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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第149話 超個体の行方

 崖になっている細い道を戻ると、しばらく下り坂が続いて森の中へと入る。

 左右に木々が生い茂り、道も狭いが、落ちる心配がない分、崖と比べれば戦いやすい。

 バジャナに追われるようにしてレン、ガー太、カエデが森へ入ると、しばらく進んだところで弓を構えたダークエルフたちが待っていた。

 ロゼ、リゲル、ディアナの三人に、シャドウズの三人、合わせて六人が一斉に矢を放つ。

 狙いはレンの後ろに迫るバジャナだったが、


「うわっ!?」


 六本のうち一本が、狙いを誤ってレンの方に飛んできた。慌てて顔を傾けてかわしたが、ちょっとでも反応が遅れていれば、顔に突き刺さっていただろう。

 多分ディアナだな、と思った。

 彼女は身体能力は高いが、性格的な問題なのか弓が下手だった。そういえばカエデも弓が苦手だったが、もしかしてダークエルフの身体能力と弓の技量は反比例するのだろうか?

 それはともかく、残りの五本は見事にバジャナに命中した。それも五本中四本が、一体のバジャナに命中した。

 一本だけ命中したバジャナは、ほとんどダメージを受けた様子もなく、そのまま突っ込んできたが、四本受けた方はそうはいかなかったようで、つんのめるように転倒した。

 これが反撃の合図となった。


「カエデ、迎え撃とう!」


「うん!」


 待ってましたとばかりに返事をしたカエデは、その場で急ブレーキをかけ、魔獣の方へと向き直る。


「ガー太、いける?」


「ガー!」


 元気よく応えたガー太が、カエデの横に並び立つ。

 レンが弓を使うようになってから、魔獣との戦いでガー太が前に出ることはほとんどなくなっていた。

 後ろから弓で援護した方が安全で効率的だったし、そういう戦い方ができるだけの余裕があった。

 しかし今回は違う。

 迫り来る魔獣の数は十体以上。

 カエデ一人で食い止めるには数が多いし、味方の数は少ない。

 シャドウズは三人しかいないので、戦えば犠牲者が出るかもしれない。リゲルたちに前に出てもらうのもダメだ。三人を危険にさらしたくない。

 他にはエッセン伯爵の兵士たちもいるが――まだ混乱状態にあるようで、とても戦えるとは思えない。

 やはりレンとガー太が前に出るしかなかった。


「皆さん、援護を頼みます!」


「はっ!」


 応えるダークエルフたちの顔は二つに分かれた。

 リゲル、ロゼ、そして特にディアナが心配そうな顔をしている。レンの身を案じてのことだろう。

 一方、シャドウズの三人に心配する様子はなかった。訓練相手になってもらっている彼らは、ガー太の強さをよく知っていた。だから心配どころか、ガー太様の戦いをこの目で見られる、という期待すら浮かんでいた。

 先程は崖での戦いだったが、今度は草木が生い茂る森の中となった。

 そして崖で機敏な動きを見せたバジャナは、ここでも木々の間を跳び回るという機敏な動きを見せた。見た目はゴリラのようなくせに、その動きは身軽なサルである。

 迎え撃つカエデは、先程の戦いで学習していた。

 崖での戦いは、カエデが攻撃してバジャナが大きく下がるという繰り返しだった。本来ならそこでもう一歩踏み込んで攻撃するのだが、足場の悪さが動きを制限し、他のバジャナが襲いかかってきて――という繰り返しになってしまったのだ。

 今度は森の中だから、道を踏み外して落ちる心配はなく、さっきよりも自由に動ける。だがそれよりもっと効率的な戦い方があることを、カエデは頭で考えるというより、感覚として理解しており、その感覚に従って動いた。

 迫り来るバジャナに対し、両手に剣を持ったカエデは、じっと立ったまま動かない。バジャナは彼女の周りを挑発するように動き回ったが、一向に反応を示さないカエデを見て、じれたように襲いかかった。

