてみませんか?」
「いいですよ。……いいよね?」
反射的に答えてから、リゲルに確認する。万が一、嫌だと言われたらどうしようかと思ったが、
「レン様がおっしゃるなら」
リゲルは軽く笑って答える。
「勝負? よくわからないけど、計算すればいいの?」
言葉通りいまいちわかっていないようだったが、イーリスも承諾した。
こうしてリゲルとイーリスは暗算で勝負することになった。
店員の一人が数字を読み上げていき、それでどちらが速く正確かを競う。店員が問題として使うのは、すでに金額が計算されている店の帳簿だった。これなら答えがわかっているので判定しやすい。
いつの間にか、他の店員たちも集まってきて、リゲルとイーリスの二人を取り囲むようになっていた。
なんだか大事になっちゃったなと思ったが、ここでやめるつもりはない。
目に物見せてやれ、とレンは思った。
レンはリゲルの勝利を確信していた。自信満々なのは、リゲルがそろばんを使いこなしているからだ。
そろばんの熟練者は頭の中にそろばんの珠を置き、それを使って暗算ができる。ずっとそろばんを使っているリゲルは、すでにその域に達していた。彼が暗算するときに右手の指を動かすのは、頭の中でそろばんの珠をはじいているからだ。
そんな彼に暗算で勝つのは容易なことではない。この世界にそろばんは存在しないのでなおさらだ。
「では始めます。28+……」
最初は二桁や三桁の足し算で始まったが、このあたりは二人ともほぼ互角だった。瞬時に答えが出るので差が出ない。
店員たちはすでにこの時点で驚いていた。ダークエルフが計算ができるというだけで、彼らが驚くには十分だった。
しかし彼らが本当に驚くのはこれからだった。
店員は少しずつ問題を難しくしていく。
足し算や引き算の項目数が増え、桁数も大きくなっていくと、イーリスが暗算する時間も少しずつ増えて、すぐには答えが出て来なくなった。
ところがリゲルが暗算する時間はほとんど変わらない。問題が出された瞬間に答えが出てくるのだ。
今のリゲルの暗算能力がどの程度なのか、実はレンもよく知らなかったのだが、六桁、七桁ぐらいなら余裕でこなすようだ。
「すごい……」
とイーリスが言えば、
「いや驚きました。まさかこんなダークエルフがいるとは」
普段から数字を扱っているからだろう。
店員たちもリゲルの計算能力に素直に感心していた。
だがレンもイーリスの暗算に驚いていた。
二人と一緒にレンも頭の中で暗算していたのだが、彼よりもイーリスの方が速くて正確だった。リゲルには勝てなかったが、彼女も十分すごい。
彼女が日本の小学生なら、計算が得意な子なんだなあ、と感心して終わりだっただろう。
だがここは異世界だ。大人ですら計算ができない人間が多いというのに、この子はどうやって勉強してきたんだろうと気になった。