第130話 犯罪斡旋業者
「お前の言った通り、裏切り者がいた」
トルノの言葉に、
「やっぱりそうでしたか」
と男がうなずく。
話し合いが行われていたのは、犯罪ギルド、サイアスの拠点の一室だった。
ボスのトルノの前に座っている男は、農夫とか、商店の下働きとか、そんなどこにでもいそうな感じの中年男性だった。犯罪ギルドには似つかわしくないように思えたが、その平凡な外見にだまされてはいけない。
男の名前はカイル。
ダークエルフの荷馬車を襲った傭兵たちに、酒場で声をかけた男であり、荷馬車の襲撃から始まった今回の騒動、その原因ともいうべき男だった。
とはいえ彼は自分では誰も殺していないし、傷つけてもいない。実行したのは全て盗賊と傭兵たちだ。今回に限らず、これまでずっとそうだった。
カイルは自らのことを、犯罪斡旋業者と名乗っていた。
世の中には力はあるが情報を持たない者たち、逆に情報を持っているがそれを生かす力のない者たちがいる。彼はそういう人々を引き合わせて「仕事」の段取りをつけるのだ。
今回の場合、発端はジャガルの街に立ち寄ったときに聞いた話だった。
なんでもダークエルフを使う運送屋が、業務を急拡大させているらしい。
カイルはそこに金の臭いを嗅ぎ取った。
何でもそうだが、新しいものが大きくなるときは、周囲に軋轢を生む。そこに上手くつけいることができれば金になる、というわけだ。
その後、とある盗賊団から「何か手頃な獲物はいないか?」と相談を受け、彼の計画は本格的に始動した。
情報を集め、仕事をクビになった傭兵たちに接触して仲間に引き込み、盗品の売却先としてサイアスと渡りをつけたのも彼だった。
彼は今まであちこちの街を渡り歩き、様々な仕事に関わってきた。サイアスとも何度も取引をしたことがあるが、サイアスのメンバーではない。顔は広いが、どこの組織に属したこともない。あくまでフリーの立場だった。
また仕事の段取りは行うが、実行には加担はしない。彼は自分が荒事に向いていないのをよく知っていた。
物事には向き不向きがあるからな、と思っている。無理して苦手分野に手を出すことはない。
そして無事仕事が終われば、それなりの分け前をもらい、次の仕事を探して別の街へ――というのが彼の行動パターンだった。
今回の仕事も無事終わったと思っていた。後は品物の査定が終わるのを待つだけだ、と。
ところがここに来て風向きが変わってきた。
ボスのトルノから、話があるから来いと呼び出されたのが一昨日のことだった。
この時点で嫌な予感がした。
ボス直々の呼び出しである。何かトラブルが起きたとしか思えなかったが、特に心当たりはない。不安に思いながらギルドを訪れると、
「さっき警備隊の百人隊長が乗り込んできてな――」
トルノから聞かされたのは、予想外の出来事だった。
盗まれた荷馬車を追って、貴族がここまでやって来たというのだ。
彼らが襲った荷馬車は商人の持ち物だったが、商人の背後にオーバンス伯爵家がいることはカイルも知っていた。
その貴族が犯人捜しをするかもしれない、というのも予想していた。
襲撃したときのことを思い出す。
なんだかイヤな予感がしたカイルは、盗賊たちをせかして、急いで王都までやって来たのだ。そしてここまで来ればもう大丈夫、と安堵した。
盗品を王都に持ち込むまでは推理できるかもしれない。だが一度王都に持ち込んでしまえば追跡は困難だ。多くの人と物が行き交う王都で、手がかりもなしに特定の品物を探すのは不可能に近い。商人も取引について口外したりしないだろう。
ところが、その貴族はここまでやって来たという。しかもこんなに短期間で。どうやったらそんなことができるのか、可能性があるとしたら……
「カイル。お前、今回の仕事は上手くいったと言ったな? 何の手がかりもも残さなかったと」
可能性について考えたのはトルノも同じだったようだ。
「だとしたらおかしくないか? 手がかりもなしに、連中はどうやってここを突き止めたんだ?」
「手がかりは残していません」
カイルは断言した。ここで弱気を見せれば、さらに疑われてしまう。
「盗品を王都で売りさばくのはよくあることですから、そこまでは予想できるかもしれませんが、そこから先、ここまでたどり着くような手がかりは残していません」
「だったら奴らはどうやって調べたんだ? 本当に手がかりは残さなかったのか?」
手がかりがなければここには来られない。だったらウソをついているのではないか――単純だがよくある話だ。
「何度も言いますけど、残していません」
「だったらどう説明する?」
「一つ思い付いたことがあるんですが……」
