第14話 ダークエルフ3
「どう、と言われましても……」
「ええと、つまりですね……」
よい関係を築きたい――そんな予想外の申し出に戸惑うダールゼンに対し、レンは思案しながら言葉を続ける。
「もっと関係を強化していきたいと思っているんです。例えば、あなた方ともっと頻繁に連絡を取り合うようにして、魔獣の情報を共有していくとか」
これは思い付きではなく、ここ数日漠然と考えていたことだった。
ダークエルフが黒の大森林に暮らしているのなら、当然そこで異変が起きれば、一番先に気付くのは彼らのはずだ。実際、ナバルは彼らから情報を仕入れていたというし、それをコソコソやるのではなく、もっときちんとした取り決めにできないかと思ったのだ。
上手くいけば、魔獣への有効な対策手段になるはずだ。
「それはつまり、これまでの黙認のような関係ではなく、正式な領民として領主様の庇護下に入れということでしょうか?」
「いえ、そういうわけでは……いや、そうなのかな……?」
ダールゼンの答えはレンが予想していないものだった。
だが言われてみればその通りで、今のダークエルフの立場は宙ぶらりんだ。関係強化というなら、まずは互いの関係をはっきりさせましょうというのは一理ある。
黒の大森林は一応レンが治める領地であり、そこに勝手に住み着いているダークエルフは不法移民のような存在だ。それにきっぱりと対処しようとすれば、結局は追い出すか、領民として迎え入れるかの二択になる。
レンの個人的な意見としては、正式な領民として迎え入れてもいいと思う。だが実際にできるかどうかはまた別だ。
この土地の本当の支配者はレンではなく、レンの父親のオーバンス伯爵だ。レンは父親からこの地の領主に任命されているが、その権限でやっていいのかどうかわからない。もしかするとグラウデン王国の法律だって関わってくるかもしれない。
そういう決まりや法律について今のレンは無知であり、ここで答えることは無理だった。
「すみません。いきなり正式な領民とかいうのは、ちょっとわかりません。しばらくの間は、今のような黙認状態のままだと思います」
「そうですか」
ダールゼンは少しがっかりした。
正式な領民になることには利点と欠点がある。
領民は領主の所有物となり、領主の庇護が与えられる。ただこれは建て前であって、実際には見捨てられたり、庇護どころか圧政に苦しむこともある。
だが常に迫害を受け続けているダークエルフにとっては、領民としてそこに住んでもいいという許可をもらうだけでも意味がある。不法な存在として、問答無用で追い払われても何もできない現状と比べれば、建て前だろうが最低限の保証があるだけでも違ってくる。
領民になることで税を納める義務も生じるが、彼らには払えるだけの財産はない。安定した基盤を得て、働いて税を払えるようになれればよし。それが無理なら最悪逃げ出すことになるだろうが、それも元の生活に戻るだけでマイナスではない。
とはいえダールゼンもいきなり領民になれるとは期待してなかったので、ダメだと言われてもそれほどがっかりしなかったが。
「まずは定期的に連絡を取り合い、魔獣についての情報を教えていただければと思うのですが、どうでしょうか?」
「はい。それで領主様のお役に立つのであれば、我々としても望むところです」
領主とのつながりを持つだけでも、大きな一歩だとダールゼンは思った。
「そういえば、今回の襲撃について、あなた方は事前に何か兆候をつかんでいたんですか?」
「残念ながら。森は広く、我々が知ることができる範囲は限られているのです」
「こちらではここしばらくガーガーが姿を消していたのですが、それはご存じでしたか?」
「いえ。ですがもし知っていれば、もう少し詳しく周辺を調べ、襲撃前に魔獣の群れを見つけることができていたかもしれません」
「これから先、そういう協力関係を作っていければいいなと思っています」
こうしてまずは情報共有から、レンとダークエルフの協力体制が約束された。
「そういえば領主様にもう一つお聞きしたいことがあるのですが」
