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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第131話 深夜の誘拐

 深夜、宿屋のベッドで寝ていたカイルは静かな声で起こされた。


「起きろ」


 という声に目を開けると、眠気は一気に吹き飛んだ。

 暗い部屋の中、ベッドの周囲に数人の男たちが立っていて、しかもこちらに剣を突きつけていたのだから。


「静かにして、言う通りにしろ。わかったな?」


 カイルはうなずくしかない。

 トルノさんの指示か? という問いが口から出かかるが、どうにかそれを飲み込む。

 彼は周囲の男たちを、犯罪ギルド・サイアスのメンバーだと思い込んだ。

 ここはギルドの息のかかった宿屋だし、部屋には監視役のメンバーもいた。それなのにいきなり現れたのだから、男たちのことをギルドメンバーだと思うのも無理なかった。

 もしかして俺は切り捨てられたのか? と思った。危惧していたことが現実になったのだろうか。


 男たちは後ろ手にカイルを縛り、猿ぐつわをかませ――たまではまだよかったが、大きな布袋をかぶせられたところで、何だかおかしいと思い始めた。

 体全体がすっぽり入る大きな袋に入れられ、まるで荷物のように抱え上げられる。

 もし彼らがギルドメンバーだとして、ここまでする必要があるだろうか? 黙ってついてこいと言えば、カイルはそれに従うしかないのに……

 不安に思ったカイルだったが、今更どうにもできなかった。

 布袋に入れられたため、外の様子は全くわからなかったが、担ぎ上げられたり、ロープに巻かれて引き上げられたり、下ろされたりしたようだ。最後は荷馬車に乗せられ、かなり長い時間運ばれた。

 どこへ運ばれていくのか、ますます不安になる。

 やがて荷馬車がどこかに到着すると、カイルは担ぎ上げられ、しばらく運ばれてから固い床の上に乱暴に投げ出された。


「うっ!?」


 傷みにうめき声を上げていると、やっと布袋から出された。

 そこはどこかの部屋の中だった。

 まだ夜は明けておらず、室内にはランプが置かれていたが、それでも薄暗かった。

 そんな室内には、十人以上の人間がいた。いや、人間だけではなくダークエルフもいる。数は半々ぐらいだろうか。

 猿ぐつわも外されたので、カイルは大きく息を吐いた。

 そんな彼に、男たちの一人が声をかけてきた。


「俺はダルカンのシーゲルだ。知ってるか?」


「ダ、ダルカンのことは知っています」


 驚きながらもカイルは答える。

 犯罪ギルド・ダルカン。カイルが取引しているサイアスと対立しているギルドだ。

 ということは、俺はもしかしてギルド同士の対立に巻き込まれたのか、と思った。


「で、こちらがオーバンスさんだ。お前らが襲った荷馬車の持ち主だな」


 カイルはさらに驚いた。

 こいつにさらわれたのか、という驚きもあったが、それ以上に驚いたのが、そいつがダルカンの人間と一緒にいたことだ。

 商人の背後にいた貴族が、警備隊と組んで、自分のことを探しているのは知っていた。それがどうして別の犯罪ギルドの人間と一緒なのか。


「これからいくつか質問する」


 シーゲルが静かに言った。


「お前は聞かれたことに素直に答えるんだ。わかるな?」


「わかりました」


 カイルとしてはそう答える以外にない。


「名前は?」


「カイルです」


「カイルか。お前はこちらのオーバンスさんの荷馬車を襲ったな?」


「いえ、私は単なる――」


「おい」


 カイルの答えを最後まで聞かず、シーゲルは後ろに呼びかけた。

 するとダークエルフが一人、前に出てきて、いきなりカイルの顔を殴りつけた。

 ものすごい力だった。

 床に座っていたカイルの体は倒れ、ゴロゴロと転がる。

 手は後ろに縛られたままだったので、体勢を整えることもできず、痛みに耐えるしかなかった。

 殴ったダークエルフは彼の体を引き起こし、元の場所に座らせる。


「こっちはそれなりにお前のことを調べたんだ。ウソはすぐバレる。もう一つ言っとくと、このダークエルフたちは、お前らが殺したダークエルフのお仲間だ。お前を殺したくてウズウズしてるのを、俺が止めているんだ。わかるな?」


