第140話 しもべにして守り手
ロゼは二人の少女を抱き起こして状態を確かめる。
二人ともちゃんと息はしている。どうやら気を失っているだけのようだ。
「うう……」
苦しげな声を上げて、少女の一人が目を開けた。
「大丈夫ですか?」
ロゼが声をかけると、少女はボーッとした様子で、
「あなたは?」
と聞き返してきた。
「私はロゼといいます。あなた方の乗った馬車を発見し、中を調べようとしたのですが、馬車を守っていた人間たちと戦闘になったのです」
「馬車……?」
とつぶやいたところで、少女の意識がはっきりしたようだ。
「ミミは!?」
少女は慌てて立ち上がろうとしたが、立ちくらみがしたのか、ふらっと倒れそうになる。
ロゼがそんな彼女を抱き止める。
「ミミとはもう一人の方ですか? でしたら横にいますよ。無事のようです」
「ミミ!」
もう一人の少女はすぐ横にいたのだが、動転していたのか、それに気付かなかったようだ。
少女の呼び声に反応したのか、もう一人――ミミと呼ばれた少女も目を開けた。
「ミミ、大丈夫か?」
「リリム……?」
ミミが体を起こそうとしたので、ロゼが手を貸す。
結果、ロゼは左腕でミミを、右腕でもう一人――リリムと呼ばれた少女を抱きかかえるような格好になった。
「あなたは?」
「私はロゼといいます」
「この人が私たちを助けてくれたみたいだ」
「助けたというか、詳しい事情がまだわからないのですが」
三人で話をしていると、レンが馬車のドアからひょっこり顔を出した。
「ロゼ、中に誰かいたの?」
ロゼが返事をする前に、二人の少女が反応した。
「悪い奴だ!」
そう叫ぶと、リリムはミミかばうようにしつつ、さらにロゼの背後に隠れた。目にはレンに対する敵意と警戒心が浮かんでいる。
「ロゼ、こいつがリリムたちをさらったんだ!」
「そうなのですか?」
「さらってないよ!」
真顔でロゼに問いかけられ、レンは慌てて否定する。
「リリム、ミミ。領主様は、あなたたちをさらった連中の仲間ではありません。大丈夫です。領主様は子供好きでとても優しい方です」
「あいつら、私たちを子供が好きな連中に売るって言ってたぞ! お前がそうなんだろう!?」
「領主様は、この子たちを買い取るつもりだったのですか?」
「だから違うってば!」
「ですが領主様は、そういうご趣味の方だと聞いているのですが?」
「誰から聞いたんだよ!? 誤解だからね」
レンの必死の弁解はしばらく続いた。
レンは助けた二人の少女、そして捕らえた人さらいと思われる男たちを連れ、一度屋敷に戻ることにした。
温泉のある屋敷ではない。砦として使われていた古い方の屋敷だ。
少女二人はともかく、男たちを今の屋敷に連れて行く気にはなれなかった。
男たちを一かたまりにして歩かせ、その後ろにガー太に乗ったレンが続く。逃げれば弓矢で射ると脅しをかけていた。
そしてさらにその後ろに、少女二人を抱きかかえたロゼが続く。
レンは二人にはすっかり警戒されてしまったようだ。彼女たちにとっては、人間はみんな仲間に見えるのだろう。ダークエルフのロゼだけが信用できるようで、彼女にピッタリくっついて離れず、そのまま眠ってしまった。助けられて、緊張の糸が切れたのだろう。そして眠ってからも、しがみついたままだった。
ロゼも見かけは華奢な少女なので、二人を抱きかかえるのは大変そうに見えるが、余裕のある足取りで歩いている。
古い方の屋敷に到着すると、ダークエルフたちに出迎えられた。
今ここはレンの住居としては使われておらず、バゼ作りの作業場や、密輸の荷物置き場として使われていて、多くのダークエルフが暮らしている。
「取りあえずケガ人の手当をお願いします」
男たちの何人かは負傷していたが、残念ながらここには人間用の薬はない。
屋敷の庭には世界樹を植えていたので、ダークエルフならその根本に寝かせればいいのだが、人間だと包帯を巻くぐらいしかできない。
そのため重傷者は助からないと判断され、すでに仲間の手でとどめを刺されていた。残っているケガ人は軽傷なので、大丈夫だと思われた。
「後は仲間同士で話ができないように、バラバラの部屋に閉じ込めておいて下さい」
これは前世で読んだ小説の知識だった。口裏合わせができないようにしておいて、一人ずつ話を聞くのだ。
男たちの取り調べは、ダークエルフに任せることにした。そういうのが苦手なので丸投げしたのだ。
少女たちはしばらくしてから目を覚ましたので、ロゼが話を聞いてくれた。目覚めてからも、二人はロゼから離れようとしない。
それぞれ聞いた話を総合すると、
「じゃあ、あの子たちはダーンクラック山脈で暮らしてたってことですか?」
ダーンクラック山脈は大陸を東西に走る大山脈で、グラウデン王国の南にあり、国境線にもなっている。
レンの屋敷からも、南にその威容を見ることができるが、とんでもなく高い山々が連なっている。
「そうなります」
答えたのはゼルドだった。
