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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第一章 出会い
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第13話 ダークエルフ2

 エルフはこの世界にも存在した。グラウデン王国の言葉ではエルフィと呼ぶが、これはもうエルフと言ってしまっていいだろう。

 この世界のエルフは森の民とも呼ばれ、大陸南方にあるユグラドルの森に住んでいる。

 ユグラドルの森は、黒の大森林と同じような広大な森だが、そこに魔獣は一体も存在せず、森の中心にはユグラドルという巨大な木が立っているらしい。このユグラドル、エルフたちの言葉で世界を統べる木を意味するとのことだ。

 これを聞いてレンが連想したのは、元の世界での世界樹だ。

 世界樹はファンタジーゲームなどではおなじみの巨大な木であり、エルフと一緒に登場する作品も多い。設定は作品によって様々だが、元ネタは北欧神話のユグドラシルだったと思う。

 レンはオタク趣味のおかげで世界樹やユグドラシルという言葉を知ってはいたが、元ネタの神話での世界樹がどういう木なのか知らない。だから実際はどこまで共通点があるのかわからないのだが、とりあえずユグラドルは世界樹と翻訳して考えることにした。

 世界樹の森に住むエルフ、と聞くとなんだかそれだけで親近感がわいた。

 この世界のエルフたちは世界樹の森で暮らし、森からは全く外へ出てこない。滅多に、とかではなく、本当に外へ出てこないそうだ。

 少なくともここ数百年、エルフが外へ出てきたという記録はない。目撃談が噂として語られているぐらいだ。

 また人間の方から世界樹の森に入ることもできない。入ったらエルフに捕まるとかではなく、魔法のような不思議な力が働いていて、森に入ってもすぐに外へ出てしまうそうだ。

 現在、人間とエルフの交流は完全に途絶えているわけだが、かつてそんなエルフが世界樹の森から出てきたことがあった。

 今から五百年前、キカバ大魔群という事件が起きた。

 大魔群とはその名の通り魔獣の大群のことだが、キカバ大魔群は、大陸西方のキカバと呼ばれる地方で発生したのでこの名がついた。

 キカバ大魔群は史上最大規模の大魔群で、総数十万とも百万ともいわれる魔獣の大群だった。

 これほどの数になると小国どころか大国が総力を挙げても対抗するのは難しい。実際、このキカバ大魔群によって当時の大陸西方では多くの村や街、そして国が滅んだ。

 もはや人類存亡の危機といえる事態だったが、そこに現れたのがエルフの援軍だった。

 世界樹の森から十万とも呼ばれるエルフの大軍勢が現れ、魔獣討伐に向かったのだ。

 それまで利害関係などから人間諸国はまとまり切れていなかったのだが、このエルフの軍勢を中心にすることで各国がまとまり連合軍が組織される。

 そしてアイゼン平原の戦いで人間・エルフ連合軍と大魔群が激突。参戦した三人の竜騎士の活躍もあって、ついに大魔群を率いていた超個体キカバ魔獣王を打ち倒す。

 エルフの軍勢は勝利の後、人間たちから感謝の言葉だけを受け取って、粛々と世界樹の森へ帰って行ったという。

 以来五百年、世界樹の森は閉ざされ、人間とエルフの交流は途絶えたままだ。


 なんて話を聞けば、エルフの人気が高いのもわかるなあ。

 マーカスから教えてもらった話を思い返しながら、レンはそんなことを思った。

 この国でもエルフの人気は高い。ピンチのときに颯爽と現れ、最後は黙って去っていく。さらに見た目も美しいとなれば、まさにヒーローだ。

 グラウデン王国は大陸西方にあり、キカバ大魔群の被害地域に含まれている。建国三百年ほどなので、そのときに国は存在していなかったが、住民の間には当時のことが語り継がれている。

 子供の頃から、おとぎ話として魔獣の恐ろしさとエルフの活躍を聞かされて育つのだ。自然とエルフへの好感度は高くなる。

 一方、それと反比例するようにダークエルフへの嫌悪感は強い。

 ダークエルフが現れたのも五百年前のキカバ大魔群からだという。

 魔獣の力を得ようとしたエルフが魔獣を食べ、黒く汚れた姿へと変わってしまったという。そしてダークエルフは世界樹の森から追放され、大陸各地で暮らすことになったと伝えられている。

 この話がどこまで真実かはわからないが、エルフとダークエルフの姿が違うのは確かなようだ。

 エルフは雪の肌にピリカの髪、深緑の瞳と言われている。ピリカというのはこの世界にある白い宝石のことだ。

 つまり白い肌に白い髪、緑色の目ということだ。

 対してダークエルフは褐色の肌に黒目黒髪だ。見た目からして対照的で、良くも悪くもはっきりと見分けがついてしまう。

 マーカスの知る限り、黒い肌や黒い髪の人間はいないそうだが、これは彼が知らないだけなのか、それとも元の世界の黒人のような人種がいないのか、今はわからない。

 ただこの外見の差がダークエルフへの差別を助長しているのは確かだろう。元の世界でも人種差別があったように、同じ人間同士でも肌の色だけで差別が起きるのだ。まして相手は人間ではないダークエルフだから、差別はより過激なものになるだろう。

 もしかするとエルフ社会でも肌の色による差別があって、ダークエルフは世界樹の森から追放されてしまったのかもしれない。魔獣を食べて汚れたという話も、どこまで本当なのかわからない。

 だがもしその話が本当だったとしたらどうだろう?

