第132話 意図せぬ挟撃
トルノ・サイアスの前で、二人のギルドメンバーが身を縮こまらせていた。
二人はカイルの監視兼護衛として、彼と一緒の宿屋に泊まっていた。ところがそのカイルが消えてしまったのだ。
「じゃあカイルが自分から逃げたのか、誰かにさらわれたのか、それすらわからないっていうんだな?」
「すみません……」
二人はカイルと一緒の部屋で寝ていたが、夜中に誰かに起こされた――と思ったら強い衝撃を受けて気を失った。おそらく殴り倒されたのだろう。
朝起きると頭がズキズキと痛んだ。そしてカイルは消えていた。
状況から考えて、カイルが寝ていた二人を殴り倒して逃げた、というのがありそうな答えだったが、ケンカ慣れしている二人を、非力なカイルが一撃で倒したというのは考えづらい。それに今のところカイルには逃げ出す理由がない。
だったら誰かにさらわれたと考えるべきだが、だとすれば非常に鮮やかな手際だった。宿屋には他にも客がいたが、誰一人それに気付かなかったのだから。
「……まあいい。どっちにしろ、これで腹が決まった」
トルノの言葉に、二人は意外そうな顔をする。てっきり厳しい処罰を受けると思っていたのだが。
「あのレンとかいうガキを殺す」
ここ数日、トルノはレンについての情報を集めていた。
すると重要なことがわかった。
レン・オーバンスは確かにオーバンス伯爵家の息子だが、素行が悪く、勘当同然で家を追い出されたというのだ。
レンが寝泊まりしている場所もわかった。
てっきりどこかの宿屋に泊まっているとばかり思っていたが、なんと王都郊外の粗末な家を借り、ダークエルフたちと一緒にいるというのだ。
どうして貴族がそんなところに? と疑問に思ったが、勘当されたと聞いて合点がいった。
つまり金も権力もないのだ。
だからダークエルフばかりを連れ、ぼろ屋で寝泊まりしているのだ。
そしてこれなら殺せると思った。
貴族は権力者であり、これを殺すと後が問題だ。報復を覚悟しなければならない。
だが勘当されているなら話は違ってくる。
もちろん大っぴらに殺すことはできない。勘当されていても息子は息子、殺されたことが明らかになれば、伯爵家のメンツに関わってくるから捨ててはおかないだろう。
だが死体が見つからなければどうか?
皆殺しにして、死体はどこかに埋めてしまえば、殺したという証拠はなくなる。
状況から見て、トルノが疑われるのは間違いないが、伯爵家もやっかい払いができたと思い、そのまま行方不明扱いにするのではないか、とトルノは思った。
とはいえ確実ではない。だから準備だけ進め、まだ実行に踏み切ってはいなかったのだが、カイルの事件が最後の一押しになった。
おそらくレンがさらったのだ。カイルが向こうの証人になれば、マズいことになる。その前にレンを殺すと決めた。
「決行は今夜だ。お前らも一緒に行け」
監視役だった二人に命令する。
「やるからには絶対にレンを殺せ。わかっているだろうが、二度目の失敗はないからな」
「はいっ!」
二人はそろって頭を下げた。
その日の夜。
数十人の男たちが、たいまつなどの明かりも持たず、夜道を歩いていた。
今夜は月が二つ出ているので、歩くのに不自由はない。とはいえ、やはり明かりがないと色々と不便だ。それでも男たちが明かりを持たなかったのは、姿を隠す必要があったからだ。
彼らはトルノが雇った襲撃部隊だった。目指すはレンが寝泊まりしている家である。
数は五十人ほど。
その内、二十人ほどがレンの荷馬車を襲った盗賊や傭兵だった。
彼らは王都の郊外で、奪った品物の換金が終わるのを待っていたのだが、そこへトルノが声をかけた。
「お前らがまいた種だ。尻ぬぐいをしろ」
そう言って、はした金で彼らを働かせることにした。
残りの三十人は、金で雇ったチンピラや傭兵だった。
レンが連れているダークエルフの中に、手強い奴が混じっているのはトルノも承知していた。盗賊たちだけでは失敗するかもしれないと思い、さらに人数を集めたのだ。過剰かとも思えたが、念には念を入れて、これだけの大人数になった。
