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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第148話 足場

 これはまずいぞ、レンとエッセン伯爵は同じように思った。

 というより、この場のほぼ全員が同じように思っていたはずだ。

 足場の悪い細い道で、隊列は長く伸びている。そこへ上から魔獣――バジャナが襲ってくるのだ。

 これでもかというほど悪条件が重なっている。


「伯爵、一度退却すべきでは!?」


「わかっている!」


 レンの言葉に、エッセン伯爵が怒鳴るように返事をする。

 不利は明らかなので、一度下がった方がいいのはわかっているが、それができるかどうかは別問題だ。

 ただでさえ道が細いのに、今はそこを荷馬車がふさぐ形になっている。

 これでは下がろうと思っても簡単にはいかない。

 もっと慎重に行くべきだった、とエッセン伯爵は後悔したが、バジャナはそんな彼をあざ笑うように襲ってくる。

 最初に襲ってきたバジャナに続き、さらに五体のバジャナが上から斜面を転がり降りてきた。

 その中の一体に矢が突き刺さった。

 悲鳴を上げたバジャナが大きく体勢を崩す。

 おおっという声が、兵士たちから上がった。

 矢を射たのはガー太に乗ったレンだった。

 そのまま連射して、さらに二体、三体と命中する。

 矢が当たっても転がり落ちてくるのは変わらないが、人間を狙ってくるのと、単に転がり落ちてくるのとでは脅威が違う。

 下にいた兵士たちは慌てて左右に避け、矢を受けたバジャナは、そのまま崖の下へと落ちていった。

 だがレンが倒したのは五体のうちの三体で、残りの二体は落ちてきたままの勢いで兵士に飛びかかった。

 バジャナに狙われた二人の兵士は、どちらもそれを受け止めることができず、悲鳴を上げながらバジャナと一緒に崖の下へ落ちていった。

 これが人間同士なら自爆攻撃なのだが、魔獣は衝撃に強い。ここから崖下に落ちたら、人間ならよくて重傷だが、バジャナはしばらくしたら回復してくるだろう。


「下がれ! 一度後ろに下がるんだ!」


 さっきから伯爵が大声で命じているが、狭い道、しかもバジャナに襲われながらなので、全然進まない。


「ロゼも二人を連れて後ろに下がって!」


 レンも後ろの馬車に向かって叫ぶ。

 この道では馬車を方向転換するのは無理だから、捨てて逃げるしかない。

 伯爵が率いる警備隊や傭兵たちは混乱していたが、後ろのダークエルフたちは落ち着いていた。


「領主様は大丈夫ですか?」


 馬車から出てきたリゲルが聞いてくる。


「僕は大丈夫。だからみんなは一度後ろに下がって。あ、カエデはちょっと来てくれる?」


「はーい!」


 慌てて逃げていく人間の兵士たちに対し、ダークエルフたちは粛々と後ろに下がっていく。

 イールの二人も馬車から出て、ロゼにくっついて後ろに下がる。頭からすっぽりフードをかぶるというあやしい格好だが、この状況では誰も気にしていない。

 そんな中、カエデだけが前に出て、レンがいる荷馬車の上にぴょんっと上がってくる。


「カエデ、悪いけど一番前に出て、向こうから来る魔獣を防いでくれる?」


 斜面の上からだけでなく、道の先からも、何体かのバジャナがこちらに向かってくるのが見えた。あれがそのまま突っ込んでくれば、今度こそ味方は総崩れだろう。


「あいつらを殺せばいいの?」


「うん。けど無理しちゃダメだからね。みんなが後ろに下がったら、カエデも後ろに下がるんだよ」


「はーい!」


 と元気よく返事をすると、カエデは前に飛び出していく。

 だが前の細い道は兵士たちでいっぱいだ。

 どうするのかと思っていると、カエデはその兵士たちの頭や肩を踏みつけ、ジャンプしながら前へ進んだ。

 踏まれた兵士が、なにやら文句を言っていたようだが、この非常事態だ。許してもらおう。

 兵士たちの列を抜け、地面に着地したカエデは、そこで左右の腰に下げていた剣を抜く。

 これで前の方は大丈夫だろう、とレンは思った。もしカエデがあっさり突破されるようなら、何をやっても無駄だろう。

 そしてまたも斜面の上に数体のバジャナが現れる。

 また転がり落ちてくるつもりかと弓を構えたレンだが、今度のバジャナは違う動きをした。

 なんと岩を持ち上げ、それを投げ落としてきたのだ。

 レンは驚愕した。まさか魔獣にそんな知恵があるとは思ってもいなかったのだ。

 投石は単純だが強力な攻撃だ。小さな石だったとしても、当たり所によっては死んでしまうが、バジャナが投げてきたのは人の頭ほどもある岩だった。

 直撃を受けた兵士が悲鳴を上げて倒れ、あるいはそのまま崖下に転落する。


「くそッ!」


 レンは再び岩を持ち上げようとするバジャナに向けて矢を射た。

 それは見事に命中したが、バジャナは少しよろけただけで、そのまま岩を持ち上げる。

 レンが使っている弓は強弓だが、下から打ち上げているので威力は落ちる。そして使っている矢は、魔獣の素材を使った魔矢だが、どうやらバジャナには効果が薄いようだ。

 魔矢がどれだけ効果を発揮するかは、素材の魔獣と、標的の魔獣の相性による。相性がいいというか、悪いというか、そこは言い方の問題だが、とにかく大きな効果を発揮すれば、魔獣は超回復を阻害し大きな苦痛を与える。だが効果が薄ければ、普通の矢と変わらない程度のダメージしか与えられない。