 三体のバジャナが牙をむき出しにして、三方向から飛びかかる。

 カエデはギリギリまで動かず――三体のバジャナとすれ違うようにして剣を振るった。

 二体のバジャナが体を真っ二つに斬り裂かれ血しぶきを上げる。左右の剣で一体ずつ斬ったのだ。

 残りの一体は無傷ですれ違ったが、カエデの方も傷は負っていない。

 追っても逃げるなら誘い込めばいい――単純だが、魔獣に対しては効果的な戦法だった。

 もっとも並みの者ではこうはいかない。魔獣相手に受け身になれば、一方的に押されるだけだろう。素早い魔獣の攻撃を回避できる能力、そして魔獣を一撃で倒せる力が必要だった。

 戦い方はガー太も同じようなものだった。ただしこちらはレンがいる。

 ガー太はじっと立ったまま動かないが、上に乗っているレンは弓で攻撃する。

 バジャナは木々の間を素早く跳び回るが、レンはきっちりとその動きを把握し、狙い定めて矢を射る。

 狙いは外さない。ほぼ百発百中だ。

 矢を受けたバジャナが地面に落ちるが、すぐに起き上がる。魔矢の効果が薄く、一本や二本ではダメージはほとんどない。だが魔獣がやられっぱなしで黙っているはずもなく、怒りもあらわにガー太へと襲いかかった。

 そこでガー太が動いた。


「ガー」


 向かって来たバジャナを、無造作ともいえる動きで蹴り飛ばす。

 悲鳴を上げて魔獣が吹っ飛び、近くの木に激突した。

 ガー太の脚力は強い。だが魔獣も衝撃には強い。いかに強力な蹴りでも、それが単なる打撃ならバジャナはすぐに起き上がったはずだ。ところがガー太に蹴られたバジャナは、一撃でその動きを止め、倒れたまま起き上がってこない。

 やっぱり普通の蹴りじゃないみたいだ、とレンは思った。それを確認するだけの余裕があった。

 もちろん攻撃の手は止めない。

 ガー太が動き、体勢がナナメになっても横になっても、レンは姿勢を崩すことなく正確に矢を射続ける。その動きはもはや戦いというより曲芸である。

 そうやってガー太がバジャナを一体倒すたびに、ダークエルフたちから歓声が上がる。最初は弓で援護を、と思っていた彼らだったが、その必要はなさそうで、むしろ邪魔になってはいけないと思い、もっぱら応援だけになっていた。

 戦いを見つめていたのは、エッセン伯爵率いる人間の兵士たちも同じだ。こちらは歓声というより、どよめきが上がっている。


「なんなのだ、こいつらは……」


 伯爵のつぶやきが、全員の思いを代弁していた。

 銀髪のダークエルフの子供が魔獣をぶった斬ったと思ったら、ガーガーが魔獣を蹴り飛ばしている。

 特に驚いたのがあのガーガーだ。

 人を全然怖がらないというだけで前代未聞なのに、魔獣を倒すガーガーとなると、いったいどう呼べばいいのか。

 というか本当にあれはガーガーなのか? よく似た別の鳥ではないのか? ガーガーにしてはやけに体つきガッシリしているし。

 ガーガーなのか、別の鳥なのか、どちらにしてもそれを操るレン・オーバンスの力も認めなければいけない。あるいはオーバンス伯爵家の力を。

 オーバンス伯爵はひとかどの武人だと聞いたことはあった。だが息子のレン・オーバンスや、彼が率いているダークエルフ――これらが伯爵家の力の一端だとするなら、オーバンス伯爵はとんでもない力を持っていることになる。

 これを機に、なんとしても親交を深めねば、とエッセン伯爵は決意した。災い転じて福となすのだ。

 結局、エッセン伯爵とその部下たちは戦いに参加することはなく、見ているだけに終わった。

 ガー太とカエデの圧勝だった。

 細い崖道という地の利を捨てた時点で、魔獣たちに勝機はなかったともいえる。




 最後の一体にカエデが剣を突き立てたところで、レンは大きく息を吐いた。

 一時はどうなることかと思ったが、何とかなったなと思った。

 だが勝利に浮かれてはいない。一つ気になることがあったからだ。

 シャドウズの三人が、バジャナの死体のチェックに取りかかる。

 魔獣は深手を負って死にかけていても、死んでさえいなければ超回復で復活する。ダークエルフたちもそれをよくわかっているので、死体のチェックは怠らない。

 特にガー太に蹴られた魔獣が問題だった。カエデが真っ二つにしていれば、さすがに一目で死んでいるとわかるが、ガー太に蹴られて動きを止めただけでは、生きているのか死んでいるのかわからない。