そんな彼らの中に、ジルムという男が混じっていた。
彼はかつては盗賊団の頭だったが、その盗賊団が壊滅し、一人で王都まで流れてきていた。そこで顔見知りの盗賊と会って、彼らのところに身を寄せていた。そんなところに今回の仕事の話が舞い込み、彼も力を貸すことになったわけだが……
乗り気がしねえ、と彼は思っていた。
相手はガキとダークエルフが十人ほど。
これだけの人数がいれば余裕だろう、と周囲の連中は気楽に思っているようだが、ジルムだけは違った。
彼の盗賊団が壊滅したのは、ダークエルフのせいだった。
今でもはっきりと思い出せる。化け物のように強かったダークエルフの小娘。
あれ以来、ジルムはダークエルフとは関わらない、と心に決めていたのだが、話の流れで今回の仕事に付き合うことになってしまった。
あまり前には出ず、後ろに下がっていよう、などとジルムは思っていた。
「目的の家はあの林の向こうだ」
男たちの一人が、前方の林を指差して言った。
彼は犯罪ギルド・サイアスのメンバーだった。今回の襲撃には、ギルドメンバーが二人加わっていて、その中の一人が、一応のリーダーになっている。
「林を抜けた先に小さな池がある。標的がいるのは、その池のほとりにある家だ」
男たちはそちらへ向かって進み、いよいよ林に近付いたところで、リーダーがまた口を開いた。
「林の中ではぐれるなよ。一応、道は通っているから――」
リーダーの言葉が途中で途切れ、ドサリとその場に倒れた。
「えっ?」
他の男たちは、何が起こったのかわからず呆然としている。
リーダーの胸には矢が刺さっていたのだが、それに気付かなかったのだ。
そして間髪をいれず二人目が倒れる。
今度は気付いた者がいた。
「弓矢だ! 狙われてるぞ!?」
カンのいい人間は、その言葉に反応して素早く身を伏せた。ジルムもその一人だ。
遅れた人間の中から、さらに一人、犠牲者が出る。
ここで残りの人間も慌てて身を伏せた。
「どこからだ!?」
「本当に弓矢なのか!?」
男たちは混乱して声を上げる。
静かに忍び寄って襲撃するという計画は、すでに破綻したといっていい。
言わんこっちゃない、とジルムは思った。やっぱり来るんじゃなかった。
男たちを射たのは、ガー太に乗ったレンだった。
彼は林の入り口のところに立っていた。
男たちとの距離は数十メートル。昼間ならはっきりわかる距離だが、夜の闇の中では林の影に隠れ、男たちからレンの姿は見えていなかった。
一方、ガー太に乗っているレンは夜目が利いた。月明かりだけで男たちを狙い、三本射て三本とも命中させた。
相手にしてみれば、見えない敵から一方的に攻撃されているようなものだ。
だが三人倒したところで、男たちは身を伏せてしまった。これではレンも狙いづらい。
レンがここで待ち伏せしていたのは、男たちがやって来ることに気付いていたからだ。
数日前のことだ。
不審な男が、レンの家の近くまでやって来た。男は遠目で家の方をうかがうと、そのまま帰っていった。
シャドウズのメンバーはそれに気付いていたが、何も手出しをせず、知らないふりをしていた。そして報告をレンに上げたのだ。
「不審な男が、この家を探りに来たようです」
「何しに来たと思います?」
「サイアスのメンバーではないかと。単に様子を見に来ただけならいいのですが……」
「襲ってくるかもしれないってことですか?」
「その危険もあります」
あるよなあ、とレンは思った。先日、キリエスと一緒にサイアスへ乗り込んでケンカを売ってきたのだ。向こうは犯罪ギルド、暴力に訴えてきてもおかしくない。
そこで夜に見張りを立てることになった。
今夜も見張りがいて、男たちがやって来ることに気付き、レンたちは慌てて迎え撃つ準備を整えた、というわけだった。
弓矢での先制攻撃は上手くいった。相手は身を伏せてしまったが、だったら次の手だ。
「カエデ、頼むよ」
「はーい!」
元気よく返事をしたカエデが、レンの横から飛び出していく。
「できる限り生け捕りだよ!」
