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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第140話 しもべにして守り手

 ロゼは二人の少女を抱き起こして状態を確かめる。

 二人ともちゃんと息はしている。どうやら気を失っているだけのようだ。


「うう……」


 苦しげな声を上げて、少女の一人が目を開けた。


「大丈夫ですか?」


 ロゼが声をかけると、少女はボーッとした様子で、


「あなたは?」


 と聞き返してきた。


「私はロゼといいます。あなた方の乗った馬車を発見し、中を調べようとしたのですが、馬車を守っていた人間たちと戦闘になったのです」


「馬車……?」


 とつぶやいたところで、少女の意識がはっきりしたようだ。


「ミミは!?」


 少女は慌てて立ち上がろうとしたが、立ちくらみがしたのか、ふらっと倒れそうになる。

 ロゼがそんな彼女を抱き止める。


「ミミとはもう一人の方ですか? でしたら横にいますよ。無事のようです」


「ミミ!」


 もう一人の少女はすぐ横にいたのだが、動転していたのか、それに気付かなかったようだ。

 少女の呼び声に反応したのか、もう一人――ミミと呼ばれた少女も目を開けた。


「ミミ、大丈夫か?」


「リリム……?」


 ミミが体を起こそうとしたので、ロゼが手を貸す。

 結果、ロゼは左腕でミミを、右腕でもう一人――リリムと呼ばれた少女を抱きかかえるような格好になった。


「あなたは?」


「私はロゼといいます」


「この人が私たちを助けてくれたみたいだ」


「助けたというか、詳しい事情がまだわからないのですが」


 三人で話をしていると、レンが馬車のドアからひょっこり顔を出した。


「ロゼ、中に誰かいたの?」


 ロゼが返事をする前に、二人の少女が反応した。


「悪い奴だ!」


 そう叫ぶと、リリムはミミかばうようにしつつ、さらにロゼの背後に隠れた。目にはレンに対する敵意と警戒心が浮かんでいる。


「ロゼ、こいつがリリムたちをさらったんだ!」


「そうなのですか?」


「さらってないよ!」


 真顔でロゼに問いかけられ、レンは慌てて否定する。


「リリム、ミミ。領主様は、あなたたちをさらった連中の仲間ではありません。大丈夫です。領主様は子供好きでとても優しい方です」


「あいつら、私たちを子供が好きな連中に売るって言ってたぞ! お前がそうなんだろう!?」


「領主様は、この子たちを買い取るつもりだったのですか?」


「だから違うってば!」


「ですが領主様は、そういうご趣味の方だと聞いているのですが?」


「誰から聞いたんだよ!? 誤解だからね」


 レンの必死の弁解はしばらく続いた。




 レンは助けた二人の少女、そして捕らえた人さらいと思われる男たちを連れ、一度屋敷に戻ることにした。

 温泉のある屋敷ではない。砦として使われていた古い方の屋敷だ。

 少女二人はともかく、男たちを今の屋敷に連れて行く気にはなれなかった。

 男たちを一かたまりにして歩かせ、その後ろにガー太に乗ったレンが続く。逃げれば弓矢で射ると脅しをかけていた。

 そしてさらにその後ろに、少女二人を抱きかかえたロゼが続く。

 レンは二人にはすっかり警戒されてしまったようだ。彼女たちにとっては、人間はみんな仲間に見えるのだろう。ダークエルフのロゼだけが信用できるようで、彼女にピッタリくっついて離れず、そのまま眠ってしまった。助けられて、緊張の糸が切れたのだろう。そして眠ってからも、しがみついたままだった。

