第134話 最後の一押し(上)
長くなりすぎたので、上下に分けました。
下は今日中か、それが無理でも今夜中には。
襲撃してきた連中の中に、荷馬車を襲った盗賊たちがいたことをレンが知ったのは、翌朝のことだった。
生き残った連中の証言、そして呼んできたカイルに確認もさせた。
捕らえた者たちは、全員警備隊に引き渡したが、その際に百人隊長のガトランからは、
「派手にやったもんだな」
と感心半分、あきれ半分、みたいな調子で言われた。
そして急遽駆けつけてきたもう一人の百人隊長キリエスには、
「よくやった!」
と喜ばれた。
「これでトルノの奴を締め上げてやる」
嬉々とした様子で、彼はすぐに帰っていった。
犯罪ギルドに乗り込むとのことだった。
一緒に来るか? と誘われたがレンは断った。
自分のやるべき事はほとんど終わった、と思っていたからだ。
荷馬車を襲った連中を倒すつもりだったが、向こうから来てくれて手間が省けた。
後は奪われた商品を取り返すだけだ。
犯罪ギルドについては、後は専門家のキリエスに任せておけばいい、と思っていた。
だがそれに反対意見を唱える者がいた。
「恐れながら領主様は甘すぎます」
言ったのはカイルである。
「トルノは必ず復讐してきます。一方的にやられたままでは、犯罪ギルドとしてのメンツが立たないからです。しばらくは、なりをひそめるかもしれませんが、決してあきらめず領主様のことを狙うはずです」
「そういうものですか?」
「こいつの言っていることは正しいでしょう」
シーゲルが答えた。彼もカイルと一緒に来ていた、というか今は彼がカイルの身柄を預かっている。顔を確認したいから連れてきてくれと頼んだら、シーゲルが自分でカイルを連れてきてくれたのだ。
「ギルド全体としても、ボス個人の感情としても、やられたまますますわけにはいきません。弱みを見せればつけ込まれますから」
シーゲルは犯罪ギルド・ダルカンの幹部である。その彼が言うのだから、説得力があった。
「じゃあどうすれば?」
「ボスのトルノを殺すしかありません」
真剣な顔でカイルが言った。
「そこまでやる必要が?」
「あります。中途半端がダメなんです。やるなら徹底的にやらないといけません」
「うーん……」
レンはこの世界が甘くないことを、すでに重々承知している。
襲いかかってきた者を倒すことに、ためらいはない。
だがこちらから積極的に誰か殺しに行くというのは、まだ抵抗があった。
「領主様、甘さは禁物です」
落ち着いて話しているように見えるカイルだったが、内心は必死だった。
別にウソは言っていないが、全部を話してはいない。
レンが狙われると言ったが、その前に狙われるのは自分だろうとカイルは思っていた。裏切ってレンの側に付いたのだ。これをトルノが知ったら、無事でいられるとは思えない。
しかもカイルは事件の首謀者がトルノだとレンに吹き込んでいた。もし本当のことが知られたら、やはり無事でいられるとは思えない。
二重の意味で、トルノに生きていられたら困るのだ。
今回の事件で、カイルが主導的な役割を果たしたことを知っているのは二人しかいない。
トルノともう一人、荷馬車を襲った盗賊団のボスだけだ。
彼にとっては幸運なことに、そのボスは昨夜の襲撃で死んでいる。後はトルノだけだ。他の連中は、みんなカイルが雇われたと思っているはずだ。
ちなみに盗賊たちのボスの名はバーゼルといった。
バーゼルは元々別の国で兵士をやっていた。平民出身だったが、槍の才能があったため頭角を現し、部隊でも一目置かれていた存在だった。だが粗暴な性格と振る舞いが災いし、最後は上官を殺して軍から逃げ出して、ついには盗賊になったという男だった。
落ちぶれたとはいえ、まだまだ槍の腕は確かで、並の兵士では相手にならないほどの技量を持っていた。
彼は他の者たちが逃げ出す中、一人その場に残ってカエデを迎え撃った。
できるだけ殺さないようにと言われていたカエデだったが、彼相手には手加減できなかった。それほどの槍の冴えを見せたのだ。
最後はカエデに斬り殺されたが、不思議とその死に顔は満足げで、死体を見た警備隊の兵士たちも不思議に思ったほどだ。
