第124話 物陰の視線
問題なく終わってよかった、とレンは安堵していた。
ルーセントと話し合った結果、彼は盗品を探すことを約束してくれた。話し合いは円満に終了し、彼はたった今帰ったところだ。
犯罪ギルドの一員らしく、ちょっと怖そうな感じのダークエルフ、というのがルーセントに対するレンの第一印象だった。だが話してみれば丁寧な物腰で、こちらの言うことに耳を傾けてくれた。
最初こそ少し緊張していたが、途中からはこっちも普通に話せたな、とレンは思った。自分に合格点をやってもいいだろう。
また、もう一つ別の問題が解決したのもよかった。
序列についてである。
序列に関して、レンは人間に知られないようにすべきだと思っていたが、ルーセントも同じ考えで、すでにそれを実践していた。
やっぱり秘密にしておいて正解だったな、と思う。
序列のことを知る人間がいるのかいないのか、いるとしたらどの程度いるのか、そのあたり本当のところはわからない。だが彼の話によれば、王都周辺でそれを知る人間はいないようだ。
本当に知られていないなら、それが一番いいに決まっている。レンもこの秘密を誰にも話すつもりはなかった。墓場まで持っていく覚悟だ。
だからルーセントにも、自分が死ねば秘密を知る人間はいなくなりますね、みたいなことを言ったのだ。彼に安心してもらうつもりで。
せっかく転生したのだから、簡単に死ぬつもりはない。だが魔獣のいるこの世界は危険でいっぱいだ。レンだっていつ死ぬかわからない。
そんなことも思いながらの言葉であり、他意はなかった。
だが言った方の思いが、そのまま聞いた方に届くとは限らなかった。
家を出たルーセントは、深刻そうな顔で歩き出した。見送りとしてついてきたゼルドが、彼の横に並ぶ。
話し合いは終わったが、問題だらけだと彼は思った。
今朝は、隙があればレンを殺すつもりでここまでやって来た。だがレンは一筋縄ではいかない相手だった。
いや、向こうが上というより、こちらが下だったな、と反省する。
レンが自分の身を守るための安全策を講じていることを考えておくべきだった。それを考えていなかった自分が間抜けだったのだ。
「ゼルド。レンが特に信頼している部下とか、心当たりはあるか?」
ルーセントは、レンが誰かに秘密の情報を預けていると思い込んでいた。その誰かを見つけないことには、レンに手出しができない。
「領主様が一番信頼しているのは、ガー太様だと思いますが」
「そうじゃなく人間だ」
いくら信頼していても鳥に秘密は預けないだろう。
「屋敷には執事のマーカス様、家庭教師のハンソン様、メイドのバーバラ様がいますが」
どれも違うなとルーセントは思った。
屋敷の人間では、いざという時に一緒にダークエルフに殺されてしまう。秘密を預けるなら、外の人間でなければならない。
「屋敷の外にいる人間で、定期的に連絡を取っているような相手はいないか?」
「商人のマルコ様とは、頻繁に連絡を交わしていますが」
「商人か……」
自分の利益を優先するのが商人というものだ。ガーガーよりは可能性があるだろうが、やはり重大な秘密を預ける相手には、ふさわしくない気がする。
「その商人とレンの付き合いは長いのか?」
「いえ。先代の巡回商人が魔獣に殺されてからなので、まだ一年ぐらいだと思います」
だったら、やはり違うなと思った。
序列の秘密は、レンがダークエルフを従わせるための唯一無二の切り札だ。それを付き合いの浅い商人に預けるとは思えない。
だがその商人を介して、手紙などのやり取りを行っている可能性はあった。
レンの周囲にはダークエルフしかいないが、そのダークエルフに知られてはいけない相手だ。連絡を取るとすれば、その商人を利用するぐらいしか手がないだろう。
「レンがその商人とどんな話をしているか、特に手紙などのやり取りなどがないか、これからはそれを詳しく調べろ」
「わかりました」
「レンには絶対に気取られるなよ」
時間はかかるが、そうやって慎重に調べていくしかない。
いっそのこと、身柄をさらって拷問にでもかけ、強引に聞き出すか、なんてことも考えたのだが、それはやめておいた。
実行するのは難しくないと思う。
あの赤い目が一緒にいるとやっかいだが、離れて一人になった時を狙えばいいだけだ。四六時中一緒にいるわけではないだろうし、周囲のダークエルフは全てこちらの命令に従う。チャンスはいくらでもあるだろう。
だが拷問して情報を聞き出したとして、それが本当かどうかの保証がない。
死を覚悟したレンにそれらしい嘘をつかれたら、確認する方法がないのだ。
例えば、遠く離れた所にいる相手に手紙を渡したと言われたら、その相手を探し出して殺すには時間がかかる。
それが本当の相手ならまだいいが、ウソだったら大問題だ。
真偽がはっきりわかるまでレンを生かしておく必要が出てくるが、貴族を長時間さらったままというのは危険が大きすぎる。あの赤い目とか、他の人間たちが救出に来る可能性があった。
やはり行動を起こすのは、ある程度の情報を仕入れてからでなければ。
幸い時間的な余裕はある。
当初はレンが秘密を暴露すること危惧したルーセントだったが、話し合いを終えた今は、当面は大丈夫だろうと考えを変えていた。
秘密を握っているからこそ、ダークエルフは彼に従うのであり、それを暴露してしまえば、ダークエルフが彼に従う理由もなくなる。
考えなしのバカなら暴露する危険もあったが、彼はそこまでバカではなさそうだ。そういう意味でルーセントはレンのことを信頼していた。これもまた一種の信頼関係といえる。
あせりは禁物だ、と思いながらルーセントは王都へと帰っていった。
