第133話 証拠探し
翌日。
朝からトルノは不機嫌だった。
昨夜、レンを殺すために人を送り込んだが、それがまだ帰ってこないのだ。
成功しても、万が一失敗してレンを逃がしたとしても、夜明けまでには帰ってきているはずだ。それが日が昇っても誰一人帰ってこない。
仕方なく、トルノは部下に様子を見に行かせることにした。
「レンの家の近くまで行って様子を見てこい」
そう言って送り出そうとしたところで、客がやってきた。それも招かれざる客が。
「ボス、警備隊が――」
血相を変えて駆け込んできた部下の報告に、トルノは慌てて屋敷の外へ出た。
すると門の外に見知った男が立っていた。
「ようトルノ。約束通りまた来たぜ」
不敵に笑うのは、百人隊長のキリエスだった。背後には王都警備隊の兵士たちを引き連れている。
「これはキリエスさん。今日は何のご用で?」
「お前にはレン・オーバンス殺害の容疑がかけられている。その捜査だ」
あいつら失敗したのか!? という言葉が飛び出そうになったのを飲み込み、トルノはさらに訊ねる。
「私がやったという証拠はあるんですか?」
確実な証拠となる紙などは残していない。証言が出てきても、こちらが否定すれば、言った言わないの世界になる。
「証人がいる」
「どうせチンピラ連中でしょう? そんな連中の証言など、あてにならないと思いますが」
「だからこうして証拠を探しに来たんだ」
「話になりませんね。それに前にも言いましたが、ここはキリエスさんの担当地区ではなくサーザイン様の――」
「そのサーザインだがな」
意地の悪い笑みを浮かべながらキリエスが言う。
「ここに来る前に話をしに言ったら、貴族を殺そうとはとんでもないことだ。徹底的に調べてくれ――みたいなことを言ってくれてな。だからこうしてやって来たってわけだ」
今度こそトルノは愕然とした。
裏切りやがったな! と心の中で罵声を放つ。
これまで、どれだけおいしい思いをさせてやったか。それをちょっと危なくなったからといって、あっさり切り捨ててくるとは。
今すぐサーザインのところへ怒鳴り込みに行きたかったが、その前に、目の前の状況に対処しなければならない。
だがサーザインが許可した以上、キリエスを止めるのは難しかった。
「というわけで屋敷を調べさせてもらうぞ」
「ちょっと待て!」
ギルドの屋敷に踏み込もうとしたキリエスの肩を、ギルドメンバーの一人が押さえた。
考えがあってのことではなく、反射的な行動だった。
「汚い手で俺にさわるんじゃねえ!」
言うと同時にキリエスがそのメンバーを殴り倒したが、それだけでは終わらなかった。
警備隊の兵士が二人動き、棍棒を振り上げ、殴りかかったのだ。
今回、警備隊の兵士たちは棍棒を装備していた。街中の任務であり、剣や槍よりも殺傷力を落としたのだが、棍棒でも十分に人を殺せる。
二人の兵士は、
「ふざけてんのか、てめえ!」
などと叫びながら、メンバーを何発も殴りつける。
見かねた別のギルドメンバーが、それを止めようとしたのだが、今度はそいつも一緒に殴りつける。
さらにそれを見た他のメンバーたちが、怒りもあらわに動こうとしたのだが、
「やめろ!」
トルノがそれを止めた。
「ですがボス」
「やめろと言ったんだ。それとも、ここで警備隊と戦争を始めるつもりか?」
そう言われると、ギルドメンバーたちも黙るしかなかった。彼らも、警備隊と正面から戦えば、勝ち目がないのはわかっていた。
「それじゃあ家捜しを始めていいんだな?」
「……好きにしろ」
「協力に感謝する。けど拍子抜けだな」
キリエスが挑発するように言う。
「もう少し骨のある連中だと思っていたんだがな。犯罪ギルド・サイアスは腰抜け揃いか?」
トルノは屈辱に顔をゆがめたが、言い返そうとはしなかった。
そして警備隊による証拠探しが始まったが、それは証拠探しという名の略奪だった。
警備隊の兵士は、わざと手荒に屋敷に踏み込んだ。
大型のハンマーを持った兵士がいて、それでわざわざドアや壁をたたき壊す。
タンスなどをひっくり返し、金目の物があれば全て懐に入れる。
調度品なども、証拠だと言って持ち帰ろうとする。