そうやってバーゼルが死んだことで、カイルの秘密を知る人間はトルノ一人になった。だからカイルとしては、なんとしても彼に死んでもらわねばならなかった。
「ゼルドさんはどう思います?」
判断に困ったレンは、ダークエルフのゼルドに訊ねた。彼らが一番の当事者だし、その意見を聞きたかった。
「我々は領主様の命令に従います」
まずはそう答えたゼルドだったが、そこに付け加えた。
「ですが仲間を殺した首謀者に報いを受けさせてやりたい、とも思っています。それにこれからのことを考えれば、見せしめとしての効果もあると思います」
「僕たちに手を出せば、きっちり報復するってことですか?」
「そうです。その点で、カイルが言うように徹底的にやるというのは効果的だと思います」
ゼルドがそう言ったので、レンも決心した。
トルノを殺すと決めたのだ。実行するのはシャドウズの隊員たちだ。
この一連のやり取りを、シーゲルは興味深そうに見ていた。
実のところ、彼はカイルが何か隠していることに気付いていた。だがあえてそれを追求しなかった。その方が自分の利益になると思ったからだ。
彼が所属する犯罪ギルド・ダルカンと、トルノ率いる犯罪ギルド・サイアスは対立している。
そのサイアスとレンには、もっと争ってもらいたい。
さてどうなるか――お手並み拝見だなと思ったシーゲルだったが、翌朝、驚愕することになる。
ダークエルフたちがあっさりトルノを殺すのに成功したからだ。
シーゲルは、部下たちにサイアスの屋敷を夜通し監視させていたが、その部下たちもダークエルフたちがいつ忍び込んだのか、全く気付かなかった。
朝になり、屋敷が大騒ぎになって、初めてそれに気付いたのだ。
部下の一人は慌ててシーゲルに報告に向かい、それを聞いた彼は、まさかいきなり、それも完璧に仕事をこなすとは、と驚いたのだ。
これは思わぬ拾い物だったかもしれないな、と彼は思った。
最初は部下のルーセントの相談に乗っただけだった。直属の部下ではないが、彼は組織内に目を配り、色々と下の者の話を聞いている。それが巡り巡って自分の利益につながると思っているからだ。
ルーセントの話を聞き、レンに協力する気になったのは、利益というより興味の方が大きかった。どんな奴なのだろうと思い、近付いてみることにしたのだ。
それが、ここまでの力を持っているとは思わなかった。
数十人の盗賊たちをあっさり返り討ちにしたと思ったら、今度は犯罪ギルドのボスを、これまたあっさりと殺す。
とんでもない力だ。
これを逃すわけにはいかないと思った。せっかくできたつながりを生かし、もっともっと関係を深めなければ。
「出かけるぞ」
数人の部下を連れ、シーゲルが向かった先は、サイアスの屋敷だった。
いきなりボスが殺され、騒然としていたところに、対立する犯罪ギルドの幹部が乗り込んできたのだ。
屋敷はさらに混乱した。
一応、組織のナンバー2は決まっていた。だがよくあることだが、部下同士の派閥争いもあった。後継者を指名していたならともかく、ボスがいきなり死んで、ナンバー2が次のボスだ、とすんなりとはいかなかった。
誰が後継者になるべきか、それでもめていたところにシーゲルが乗り込んできたのだ。
最初は追い返そうとしたが、
「お前らのボスを襲った不幸について、話したいことがあるんだが」
と言い出されて、無視することもできなくなった。
トルノが殺されたことはまだ秘密にしてある。それをどうしてこんなに早く知ったのか、もしかして犯人を知っているのか等々、聞きたいことがあった。
「お前らのボスは、ケンカを売っちゃいけない相手にケンカを売ったんだよ」
屋敷の一室に通されたシーゲルは、サイアスの幹部たちに向かってそう言った。
「誰のことだ?」
と幹部の一人に聞かれたシーゲルは、
「レン・オーバンス。知ってるだろ?」
とその名を口にした。
「この前、警備隊の百人隊長と一緒に乗り込んできたガキか?」
「その通り。お前たちはそのガキを怒らせた。そしてそのガキは単なるガキじゃなかった」
「やっぱりあいつか!」
幹部たちが色めき立った。
状況から見て、一番あやしいのがレンだった。シーゲルの言葉は、その想像を裏付けるものだった。