 ロゼも見かけは華奢な少女なので、二人を抱きかかえるのは大変そうに見えるが、余裕のある足取りで歩いている。

 古い方の屋敷に到着すると、ダークエルフたちに出迎えられた。

 今ここはレンの住居としては使われておらず、バゼ作りの作業場や、密輸の荷物置き場として使われていて、多くのダークエルフが暮らしている。


「取りあえずケガ人の手当をお願いします」


 男たちの何人かは負傷していたが、残念ながらここには人間用の薬はない。

 屋敷の庭には世界樹を植えていたので、ダークエルフならその根本に寝かせればいいのだが、人間だと包帯を巻くぐらいしかできない。

 そのため重傷者は助からないと判断され、すでに仲間の手でとどめを刺されていた。残っているケガ人は軽傷なので、大丈夫だと思われた。


「後は仲間同士で話ができないように、バラバラの部屋に閉じ込めておいて下さい」


 これは前世で読んだ小説の知識だった。口裏合わせができないようにしておいて、一人ずつ話を聞くのだ。

 男たちの取り調べは、ダークエルフに任せることにした。そういうのが苦手なので丸投げしたのだ。

 少女たちはしばらくしてから目を覚ましたので、ロゼが話を聞いてくれた。目覚めてからも、二人はロゼから離れようとしない。

 それぞれ聞いた話を総合すると、


「じゃあ、あの子たちはダーンクラック山脈で暮らしてたってことですか?」


 ダーンクラック山脈は大陸を東西に走る大山脈で、グラウデン王国の南にあり、国境線にもなっている。

 レンの屋敷からも、南にその威容を見ることができるが、とんでもなく高い山々が連なっている。


「そうなります」


 答えたのはゼルドだった。

 レンが帰ってきたという連絡が行き、今の屋敷からシャドウズが駆けつけてきたのだ。


「そんな話、聞いたことあります?」


 今まで聞いていた話では、ダーンクラック山脈は人跡未踏の地、ということだったが。


「いいえ。初耳です」


 執事のマーカスが首を横に振る。

 彼は普段から今の屋敷と砦の方を行き来していて、今はちょうど砦の方にいたのだ。

 マーカスだけでなく、ダークエルフたちも初耳だったようだ。


「僕たちが知らないだけで、暮らしている人たちがいたんですね……」


 別に不思議なことではないだろう。この世界では、まだまだ未知の場所がたくさん残っている。


「それで、あの子たちは、あの男たちにさらわれたんですね?」


「そのようです。なにしろ見た目がエルフに似ているので、大金を出しても欲しがる者は多いでしょう」


 ダークエルフを差別するのとは裏腹に、この世界ではエルフを崇拝している者が多い。だから見た目がエルフに似ていると、それだけで珍重される。

 カエデの銀の髪も、エルフの特徴の一つとされているから、レンは彼女をあまり人前に出したくなかった。

 この国の法律でも誘拐は犯罪だが、ダークエルフは人として認められていないため、法は彼らを守ってはくれない。

 また非合法な人身売買だけでなく、合法的な人身売買も行われている。

 刑罰や、借金のカタとして、普通に人が売買されているのだ。

 現代日本人の感覚を持つレンには、人を売り買いするということに対して、嫌悪感しかないが、それがこの世界の常識だった。


「あの子たちは、エルフじゃないんですね?」


「違います。彼女たちは序列も持っていません。ただ、外見は言い伝えに聞くエルフに、非常によく似ていると思います」


 レンもダークエルフたちも、実際にエルフを見たことはない。

 だが伝え聞く特徴は、白い肌に白い髪だった。彼女たちはまさにそれに当てはまる。


「違うのは耳の形に、目の色でしょうか。エルフの目は緑色と聞いていますが、彼女たちの目の色は青色です」


「エルフでないとしたら、彼女たちは人間なんですか?」


「そうとも言い切れないようです。彼女たちは、自分たちのことをイールだと言っています。そしてイールとは、偉大な竜のしもべにして、聖域の守り手である、と」


「竜ですか?」


 無視できないキーワードが出てきた。

 ついつい忘れそうになってしまうが、レンがこの異世界に召喚されたのは、竜騎士になるためだったはずだ。二年たっても竜の姿さえ見ていないが。


「イールの言い伝えにあるそうです」


 二人が話してくれた言い伝えを要約すると、次のようになる。

 太古、イールは竜の血から生まれた。イールを生み出したのは偉大なる竜、氷竜ランドリス。

 それからずっと、イールは竜のしもべとして平和に暮らしてきた。

 だが数百年前、災厄がイールを襲う。

 山をまたぐほどの巨大な魔獣が襲ってきたのだ。

 ランドリスとイールたちは、その魔獣と戦った。

 激しい戦いの末、ランドリスは魔獣を倒したものの、自身も深い傷を負ってしまう。

 そのままランドリスの命が尽きるかと思われたそのとき、救いの民が現れた。

 聖樹の民と呼ばれる者たちが、小さな苗木を持ってやって来たのだ。

 彼らがその苗木をランドリスの側に植えると、苗木はたちまち大樹へと成長し、その力でランドリスの傷を治し始めた。


「我はこれから傷を治すため、長い眠りにつく。イールよ。お前たちは聖樹の民と共に、我が再び目覚めるまでこの地を守れ」


 ランドリスはそう言って長い眠りについた。

 イールはその言いつけを守り、聖樹の民を仲間として受け入れ、以来、イールは竜のしもべにして、聖域の守り手となった。


「この言い伝えが、どこまで本当かはわかりませんが……」


 また無視できないキーワードが出てきた。


「聖樹っていいましたけど、それってもしかして世界樹のことでは?」


 真っ先に連想したのがそれである。

 ゼルドも同じことを考えていたようで、


「確証はありませんが、可能性はあると思います。もしイールの言う聖樹が世界樹なら、傷ついた竜を助けるため、世界樹が苗木を送ったということになりますが」


「じゃあ聖樹の民、でしたっけ? もしかしてその人たちがエルフなんですか?」


「可能性はありますが、やはり確証がありません」


「世界樹ってそういうことするんですか? 竜と関係があるとか?」


「わかりません。我々は世界樹の森へ行ったことがありませんから」


 少し寂しそうにゼルドが言う。


「もしゼルドさんたちがその聖樹を見れば、世界樹かどうか、はっきりしますよね?」


「はい。ですがそれは難しいと思われます。竜の眠る場所は聖域とされ、再び竜が目覚めるまで、何人も立ち入ることができない禁足地だそうです。よそ者はもちろん、イールすら近付くことが禁じられているとか」


 宗教がらみで立ち入り厳禁、なんて場所は現代日本にも色々あったはずだ。

 話を聞く限り、イールの人々にとって、その場所は絶対に守るべき聖域なのだろう。行けるなら行ってみたいと思ったのだが、それは難しそうだった。

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