第125話 伝言
どこかへ出かけていったラバンを見送り、その姿が見えなくなってから、ルーセントは屋敷の中に入った。
「お帰りなさいルーセントさん」
中にいたギルドメンバーの一人が挨拶してきた。
まだ若い。二十代前半ぐらいだろうか。
見た目でいえばルーセントも同じようなものだが、彼の場合はダークエルフなので外見の年齢が止まっている。ルーセントは今年で四十三才。ギルドの中堅メンバーだ。
挨拶してきた若手は、彼の直接の手下ではない。ただルーセントの方が先輩なので、向こうの方が頭を下げて挨拶するのだ。
普通なら人間がダークエルフに頭を下げることはないが、犯罪ギルドでは種族よりも先輩後輩の方が優先、というのが普通だった。
「あの、今時間いいですか?」
若手が聞いてくる。
「何かあったのか?」
「あったというか、ちょっと相談したいことが――」
「おうルーセント。帰ってきたな」
「バッカロさん。ただ今戻りました」
奥から現れた年輩の男性に、ルーセントが頭を下げる。
ラバンの右腕ともいわれるグループのナンバー2、バッカロだった。
「昨日の話の続きをしたいんだが、今いいか?」
「もちろんです」
奥へ戻るバッカロの後に続きながら、最初に話しかけてきた若手の方をふり返り、
「そういうわけだ。後でいいな?」
「はい。お願いします」
ルーセントはダークエルフでありながら、グループの中でけっこう頼りにされていた。
バッカロなどの上役から相談されたり、下の若手から頼られたり。
彼は他人の話をよく聞いたし、面倒見もよかったからだ。しかしこれは彼本来の性格ではない。全部計算ずくの行動だった。
ダークエルフである彼は、人間社会の中で常にそうやって周囲に気を配りながら生きてきたのだ。
生まれた時から王都の裏社会で生きてきたルーセントは、色々な裏の事情にも詳しいし、機転も利く。
もしダークエルフでなければ、あるいはラバンの下でなければ、もっとギルドの中で出世していただろう、と彼を評価している者も多い。
バッカロの話を聞き、若手の相談にのり、他の用事もすませたルーセントは、また出かけることにした。
「アニキ、どこへ行くんですか?」
そう言って手下の二人が一緒についてこようとしたが、
「野暮用だ。こっちは俺一人で行くから、お前らはゲイルを捜せ」
手下の二人には、借金したまま逃げた男の捜索を命じ、ルーセントは一人で家を出た。
朝、レンの家に行った時も一人だったが、今回もそれと同じだ。人間の手下には聞かせられない用件だった。
行き先は壁の外にある貧民街だった。
そこにある一軒のあばら屋の前まで来たルーセントは、一応周囲を確認してから中へ入る。
「ラグ、いるか?」
「はい」
呼びかけに答えて出てきたのは、ダークエルフの男だった。顔は少しやつれているし、着ている服もボロボロで、どこからどう見ても貧乏人という格好である。
「探し物がある。犯罪ギルドにいるダークエルフたちに、それを探すように伝えてくれ」
ダークエルフらしく、単刀直入にルーセントが命じると、ラグはわかりましたとうなずいた。
ラグはあちこちの犯罪ギルドで、雑用や汚れ仕事を受けて暮らしている。はした金で何でもやる、などと言われていて、犯罪ギルドの連中からも見下されているような男だ。
ルーセントが他の犯罪ギルドにいるダークエルフと連絡を取りたいと思ったときは、いつも彼を使っている。
直接会いに行って、それを誰かに見られ、
「別の犯罪ギルドにいる奴が、うちの犯罪ギルドのメンバーになんのようだ?」
なんてことになったらマズいからだ。
だがラグならそんな心配はない。どこの犯罪ギルドに顔を出しても、何か仕事を探しに来たんだな、とか受けた仕事の報告に来たんだな、ぐらいにしか思われない。
命令を受けたラグはすぐに動き始めた。これからあちこちの犯罪ギルドを回り、そこにいるダークエルフたちに命令を伝えていくのだ。
もし本当に盗品が王都に持ち込まれているなら、これで何かわかるだろうとルーセントは思った。
物を盗んだ盗賊たちは――それが金貨とかならそのまま使えるが――どこかでそれを売って金に換えなければならない。その盗品売買の中心地が王都だった。
王都には多くの盗品が持ち込まれ、取引される。そうすることで盗品は、きれいな商品に生まれ変わる。
取引するのは盗品を扱う商人たちだが、そういう商人のほとんどが犯罪ギルドと関係している。盗品売買は犯罪ギルドの資金源なので、無関係の人間が入ってくることは許されない。もしナワバリで勝手に商売を始めたりすれば、すぐに犯罪ギルドのメンバーがご挨拶にうかがうことになるだろう。