 この世界の人々が魔獣に抱く恐怖や嫌悪は強い。一度魔獣に殺されかけたから、レンにもそれは実感できる。ダークエルフが魔獣と関連があるというならば、人々の間にあるダークエルフエルフへの差別意識をなくすのはかなり難しいだろう。この世界の人々にとって、それは差別ではなく、正当な区別なのだから。

 レンは先に助けてもらったから、ダークエルフについて好感を持っている。だが、もしその前にダークエルフは魔獣を食べた汚れた種族だという話を聞いていれば、抱いた印象も違ったものになったかもしれない。やはり第一印象は強いのだ。

 いずれにしろ、ダークエルフと一度会って話がしたいなとレンは思った。彼らの話も聞いてみないことには、判断のしようがなかった。

 そしてその機会はレンが思っていたより早く訪れることになる。


「レン様にお会いしたいという者が来ているのですが……」


 ナバルの葬儀から三日後の朝、レンの屋敷に訪問者がやってきた。


「それはいいですけど、マーカスさん、どうかしましたか?」


 訪問者が来たことを告げるマーカスは、なんだかとても嫌そうな顔をしていた。やっかいな客人なのだろうか。


「それが、来ているのはダークエルフなのですが……」


「すぐに会います」


 レンが即答すると、マーカスは小さくため息をついた。彼としてはレンにダークエルフを会わせたくなかったのだ。先日の会話で、レンがダークエルフに入れ込んでいることを彼は知っていた。ここで会わせればやっかいなことになるのではないか、と彼は危惧していたのだ。

 そんなマーカスの態度にレンは気付かなかった。会いたいと思っていた相手が向こうの方から来てくれたので、そちらに意識が集中していたのだ。


「応接室ですか?」


「いえ、門の外で待たせてあります」


「わかりました」


 ナバルが来たときは応接室に通していたのに、どうして外で待たせるんだろう、と思いながらレンは玄関を出て屋敷の門へと向かう。

 すると門を出たところに一人のダークエルフが待っていた。大柄で若い男だ。

 彼はレンに気付くとその場でひざまずいて頭を下げる。

 レンは少し困った顔になった。丁寧な物腰で接してもらえるのはうれしいが、ここまで大げさだと居心地が悪い。

 この世界の貴族にとっては当たり前の対応かもしれないが、レンはそういう扱いになれていないのだ。


「初めてお目にかかります。私はダールゼンと申します。この度は――」


「あ、その前にちょっといいですか?」


 レンは相手の挨拶を止める。いくらなんでも、相手にひざまずかれたままでは話しにくい。


「とりあえず、中に入って話をしませんか?」


 レンにとってはごく当たり前の提案だったが、男は驚いたように顔を上げた。


「どうかしましたか?」


「いえ、屋敷に入ってもよろしいのでしょうか?」


「もちろんです。さあどうぞ」


 レンが促すと、男は恐縮した様子で後に続く。

 男が驚いたのは、レンの行動がこの世界の常識に反していたからだ。

 汚れた種族と見なされているダークエルフは、家に入れてもらえないことも多いのだ。平民の多くがそれを嫌がるし、貴族ともなればなおさらで、まず家には入れてもらえない。もし何かの事情で家に入れる場合も、表からではなく裏口から人目を避けてだ。

 それをレンは堂々と玄関から招き入れた。ダークエルフの男が混乱したのも無理なかった。

 レンは男を応接室に案内し、そこで改めて話を聞くことにする。

 屋敷に入ってきたダークエルフを見てマーカスも驚いていたのだが、レンは話を聞くことを優先して、マーカスのことは気にしないことにした。


「どうも初めまして。レンといいます」


「初めまして領主様。私はダールゼンと申します」


 改めて挨拶を交わす。

 ダールゼンは二十代前半ぐらいの若い男で、黒目黒髪、そして褐色の肌のダークエルフだった。大柄でガッシリした体格で、身長は百八十センチを超えているだろう。野性味あふれるタイプの男前だった。