ぶっ殺してやる、敵討ちだと声を上げる幹部たちに、
「盛り上がるのは勝手だが、お前ら皆殺しにされるぞ」
シーゲルがおもしろがるように言う。
「何だと!?」
「一昨日の夜、お前らあいつを襲ったんだろ? 結果はどうだった?」
聞かれた幹部たちは、そのことを思い出した。
「何十人も人を集めて、その結果はどうだった? 生き残った奴から話は聞いたんだろ?」
襲ってきた連中のうち、十人以上をレンは取り逃がしていた。
サイアスのメンバーはその中の何人かを見つけ出し、何があったかを聞いていたのだが……
暗闇の中で、遠くから正確に矢で射抜かれた。
化け物のように強いダークエルフがいて、ほとんどそいつ一人にやられた。
挙げ句の果てに、敵には魔獣使いがいて、そいつが使う魔獣に襲われた。
等々、どれもこれも信じがたい話だった。
「その前に一つ聞いておきたいんだが、お前はどうしてそんなに詳しいんだ?」
幹部の一人が、疑わしそうな目でシーゲルに聞いた。
「俺はそのレン・オーバンスと面識があるからな」
「お前もグルか!?」
幹部の一人が怒鳴り声を上げた。他の面々も怒りをあらわにするが、シーゲルは落ち着いたものだ。
「言っとくが、お前らの争いに直接手は出しちゃいないぞ。こっちは高みの見物だ。まさかここまで一方的にやられるとは思ってなかったがな」
「そのレンとかいうガキは何者なんだ?」
「オーバンス伯爵家の息子で、勘当同然で家を追い出された、ぐらいは知ってるんだろ?」
幹部たちがうなずく。
そこまでは調べればすぐにわかる。シーゲルもレンのことを調べて、そこまではわかった。だがその先がわからなかった。事情はこいつらも似たようなものだろう、と思っていたが、やはりそうらしい。
「それから何があったのか、詳しいところは俺も知らない、今のレンはダークエルフの連中と手を組んでる。シャドウズと言うらしい。まあ言ってみれば、ダークエルフだけで組織された犯罪ギルドみたいなもんだな」
「ダークエルフの犯罪ギルド……?」
「王都じゃまだまだ無名だが、その実力は思い知っただろ? 多人数を送り込んだら返り討ち、そうかと思ったら誰にも気付かれず、犯罪ギルドのボスを殺すことができる。お前らがボスの敵討ちをしようっていうなら止めないが、今のお前らで勝てるのか?」
幹部たちが黙り込んだ。
「警備隊とも事を構えて、この先は他の犯罪ギルドも手を出してくるだろうな。そんな状態でレンと戦えば、さっきも言ったようにお前ら皆殺しにされるぞ」
「……どうしろって言うんだ?」
「俺が仲介してやってもいい。争いもそれで終わり。お互い、これ以上は手を出さない」
「ボスを殺されて、泣き寝入りしろっていうのか!?」
「そのボスを殺された時点で勝負あったんだよ」
幹部たちもレンの力は思い知っていた。これ以上戦っても、勝ち目がないこともわかっていた。
「本当に、それで手打ちなんだな?」
「ああ。ただし条件が一つある」
「なんだ?」
「お前ら全員、ダルカンの配下に入れ。もっとはっきりいえば、俺の下につけ。そうしたら話をまとめられる」
最初、幹部たちはシーゲルの言葉が理解できなかった。それほど唐突な条件だった。だがすぐにその意味を理解して、幹部たちは激高した。
「ふざけるな! 誰がてめえなんかの下につくか!」
「何が仲介だ、そんな条件が飲めるか!」
「てめえの下につくなら、死んだ方がマシだ!」
殺さんばかりの勢いで、暴言を浴びせかけてくる幹部たちを相手に、シーゲルは余裕の表情を崩さない。
「まあ、そう言うと思ったよ。すぐに決められることじゃないしな」
彼はそう言って席を立った。
「また明日、聞きに来るとしよう」
「二度と来るな。次にそのふざけた顔を見せたら、まずはてめえからぶっ殺してやるからな」
話し合いはそこで決裂し、シーゲルは殺気立った男たちに見送られて屋敷を出た。
だが彼は中々上手くいったな、と思っていた。
奴らは次に会ったらぶっ殺す、みたいなことを言っていたが、その言葉こそが弱気の表れだ。本来ならこの場で殺す、ぐらいのことは言うはずなのだ。それを言えないほど、追い詰められているのだ。
後もう少しで奴らは落ちる。やはり最後の一押しが必要だな、と彼は思った。