やり過ぎだろう、と止めようとしたギルドメンバーもいたのだが、そういう相手は容赦なく棍棒でボコボコにした。手加減などしない。死んでも構うものか、といった感じだった。
証拠探しは二時間ほどで終わったが、ギルドの屋敷はボロボロになっていた。まさに盗賊に荒らされたかのようである。
「まあ、こんなもんだろう。預かった証拠品は、調べが終わって、何の関係もないと証明されれば返してやる」
言っている方も聞いている方も、それが本当だとは全く思っていない。
キリエスはこの証拠探しを始める前、部下たちに、手に入れたものは全部自分の物にしていいぞ、と伝えていた。
明言はしていないが、それとなくわかるように話し、部下たちもそういうことだとわかっていた。
たまに王都警備隊はそういうことをやるのだ。犯罪ギルドに対する見せしめと、部下たちの小遣い稼ぎとして。
普通の商人相手にそんなことをすれば大問題だが、犯罪ギルド相手なら多少の無茶も見逃されている。
ただ今回のように、自分の担当地区の外まで出てくるのは異例だった。
トルノはキリエスの行動力を見誤っていたといえる。
「それじゃあな」
最後にそう言って、キリエスは上機嫌で帰って行った。
どいつもこいつも、俺をコケにしやがって――トルノは屈辱に身を震わせていた。
屋敷を荒らし回ったキリエス、あっさりこちらを切り捨てたサーザイン、事件の元凶ともいえるレン・オーバンス。
全員、ただではすまさないと心に誓った。
今すぐぶち殺してやりたいところだが、理性がそれにブレーキをかける。
復讐はいつでもできる。その前に、まずはギルドを立て直さなければならない。
屋敷は荒らされ、金目の物が持ち去られたが、それはまだいい。
金銭的な損害は大きいが、どうにかなるだろう。
問題は一緒に持ち去られた書類だ。
借金の証文など、犯罪ギルドの業務に係わる書類が多数持ち去られてしまった。
これは痛い。ギルドの収入に大打撃だ。
キリエスはそれを見抜いていたに違いない。警備隊の百人隊長だけあって、こちらの痛いところをちゃんとわかっている。
そしてギルドの評判もどうにかしなければいけない。
裏社会は弱肉強食だ。弱いところを見せれば、よってたかって食い物にされる。
サイアスが警備隊にやられた、といった話はすぐに広まるだろう。
それを聞いた他の犯罪ギルドは、こちらの縄張りに手を突っ込もうとするはずだ。それにも対処しなければならない。
問題は山積みだが、トルノは闘志を失っていなかった。復讐が彼の原動力になっていた。
その日の夜、トルノはギルドの屋敷に泊まった。
彼はギルドの屋敷とは別に、個人の家を持っている。いつもはそこに帰っているのだが、今日はあえて泊まることにした。
ボロボロになった屋敷で眠り、この屈辱を胸に刻み込むつもりだった。
怒りのせいでなかなか寝付けなかったが、それでも目を閉じていると、やがて眠りに落ちた。
そして深夜。
ふと何者かの気配を感じ、トルノは目を開けた。
ベッドの横に複数の男たちが立っていた。
誰だ――声を上げようとしたが、その前に男たちの一人が彼の口を押さえた。
トルノが最後に見たのは、自分に向かって振り下ろされる白い刃だった。
彼の体に刃を突き立てた男が、首に手を当てて死んでいることを確認する。
男は人間ではなくダークエルフだった。ゼルドである。
他の男たちも全員がダークエルフ、シャドウズの隊員たちだった。
彼らの目的はトルノの殺害。今、その任務は達成された。
一昨日の夜、シャドウズはカイルを宿屋からさらってきたが、それと比べれば今夜の方が簡単だった。
昨日までと違い、今日の屋敷はあちこちが破壊され、どこからでも入り込むことができた。
また一昨日は無関係な人間を傷付けないように命令されていたが、今回はそれもない。
可能な限り見つからないように、というのは同じだったが、見つかった場合は殺してもいい、ということになっていた。ここは犯罪ギルドの屋敷で、無関係な人間などいないはずだからだ。
だがそんな心配も無用だった、彼らは誰にも見つからずここまで来た。そして誰にも見つからず、静かに立ち去った。
翌朝、屋敷は昨日以上の大騒ぎとなった。