そんな彼を物陰からジッと見ている者がいた。
ガー太である。
家の壁の影に隠れるようにしていたガー太は、ひょこっと顔だけ出して彼の様子を見ていた。
もしレンがその姿を見ていたら、
「お前はどこかの家政婦か」
とでも突っ込んでいただろう。まさに某サスペンスドラマの家政婦のようだった。
ルーセントが所属している犯罪ギルドは、ダルカンと呼ばれていた。
古い言葉で災害を意味する言葉らしいが、創始者である先代のボスはすでに死んでおり、詳しい由来を知る者はすでにいない。
王都とその近郊には大小百以上の犯罪ギルドが存在していたが、ダルカンはその中でも大きい方に入る。
正式なギルドのメンバーは二百人ほどで、本拠地は王都の東地区にある大きな屋敷だった。ただし全員がこの屋敷にいるわけではなく、メンバーはいくつかのグループに分かれ、普段はそれぞれの拠点で生活している。
ルーセントが所属しているグループはラバングループと呼ばれている。その名の通り、ギルド幹部の一人であるラバンがリーダーのグループだ。
グループの人数は二十一名で、ルーセントはその下っ端だったが、一番下というわけではない。彼の下には人間の手下が二人いた。
ダークエルフが人間の手下を持つというのは、普通の社会ではまずあり得ない。だが裏社会ではそれなりにあり得ることだった。元々、表社会からつまはじきにされたような連中が集まるのが裏社会だ。そこではダークエルフも表社会から差別される者の一人、という扱いだった。
ダークエルフ差別は裏社会でも存在しているが、表社会よりもゆるいのだ。ある意味、裏社会の方が平等な実力社会ともいえた。
レンからの盗品探しの依頼を引き受けたルーセントだったが、一人ではとても手が足りない。手下の二人を使うことも考えたが、それはやめておく。
これは個人で引き受けた仕事だし、金になるかどうかもわからない。
今朝の話し合いで、レンは必要なら金も出すと言っていたが、はたしてそれをどこまで信用していいものか。
また上にレンのことを知られたら、口を挟んでこられる恐れがあった。
自分で言うのもなんだが、犯罪ギルドは金になるなら何でもやる。ギルドがレンから金をむしり取れると判断し、積極的に行動し出すと、両者の関係がどうなるのか予想がつかない。レンの問題は自分の手だけで片付けた方がいいだろう。
やはり他のダークエルフを使うしかないかと思った。
序列の高いルーセントが命じれば、他のダークエルフはそれに従う。王都の裏社会にダークエルフは広く存在している。ほとんどが下っ端だが、他の犯罪ギルドに所属しているダークエルフも多い。
そんな彼らを使えば、組織を横断して効率的に情報を集めることができる。必要な情報もすぐ集まるだろう。
ただし、やるなら慎重にやらなければいけない。
ルーセントの命令に従い、ダークエルフが統一されたような動きを見せれば、勘のいい人間が序列の存在に気付くかもしれない。その危険を避けるため、これまでルーセントは極力他のダークエルフに命令するのを避けてきたのだが……
今回は事情が事情だ、やるしかないだろう――などと考え事をしながら、ルーセントはグループの拠点である屋敷に帰ってきた。
「ルーセントじゃねえか」
その声を聞いたルーセントは、思わず舌打ちしそうになった。
考え事をしていたため、ちょうど屋敷の玄関から出てきたそいつに気付くのが遅れてしまった。
「どこへ行ってた?」
そう訊いてきたのは、中年の男だった。凶悪そうな顔をしており、体は少し太り気味だったが、それが男に貫禄を与えていた。
彼がラバングループのボス、ラバンだった。
「すみません。ちょっと野暮用で」
そう言って頭を下げたルーセントを、ラバンはいきなりぶん殴った。
太っているだけあってラバンの力は強かった。
顔を殴り飛ばされ、地面に倒れたルーセントだったが、急いで立ち上がる。頭がくらくらしたが、そんなことは気にしていられない。ここですぐに立ち上がらなければ、さらにひどい目にあわされる。
犯罪ギルドでは上には絶対服従が掟だ。ルーセントもそれをよくわかっているから、殴られても反抗的な態度などみじんも見せない。ラバンは残忍な性格で知られていたから、特に言動には気をつけねばならない。
「俺はどこへ行っていたって聞いたんだ。それを野暮用だ? ずいぶんなめた口がきけるようになったな」
「すみません。ゲイルって男がいるんですが、そいつが金を借りたまま姿を消したって報告を受けたので。本当かどうか確かめに行ってきました」
あらかじめ考えておいた言い訳を使う。
レンのことは秘密にしておこうと思っていたので、その言い訳は最初から考えていた。ゲイルという男が金を借りたまま逃げた、というのは事実だった。
「それで?」
ラバンが続けて聞いてくる。すでに彼の耳にもゲイルのことは入っているのだろう。
「どうやら本当のようです。奴の家まで行ってきましたが、ここ数日、帰ってきた様子がありません。すぐに後を追います」
「逃がすなよ。で、捕まえたらここへ連れてこい」
「わかりました」
借金の取り立ては、犯罪ギルドの重要な資金源の一つだ。
金を借りたまま逃げた相手を捜す、というのはよくある仕事の一つで、ルーセントにとっては慣れたものだ。
今回の場合、どこへ逃げたか、すでに目星もついているので、すぐに見つけることができるだろう。捕まえてここへ連れてきて、適当に痛めつけてから、二度目はないと釘をさして解放するのか、それとも見せしめに殺してしまうのか、そこはラバンの気分次第だ。
レンについても、こんな風に単純に解決できればいいのだが、とルーセントは心の中で嘆息した。