第141話 二人の事情
昨日書くだけ書いて、アップするのをど忘れしていました……
レンは以前にダールゼンに聞いたことがあった。
「人間とダークエルフって子供はできるんですか?」
ファンタジー作品では、よくハーフエルフなんかが出てくる。そして多くの場合、両方の種族から差別されたりしているのだが、この世界ではどうなんだろうと疑問に思ったのだ。
返ってきた答えは、
「子供が生まれたという話は聞きません。ご安心下さい」
何が安心なんだ? と思ったレンだったが、すぐにその意味に気付いた。
「いえ、僕がダークエルフの女性の方とどうこうってわけじゃなくて、ちょっと疑問に思っただけで――」
なんて言い訳することになったのだが、それはともかく微妙な答えだった。
話を聞いたことがない、というのは知らないだけで、実際には低確率で子供ができるのかもしれない。
ダールゼンは集落のリーダーだったが、外の世界の情報には詳しくない。この前王都で会ったルーセントにも聞いておけばよかったと思ったが、彼が知っているとも限らない。
どこかに人間とダークエルフの混血児がいれば、それが子供ができるという証明になるが、混血児がいなかったとしても、できないという証明にはならない。
元の世界なら遺伝子とか、DNAとかで調べることができるだろうが、この世界ではそこまで科学技術が進歩していない。
レンがそんな話を思い出したのは、イールの言い伝えを聞いたからだった。
「イールの集落にやって来たのがエルフだったとして、一緒に暮らし始めて、両方の種族の血が混じって、その子孫が今の彼女たちみたいな姿になった、とは考えられませんか?」
「……すみません。私にはよくわかりません」
ゼルドに聞いてみたが、彼は困ったような顔を浮かべただけだった。
興味はあったが、今はそれを考えても仕方ないか、とレンは思った。仮説に仮説を積み上げた話だ。確かめる方法もない。
それより目の前の問題について考えるべきだろう、気持ちを切り替える。
助けた二人の事情はわかった。次は少女をさらった男たちの方だ。
ダークエルフが男たちを一人ずつ尋問し、ゼルドがその結果をまとめて報告してくれた。
「発端は二年ほど前のことだそうです」
いきなり昔の話になったなと思った。
「ダーンクラック山脈に、とある探検隊が向かったそうです」
未開の地を探検したいという人の思いは、前の世界でもこの世界でも変わらない。魔獣がいるこの世界での探検の危険度は、前の世界とは比べものにならないが、それでも未知の世界に惹かれる者は多い。
好奇心か、功名心か、それとも一攫千金を夢見てのことか――事情は様々だが、彼らは命をかけて未開の地へ足を踏み入れる。
ダーンクラック山脈に向かった探検隊も、そんな者たちの集まりだった。
「山脈に入った探検隊は、魔獣に襲われることはありませんでしたが、特に目新しい物を発見することもできず、そのまま帰途についたそうです。ですが帰る途中で、一人の行方不明者を出しました」
探検隊は彼を捜したが、見つけることができずにそのまま帰還。当然、遭難した男は死んだと思われていたのだが、一ヶ月ほどしてから、ひょっこり帰ってきた。
「その遭難者――ゲルケスというらしいですが、そのゲルケスを助けたのがイールだと思われます」
帰ってきたゲルケスは、自分がエルフのような人々に助けられたと話した。だが、それを信じる者はいなかった。
探検隊は、自分たちの成果を大げさに吹聴するのが常だった。ゲルケスの話もそのたぐいだろうと思われ、相手にされなかったのだ。
だがその話に興味を示した者がいた。
「バドス王国の貴族だそうです」
バドス王国は、ここグラウデン王国の南に位置する隣国だ。ダーンクラック山脈を挟んだ向こう側にある。
そのバドス王国のとある貴族が、ゲルケスの話に興味を示し、
「もし本当にエルフにそっくりな者がいるなら捕まえてこい」
と言って、新たな探検隊を組織したのだ。
リーダーはゲルケスである。
「あの男たちは、その探検隊の一員として、ここまでやって来たと言っています」
「そしてイールを探し出し、あの二人を捕まえた、ということですか?」
「いえ、話はもう少し複雑なようです。あの男たちがイールを捕まえたのは、今回で二回目だと言っています」
「他にも被害者がいるんですか?」
「彼らはゲルケスに率いられ、山脈までやって来ましたが、途中まで行ったところで全員が待機となり、そこから先はゲルケスが一人で山奥に入ったそうです」
「一人で?」
「はい。そしてゲルケスはイールの女性を一人、捕まえてきたそうです。それまで男たちはゲルケスの話に半信半疑だったようで、本当に捕まえてきて驚いた、と言っています」
「なんでわざわざ一人で行ったんでしょうか?」
「おそらく情報を独り占めする気だったのではないかと。イールの集落の場所はゲルケスしか知りません」
イールをほしいと思う者がいれば、ゲルケスに頼むしかない、ということだ。そして大金を積んでも、イールを欲しがる者がいるはずだ。
「じゃあ、あの二人もゲルケスがさらってきたんですか?」
「いえ。ゲルケスは最初に捕まえた女性一人を連れて、すでにバドス王国へと戻ったそうです」
「じゃあ、あの男たちは一体?」
「彼らは自分たちだけでイールを捕まえようと思い、ここへ残ったそうです」
このままイールを一人連れ帰れば、ゲルケスは多額の報酬を受け取ることだろう。
だが他の者たちは?
