第142話 ツテ
一口に人を捜すといっても、中々大変である。
捜す相手によっても、その難しさは大きく変わる。
今回の場合はどうだろうか、とレンは考えた。
捜す相手はエルフのような姿をしているので、とても目立つはずだ。
だが彼女は旅行しているとかではなく、人にさらわれてしまったのだ。
さらった連中はできるだけ目立たないように依頼者の所へ向かった、と思っておいた方がいいだろう。
だとしたら、そういう相手を追いかけるのは難しい。
大本の依頼者はバドス王国の貴族、という手がかりはあるが、それだけでは範囲が広すぎて絞り込めない。
残念ながら、捕まえた男たちも、依頼者の貴族が具体的にどこの誰かまでは知らなかった。バドス王国まで行って、貴族を一人一人調べていくわけにもいかない。
だが今のレンには、そういう相手を捜すツテがあった。
犯罪ギルドである。
表に出せない品物を運ぶとなれば、犯罪ギルドの手を借りるのが一番手っ取り早い。裏道や抜け道というと、彼らの出番である。
それ相応の金がかかるが、持ち帰れば多額の報酬が約束されているのだ。多少金がかかったところで問題ないだろう。
レンはそういう犯罪ギルドとつながりを持つようになっていた。
発端はシーゲルと交わした約束だった。
犯罪ギルド・ダルカンの幹部である彼には、しばらく前に王都に行った際、色々と力を借りた。
そのお返しの意味も込めて、レンは各地の犯罪ギルド同士の取引に、ダークエルフの運送屋が協力できないか――みたいな話をしたのだ。
レンとしては、いずれそういうことになれば協力する、ぐらいに思っていたのだが、シーゲルの動きは素早かった。
犯罪ギルドというのは、利益になるのがわかればすぐに動く。ルールのない裏社会ではやった者勝ちになるから、表社会と比べても、動きが迅速なのだ。
王都から帰ったレンを追いかけるように、すぐに連絡がやってきた。さっそく商人のマルコと打ち合わせをしたいというのだ。
この話はレンが向こうで勝手に決めてきたので、マルコの反応が心配だったのだが、
「それは大きい仕事になりそうですね!」
話を聞いた彼は、大いに乗り気になった。
まあ今までも積極的に密輸を行ってきたのだ。犯罪ギルド相手の取引も、今更なのかもしれない。
最初こそレンが間を取り持ったが――マルコと一緒に王都まで行き、シーゲルに紹介してきた――その後はマルコとシーゲルの間で、とんとん拍子に話が進んでいった。
先頭に立って動いたのはカイルだった。
ダークエルフの荷馬車を襲撃した一味だったが、どうにか殺されるのを免れた彼は、以来、シーゲルの下で働いている。
各地の犯罪ギルドに顔が利く、という彼の言葉はウソではなかったようで、あちらこちらの犯罪ギルドに話を持っていき、取引の話をまとめてきた。
マルコが運送屋を始めた当初、一番問題になったのはダークエルフへの差別意識だった。ダークエルフに大事な商品を預けられるか、というわけだ。
だが犯罪ギルド相手には、あまり問題にならなかった。裏社会にも差別意識はあるのだが、金が儲かればなんでもいいという、ある意味、徹底的な実力社会のため、話が通りやすかったのだ。
取引を始めるにあたり、レンは最初に、
「何でもかんでも運ぶつもりはありません」
と断りを入れておいた。
例えば今回の事件のような、人身売買には関わるつもりはない。
盗品だろうが密輸品だろうが、出所は問わない。だが、それ自体は普通に売り買いができる商品――まずはそれを運ぶ基準に定めた。
そんな条件でも、仕事の依頼はたくさんあった。
安定した輸送ルートがほしいという要望は、商人も犯罪ギルドも変わらなかったのだ。彼らはレンの運送屋が使えるという話を聞くと、こぞって取引を申し出てきた。
それに対応すべく、マルコの商売も急拡大を続けていた。
働き手となるダークエルフ集めは、今は王都のルーセントにも協力してもらっている。おかげで人集めには苦労していない。貧しい暮らしを送っているダークエルフはまだまだ多く、彼らにとって運送屋は絶好の働き口だった。
レンはダークエルフを働かせる前に、最低限の教育を受けさせたいと思っていたのだが、それもやっと形になってきた。
最初に勉強したダークエルフが教師役となり、新しく来たダークエルフに、簡単な読み書きや計算を教えるという体制が、やっと整ってきたのだ。
読み書きや計算ができるダークエルフが増えれば、それだけ仕事の幅も増えるだろうとレンは期待していた。
運送事業の発展と共に、犯罪ギルドとの関わりは否応なく強くなっていくのだが、レンの中にある、犯罪ギルドへの拒否感は消えていなかった。元々、平和な日本で平凡に生きてきたのだ。裏社会の人間に、親近感を覚えるはずもない。
だが全ては生きるため、優先順位の問題だ。
今のレンにはダークエルフたちの生活が一番大事なので、そのためなら犯罪ギルドとの取引も続けていくつもりだった。
とはいえレンは直接のやり取りには関わっていない。
人捜しを頼むにしても、まずはジャガルの街にいるマルコに話をすべきだろう、というわけですぐにジャガルへ向かうことにした。
ガー太に乗ったレンについてくるのは、いつものようにカエデと、護衛役のシャドウズが二名。こちらはいつもならゼルドが同行するのだが、彼は集落へ帰っていて、数日間は戻ってこない予定だった。
「どうか私たちも一緒に」
そう言い出したのは、ロゼとイールの二人――リリムとミミだった。ちなみにこの二人は双子の姉妹だそうで、顔立ちもそっくりなのだが、性格が全然違うので区別しやすい。
