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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第128話 犯罪ギルド・サイアス(下)

 キリエスは軽い笑いを浮かべながら、トルノの向かいのソファーに座ると、前のテーブルの上にドカッと足を乗せた。

 その態度に周囲のギルドメンバーたちがピクリと顔を動かしたが、向かい合うトルノは余裕のある表情を変えない。

 レンはどうしたものかと迷ってから、ちょっと遠慮気味にキリエスの隣に座った。

 ディアナ、リゲル、ゼルドの三人は、ソファーの後ろに立ったままだ。

 レンたちと一緒に入ってきた犯罪ギルドのメンバーもそのまま残り、室内の人数は二十人近くになった。

 テーブルを挟んで座るレン、キリエスとトルノ、それをぐるりと男たちが囲んでいる構図だ。

 部屋はそんなに狭くなかったが、これだけの人数がいるとかなりの圧迫感があった。しかも周囲の男たちは敵意に満ちた目でこちらをにらんでくるのだ。はっきりいって怖い。

 だが隣のキリエスは、こんな状況でも平気そうで、大した度胸だとレンは感心した。

 向かい合って座ったところで、最初に口を開いたのはキリエスだった。


「トルノ。なんで俺がわざわざこんなところまで来たか、わかるか?」


「いえ全く。我々は警備隊の皆さんのお世話になるようなことはやっていません。この地区の百人隊長のサーザイン様とも、いい関係を築けています。わざわざ他の地区の百人隊長さんがお越しなるなど、思ってもみませんでした」


 これまで余裕の笑みを崩さなかったキリエスが、初めてイラッとした表情を浮かべた。サーザインという名前に反応したようだったが、すぐにまた元の顔に戻る。


「俺が行ったあの店、お前らの手引きで盗品を扱ってるよな?」


 キリエスはいきなり切り出した。


「いきなり言いがかりですか。あそこはまっとうな商売をしている店と聞いていますよ。商品の買い取りも行っているそうですが、出所もちゃんと確認しているとか」


「そんなヨタ話を信じるとでも?」


「信じるも何も、私たちもそう聞いているだけですから。万が一盗品を扱っているのだとしたら、私たちもだまされた被害者ですよ」


「被害者じゃなくて、お前らが黒幕だろうが」


「それは誤解ですね。あの店では、私たちのメンバーもたまに物を買ったりしますが、それだけの関係です。詳しい商売の内容までは知りません」


 トルノは穏やかな態度を崩さず答える。何を言われたところで大丈夫、といった余裕がうかがわれた。


「おいチンピラ。俺がわざわざここまで来たんだ。それをわかった上で言ってるんだな?」


 キリエスが敵意もあらわに言った。まるで、これが最後のチャンスだぞ、と言わんばかりの調子だったが、トルノの態度は変わらない。


「ご足労をおかけしたとは思いますが、わからないことはわからない、としか言えませんな」


「そうか。じゃあ次はこんな平和な話し合いじゃなく、兵士たちを連れてくることになるな」


「どうぞご自由に、と言いたいところですが、ここはキリエスさんの担当地区ではありませんよね? サーザイン様に断りもなく兵を動かしたりすれば、そちらも困ったことになるんじゃないですか?」


 キリエスは黙ってトルノをにらみつけた。


「……どうやらお話はそれで終わりのようですね。ではお帰り下さい」


 キリエスはスッと立ち上がってトルノを見下ろす。


「お前は俺を完全に敵に回した。そのことをよく覚えておくんだな」


「覚えておきましょう。おい、客人のお帰りだ」


 トルノの言葉に従い、男たちの一人がキリエスの肩に手をかけ、


「どうぞこちらへ――」


 と言いかけた男の顔面を、キリエスはいきなり裏拳で殴りつけた。


「汚い手で、俺にさわるな」


 鼻をつぶされた男が悲鳴を上げて倒れるのを見て、他のギルドメンバーたちが反射的に動こうとした。だが、それより先に動いたのがゼルドだった。

 誰よりも速く剣を抜いたゼルドは、それを男たちに向かって突きつけた。

 機先を制された犯罪ギルドの男たちが、ピタリと動きを止める。

 下手に動けば斬る――無言だったが、ゼルドの目はそう言っているかのようだった。

 彼にわずかに遅れ、リゲルも剣を抜いて構えていた。

 ディアナは剣を抜かず、オロオロとした様子で周囲を見回している。

 そしてレンは周囲の騒ぎにも動じることなく、ソファーにどっしりと座ったままだった――ように見えたが、実際は急展開についていけず、呆然としていただけだった。


「なんでダークエルフなんかを連れてるのかと思ってましたが、さすがは百人隊長。腕利きの護衛というわけだ」


 感心したようにトルノが言う。彼もゼルドの素早い動きに驚いていたようだが、冷静さは崩していない。


「こいつらは俺の部下じゃねえよ。こいつの部下だ」


 キリエスがレンを見て言う。


「こちらの方はどなたです?」


 トルノがレンを見て訊ねた。それまで彼はレンに全く興味を示していなかった。おそらくキリエスの部下だと思っていたのだろう。


「こいつはレン・オーバンス。オーバンス伯爵家のご子息様だよ。そしてお前らが襲った荷馬車の持ち主だ。奪われた荷物を取り返し、犯人どもにケジメをつけるため、わざわざここまで出向いて来たってわけだ」