 実際にピクピク痙攣しながら、まだ生きている魔獣もいた。なぜ超回復が利いていないのか、理由はわからないままだったが、ダークエルフたちは、


「さすがガー太様だ」


 と納得していた。

 レンは死体の確認を彼らに任せ、エッセン伯爵へと歩み寄った。話しておきたいことがあったからだ。


「よくやってくれたレン殿! なんとお礼を言っていいか」


 満面の笑みで出迎えてくれた伯爵に対し、


「いえ。勝ててよかったです」


 ガー太から降りたレンは、控え目に応えた。

 魔獣を倒せたのはよかったが、もっとやりようがあったはずだとレンは思っていた。

 あの崖道を通る前に、誰か先行して偵察にでも行っていれば、魔獣の接近に気づけたかもしれない。そうなれば最初からもっといい場所で迎え撃って、犠牲者を少なくできたはずだ。

 あんな魔獣がいるとは知らなかったが、何が出てくるかわからないのだから、もっと注意しておくべきだったと反省する。

 ただそれはそれとして、今はその前に話し合うべきことがあった。


「それよりエッセン伯爵。一つ気になることがあるんですが」


「なにかな?」


「さっきの戦いですが、群れを率いる超個体がどこにもいませんでした」


「それはおかしくないか?」


「おかしいと思います」


 魔獣が群れで行動する場合、必ずそれを率いる超個体がいる。ところが今回はそれを見かけなかった。

 超個体は普通の魔獣と比べてからだがとても大きい。少なくともレンが今まで見てきた超個体は、全て一目でそれとわかった。だから今回も見逃してはいないはずだ。

 エッセン伯爵は逃げるのに必死だったせいで、超個体がいたかどうかなど全く確認していなかった。


「別行動を取っているのか……?」


 自信なさげにエッセン伯爵が言う。

 彼に限らず、魔獣の行動を明確に説明できる者など誰もいないだろう。レンだってわからない。


「とにかく超個体はまだいるし、だとしたら魔獣もあれで全部ではないと思います」


「そうだな。すぐにでも撤退しなければ」


 伯爵は街への引き上げを口にしたが、これは当たり前のことだった。

 なにしろ彼の兵力は半減どころか、それ以上に減っていた。

 伯爵の部隊は、警備隊と傭兵の混成部隊だったが、傭兵たちが一人もいなくなっていた。

 半分以上が魔獣に殺され、生き残りも逃げていた。形勢不利となればさっさと逃げ出すのが傭兵だ。

 さすがに警備隊は逃げずに残っているが、こちらも魔獣に殺された者がいて、生き残りの中にも負傷者がいる。満足に戦えるのは十人前後だろう。

 これだけ兵力が減ってしまえば、撤退を考えるのも当たり前だった。

 だがレンは別の考えを口にした。


「僕は進むべきだと思うのですが」


「この状況でか?」


「今から街へ戻っても、途中で夜になります。もしそこで襲われたら……」


「むう……」


 レンが口にしたのは最悪の可能性だった。

 山の中で夜になれば、月明かりも届かない真っ暗闇だ。そこで魔獣と戦えば、どうなるわからない。

 だったら前に進み、明るいうちに超個体を見つけて倒すべきだ、とレンは判断したのだ。もし超個体が見つからなくても、砦まで行って夜を迎えればいい。それで安心とはいかないが、森の中よりはマシだろう。

 レンの考えの基本になっているのは、超個体を倒せる、というものだった。

 バジャナは油断できない相手だが、戦う場所を選べばどうにかなる、と思っていた。

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