今探そうとしているのは荷馬車が丸ごと一台だ。小さな物なら見つけるのが難しいが、これだけの大物が持ち込まれたなら、まず間違いなくどこかで引っかかる。
ダークエルフたちはあちこちの犯罪ギルドにいるから――そのほとんどが下っ端であっても――どこからか情報が入ってくるはずだ。後はそれを待つだけだった。
命令を受けたラグは、言われた通りにあちこちの犯罪ギルドに顔を出し、そこにいるダークエルフたちに命令を伝えて回った。
ただし王都は広く、一人では回れる数にも限度がある。命令を伝えるだけで数日かかることになった。
ハードリーも、そうやって命令を伝えられた一人だった。
彼は犯罪ギルド・サイアスのメンバーだった。まだ二十歳になったばかりで、サイアスに入ることができたのもつい先日、正真正銘の下っ端だった。
彼は王都近郊の貧しいダークエルフの家で生まれ、貧しい生活を送り、生きるために犯罪行為に手を染め、その流れで犯罪ギルドへと入った。
犯罪ギルドには、同じような生まれや育ちでギルドへ入った人間も多いが、人間とダークエルフでは少し事情が異なる。
人間なら、素行の悪さから不良になって、そのまま犯罪ギルドへ――ということになるのだろう。
だが序列のあるダークエルフには、そもそも不良という存在がない。上の命令に忠実に従って生きるのだから、まっとうな人生とか、不良人生とか、そういう区分けすら存在しない。
人間社会では、表社会が上で、裏社会が下、という考え方が一般的だ。だから犯罪ギルドに入るのはよくないこととされているし、裏社会に落ちるとか、裏社会は底辺とか、そういう風に考えられている。
だがダークエルフにとっては違う。
全ては生きるための手段であり、表も裏も同等だった。
ハードリーも、生きるためにそれが一番効率的だと思って犯罪ギルドへ入った。それを悪いことだとは思っていないし、引け目も感じていない。
人間はダークエルフを差別しているが、ダークエルフにも人間への犯罪行為を別にいいだろう、と思っている者がいる。ハードリーもそんな考えの持ち主だった。
人間から物を盗むぐらいでは何も気にしない。さすがに殺しとなるとためらうが、それは人間が犬や猫を殺すのをためらう、ぐらいの感覚だった。ダークエルフに危害を加えなければいいだろう、と思っている。
犯罪ギルド同士の抗争などでは、ダークエルフ同士が対立関係になることもあるが、そこは上手くごまかすしかない。ルーセントは序列を隠せと命令しているので、最悪の場合、どちらかが相手を殺さなければならないような状況も考えられるが、幸いハードリーはそこまで追い込まれたことはなかった。
「荷馬車が丸ごと一台、盗品として持ち込まれていないか探せとの命令です」
ラグからそのように命令を聞いたハードリーだが、二人の序列はハードリーの方が高い。
この場合、序列による強制力は発生しない。
ルーセントから直接命令されれば、ハードリーは何も考えずその命令に従うが、間接的に命じられた場合は、人間と同じような思考になるのだ。
例えば、
「先輩が、すぐに来いって言ってたよ」
と伝えられた人間がいたとする。
その先輩が目上の人物であれば、言われた通りすぐに行くだろう。
だが先にやることがあれば、そっちを優先するかもしれない。
ダークエルフの場合もこれと同じだった。
序列が上の者からの命令だから、従わなければならないとは思うが、それは頭で考えてのことだ。その気になれば、従わないという選択肢もあり得た。
この時のハードリーはちょっと後回しにした。命令には従うつもりだったが、今は忙しかったので後回しにしたのだ。
彼が行動に移ったのは、命令を聞いてから二日後のことだった。
その日、ハードリーは上のメンバーから買い出しを命じられ、とある商人のところへ向かった。つまりパシリである。
必要な物を買って店を出ようとしたところで、彼はルーセントの命令を思い出した。
この店では盗品の取引も行っていたのだ。
「ちょっと聞きたいんだが、荷馬車を丸ごと一台買い取ってくれ、なんて話がなかったか?」
「どこからその話を?」
「どこからというか……ちょっと噂を聞いてな」
この店は犯罪ギルド・サイアスの息がかかった店だった。大きな取引があればギルドにも報告している。そしてハードリーはそこのメンバーだ。
だから隠す必要もないと思ったのだろう。店主はあっさり教えてくれた。
「何日か前にありましたよ。今は品物を査定しているところです」