第126話 聞き込み
ハードリーが商人から聞いた話は、すぐにルーセントへと伝えられ、彼は再びレンの家を訪れることになった。
「時期的に見て、これの可能性が高いとは思いますが……」
「けれど、まだ確実じゃないですよね」
ルーセントの話を聞いたレンはそう答えた。
「もう少し、詳しい内容はわかりませんか?」
盗品として荷馬車が持ち込まれたというのはわかったが、それ以上の詳しい話は聞き出せなかったようだ。
レンは荷馬車に積まれていた商品の、おおよその目録を持ってきている。これとその商人に持ち込まれたという品物を付き合わせることができれば、はっきりするはずだと思ったが、
「ちょっと難しいですね。この話を聞いた男はギルドの中でも新入りで、詳しい情報を知る立場にありません。商人にしつこく聞きに行っても、教えてくれないだろうし、逆に怪しまれるかもしれません」
「僕が聞きに行っても無理ですよね?」
「向こうも危ない商売をしているのはわかっています。領主様が聞きに行ったとしても、素直には教えてくれないでしょう」
「ルーセントさんでも無理ですよね?」
「同じギルドならともかく、その商人は別の犯罪ギルドの傘下です。しかもうちのギルドとは仲が悪い」
王都の犯罪ギルドの関係は複雑だ。利権やナワバリなどで、対立していたり協力していたり。小さな犯罪ギルドは、たいていどこか大きな犯罪ギルドの下部組織だから、下同士のもめ事で上がぶつかることもある。
ルーセントのいる犯罪ギルド・ダルカンと、問題の商人の上にいる犯罪ギルド・サイアスは、以前にもめ事を起こしたことがあり、それ以来ずっと対立が続いていた。サイアスも百人以上のメンバーを抱える大きなギルドで、規模はダルカンと変わらないぐらいだ。
そんなところへルーセントが出て行けば、抗争の引き金になりかねない。
「じゃあ警備隊のキリエスさんに頼むというのは?」
「百人隊長でしたか? 微妙なところですね……」
「微妙ですか?」
レンのイメージだと、警備隊の隊長が出て行けば、犯罪ギルドの人間も素直に言うことを聞く、といった感じだったのだが、
「基本的に犯罪ギルドと警備隊では、警備隊の方が上です。ただ今回の場合は証拠がない。サイアスも大きいギルドだし、メンツもあるんで素直に言うこと聞くかどうか。向こうが突っぱねたら、警備隊もそう無茶はできません。まあ、あっさり協力してくれる可能性もありますが……」
どうやら単純ではないらしい。だがこれからどうするにしろ、一度話をしておくべきだろうと思った。
「とりあえず一度連絡してみます。貴重な情報、ありがとうございました」
これでルーセントは帰っていった。
そしてレンもすぐに出かけることにする。キリエスに会いに行くつもりだったが、直接壁の中にある詰め所へは向かわず、まずは郊外にいるガトランに会いに行く。
直接キリエスに会いに行ってもいいのだが、向こうにも都合があるだろうし、いるかどうかもわからない。
だから彼に会いたいときは、まずガトランに会いに行き、そこから連絡を取ってもらう手はずになっていた。同じ百人隊長でも、外回りのガトランの方が会いに行きやすいし、もし彼が不在の場合でも、ちゃんと対応するよう部下に命じてくれているから問題ない。
現代日本なら電話一本ですむことが、ここでは色々とややこしい。
だが今のレンには多少の不便は気にならなかった。やる気に満ちていたからだ。
ここ数日、何もすることがなくて手持ちぶさただったところへ、やっと手がかりらしい話が入ってきたのだ。
前回会った時に、ルーセントからは、
「こちらで調べるので、領主様は動かず待っていて下さい」
と言われていた。つまり余計なことはしないで下さい、というわけだ。王都に関しては彼の方が詳しいだろうし、レンは言われた通り連絡を待ってじっとしていた。
ゼルドたちも全員が同じように家で待機していた。
これが領地にある屋敷だったら、温泉にでも入ってのんびり待っていることもできたのだが、ここにはそんなものもない。この家には風呂もなかったので、近くの池で水浴びするしかなかった。
風呂については、入ろうと思えば入れた。王都とその周辺には、多数の浴場が整備されていたからだ。
この世界の人間は風呂好きである。
これは宗教も絡んでくるらしいが、体の汚れが魔獣を呼ぶ、という話が広まっているようで、できる限り体を清潔に保とうとしているようだ。
そのため設備の整っていない田舎では無理でも、大きな都市だと必ずといっていいほど浴場が整備されている。
王都にも貴族が利用するような高級浴場から、庶民が利用するような大衆浴場まで、様々な浴場があった。だからレンもそこへ行けばお風呂に入れたのだが、残念ながらダークエルフが入れる浴場がなかった。
これは人間がダークエルフと一緒の風呂に入るのを嫌がった、というのが最大の理由だが、ダークエルフの方にも理由があった。
人間と比べて体重の重いダークエルフは、水に入っても沈みやすく、泳げる者はほとんどいない。そのため水を怖がる者も多く、風呂にも入りたくない、という者が多かった。ダークエルフには体臭もほとんどないので、風呂に入らなくても特に問題ない、という理由もあった。
このお風呂に関する意識の違いも、ダークエルフ差別の要因の一つではないかとレンは考えていた。