 今使っている魔矢はバジャナに対して効果が薄いようで、命中してもほとんど苦しむ様子を見せなかった。

 攻撃してくるレンを脅威と見なしたのか、それとも腹を立てたのか、バジャナたちはレンを狙って反撃してきた。全部のバジャナが、レンに向かって岩を投げてきたのだ。


「ガー!」


 ガー太がその場で跳び上がり、ほとんどの岩を回避する。

 ただ一つだけ、空中にいるガー太に当たる軌道で飛んできた岩があったが、空中でくるりと回転したガー太は、それを回し蹴りでサッカーボールのように蹴り飛ばした。

 回避をガー太に任せていたレンは、空中で再び矢を放つ。

 これもバジャナに命中、しかも顔面に命中したが、それでもバジャナは平気な様子で動いている。

 ダメだ、と思った。こうやって下から射ているだけでは、この魔獣は倒せない。

 跳んだガー太が、荷馬車の上に着地しようとしたところで、大きないななきが聞こえた。

 荷馬車を引いていた馬が棹立ちになっていた。

 魔獣の気配におびえていた馬が、荷馬車に岩が当たった衝撃で限界を迎えたようだ。

 御者が必死になって抑えようとしたが、馬は暴走して前に走り出した。

 ガー太が慌てて荷馬車から飛び降りる。

 荷馬車は前にいた兵士を何人か巻き添えにしつつ、御者を乗せたまま道を踏み外して崖から転落した。

 御者や巻き込まれた兵士は不幸だったが、これで道が大きく広がり、まだ残っていた兵士たちがどっと動いた。


「伯爵、大丈夫ですか!?」


 いつの間にか馬を下りていた伯爵にレンは呼びかける。馬はどこにも見えないが、崖から落ちたのだろうか。


「どうにかな。レン殿の方こそ大丈夫か!?」


「もう少し時間を稼ぎます。早く逃げて下さい」


「すまん、恩に着る」


 逃げる伯爵とすれ違い、レンは前に出る。

 上にいるバジャナはまだレンを狙っていたので、もう少しオトリになるつもりだった。

 その目論見通り、バジャナはガー太とレンに向かって次々と岩を投げてくる。

 ガー太はひょいひょいと動きながら岩をかわし、乗っているレンも弓での反撃をあきらめて動かない。そうやって回避に専念していれば、そうそう当たるものではなかった。


「カエデ、もういいから下がって!」


「えー!?」


 もういいだろうと思うぐらい兵士たちが逃げたのを見て、レンは前で戦っているカエデに呼びかけたが、彼女からは不満そうな返事が返ってきた。

 カエデは四体のバジャナ相手に戦っていた。

 前から来たのが三体と、最初に上から落ちてきた一体だ。

 きっちり敵を引きつけ、殿の役目をはたしているのだが、カエデは魔獣相手に苦戦していた。

 まだ一体も倒せておらず、逆に相手に押され気味だった。

 それが不満そうな返事の理由だろう。

 苦戦の原因は、足場の悪さとバジャナの動きにあった。

 ここは細い道なので、どうしてもカエデの動きは制限された。大まかに言えば前に出るか、後ろに下がるかしかできない。

 条件はバジャナも同じはずだったが、向こうは別の移動方法を持っていた。

 剣で斬りつけたカエデの攻撃を、一体のバジャナがナナメ方向、急斜面の方に向かって跳び上がって回避した。そのまま三角跳びでもするのかと思ったら、バジャナはピタッと斜面に張り付き、這うように移動する。

 バジャナは手と足に細長い指を持っていて、それで小さな凹凸をつかみながら、斜面を自由自在に動き回るのだ。

 さすがのカエデも、このバジャナの動きは真似できない。

 動きが制限されるカエデに対し、斜面を利用して立体的に動き回るバジャナ。このためカエデは相手を追い切れず、受け身に回っていた。

 この状況で四体相手にほぼ互角、というだけでレンはさすがだと思ったが、どちらが不利かは明らかだ。

 両者は互いに小さな傷を負わせていたが、超回復のある魔獣に対し、カエデの傷はすぐには回復しない。かすり傷も積み重なれば大きな傷になる。その前に一度下がるべきだ。


「後ろにもうちょっと広い場所がある。そこで戦うんだ!」


 ここは僕にとっても、カエデにとっても足場が悪すぎる。


「うー……」


 まだ不満そうだったが、カエデは四体のバジャナの間をすり抜け、言われた通りに下がってきた。

 レンはそれを弓で援護する。

 カエデがレンの近くまで走ってきたところで、ガー太もくるりと向きを変え、一緒になって走って逃げ出す。

 この頃には、レンたちの馬車も道から消えていた。

 どうやら先に落ちた荷馬車と同じように、こちらも馬が暴走して崖から落ちたようだ。

 ダークエルフたちが逃げたのは確認していたから、特に気にすることもなく、レンは道を駆け抜けた。

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