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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第135話 最後の一押し(下)

 その日の深夜。

 王都の中を、一台の荷馬車が進んでいた。

 こんな深夜に出歩く者も珍しいが、その荷馬車を動かしている者たちはさらに珍しかった。

 一人を除いて、彼らはダークエルフだった。

 レンとその仲間たちである。

 彼らはシーゲルに頼まれてここへ来たのだ。


「サイアスの連中を、まとめて俺の配下に取り込みたい。そうすれば、もうあんたたちに手出しはさせない」


 という彼からの申し出に、レンは「いいと思いますよ」と賛成した。


「本当にいいのか? 自分で言うのもなんだが、ずいぶんとむしのいい話だと思うんだが」


「シーゲルさんが彼らを取り込んでくれるというなら、反対する理由はありません」


 犯罪ギルドがどうなろうと別に構わなかった。シーゲルの言う通り、彼が新しいボスになって、報復を押さえ込んでくれるというならそれでいい。

 犯罪ギルドの連中を皆殺しにでもすれば、報復の心配もなくなるだろうが、さすがにそこまでやるつもりはなかった。


「じゃあ、むしのいい話ついでに、もう一つ頼みたいことがあるんだが」


「なんでしょうか?」


 彼には色々と情報を教えてもらった。その恩返しをしたいと思っていたところだ。


「奴らはあんたたちにやられ、相当まいってるはずだ。だが奴らにもプライドやメンツがある。簡単に俺の配下になるとは言えないだろう。そこで、最後にもう一押し、奴らの心を折るようなことを頼みたい。何かないか?」


「もう一押しですか……」


 そう言われてレンには思い付いたことがあった。というより、それは前々から考えていたことだったのだが。

 それをシーゲルに伝えると、


「本当にそんなことができるのか?」


 と驚いていたから、効果は絶大だと思われた。

 危険はあるが、今ならやれるだろうと思い、やってみることにした。

 その成果が今、荷馬車に乗っている。

 荷物を壁の中に運び込む手はずは、シーゲルが整えてくれた。おそらく門番の兵士に賄賂でもはずんだのだろう。荷物はそのまま門を素通りできた。

 普通に入ろうとしたら、絶対に通してくれないだろう荷物だった。

 夕方頃に壁の中の街に入り、それから深夜になるまで待機。

 住民たちが寝静まってから動き出したレンたちは、とある通りの曲がり角まで来て止まった。

 角から通りの先を確認すると、犯罪ギルド・サイアスの屋敷が見えた。


「それじゃあカエデ、練習通りに頼める?」


「はーい!」


 カエデが元気に返事をする。

 レンが王都へ行くときはずっと留守番だったが、今夜は一緒なので機嫌がよかった。

 なお、ガー太は今夜も留守番である。

 レンたちは荷馬車に積まれていた荷物を外へ出す。

 荷物は縦横、高さが1メートルぐらいの大きさだった。分厚い布で何重にも覆われ、それをロープでぐるぐる巻きにしていた。

 ロープをほどき、布を外すと、中から現れたのは木製の檻だった。

 そして檻の中に入っていたのは魔獣――一体のハウンドだった。

 ハウンドは弱り切っていた。その体には何本も矢が刺さっている。全てダークエルフ製の特別製だ。魔獣の超回復を阻害する矢が、ハウンドを死にかけの状態にしていた。

 つまり魔獣を生け捕りにしたのである。

 この世界の人間に、魔獣を生け捕りにするという発想はない。なにしろ魔獣には超回復がある。痛めつけて弱らせても、すぐに回復するのだから、そんな危険な生き物を生け捕りにしようとは思わない。