 エルフは美形揃いだそうだが、やはりダークエルフも美形揃いのようだ。

 また、レンはダールゼンの耳にも注目した。

 彼の耳はぴんと尖っていたのだ。

 やっぱりエルフの耳は尖っているんだ、とレンは少し感動した。


「無礼を承知で、今日こうして参りましたのは、領主様にお願いしたいことがあったからです」


「もしかして先日の魔獣の襲撃についてですか? ダークエルフの方が一人亡くなっていますが」


「はい。巡回商人のナバル殿が魔獣に襲われた際、我々の同胞が一人、犠牲になったと聞いています。その者の遺品をいただけないかと思い、こうしてやって参りました」


「やっぱりそうですか」


 レンは自分を助けてくれた男の遺言を思い出す。


「ちょっと待っていて下さい」


 部屋から出たレンは、すぐに戻ってきた。その手に革袋を持って。


「彼からは、これを渡してほしいと頼まれたのですが」


 レンは一連の出来事を二人に話した。

 その男が自分の命を救ってくれたこと。そして仲間に渡してほしいと革袋を託されたことを。


「そういうことでしたか……」


 ダールゼンはやっと合点がいったようだ。

 どうしてダークエルフである自分を厚遇してくれるのかわからなかったが、命の恩人に対する感謝だったというわけだ。


「僕の命を救ってくれた方ですが、彼の名前はなんていうんですか?」


「デルゲルです。彼は我々の集団で一番……いえ、二番目の剣の使い手でした」


「デルゲルさんですか」


 レンはその名前をしっかりと覚えておこうと思い、頭の中で何度も繰り返した。人の顔や名前を覚えるのが苦手なので、気を抜くとすぐに忘れてしまうからだ。

 ダールゼンは素早く革袋の中身を確認し、そこにちゃんと金が入っているのを見て安堵する。

 デルゲルはこの金を持って、ナバルのところへ食料の買い付けを頼みに向かったのだ。

 彼らの集落は黒の大森林にあり、そこでは十分な食糧の確保が難しい。だから集落で金を集め、それで住人たちの食べ物を買う。その金がなくなるのは食べ物がなくなるということで、まさに彼らにとっての生命線だった。

 襲撃の当日、夜になってもデルゲルが帰ってこないため、ダールゼンが彼を捜しに集落を出たのだ。

 ダークエルフは監視村の住人たちにもひどく嫌われているが、中には多少マシな人間もいる。そんな住人の一人を密かに訪ねて話を聞くと、デルゲルは魔獣の襲撃に巻き込まれて死んだという。

 デルゲルの死を悲しんだダールゼンだったが、それにも増して問題だったのは彼の持つ金だった。金がなくなってしまえば集落の食料が買えなくなる。そうなれば最悪の場合、餓死者が出ることも考えられたのだ。

 話を聞いた村人も、襲撃の詳しい状況については知らなかったが、領主のレンが魔獣の群れを討伐したことはわかった。

 悩んだ末、ダールゼンはレンの屋敷を訪ねることにした。

 突然ダークエルフが訪ねていっても、まず追い返されるだろうとは思った。だが金が戻らなければ集落は存亡の危機を迎える。ダメで元々、わずかな希望に賭けるしかなかったのだ。それがこうして好意的に迎えられるとは、彼にとってうれしい誤算だった。

 それもこれも、お前のおかげだデルゲル。

 ダールゼンは心の中で亡き友人に感謝した。


「あなた方は、ナバルさんともよく取引をしていたんですか?」


「……はい」


 少し迷ってからダールゼンが答えた。

 できれば言いたくなかったのだが、ここまでくれば全部話してしまおうと吹っ切れた。


「もうご存じなのかもしれませんが、我々は黒の大森林で暮らしております。魔獣の住む森ですから、そこでの狩猟や採取だけでは集団の食料をまかないきれません。そのためナバル殿には金や魔獣に関する情報を提供し、対価として食料の買い付けを頼んでいました。わざわざ領主様のお耳に入れることではないと思い、これまで黙っておりましたが、申し訳ございません」


 ダールゼンは深々と頭を下げる。

 言い訳しているけど、どう考えても僕にだけ秘密にしていたってことだよね、とレンは思った。

 監視村の住人たちはダークエルフを嫌っているが、彼らも取引は黙認していたということか。

 マーカスも知っていたがレンには隠していた。前のレンの性格からして、知ればやっかいなことになっていた可能性が高いからだと推測する。ダークエルフの存在を知った彼が、万が一、奴らを黒の大森林から追い出せ、なんて言い出したりすれば大事になってしまう。

 今回の魔獣の襲撃があって、レンもダークエルフの存在を知ったが、それがなければずっと隠され続けていただろう。

 隠し事をされていたのはいい気分ではないが、前のレンのことを思うと仕方がないか、とレンは納得する。


「頭を上げて下さい。僕は別に気にしていませんから」


 レンの言葉にダールゼンはほっとした顔になったが、


「それよりもこれからのことです」


 続くレンの言葉にまたも緊張する。


「僕はダークエルフの皆さんと、なんというか、よい関係を築ければ、と思っています。どうでしょうか?」


 これまた予想外の申し出に、ダールゼンは驚きを見せた。

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