だがレンと一緒にいるゼルドたちは、すでにお風呂の素晴らしさを知っている。レンの屋敷で温泉に入り、温かいお湯に入る快感を知ってしまった。
そんな彼らを差し置いて、自分だけ風呂に入りに行くわけにもいかず、レンも水浴びですませるしかなかったのだ。
四月に入ってだいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ水浴びするには寒かったが、そこは我慢するしかなかった。
お風呂もそうなんだけど、この世界の街も清潔なんだよな、とレンは思った。
ここ王都もとても清潔な街だった。理由としては、やはり生ゴミや汚物の処理だろう。
この世界では生ゴミなどは、地面に穴を掘って捨てている。
元の世界でそんなことをすれば、悪臭などでとんでもない環境破壊になっていただろうが、この世界では腐敗の速度が違う。数日もあればパサパサに干からびて分解されてしまうのだ。
水についても同じで、汚水を垂れ流しても、勝手にどんどん浄化されて、飲めるようなきれいな水になっていく。
土の中の細菌とかバクテリアとか、そのあたりが違うと思うのだが、今のこの世界の科学技術ではそこまで調べられない。
だが、とにかくゴミ問題が存在しないので、街はとてもきれいだった。清潔さだけでいえば、現代日本の街に匹敵するのではないか。
家を出たレンには、いつものようにディアナとリゲル、そしてゼルドが同行した。大人数で行く必要もないだろう、というわけで残りは留守番だ。
カエデも留守番である。一緒に行きたそうにしていたのだが、街へ行けば人目を引いてしまうので、我慢してもらうしかなかった。
念のため、ということでレンを含め全員が剣を帯びていた。
王都の近くとはいえ、魔獣が出たり、追いはぎに遭う危険があった。
幸い何の問題もなく、王都警備隊の拠点に到着できたが、残念ながらガトランは留守だった。
「話は隊長から聞いています」
不在ではあったが、すぐに彼の部下が対応してくれ、キリエスのところへ連絡を出してくれた。
ここでその帰りを待っていてもヒマなので、レンたちも街の外門まで行っておいて、そこで連絡の兵士が帰ってくるのを待つことにした。
外門に到着すると、相変わらず王都へ入ろうとする人間で列ができていた。
朝一番が一番混み合うが、その後も夜まで、こうして人の列が途切れることはない。
ここで待つこと一時間ほど。
戻ってきた連絡役の兵士と一緒に、キリエスもやってきた。話を聞いて出てきてくれたようだ。
「わざわざすみません」
「別にいいさ。それで何かわかったのか?」
レンはキリエスに事情を話した。ただしルーセントのことはぼかして、知り合いのダークエルフを通じて、みたいに説明しておく。彼もそのあたりが少し気になったようだが、詳しくは聞いてこなかった。
「犯罪ギルド・サイアスか……」
最後まで話を聞き終えたキリエスがつぶやく。
「知ってるんですか?」
「名前だけはな。南地区にある犯罪ギルドだ。オレの管轄なら話が早かったんだが」
王都警備隊の百人隊長は、それぞれが自分の担当地区を持っている。
王都は中央と東西南北の五つの地区に別れているが、それぞれの地区に二人か三人の百人隊長が配置されている。キリエスの管轄は東地区の三分の一ぐらいだ。
「だが話を聞きに行くぐらいはできる。さっそく今から行ってみるか?」
「お願いします」
こうして彼と一緒に、問題の商人のところへ聞き込みに行くことになった。
店がどこにあるのか、ルーセントから聞いていたので、それをキリエスに伝える。土地勘のないレンではどこら辺になるのかわからなかったが、彼はそれでだいたいの場所がわかったようで、案内してもらうことになった。
東門から王都に入り、南地区へと向かう。
目当ての店を見つけるのにはしばらくかかったが、最後は付近の住人に教えてもらって到着できた。
見た目は衣服などを扱っている普通の店だった。しかしルーセントの情報によれば、この店には犯罪ギルドの息がかかっていて、盗品を扱っているらしい。
「誰かいるか?」
キリエスが店に入って声をかける。その後にレンとゼルドたちが続いた。
「いらっしゃいませ」
出てきたのは、どこにでもいそうな中年の男性だった。
「警備隊の方ですか?」
キリエスは服の上に革製の軽鎧を身につけていた。これは王都警備隊の制式装備なので、パッと見てすぐにそれとわかる。
「お前が店主か?」
「そうですが……」
「俺は王都警備隊の百人隊長キリエスだ」
百人隊長と聞いて、相手は驚いたようだ。
「店主のボリックと申します。それで百人隊長様が、こんな店に何のご用でしょうか?」
店主のボリックの態度が、目に見えて丁寧なものに変わった。
「察しはついてるんじゃないのか?」
「さて……ここはごく普通の店ですが……」
「盗品の荷馬車を買い取ろうとしてるんだろ? それについて話を聞きたい」
「盗品ですか?」
ボリックは驚いたようだ。その態度は自然で、レンから見ると本当に困惑しているように見えた。だがキリエスには違って見えたようで、
「下手な芝居をするなよ。こっちはちゃんとわかって話を聞きに来てるんだ」
「そう言われましても……」
キリエスと店主がそんな風にやり取りしていると、店の入り口の方から声がかかった。
「どうしたボリック。何かもめ事か?」
見るからに柄の悪そうな三人組の男が、店の入り口に立っていた。