 カイルはこくこくとうなずいた。


「じゃあもう一度聞くぞ。お前はオーバンスさんの荷馬車を襲ったな?」


「襲ったといっても、私は下っ端で――」


 再びダークエルフが出てきて、今度は腹を殴られた。

 傷みに悶絶しているところに、三度目の質問が来る。


「お前が襲ったな?」


「ですから私は下っ端なので――」


 またもダークエルフが出てきたところで、


「待った! 待ってく下さい!」


 とカイルは叫んだ。


「しゃべります、しゃべりますから」


 懇願するように言う。

 ここまではカイルの計算だった。

 最初からペラペラしゃべっても疑われる。だからある程度、逆らってから話す。これで少しは信憑性が増すだろう。

 問題はどこまで話すか、だと思った。

 向こうは全部知っているような口ぶりだが、これはウソだと思った。もし本当に全部知っているなら、わざわざ尋問する必要もないはずだ。

 どこまで話すべきか考える。

 本当に全部話してしまえば、襲撃の発案者ともいえる自分は、間違いなく殺されるだろう。だが全部ウソを言っても通用しない。

 だったら本当のことを話しつつ、肝心な部分だけウソを混ぜる。

 これしか生き残る道はないと思った。




 シーゲルによる尋問の様子を見ながら、レンは顔をしかめていた。

 こういう暴力行為は苦手である。今すぐここから逃げ出したい。

 シーゲルからも、


「全部こちらでやりましょうか?」


 と言われたが、そこは断った。

 責任者として、イヤなことを他人に押しつけるわけにはいかない、なんて思ったからだったが、すでに後悔していた。

 こちらの世界に来てから、何度か戦いを経験したが、戦いと一方的な暴力は全然違う、というのを改めて思い知った。

 そもそもこの誘拐もシーゲルの発案だった。

 ルーセントからは、ギルドの上役だと彼を紹介された。

 シーゲルは一見すると穏やかそうな人間だった。暴力的な雰囲気がなく、犯罪ギルドの幹部だと言われても、そうは思えないほどだった。

 だが言動はやはりギルドの人間だった。


「あやしい奴がいます。身柄をさらって調べましょう」


 いきなりこれである。

 聞けば、確かに状況はあやしい。だが確かな証拠もなしに、いきなり誘拐というのはどうなのだろうか。

 悩んだレンだったが、結局は向こうの提案に乗った。

 手詰まりになっているので、情報が欲しかった。それに相手は犯罪ギルドの人間だ、という思いもあった。普段から犯罪行為を行っているような連中だ。多少手荒なことをされても文句は言えないだろう、と自分を納得させた。

 誘拐はシャドウズが行った。


「うちの連中が使えればいいんですが、そういうわけにもいかず……」


 シーゲルが動くと、ギルド同士の戦争になりかねないので、それは避けたいということだった。

 そこでレンはゼルドにできるか聞いてみた。


「できます」


 というのが彼の答えだった。

 シャドウズの隊員たちは、レンの屋敷に忍び込むという訓練を繰り返していた。

 ガー太とカエデに阻まれ、まだ一度も成功したことはなかったが、これは相手が悪すぎるせいだった。

 宿屋に忍び込んで人を誘拐する、というのも簡単ではないが、カエデもガー太もいないのだからやれるでしょう、というのがゼルドの答えだった。

 というわけでシャドウズに任せることにしたのだが、その際、レンは一つ条件をつけた。


「可能な限り、人を傷つけないで下さい」


 と頼んだのだ。

 相手が泊まっているのは普通の宿屋なので、無関係の宿泊客を巻き込むわけにはいかない。それにまだ犯人と決まったわけでもなかったので、手荒なマネは避けたかったのだ。

 ゼルドたちは、この難しい注文に見事に応えてくれた。

 カイルには見張りが付いていたが、その見張りを一撃で気絶させ、他の客にも気付かれずに誘拐することに成功した。

 シーゲルもその見事な手並みに感心して、


「うちのギルドにほしい」


 と言っていたほどだ。

 宿屋からさらった後は、全てシーゲルが準備してくれていた。

 馬車に身柄を積み込み、王都の門を抜けてレンがいる郊外の家まで運んできた。門番には賄賂でも渡していたのか、ノーチェックで通れたようだ。

 シーゲルも自分の部下たちと一緒にやってきた。

 そして尋問開始となったわけだが、どうやら読みは正しかったようだ。

 最初は言い逃れしようとしていたカイルだったが、殴られるのを恐れて、本当のことを話すことにしたようだった。




 カイルはこれまでのことを正直に話した。

 情報を仕入れ、盗賊団に話をつけ、それが成功した後は、品物をさばくために王都までやって来たことを。また、自分は段取りしただけで、実際の襲撃には関わっていないことを特に強調しておいた。

