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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第151話 別の生き埋め

 超個体や残りの魔獣を倒したレンたちだったが、それで一休みとはいかなかった。

 生存者が見つかったからだ。

 魔獣は瓦礫の下に埋もれていたが、それとは別に生き埋めになっていた人々がいたのだ。


「砦の地下には食料庫があったからな。そこに逃げた者がいたのだろう」


 その食料庫には明かり取り用に小さな穴が空いていたのだが、そこから兵士が大声で呼びかけると、下から返事が聞こえたらしい。

 砦には兵士たちの死体があったが、その数は砦にいたはずの兵士より明らかに少なかった。そのため、どこかに生存者がいるのでは? と探し回った結果だった。

 すぐに救出作業が始まった。

 人力で瓦礫をどけて、生き埋めになった人々を助け出すのだ。

 作業はさっきまでと変わらないが、兵士たちの意気込みが違った。さっきまでは魔獣を掘り出すためだったが、今度は生き残りを助けるためだ。しかも彼らは自分たちの仲間だ。兵士たちが必死になるのも当然だった。

 今度はダークエルフたちも手伝った。

 身体能力の高い彼らは、百人力とまではいかないものの、数人分の働きを見せてくれた。

 レンも作業を手伝った。他の人たちががんばっているのに、自分一人が見ているだけとはいかない。ガー太にも手伝ってもらう。

 砦には荷車があったので、それにロープを結んでガー太に引っ張ってもらった。ガー太の馬力というか鳥力はかなりのもので、瓦礫などを積み上げた荷車を楽々と引っ張ってくれた。

 砦の兵士たちにとっては驚きの連続だった。

 ガー太のことを、なんだこの鳥は!? という目で見ていたし、レンが作業を手伝うのにもびっくりしていた。

 レンにとっては手伝うのが当たり前だったし、日本人ならみんなそう思うだろう。

 だが貴族がそういう作業を手伝うというのは、この世界では賞賛されず、むしろみっともないことだと思われる。下々のやることに手を出すなど、貴族として恥ずかしいことなのだ。

 上だけではなく下の者もそう思っている。下々の仕事は自分たちに任せて、あなたは黙って見ていて下さい、というわけだ。

 エッセン伯爵も最初はそう思っていた。

 なぜ手を出そうとするのか。後ろでどっしり構えているべきだろう、と思ってレンにもやんわりと伝えた。


「人手は多い方がいいと思いますから」


 レンは気にしなかった。エッセン伯爵の言葉を、こちらへの遠慮だと勘違いしたからだった。

 断られた伯爵は、それ以上は何も言わず、作業の様子を見守ることにした。

 最初はレンに対し、何を言ってるんだこいつは? と少し不快感すら覚えた伯爵だったが、作業を見ているうちに考えが変わってきた。

 最初は兵士たちもレンのことを、何やってるんだこいつ? と何かおかしなものでも見るような目で見ていた。だが、レンが真剣に作業しているのを見て、次第に彼らの顔に感謝や尊敬が浮かび始めた。

 見知らぬ貴族が、自分たちの仲間を助けるために、土やホコリにまみれて働いてくれている――というのが彼らの心を揺さぶったのだろう。

 伯爵は貴族とは平民の上に立つ者であり、平民と同じことをしてはならないと思っていた。身分の差は絶対だからだ。

 だが、してはならないことをやるから効果的な場合もある、と考えを変えることにした。

 レンが単なる変わり者か、そこまで計算してやっているかはわからないが、見習うべき所は見習うべきだ。


「私も手伝おう」


 伯爵がそう言い出すと、副官は仰天した。


「とんでもありません! 伯爵様がそのようなことを――」


「助けを待っているのは私の大事な部下だ。じっと見ていることなどできん」


「伯爵様……」


 副官や他の兵士たちは、その言葉に感銘を受けたようだった。

 伯爵の言葉は打算から出たものだったが、全部がウソでもなかった。彼も助けられるものなら助けたいと願っていた。

 エッセン伯爵が生まれながらの大貴族なら、こういう発想は出なかったかもしれない。だが彼は苦労して今の地位まで成り上がった男だった。周囲の人間の顔色をうかがい、自分の言動を修正できる男だった。