 キリエスは挑発するような笑いを浮かべた。


「わかるか? お前らは伯爵家を敵に回したんだよ。俺と一緒にな。中途半端じゃ終わらないから覚悟しておけよ」


「ですから誤解ですよ。我々は荷馬車など襲っていません」


「そんな言い訳がどこまで通用するか、楽しみにしてるよ。帰るぞレン」


「えっ? あ、はい」


 慌ててレンも立ち上がった。

 まずキリエスが部屋を出て行き、その後にレン、最後にダークエルフの三人が出て行った。

 室内にギルドの人間だけが残ったところで、トルノの表情が一変した。

 ずっと穏やかだった顔が消え去り、迫力のある険しい顔が浮かび上がる。

 これが犯罪ギルドを率いるトルノの素顔だった。


「おい、誰かカイルの奴をここに呼んでこい。すぐにだ」


 殺気のこもった声でトルノは命じた。




 屋敷を出たキリエスは、無言のまま通りを進んでいく。

 気まずいなあ、と思いながらレンはその後ろに続く。

 何か声をかけた方がいいだろうか? でも怒ってるんだとしたら、話しかけるのもなあ……

 なんて思っていると、通りの角を曲がったところでキリエスが立ち止まり、


「クソがッ!」


 いきなり道の横の塀を、思い切り蹴りつけた。

 石造りの頑丈そうな塀が、衝撃でわずかに揺れた。

 そこでキリエスは一度大きく息を吐くと、


「すまん。勝手に突っ走っちまった」


 レンに向き直って謝ってきた。


「よして下さいよキリエスさん」


「けどお前の意見も聞かずに連れ回したあげく、何の解決にもならなかった」


「それは確かにそうですけど……」


 最初の店に行ってからは、ずっとキリエス主導で行動してきた。


「僕が一人で行ってたとしても、向こうがあんな調子じゃ話し合いにならなかったと思います」


 きっとあの店主のところで話は終わり、後日出直すことになっていただろう。少なくとも犯罪ギルドのボスのところに乗り込んだりは、できなかっただろう。


「それにしても犯罪ギルドって結構強気なんですね。警備隊を相手にしたら、もっと素直に言うことを聞くと思っていました。甘く見てたみたいです」


「すまんな。俺に力がなくて」


「いえ、そんな――」


「冗談だよ。言っとくが、相手が俺の担当地区の犯罪ギルドなら、あんな、なめた口は利かさなかった」


「そういえば、そんなことを言っていましたね」


 相手のトルノの口から、別の百人隊長の名前が出ていたはずだが思い出せなかった。


「サーザインだな。このあたりを担当している百人隊長だ。基本、その地区のことはその地区の百人隊長の仕事だから、俺も好き勝手には動けないんだ」


「じゃあそのサーザインさんに協力してもらう必要がありますね」


 その言葉に、キリエスは微妙な顔になった。


「何か問題でも?」


「はっきりいって、奴とは仲が悪い」


「あー……」


 それだけで事情を察した。

 仕事上の人間関係、ということではサラリーマン時代のレンも苦労した経験がある。

 レン自身は良くも悪くも浅い人間関係を保っていたので、仕事上の付き合いだと割り切ることができた。合わない人間というのもいたが、深刻な問題になったことはない。

 だが、そうではない人もいた。仲の悪さが仕事にも影響して、トラブルに巻き込まれたこともある。


「そこは仕事ってことで、好き嫌いを脇に置いておくのはダメですか?」


「無理だな。俺は奴をクソ野郎だと思っているし、向こうも同じようなものだろう」


 かなり深刻なようである。


「でもその人の協力がないと、キリエスさんも動きづらいんですよね?」


「それが問題だ」


「縦割り組織の弊害ですね……」


 異世界であっても、人間社会の問題はどこも同じかと思った。


「縦割りか。上手いこと言うな」


 どうやらこの世界にはそういう言い方がなかったようで、キリエスに感心されてしまった。

 ちなみにこれ以降、縦割りという言葉はこの世界でもじわじわと広がっていき、やがて一般的な言葉となる。おそらく、この世界でそれを最初に言い出したのはレンである。


「後、トルノのあの口ぶりじゃ、サーザインとの付き合いもかなり深いようだしな。こちらが何を言ったところで無視されて終わりだろう」


「付き合いって、もしかして賄賂を送ってるとか、そういう付き合いですか?」


「そういう付き合いだ。ただ、これは奴らを弁護するわけじゃないが、警備隊と犯罪ギルドでも、ある程度の付き合いってのは必要だ。正直な話、警備隊だけで街の事情を全て把握するのは難しい。犯罪ギルドからも情報を得ることで、仕事を効率的にこなすことができる」


「必要悪ってことですか? 例えば小さな犯罪を見逃す代わりに、大きな犯罪捜査に協力してもらうとか?」


「そういう場合もあるな。俺も奴らと馴れ合うつもりはないが、それでも最低限の付き合いはある。問題なのはどこまで付き合うか、だ。サーザインって野郎は深く付き合いすぎてる」


 王都警備隊と犯罪ギルドのそういう関係について、レンはいいとも悪いとも判断を下せなかった。

 本当に付き合いが必要なのか、どこまで必要なのか、当事者でないレンにはわからない。

 そもそもレン自身、ダークエルフと一緒に密輸を行っているのだ。これもこの国では立派な犯罪行為である。王都警備隊の行動に、あれこれ言う資格はないと思った。

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