イールを捕まえたのはゲルケス一人、情報を握っているのもゲルケス一人。
きっと他の者たちには、護衛としての最低限の報酬しか支払われないだろう。
だったら自分たちでイールを捕まえ、それを売って大儲けしたらどうだ――と考えた者たちが何人かいたのだ。
彼らは帰る途中で一行から離れ、再びジャガルの街まで戻ってきた。
そこで人を集め、馬車も用意してここまでやって来た、というわけだった。
「男たちは、これからイールの集落を探すつもりだったようです。ところがそこへ、あの二人の少女が現れた、と」
「二人は自分から集落を出てきたんですか?」
「どうやら最初にさらわれた女性は、あの子たちの母親のようなのです」
二人はいなくなった母親を捜すために集落を出て、山を下り――そこで運悪くあの男たちに見つかって捕まった、ということらしい。
「男たちはいったんジャガルの街まで戻り、そこでこれからどうするか決めるつもりだったようです。二人を売り払うか、あるいは二人から情報を聞き出し、もっと人を集めてイールの集落を襲うか」
「それを僕らが見つけた、ということですか」
今日、あそこで男たちを発見できたのはたまたまだ。二人にとっては不幸中の幸いだったといえる。もしレンたちに見つからず、ジャガルの街まで連れて行かれていたら……どう考えても悲惨な未来しか思い浮かばない。
「でも他にもさらわれた人がいるんですよね……」
さらわれたのが今回の二人だけなら、ひとまず一件落着でもよかったと思う。後は二人をイールの集落まで送り届けるだけだ。
しかし他にも被害者がいるなら話が違ってくる。
人さらいというのは、レンの中では許されない犯罪行為だ。だがこの世界の常識では違う。人間をさらうならともかく、ダークエルフやイールをさらっても、罪にならないというのだから。
それがこの世界の決まりというなら、受け入れるしかないのかもしれない。だが今回の事件は自分の領地で起こった。一応だがレンは領主なのだ。ここで起こったことを、見過ごすわけにはいかない。
最初にさらわれたという女性も、助け出せないだろうか、とレンは思った。
「二人の体調とかは大丈夫ですか?」
「はい。男たちも、大事な商品だから丁重に扱った、と言っています」
あんな窓のない馬車に監禁しておいて、どこが丁重なんだと思ったが、とにかく無事ならよかった。
「じゃあ、まずは二人を集落に送り返して――」
「それなのですが、一つ問題がありまして……」
ゼルドが困ったように言った。
「私たちはネリスを見つけるまで帰らないぞ」
少女の一人――リリムが、レンをにらみつけながら言った。
彼女の横ではもう一人の少女――ミミが、こくこくとうなずいている。
ネリスというのが、さらわれた二人の母親だ。
後でもっと詳しく話を聞いてみたところ、実の母親ではないことがわかったが。
二人は幼いときに両親を亡くし、それをネリスという女性が引き取り、母親代わりとして育てていたというのだ。
例え血のつながりがなくても、二人にとっては大切な母親である。そのネリスを助け出すまで、二人は帰らないと言っているのだった。
レンはそんな二人を説得しようとしたがダメだった。
二人はまだレンのことを敵の仲間だと警戒しているようで、彼の言葉をまったく聞いてくれない。
だったらロゼに説得してもらおうと思ったのだが……
「……領主様。どうか二人の願いを聞いていただけないでしょうか?」
と逆に頼まれてしまった。
レンは驚いた。
ロゼはまじめというか、ちょっとまじめすぎるんじゃないかと思っていた。上からの命令に従うのがダークエルフだが、彼女は性格的にもそうなのか、レンが何か言えば、その通りに行動しようとする。
そんな彼女が頼み事をしてきたのだ。
「お叱りは覚悟しています。どんな処罰を受けても構いません。どうかお願いします」
怒ったりはしないし、もちろん処罰する気なんてない。むしろ自分の意見を言ってくれてうれしい。
きっと二人の少女に同情したのだろうと思った。助けられてから、二人はロゼの側を離れようとしない。
いなくなった母親を捜すため、おそらく生まれて初めて山を下りたと思ったら、いきなり男たちに捕まったのだ。どれほど不安だったかは想像に難くない。そんな二人を助けたのがロゼなのだ。きっと二人にとって、ロゼは救世主のように見えているのだろう。
そんな二人に頼られて、さすがのロゼも心が揺らいだ、ということだろうか。
それでもレンが強く命じれば、きっと彼女は命令に従うだろう。あるいはゼルドに頼んで命じてもらえば、ロゼはその通りに行動するだろう。
だがレンはそこまでする気にはなれなかった。
二人やロゼの気持ちはよくわかったし、レンも二人に同情していた。できればその願いをかなえてやりたい。
また別の問題もあった。
集落へ送り届けるといっても、レンたちはその場所を知らないのだ。もし二人が教えるのを拒めば、レンたちにはどうしようもない。
まさか無理矢理聞き出すわけにもいかないだろう。
「わかった。二人のお母さんの行方を捜してみるよ」
「領主様! ありがとうございます」
「その間、二人の面倒はロゼに見てもらうけど、それでいいよね?」
「はい! お任せ下さい」
ロゼはうれしそうに返事をした。