強気な目でにらんでくるのがリリムで、おとなしそうにしているのがミミだ。
「二人はここに残ってた方がいいと思うんだけど……」
その方が安全だろう。
「ネリスを探しに行くんだろう!? じっとしてなんていられない」
リリムが言った。ここでダメだと言っても、勝手に出て行きそうな勢いだ。
これなら一緒に連れて行った方が、安心かもしれないと思った。
「わかった。ただし勝手な行動はダメだからね。ロゼもよく見ておいてね」
こうして三人が加わり、さらにリゲルとディアナも加わって、総勢九人と一羽で向かうことになった。
いつもならそのまま出発するが、今回はイールの二人を乗せるための馬車も用意した。カエデも目立つ外見をしているが、二人はそれ以上だ。
息が詰まるかもしれないが、できるだけ外に出ないようにお願いしておく。
屋敷を出た一行は、そのまま、まっすぐジャガルの街を目指した。
いつもなら途中のダバンの街に立ち寄り、ミーナのいるパン屋に挨拶したりするのだが、今回は事情が事情なので通り過ぎる。
道中はずっと野宿になったが、特に問題なかった。
レンたちもそうだが、この野宿というのが、人間の隊商に対する、ダークエルフ運送屋の大きな利点になっていた。
魔獣のうごめくこの世界では、野宿は大変危険だ。だから人間が旅する場合、可能な限りどこかの街で宿泊しようとする。
街ではそれを見越し、入場税や宿泊税を取るところも多い。荷物が多ければ、それに税金をかけられる場合もある。
隊商にとっては、この税金がバカにならないのだ。
かといって街を利用しないというのも難しい。
野宿は危険だし、隊商の人間や護衛などからも不満が出るだろう。そんな不満がたまっていけば、裏切られる危険も出てくる。
一方、ダークエルフたちからは、そんな不満は出てこない。
森や山の中など、本当に危険な場所はダークエルフたちも街に泊まることにしているが、それ以外は野宿で進んでいく。また、ダークエルフたちが街に入ろうとしても、向こうから断られる場合もあった。
途中の街に立ち寄らない分、お金が浮くし、進めるだけ進むので行程も早くなる。
危険はあるが、ダークエルフにも戦闘訓練を行い、魔獣にも対処できるようにしている。もし魔獣の群れなど、対処不能な事態に遭遇した場合は、荷物を捨てて逃げるように命じている。
この世界では人の命が安いので、人命より商品優先という場合も多いのだが、レンの価値観は安全第一だった。
レンたちもずっと野宿で進み、途中、魔獣と一回遭遇したが、それはカエデがあっさり倒し、三日目の朝には、無事ジャガルの街に到着した。
街の正門では、門番が街に入ろうとする者や荷物のチェックを行っていたが、
「我々はマルコさんの知り合いなのですが……」
そう言いつつ、レンは金の入った革袋を門番に手渡す。
門番は素早く中身を確認すると、
「いいだろう。通れ」
馬車の中を確認することもなく、レンたちを通してくれた。
上手く通れた、とレンはホッとした。
マルコからは、門番たちと話はついていると連絡を受けていた。荷物を調べられたくない場合は、彼の名前を出し、手数料を払えば通れます、と。
どうやら取引するようになった犯罪ギルドを通じて門番に賄賂を渡し、そういう手はずを整えたらしい。
実際にそうやって通るのは今回が初めてだったので、本当に通れるのかどうか、ドキドキしていたのだが、あっさり通れて安堵した。
なにしろ馬車の中にはカエデとイールの二人がいるのだ。
カエデはまだしも、イールの二人が見つかると、ちょっとした騒ぎになったかもしれない。
ちなみにガー太は街の中まで連れ込んでもどうにもならないので、外でお留守番である。
街へ入ったレンは、そのままマルコの店へと向かう。
「これはこれはレン様。ようこそいらっしゃいました」
店にはマルコがいたので、すぐに会うことができた。
このところ、マルコは王都の方へ出かけていることが多く、しばらく待つことも覚悟していたのだが、運がよかったといえる。
「何か急用でしょうか?」
用がなければレンは屋敷から中々出て来ないので、マルコは何かあったのかと思った。
「実は人捜しをお願いしたくて」
ここでレンは、イールの二人をマルコに紹介することにした。もちろん他言無用で。
「こちらの二人の母親なのですが」
二人はフードを目深にかぶり、顔を見えないようにしていた。
そのフードをとってもらうと、下から現れた顔を見て、マルコが驚愕する。
「まさかエルフですか!?」
「よく似ているけど、違うそうです」
レンはこれまでの出来事を彼に話した。
「なるほど。まさかダーンクラック山脈に、こんな者たちが暮らしていたとは……」
やはりマルコもイールについて何も知らなかったようだ。
「では、ここから秘密裏に南に向かった者たちがいないか、調べればいいんですね?」
「お願いします」
「西回り、ということは?」
「ここへ来るときも南から来たそうです。竜の爪跡でしたっけ? そこを越えて」
グラウデン王国とバドス王国の間には、巨大なダーンクラック山脈がある。ここを越えようと思うなら、もっと西に回って山脈を迂回するしかないのだが、一ヶ所だけ、山脈に細い切れ目があって、そこを通過できるようになっていた。
そこは竜が山を削り取った跡だという伝説が残っていて、竜の爪跡と呼ばれていた。
「わかりました。ではすぐに犯罪ギルドの方に聞いてみましょう」
しばらく、その返答待ちとなった。