「はーい!」
男たちも自分たちの方へ向かって、小さな人影が走ってくることに気付いた。
慌てて立ち上がり、その人影を迎え撃とうとしたが、
「ぎゃあッ!?」
「なんだこいつ、どうなってる!?」
たちまち悲鳴や怒号が上がるが、それは全て男たちのものだった。縦横無尽に動き回るカエデに、男たちは一方的に斬り伏せられていく。
ただ、一撃で死んだ者はほとんどいない。
レンは相手を捕らえて情報を聞き出したいと思い、できるだけ殺さないようにカエデに頼んでいたのだ。
言われた方のカエデは、彼女なりにやり方を考えた。
頭や胴体をぶった切れば相手は死ぬ。だったら手足を斬ればいいか、と考えたカエデは、それを実践した。
次々と相手の手足を切り落としたのだ。
斬られた方の相手は痛みに悶絶し、悲鳴を上げてのたうち回る。負傷者が続出し、ある意味、殺すよりも凄惨な状況になりつつあった。
さらに別の悲鳴が上がる。
男たちの一人が、別の何かに食いつかれたのだ。それを見た別の男が、これまた悲鳴のような声を上げた。
「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」
元々、夜は魔獣の時間だ。王都近郊にも魔獣は出没するので、普通の人間は夜に出歩いたりはしない。
さらに魔獣は戦いの気配や、血の臭いにも敏感だった。
戦いに吸い寄せられるように、一体のハウンドが現れ、男たちに襲いかかったのだ。
これがとどめとなった。
集団は崩壊し、男たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
そんな彼らに対し、カエデとハウンドは容赦なく攻撃を続ける。
さらにシャドウズたちも動いていた。
彼らは別にさぼっていたわけではない。夜間、カエデと一緒に攻撃に参加すれば同士討ちの危険があったため、突撃はカエデ一人に任せ――その方がカエデの方も存分に暴れられる、との計算もあった――彼らは男たちの逃げ道をふさぐため、背後に回ろうとしていた。
だが男たちが逃げ出すのが早すぎた。シャドウズが回り込むより先に男たちは逃げ出し、何人か捕らえはしたものの、十人ぐらいは逃がしたと思われた。
最後は襲ってきたハウンドをカエデが倒し、それで戦いは終わった。
「まさか魔獣に助けてもらうなんて……」
もちろん魔獣がこちらを助けたわけではないのはレンもわかっている。向こうは勝手に襲ってきただけで、結果としてそれがこちらの助けになっただけだ。一歩間違っていれば、こちらが襲われていただろう。
だが、とにかく勝った。それも大勝利――なのだが、あまり喜べない。
後に残ったのは、泣き叫び、助けを求める数十人の男たち。
生け捕るように頼んだのはレンだったが、まさかこんなひどい状況になるとは、これも予想外だった。
「誰か、ガトランさんに連絡して来てもらえますか」
ゼルドに頼む。
後のことは警備隊に任せようと思った。
夜道を一人の男が歩き続けている。
最初は走っていたのだが、疲れて足の動きが鈍り、息も絶え絶えになったが、それでも足を止めずに歩き続けている。
足を止めたら、暗闇からあいつが襲いかかってきそうで、止まることができなかった。
ジルムだった。
他でもない、一行の中で一番最初に逃げ出したのが彼だった。
暗闇の中から、それが襲いかかってきたとき、ジルムは悲鳴を上げていた。
「ひいッ!?」
忘れもしない、ダークエルフの少女の姿をした化け物。
本気で悪夢の中からそれが飛び出してきたのかと思った。そしてその姿を目にした瞬間、ジルムは逃げ出していたのだ。
周囲の連中が何か言っていたようだが、そんなものは耳に入らなかった。
結果としてそれが彼を助けた。
一番最初に逃げ出したおかげで、今回も逃げ延びることができたのだ。
背後を振り返り、誰も追ってきていないことを確認して、やっと大きく安堵の息を吐く。
「今度こそだ……」
自分に言い聞かせるように彼はつぶやく。
「もう二度とダークエルフとは関わらないからな」