 そしてその中に一つ、大きなウソを紛れ込ませた。

 それは全ての発案者が、犯罪ギルド・サイアスのボス、トルノだというウソだった。

 最初に思い付いたのがカイルだと知られたら命はない。だからトルノに罪をかぶせることにした。その一点に、生き残りをかけたといってもいい。


「じゃあ最初に言い出したのはトルノなんだな?」


 そんなシーゲルの質問に、カイルは答える。


「そうです。誰かから、ジャガルの街でダークエルフが運送屋を始めたらしいって話を聞いたようで、ちょっと探ってこいと命じられました。本当にダークエルフがそんなことをやってるなら、裏切らせたりして、盗むこともできるんじゃないか、みたいな感じで」


「王都にいるトルノが、わざわざジャガルの街まで行かせたのか?」


「私は元々、ジャガルの方へ行くつもりだったんです。さっきも言いましたが、私はギルドの人間じゃなく、あちこち行っては、そこでちんけな犯罪を繰り返してます。トルノさんも、ついでに調べてこい、ぐらいだったと思います。ところが実際行ってみると、色々と上手く話がつながって……」


「まんまと荷馬車を奪うことに成功した、というわけか」


 シーゲルは、カイルの言葉に納得したようにうなずくと、レンに訊ねた。


「どうするオーバンスさん?」


「どうするっていうのは?」


「こいつは知ってることを全部しゃべったようだ」


 奪った荷馬車がどこにあるか、盗賊たちがどこにいるか、カイルは知っている限りのことを話していた。


「もう用済みだし、こっちで始末しましょうか? それともそっちで殺して、死体の始末だけ請け負ってもいいですよ」


「それは……」


 レンが迷ったそぶりを見せたその瞬間、カイルは動いた。

 彼はまさに今この瞬間に賭けていたのだった。

 カイルはレンの方へと走った。

 近くいたダークエルフたちが、慌てて彼を取り押さえようとしたが、その前に彼はレンに向かって平伏した。

 腕を縛られたままだったので、倒れるような不格好になったが構わない。彼は必死にレンに懇願した。


「どうか、どうか命までは! 知ってることは全部話しました! やれと言われればなんでもやります! ですからどうかお助け下さい!」


 さっきまで話をしながら、カイルはずっと周囲の人間やダークエルフたちを観察していた。

 シーゲルとその部下はダメだった。彼は一見穏やかそうだったが、犯罪ギルドの人間らしく、目には酷薄な光が宿っていた。どんなに命乞いをしても無駄だろう。

 ダークエルフたちも同じだった。こちらを見る目は冷たく、助けは期待できそうもない。

 唯一、哀れむような目でこちらを見ていたのが、この貴族の少年だった。

 彼には甘さがある、と見たカイルはそこに賭けたのだった。

 はたして、レンは困った顔になった。

 平凡な日本人だったレンだが、こちらの世界に来てから人を殺したことがある。以前の盗賊退治で、一人の盗賊を弓で射貫いたのだ。その時は、自分でも驚くほど冷静だったが、今回は冷静でいられなかった。

 戦いの中なら、敵を殺せるかもしれない。だが、目の前で命乞いをしてくる相手を、あっさり殺せるほど非情になりきれなかったのだ。

 これが主犯ならば、心を鬼にできたかもしれない。だが相手は命じられただけで、しかも襲撃には直接加わっていないという。どこまで本当かわからないが、そういう相手を殺すのには覚悟が必要だった。


「……あちこちの犯罪ギルドに顔が利く、みたいなことを言いましたね?」


「はい! これでも顔は広い方でして」


 カイルが必死の形相で言う。

 その顔を見て、レンはやっぱりダメだと思った。甘いと言われそうだが、自分には彼を殺せそうもない。ここで殺せば、後々まで悪夢にうなされそうだ。


「シーゲルさん。彼を殺すのは待ってもらえますか」


「こちらは別に構いませんが」


「ゼルドさんもそれでいいですか?」


「領主様がそうおっしゃるなら」


 ゼルドは当然のように言った。他のダークエルフたちを見ても、誰も不満そうな顔をしていない。それでレンの心は決まった。


「彼には使い道があるかもしれません。だから今は殺さないでおきます」


 ウソではなかった。思い付いたことがあるのは本当だ。しかしそれは一番の理由ではなかった。

 この決断が正しかったことを祈るしかない。


「それよりも優先すべきことがあります。まずは犯人の盗賊たちを倒しましょう」


 やっと見つけたのだ。まずはそっちだと思った。

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