言いにくそうにカイルは言う。
「言ってみろ」
「ギルドから情報が漏れた、ってことは考えられないでしょうか?」
「俺たちの中に裏切り者がいるって言いたいのか?」
最初から不機嫌そうだったトルノの顔が、さらにもう一段、不機嫌になった。今にもカイルを殺しそうな目付きである。
部屋にはトルノの他にもギルドメンバーがいたが、彼らの目も一様に厳しくなる。室内の雰囲気は最悪だった。
ひるみそうになる心に活を入れ、カイルは口を開く。
「もし連中が手がかりを持っていたなら、それをボスに突きつけたんじゃないですか? 動かぬ証拠があるぞって。でもそれはなかったんですよね?」
「……なかったな」
トルノが少し考えるそぶりを見せた。
「だったら向こうが持ってる情報源は、こちらに知られちゃマズいってことなんでは?」
ギルドの中に裏切り者がいたとしたら、向こうはその名前を出せるはずがない。
本当に裏切り者がいるのかどうか、カイルにも確信があるわけではなかったが、それぐらいしか思い付かなかった。
話を聞いたトルノはしばらく黙り込んだ。カイルの言ったことについて考えていたようだが、
「……いいだろう。こちらで一度調べてみる。お前もしばらく身を隠しておとなしくしていろ。宿はこちらで用意するし、護衛もつけてやる」
護衛と言っているが、見張りだろうと思った。つまり疑いが晴れるまで、軟禁しておくと言っているのだ。
断ったら疑われるだけなので、カイルは言われた通りにした。
それが一昨日のことだった。
犯罪ギルドが用意した宿屋に行き、昨日も一日中、外出することもなく、部屋で見張りと一緒におとなしくしていた。
そして今日の昼過ぎ。
再びトルノに呼び出され、裏切り者がいたことを告げられた、というわけだった。
「あれから、もう一度聞き取り調査を行ったんだが……」
事件について、外部の人間に漏らした者はいなかった。
だが当品を買い取ろうとしている店主が、気になることを言ったのだ。
「そういや何日か前、メンバーの一人に、荷馬車が持ち込まれなかったか聞かれましたけど……」
聞いてきたのはハードリーという男だった。下っ端のメンバーでしかもダークエルフ。どう考えてもあやしい。
さっそくハードリーを問い詰めた。最初は知らないと言っていたが、痛めつけると白状した。
知り合いのダークエルフに、そういう話がないか調べてくれと頼まれたらしい。本人はちょっとした小遣い稼ぎのつもりでした、なんて言っていたが、そんな言い訳が通用するはずもない。
「裏切り者は始末した。後はこれからどうするかだ。その知り合いのダークエルフの家にも何人かメンバーを行かせたが、どうやら逃げたようで行方知れずだ」
「すでに情報が知られたとなると、向こうも簡単にはあきらめないでしょうね。だったらもう、思い切った手段で解決するというのはどうでしょう?」
「思い切った手段?」
「その相手の貴族を殺すんです。そうすればきれいに片付くと思うんですが」
「簡単に言ってくれるな。貴族を殺すってことが、どれだけ危険かわかってるんだろうな?」
「それはわかっています。でもいつまでも付きまとわれたら、トルノさんも迷惑するのでは? だったら根本的に解決するしかないと思いますが」
ウソである。
カイルの考えでは、トルノが取れる手段は一つではなく三つあった。
一つはこのまま知らぬ存ぜぬを押し通すこと。
どうやら向こうも確実な証拠は持っていないようなので、それで押し通せる可能性は十分ある。だがあきらめてくれるかどうかは向こう次第で保証はない。
だったらいっそ殺してしまえというのが二つ目。ただしこちらは大きな危険を伴う。相手が平民ならともかく、貴族を殺すのは重大な犯罪だ。状況から見てトルノが疑われるのは確実だし、もしバレたりしたらトルノも無事ではすまないだろう。
そして三つ目の方法。
それはカイルたちを切り捨てることだ。
自分は何も知らなかったということにして、カイルや盗賊たちの情報を相手に渡してしまうのだ。そんなことをしてもトルノに得る物はないが、失う物もない。カイルたちはギルドのメンバーではないから、どうなろうと知ったことではない。
犯罪ギルドとしてメンツや、それで相手の気がすむのか、という問題はあるが、一つの解決策だろう。
カイルとしては、この三番目の方法を取られるのが一番困る。トルノに見捨てられたらそこで終わりだ。
組織に属さず、常に一人で行動しているカイルは、こういう場合の対策についても考えていた。
それは対立を煽ることだ。
今回の場合だと、トルノと相手貴族との対立が決定的になれば、カイルが売られる心配はなくなる。