 こうして救出作業は続けられたが、夕方で作業は一旦中断となった。この世界には投光器などはないので、暗くなっての作業は不可能だった。

 また全員が体力的にも限界だった。

 朝から山を登り、魔獣と戦い、瓦礫の撤去作業である。全員が疲れ果てて眠りについた。

 念のため、数人の兵士が見張りに立つことになったが、彼らも居眠りしてしまう有様だった。

 レンはぐっすり眠った。

 万が一、魔獣の生き残りが襲ってきても、ガー太かカエデが気付いてくれるだろうと安心していた。

 幸い、何事もなく夜は明け、翌朝から作業再開となった。

 そして昼前。

 ついに穴がつながった。瓦礫をどけたら、その先に空間が現れたのだ。


「誰かいるか!?」


「いるぞ! 無事だ!」


 兵士が呼びかけると、向こうから返事が返ってきた。

 もう一がんばりだ、と全員で穴を拡げ、人が通り抜けられるようになると、そこから一人ずつ助け出す。

 予想より多くの人が生き埋めになっていて、三十七人の生存者がいた。

 その内、砦の兵士は十人ほどで、後は王国の役人たちや、ここを通ろうとしていた商人たちだった。

 彼らの話から、この砦で何があったのか、おおよその事情を知ることができた。

 バジャナの群れが砦を襲ったのは、一週間前の夕方のことだった。


「なんの前触れもなく、突然奴らは襲ってきました」


 慌てて砦の門を閉め、迎え撃とうとした兵士たちだったが、すぐにそれは無理だと悟った。

 レンも戦ったからわかるが、崖を自由に動き回るバジャナは、城壁も簡単によじ登る。

 早々に兵士たちは逃げ出した。

 この時、砦の外へ逃げようとした兵士や商人たちもいたらしいが、街まで逃げてきた者はいなかったので、彼らは全員魔獣に殺されたのだろう。

 残った者たちは建物の中へと逃げ込んだが、すぐに魔獣が襲いかかってきた。窓や扉が破られ、追い詰められた人々は地下の食料庫へ逃げ込んだ。

 だがそこは行き止まりで、いよいよ最後かと思ったときに、建物が崩壊したのだ。魔獣が暴れ回りすぎたのだ。

 食料庫へ逃げ込んだ人々は、これで生き埋めになってしまったわけだが、結果的にはそれが生き残ることにつながった。

 いくつかの幸運が重なった。

 建物が崩壊し、地下の通路も崩れたが、彼らが立てこもっていた食料庫は無事だった。そしていよいよ食料庫の扉を突き破ろうとしていたバジャナたちは、超個体を含めて全部瓦礫の下に埋まった。

 おかげで彼らは脱出が不可能になったが、魔獣に殺されずにすんだ。

 またここは国境の砦でもあったため、いざという時に備え、食料庫には十分な水と食糧を備蓄してあった。エッセン伯爵は、そういう部分にも手を抜いていなかった。

 明かり取りのために、小さな穴がいくつか作られていて、窒息することもなかった。

 食料庫は大きめに作られていたので、三十人以上いてもスペースに余裕があった。

 これらのおかげだろうか、救出された人々のほとんどが、一週間も生き埋めになっていたとは思えないほど元気だった。


「兄貴! 無事だったか!」


「トムス!」


 抱き合って喜びを分かち合っている兵士たちがいた。

 どうやら兄弟のようだ。助けられてよかったとレンは思った。


「エッセン伯爵。よくぞ来て下さいました。感謝いたします」


「ボーダン殿。ご無事でなによりだ」


 エッセン伯爵が、丁寧な口調で応えたのは中年の男だった。身なりからして兵士ではないし、伯爵の部下でもなさそうだ。誰だろうと思っていると、伯爵が紹介してくれた。


「ボーダン殿。こちらはレン・オーバンス殿だ。オーバンス伯爵のご子息だ。今回の救出は、彼の力添えがあってのことだ。レン殿。こちらはボーダン殿だ。国境の監査役として、荷物のチェックを行ってもらっていた」


 後でもっと詳しく教えてもらったが、監査役というのは、王国内へ入ってくる人や荷物、そして王国から出て行く人や荷物のチェックを行う役人のことだった。それらの仕事はエッセン伯爵ではなく王国の管轄らしい。砦には監査役として国から派遣された役人たちが常駐しており、ボーダンは彼らの責任者だった。

 税関の職員みたいなものか、とレンは理解した。エッセン伯爵の部下でもないため、対応も丁寧だったのだ。


「エッセン伯爵様!」


 伯爵を呼んだのは女性の声だった。

 そちらを見ると、二十代前半ぐらいだろうか、若い女性がいた。

 派手な美人だな、とレンは思った。顔は泥とホコリで汚れていたが、それでも美人だとわかるのだから、かなりの美人である。そして若い美人の女性というのは、レンが一番苦手とする人種だった。


「ナタリアではないか!」


 伯爵は驚いたようだった。


「どうしてこんな所にいる?」


「バンナーク商会のジョシュア様とお見合いをするために、ロッタムの街へ向かうところでしたの。生きた心地もしませんでしたが、伯爵様のおかげで助かりましたわ」


「無事でなによりだ。ではバンナークもここに?」


「いいえ。バンナーク様は見ておりませんが……まさか!?」


「一週間ほど前、バンナークが息子のジョシュアと一緒に、こちらの砦に向かったと聞いている。てっきり商談か何かで、バドス王国へ向かったのだとばかり思っていたが、お前を出迎えるためだったのだな。それがここに来ていないとなると、残念ながら……」


「そんな……」


 ナタリアの顔が悲痛にゆがんだ。

 横で聞いていたレンには、今ひとつ事情が理解できなかったが、どうやらお見合い相手が死んだようだ、というのはわかった。

 助かって喜び合う者もいれば、彼女のように助かりはしたが、悲しむ者もいた。

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