「なんですか?」
「デルゲルの遺体はどうなったのでしょうか?」
「襲撃現場の近くに埋葬しました」
少し考えてから、レンは事実だけを簡潔に伝えた。村人たちが葬儀を拒否したとか、余計なことは言わない方がいいと思ったのだ。
「それは領主様のご命令で埋葬されたのですか?」
「まあそうですね。何か問題がありましたか?」
「いえ。丁寧に同胞を弔っていただいたことに感謝します」
レンの命令というか、レンが一人で埋葬したのだが、そこまでレンは説明しなかった。
「それはどのあたりなのでしょうか?」
「道から少し離れた木の根元なんですけど……」
周囲にわかりやすい目印もないので、口で説明するのは難しい。
「よければ案内しますけど?」
「わざわざ領主様に案内していただかなくとも」
「僕は大丈夫です。ただ、結構距離があるんですけど、ダールゼンさんは徒歩ですか?」
ガー太に乗って走れば早いが、徒歩だと数時間はかかるだろう。
「そうです。もし領主様が馬に乗られるなら、走ってついて行きますが」
「乗るのは馬じゃないんですけど、走るのには自信があるんですか?」
「自信があるというか、ダークエルフの身体能力は、一般的な人間よりも高いのです。さすがに全速力の馬にはついて行けませんが、ある程度加減していただけるのなら」
見た目がよくて、身体能力も高い。まるで人間の上位互換のような種族だなとレンは思った。もっとも、実際に迫害されているのはダークエルフの方だから、何か欠点もあるのだろうが。
「わかりました。それでは今から行きましょう」
マーカスに外出すると告げて、レンはすぐに屋敷の外へ出る。マーカスは彼と出かけることにいい顔をしなかったのだが、レンは心配しないで下さいと押し切った。
「ガー太」
玄関を出たところでガー太を呼ぶと、庭にいたガー太がトコトコと走り寄ってきた。
「これはガーガーですか?」
ダークエルフのダールゼンも、他の人々と同じようにガー太を見て驚いていた。ガー太に対する反応は、人間もダークエルフも変わらないようだ。
レンの方はいい加減、驚かれるのにも慣れてきていたので、こいつは人に慣れてるんです、などと簡単に紹介してガー太の背に跨る。
「この人も一緒に乗せてもらえる?」
「ガー……」
二人乗りで行ければ早いと思ったのだが、ガー太は嫌そうに鳴いた。今のガー太なら大人二人が乗っても余裕があると思うのだが、他の者を乗せるのが嫌なようだ。
ミーナは乗せてくれたのに、と思いつつ、さらにガー太に頼み込もうとしたのだが、
「ガーガーに乗るなどとんでもない。私は走って追いかけますので」
本気で遠慮しているようだったので、二人乗りはやめておくことにした。
「じゃあ行きますよ」
まずはレンを乗せたガー太が走り出し、その後にダールゼンがついてくる。
もちろんガー太は全力疾走ではなく、軽い駆け足ぐらいで走っている。それでも普通に自転車をこぐぐらいのスピードは出ているのだが、ダールゼンは余裕を走ってついてきている。どうやら走りに自信を持っているのは本当のようだ。
そうやって走ること一時間と少し。途中、軽い休憩を一度挟んで、三人は目的地に到着した。
ずっと走ってきたダールゼンは多少息が上がっていたが、まだまだ元気そうだ。かなりの走力といっていいだろう。
「この木の根本、ここです」
そこにはレンが地面を掘って埋葬した跡がはっきりと残っていた。
「ここにデルゲルが……」
ダールゼンは墓の前にひざまずいて目を閉じ、
「安らかに眠れデルゲル。世界樹の下に埋葬してやれないのが残念だが、お前は最後まで世界樹に尽くした。それを誇っていい」
そういって祈りを捧げるダールゼンの後ろで、レンも静かに手を合わせていた。
「ありがとうございました」
しばらくして立ち上がったダールゼンが、レンにお礼を言った。
「いえ。それよりちょっと聞こえてしまったんですが、世界樹の下に埋葬するとか……」
「ああ、それはですね。我々ダークエルフは、死ねば世界樹の根本に埋葬するというのが、本当の弔い方なのです」