だから彼は強攻策を主張した。
「確かに貴族を殺せば大事になります。ですが何事もやりようでしょう。仲間割れを装って始末するとか、皆殺しにして死体を処分して見つからないようにするとか、証拠を残さなければいいんです」
「そう簡単にいくかな?」
「トルノさんにはそれだけの力がある。違いますか?」
「……殺すにしても、相手のことをよく調べてからだな」
トルノも犯罪ギルドのボスである。暴力にためらいはないし、部下の手前、弱気なところも見せたくないはずだ。
そんなカイルの読みは正しかったようだ。トルノは乗り気になっているように見えた。
「もちろん相手のことをよく調べてからです。向こうは貴族といっても、東部の田舎者です。王都に自分の屋敷は持ってないでしょうから、まずはどこに泊まっているのか、そのあたりからですね」
「いいだろう。殺すかどうかは相手の状況次第だ」
ひとまず対立の流れは作れたとカイルは思った。
後はこの流れを推し進めていけばいい。
一度両者が激突してしまえば、後はどっちに転んでもいいとカイルは思っていた。
トルノが相手を殺せればそれでいい。
逆にトルノが負けそうになっても、その時はさっさと逃げ出せばいい。
自分のような小物にかまけているほど、向こうもヒマではないだろう――少しの自嘲を込めて彼はそんなことを思った。
これで話し合いは終わり、カイルはギルドの屋敷を出て、監視役兼護衛のギルドメンバーと一緒に、軟禁されている宿屋に戻った。
そんな彼らを密かに尾行している者がいた。
彼らは昨日の夜からサイアスの屋敷をずっと監視していた。少し離れたところにある家の二階を借り、そこから屋敷に出入りする人間をチェックしていた。
監視は数人組だったが、その中の一人が、屋敷を出たカイルの尾行についた。
カイルたちは、自分たちが尾行されていることに全く気が付かなかった。
尾行はカイルたちがとある宿屋に入ったことを確認すると、報告のために戻った。
「このタイミングで見慣れぬ来客か……」
監視からの報告を受け取った男――シーゲルは考え込むようにつぶやいた。
カイルの後をつけた男を含め、サイアスの屋敷を監視していた者たちは、全員がシーゲルの手下だった。
犯罪ギルド・ダルカンの幹部である彼は、そういうことに長けた男たちを飼っていた。今回もさっそく彼らが役に立ってくれたというわけだ。
昨日、ルーセントからの頼みを受けた彼は、すぐに行動に移った。
犯罪ギルド・サイアスの拠点を監視し、何か動きがないか四六時中見張ることにしたのだ。
これほど迅速に行動できたのには理由がある。あらかじめ準備してあったのだ。
以前、シーゲルの所属する犯罪ギルド・ダルカンは、サイアスともめ事を起こしたことがあった。幸か不幸か、そのもめ事は大事にならずに一応収まったが、両者の対立関係は残った。
そこでいざという時に備え、シーゲルは向こうの拠点の見張り場所を作っておくことにした。近くの家の住人を抱き込んだのだ。定期的に金を渡し、必要なときはすぐにそこの二階を借りられるようにしておいた。
その監視が有益な情報を運んできてくれた。
見慣れぬ客とは何者だろうか?
今回の事件とは無関係の第三者、という可能性もあるが、やはり事件の関係者と考えるべきだろう。
なにしろ警備隊の百人隊長が乗り込んできたのだ。すぐに動きがあるだろうとは思っていた。
その人物が何者なのか、一番手っ取り早く調べるのは身柄を拉致することだが、向こうのギルドメンバーが護衛についているらしい。
強引にさらおうとして失敗したら、最悪の場合、こちらが動いていると知られることになる。現時点でダルカンが動いていることは知られたくなかった。
今回の動きはシーゲルの独断だ。それが原因で犯罪ギルド同士の戦争になったりすれば、シーゲルの責任問題にもなる。
取りあえず話を持って行ってみるか、とシーゲルは思った。
ダークエルフたちを引き連れ、王都まで乗り込んできた貴族の息子――レンという名前だったはずだが、報告を理由にして、そいつに会いに行くのだ。
彼がルーセントの頼みを引き受けたのにはいくつか理由があったが、最大の理由は、レンという男に興味がわいたからだった。
ダークエルフだけを引き連れているのもそうだし、王都について早々、警備隊の百人隊長を味方に引き込んだ手腕も見事だ。先日、王都近郊で魔獣の群れが出る騒ぎがあったのだが、なんとそれにも絡んでいるという。
普通の貴族は、犯罪ギルドの人間に会ったりしないものだが、ルーセントは、レンなら会ってくれるだろうと言っていた。
それが本当かどうか、確かめてみようと思った。