 超回復を阻害する、ダークエルフの矢があってこそだった。

 レンは前々から、この矢を使えば魔獣を生け捕りにできるのでは、と考えていて、今回それを実行に移したのだ。

 一番大変だったのは、生け捕りそのものより、魔獣を見つける方だったかもしれない。

 来てほしくないときには現れるくせに、いざ探すと中々見つからなかった。

 ガー太に乗ってあちこち走り回り、見つけた後は、わざと急所を外して矢で射抜いた。そうやって十本近く矢を命中させると、ハウンドは弱り切り、ほとんど動かなくなった。

 なんだか動物虐待をしているような気分になったが、魔獣の目は死んでいなかった。体は弱って動けなくなっても、赤い目には変わらず暗い憎悪が燃えていた。

 その後、ダークエルフたちと一緒に魔獣を檻に入れ、ここまで運んできたのだ。

 シーゲルも、本当に捕まえてきたのかと驚いていた。そして、


「これなら最後の一押しに十分だ」


 と喜んでいた。

 レンたちが檻の外から手を入れ、魔獣に刺さっていた矢を引き抜くと、変化はすぐに現れた。

 弱り切っていた魔獣が回復し、動き始めたのだ。

 凶暴さも取り戻し、うなり声を上げる。


「カエデ、頼む」


 この檻は頑丈に作られているが木製だ。早くやらないと、壊されるかもしれなかった。

 檻には取っ手のような物が取り付けられ、そこに太いロープが結びつけられていた。カエデはそのロープを握ると、自ら回転して檻を振り回し始めた。

 ハンマー投げと同じような動きである。

 十分に勢いをつけたところで、カエデは檻を投げ飛ばした。

 レンはその行方に注目する。

 何回か練習しただけで、カエデはすぐにコツをつかみ、かなり正確に投げられるようになった。だがここで失敗したら、とんでもないことになってしまう。

 しかしその心配も無用だった。

 高く放り投げられた檻は、まっすぐ目標に向かって飛び、命中した。


「よしッ!」


 思わずガッツポーズが出た。

 目標というのは、犯罪ギルド・サイアスの屋敷だった。




 投げ込まれた檻は、屋敷の二階の壁に命中した。

 そのあたりの壁は、先日、警備隊が乗り込んできたときに壊されてかけていた。檻はその痛んでいた壁を突き破り、家の中に飛び込んでから壊れた。

 大きな音が響き渡り、屋敷で寝ていたギルドメンバーたちが飛び起きる。

 ボスのトルノが殺されたのが、昨日の夜である。

 メンバーたちは、また侵入者か!? と色めき立ち、武器を手にして、二階の部屋へと駆けつけた。

 それは侵入者には違いなかった。だが彼らが予想していた侵入者より、凶暴で凶悪な侵入者だった。

 ギルドメンバーの一人が、持ってきたランプで壊れた室内を照らす。

 その明かりに、二つの赤い目が反射した。


「えっ?」


 自分の目にしたモノが信じられず、そのメンバーが間抜けな声を上げた。

 侵入者は凶暴なうなり声を上げ、ランプを持ったメンバーに飛びかかった。


「ギャアアアアッ!」


 魔獣に食らいつかれたメンバーが、大きな悲鳴を上げる。


「ハウンド!?」


「何で魔獣が!?」


「そんなことより、さっさとこいつを殺せ!」


 屋敷は大混乱になったが、武器を持ったメンバーは十人以上いた。

 相手はハウンド一体。

 最初の混乱が収まれば、倒すのは難しくなかった。

 最初に食いつかれた男が重傷を負い、翌朝に死亡したが、後は軽傷が数人出ただけで、どうにかハウンドを倒すことができた。

 しかしハウンドを倒しても、メンバーの顔は深刻だった。

 問題はどうして屋敷にハウンドが出たか、だった。

 ここは郊外の一軒家ではない。壁に囲まれた王都の中なのだ。

 魔獣はどこにでも現れる。ごくまれに、突然街中に魔獣が出現することさえある。だが今夜のハウンドが、たまたまここに現れたと考える者は誰もいなかった。


「魔獣使いじゃないのか?」


 誰かがぽつりといった言葉に、他のメンバーたちがざわつく。


「あいつらを襲いに行った連中が言ってたよな? 奴らの中に魔獣使いがいたって」


 この世界に生きる人間たちにとって、最大の脅威は魔獣である。

 ならばその魔獣を自由に操る存在――魔獣使いがいるのではないか、という話が出てくるのは必然といえた。

 魔獣使いの伝説は大陸の各地に残っている。だがそれはあくまで伝説。魔獣使いはそんな伝説やおとぎ話の中にしか存在しない、と多くの者が思っていた。魔獣使いを自称する者もいたが、そいつらは全員が詐欺師のたぐいだと思っていた。だが同時に、もしかしたら本当にいるかもしれない、と思っている者も多い。


「魔獣使いなんて、本当にいるわけないだろうが」


「じゃあこのハウンドは何なんだ!? こいつはここに投げ込まれたよな。そんなマネ、魔獣使い以外の誰ができるっていうんだ!?」


 その言葉に明確に答えられる者はいなかった。

 さらに誰かが言う。


「ダークエルフは魔獣の血を引いてるんだろ? だったら魔獣使いがいても、おかしくないんじゃないのか?」


 さらに誰かが言う。


「もし奴らの中に魔獣使いがいたとして、そんな奴らに勝てるのか?」


 人間やダークエルフ相手なら、どんなに強くても数を揃えれば勝てるだろう。

 だが魔獣使いに勝つことができるのか。

 答えられる者は誰もいなかった。




 翌朝。

 昨日言っていた通り、再び屋敷を訪れたシーゲルを出迎えたのは、やつれた顔の幹部たちだった。


「一晩見ないうちに、ずいぶんいい顔になったな」


 そんなシーゲルの軽口には反応せず、幹部の一人が彼に訊ねる。


「一つ教えろ。昨日、お前が言っていたダークエルフの犯罪ギルド――」


「シャドウズのことか?」


「それだ。そいつらの中に魔獣使いがいるのか?」


「魔獣使いがいるかどうかは俺にもわからない」


 だが、とシーゲルは続ける。


「お前たちは二回も魔獣に襲われた」


 なぜ昨夜のことを知っている? と聞く者はいなかった。


「一回だけなら偶然かもしれないが、それが二回続くなら、三回目や四回目もあり得るだろうな」


「……お前が仲介すれば、話はまとまるんだな?」


「約束しよう。だが昨日の条件も覚えているな?」


 しばらくの沈黙が続き、やがて幹部の一人が口を開いた。


「その条件を飲む。俺たちはお前の下に入る」


 事実上、犯罪ギルド・サイアスが消滅した瞬間だった。

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