そういった後で、慌てて付け加える。
「もちろんここに埋葬していただいたことには感謝しております。どうかお気になさらないで下さい」
ダールゼンはレンが機嫌を損ねないか心配していたのだろうが、レンはそれよりも世界樹のことが気になっていた。
「ダークエルフも死ねば世界樹の森に埋葬されるのですか?」
「いえ、そうではありません。我々の集落に世界樹があるのです」
「えっ? 世界樹は一本じゃないんですか?」
「いえ、世界樹は世界に一本だけです」
どうも話がかみ合っていない。するとダールゼンはその原因が何か気付いたようで、
「世界樹の挿し木を集落に植えて育てたのです。我々にとっては、それも同じ一本の世界樹です」
「そういうことですか」
元の木から枝などを切り取り、それを新しい木に育てるのが挿し木だ。
世界樹から挿し木して育てた木なら、それは世界樹のクローンであり、同じ木だともいえるだろう。
「世界樹ですか。どんな木なのか一度見てみたいですね」
「ご覧になりたいのであれば、一度我々の集落にいらっしゃいますか?」
「いいんですか? 私は部外者ですけど」
「もちろん構いません」
「世界樹はあなた方にとって大切なものなんですよね?」
今まで聞いた話から、レンは当然そうなのだと思っていた。それを簡単に部外者に見せてもいいのだろうか。
「もちろんです。我々にとっての世界樹は、人間にとっての神に近い存在です」
「なるほど」
つまり御神木ということか、とレンは理解した。
だが、ダールゼンにとっては少し意外だったようだ。
「わかっていただけるのですか? この話を人間の方にすると、神と木を一緒にするなと怒る方が多いと聞いていたのですが」
「ああ、それは……」
レンはこの世界の宗教や神について、まだ詳しく知らなかった。この世界の人間社会に御神木のような存在があるかどうかもわからないし、木を神だとすることをどう捉えるかもわからない。
だが日本人なら、木が神様ですと言われても、別におかしいとは思わないだろう。
とはいえ、それを説明するわけにもいかず、適当にごまかすしかなかった。
「僕は宗教について、ちょっとずれた考えを持っているので……」
「そうなのですか?」
ダールゼンは納得していないようだったが、レンのあまり言いたくないという雰囲気を察してくれたのだろう、それ以上聞いてこなかった。
「とにかく、我々にとって世界樹はなにより大切です。本来なら人間の方を招くのも慎重になりますが、領主様のことは信用しておりますので」
お世辞だったかもしれないが、面と向かって信用していると言われたことはうれしかった。
「ただ、我々の集落は黒の大森林にあります。もちろん注意は払いますが、魔獣に襲われる危険がないとは言えません」
「そこはガー太に乗っていれば大丈夫でしょう」
「ガー」
任せておけとばかりにガー太が鳴く。
何がどう大丈夫なのか、ダールゼンはよくわかっていないようだったが、
「確かに領主様は先日、ナバル殿を襲ったハウンドの群れを倒したとお聞きしています。でしたら並の魔獣に襲われたところで大丈夫でしょう。もちろん万が一のときは全力でお守り致しますが」
「よろしくお願いします」
「後は集落といってもみすぼらしいところです。食べ物も少なく、ろくな歓待もできませんので、そんなところへ領主様をお招きしてよいものか」
「あ、そんなのはいりませんから。普通に案内していただけるだけで大丈夫です」
歓待とか接待とか、レンはそういうのは苦手だった。まあ実際に接待されたことはないので、されてみたら楽しくて好きになった、という可能性もあるのだが、試してみたいとは思わない。
「わかりました。ではご都合はいかがですか? お屋敷から集落へ行って帰るには、集落で一泊してもらう必要があります。夜の森を抜けて帰るというなら別ですが」
「それも大丈夫ですよ。いつでも構いません」
今は仕事をしているわけではない。一日二日、屋敷を空けることになっても問題ない。
「わかりました。それでは、できるだけ早いうちに迎えの者をやります」