レンが帰ってきたという連絡が行き、今の屋敷からシャドウズが駆けつけてきたのだ。
「そんな話、聞いたことあります?」
今まで聞いていた話では、ダーンクラック山脈は人跡未踏の地、ということだったが。
「いいえ。初耳です」
執事のマーカスが首を横に振る。
彼は普段から今の屋敷と砦の方を行き来していて、今はちょうど砦の方にいたのだ。
マーカスだけでなく、ダークエルフたちも初耳だったようだ。
「僕たちが知らないだけで、暮らしている人たちがいたんですね……」
別に不思議なことではないだろう。この世界では、まだまだ未知の場所がたくさん残っている。
「それで、あの子たちは、あの男たちにさらわれたんですね?」
「そのようです。なにしろ見た目がエルフに似ているので、大金を出しても欲しがる者は多いでしょう」
ダークエルフを差別するのとは裏腹に、この世界ではエルフを崇拝している者が多い。だから見た目がエルフに似ていると、それだけで珍重される。
カエデの銀の髪も、エルフの特徴の一つとされているから、レンは彼女をあまり人前に出したくなかった。
この国の法律でも誘拐は犯罪だが、ダークエルフは人として認められていないため、法は彼らを守ってはくれない。
また非合法な人身売買だけでなく、合法的な人身売買も行われている。
刑罰や、借金のカタとして、普通に人が売買されているのだ。
現代日本人の感覚を持つレンには、人を売り買いするということに対して、嫌悪感しかないが、それがこの世界の常識だった。
「あの子たちは、エルフじゃないんですね?」
「違います。彼女たちは序列も持っていません。ただ、外見は言い伝えに聞くエルフに、非常によく似ていると思います」
レンもダークエルフたちも、実際にエルフを見たことはない。
だが伝え聞く特徴は、白い肌に白い髪だった。彼女たちはまさにそれに当てはまる。
「違うのは耳の形に、目の色でしょうか。エルフの目は緑色と聞いていますが、彼女たちの目の色は青色です」
「エルフでないとしたら、彼女たちは人間なんですか?」
「そうとも言い切れないようです。彼女たちは、自分たちのことをイールだと言っています。そしてイールとは、偉大な竜のしもべにして、聖域の守り手である、と」
「竜ですか?」
無視できないキーワードが出てきた。
ついつい忘れそうになってしまうが、レンがこの異世界に召喚されたのは、竜騎士になるためだったはずだ。二年たっても竜の姿さえ見ていないが。
「イールの言い伝えにあるそうです」
二人が話してくれた言い伝えを要約すると、次のようになる。
太古、イールは竜の血から生まれた。イールを生み出したのは偉大なる竜、氷竜ランドリス。
それからずっと、イールは竜のしもべとして平和に暮らしてきた。
だが数百年前、災厄がイールを襲う。
山をまたぐほどの巨大な魔獣が襲ってきたのだ。
ランドリスとイールたちは、その魔獣と戦った。
激しい戦いの末、ランドリスは魔獣を倒したものの、自身も深い傷を負ってしまう。
そのままランドリスの命が尽きるかと思われたそのとき、救いの民が現れた。
聖樹の民と呼ばれる者たちが、小さな苗木を持ってやって来たのだ。
彼らがその苗木をランドリスの側に植えると、苗木はたちまち大樹へと成長し、その力でランドリスの傷を治し始めた。
「我はこれから傷を治すため、長い眠りにつく。イールよ。お前たちは聖樹の民と共に、我が再び目覚めるまでこの地を守れ」
ランドリスはそう言って長い眠りについた。
イールはその言いつけを守り、聖樹の民を仲間として受け入れ、以来、イールは竜のしもべにして、聖域の守り手となった。
「この言い伝えが、どこまで本当かはわかりませんが……」
また無視できないキーワードが出てきた。
「聖樹っていいましたけど、それってもしかして世界樹のことでは?」
真っ先に連想したのがそれである。
ゼルドも同じことを考えていたようで、
「確証はありませんが、可能性はあると思います。もしイールの言う聖樹が世界樹なら、傷ついた竜を助けるため、世界樹が苗木を送ったということになりますが」
「じゃあ聖樹の民、でしたっけ? もしかしてその人たちがエルフなんですか?」
「可能性はありますが、やはり確証がありません」
「世界樹ってそういうことするんですか? 竜と関係があるとか?」
「わかりません。我々は世界樹の森へ行ったことがありませんから」
少し寂しそうにゼルドが言う。
「もしゼルドさんたちがその聖樹を見れば、世界樹かどうか、はっきりしますよね?」
「はい。ですがそれは難しいと思われます。竜の眠る場所は聖域とされ、再び竜が目覚めるまで、何人も立ち入ることができない禁足地だそうです。よそ者はもちろん、イールすら近付くことが禁じられているとか」
宗教がらみで立ち入り厳禁、なんて場所は現代日本にも色々あったはずだ。
話を聞く限り、イールの人々にとって、その場所は絶対に守るべき聖域なのだろう。行けるなら行ってみたいと思ったのだが、それは難しそうだった。