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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第121話 危険視

 時間は少し巻き戻って今朝のことだ。

 ゼルドたちはレンよりも早く家を出た。

 その少し後でガトランからの使いがやってきて、レンは彼に会うため王都警備隊の駐屯地へ向かったわけだが、ゼルドたちは予定通り王都へと向かった。

 八人で出発したゼルドたちだが、途中で一人、また一人と別れていった。

 それぞれ単独行動で情報を収集するためだ。

 王都の門の前まで来た時は、ゼルドたちは三人になっていた。

 まだ早朝だったが、王都へ入ろうとする人間は多く、門の前には行列ができていた。

 レンはガトランのおかげですぐに中へ入れたが、ゼルドたちはそんなわけにはいかず、ちゃんと並んで順番を待った。


「ダークエルフが三人か……」


 門番の兵士は、不審者を見る目付きでゼルドたちを見た。


「中の街になんの用だ?」


「仕事をやるから来い、と言われましたので」


 門番の問いにゼルドが答える。


「どこの誰からだ?」


「東地区三番通りのラバンさんからです」


 王都は大きく分けて、城のある中央区、そして東西南北の五地区に分かれている。

 ゼルドが言った「ラバンさん」というのは、実在する人物の名前だ。犯罪ギルドの幹部で、これから会う予定のダークエルフの上役になる。

 もっとも、そのラバンと会うというのはウソだ。

 昨日、話を聞いたダークエルフから、王都の中に入るつもりなら、誰かに呼ばれたというのが一番すんなりいく、と教えてもらったので、それを実践することにしたのだ。

 ラバンの名前も勝手に出した。これから会う予定のルーセントというダークエルフ、そして彼の所属する犯罪ギルドについて、多少の情報は仕入れていた。

 もしそのラバンに連絡でもされたら一発でウソだとバレるが、そこまでは調べないだろう、とも言われていた。

 王都に出入りする人間は多く、その全員をちゃんと調べていたら時間がいくらあっても足りない。

 ダークエルフというだけで人間よりも警戒されるが、王都には多くのダークエルフも出入りしているため、特に不審な点――大人数で来たとか、たくさん荷物を持っているとか――がなければ、ほぼ素通できるという話だった。

 だからバレることはないだろうと思って、ラバンの名前を出したのだ。いらぬ警戒心を呼ばないために、今日は武器も持って来ていない。

 はたしてゼルドの予想通り、門番の兵士は不審そうな目をしながらも、


「いいだろう。通れ」


 と門を通してくれた。

 ゼルドたちは壁の中の街の賑わいに驚きながら、待ち合わせ場所へと向かう。

 東門から入り、大通りから南に曲がってしばらく歩くと井戸のある広場がある。そこが待ち合わせ場所だと教えられていた。

 ちょっと迷いながらも、彼らが井戸のある広場に到着すると、そこには一人のダークエルフが待っていた。


「ゼルドか?」


「そうだ」


「ルーセントだ」


 短い挨拶を交わす。序列が全てのダークエルフだから、初対面でもこんなものだ。一番重要な序列は、会った瞬間にお互いが認識している。

 ゼルドよりもルーセントの方が序列が上だった。これで主導権は完全に確定した。


「ついて来い」


 ルーセントはそう言って歩き出し、その後にゼルドたちが続く。

 王都は壁の中の街と、壁の外の街とで明確な格差があるが、壁の中にも格差は存在していた。ルーセントが向かったのは、壁の中の貧民街だった。このあたりは犯罪ギルドが仕切っており、王都警備隊もあまり足を踏み入れない。見捨てられた地域といってよかった。

 当然ながら治安も悪く、外から王都を訪れた人間が、間違って立ち入ったりするとただではすまないだろう。


「ここが俺の家だ」


 ルーセントの家は、家というより壊れかけの小屋のようだったが、ゼルドたちに驚きはなかった。ダークエルフなら貧しい暮らしをしているだろうと思っていたので、これくらいは予想内だ。

 家の中も殺風景で、家具などもほとんどない。

 椅子とテーブルはあったが、椅子は二脚だけで、ルーセントとゼルドがテーブルを挟んで座り、後の二人はゼルドの後ろで立ったままとなった。


「じゃあ話を聞こうか」


 犯罪ギルドにいるからか、ルーセントはどこかすさんだ雰囲気をまとっていた。顔付きもダークエルフらしく端正なのだが、目付きが鋭く、凶悪そうに見える。

 ルーセントの序列が上だったので、話し合いはルーセントが質問し、ゼルドが答えるという流れになった。

 話は結構長くなった。

 ゼルドの話の内容が、ルーセントにとって全く予想外だったからだ。

 盗品を探すために王都にやってきて、犯罪ギルドにいるルーセントを頼った、というところまでは理解できた。だがその前段階、ダークエルフだけで荷馬車を運行する、という時点でルーセントには理解不能だった。


「ダークエルフだけで荷馬車を動かしていたのか? 管理する人間なしで?」


 ダークエルフが下働きで荷馬車に乗る、というのは別に驚かない。だが人間の上役がいない、というのはちょっと信じられなかった。高い荷物を運ぶのに、それをダークエルフだけに任せっきりにするなど、あり得ないと思った。

 ルーセントはダークエルフだが、人間がダークエルフをどう思っているか、よく知っている。あるいはダークエルフだからよく知っているというべきか。

 差別され、迫害されるのが当たり前のダークエルフが、そんな仕事を任せてもらえるだろうか。

 というわけで話はどんどんさかのぼっていったし、聞けば聞くほど疑問が出てきた。

 どうしてそんな仕事を任されるようになったのか?

 マルコという商人に雇われたそうだが、その商人はどうしてダークエルフを雇ったのか?

 レンという貴族が関わっているという話だが、なぜ貴族が関わって、ダークエルフを雇うというような話になったのか?

 そのレンという貴族の領地に、ダークエルフの集落があるそうだが、貴族がそれを黙認しているのか?

 黙認するどころか、積極的にダークエルフと関わっているそうだが、それは本当なのか?

 集落が魔獣の群れに襲われた際、その貴族自ら助けにやってきた?

 その貴族は弓の名手でガーガーに乗っている?


「意味がわからん……」


 一通りの話を聞き終えたルーセントだったが、話の内容に理解が追いついていなかった。

 とにかく信じられないような話ばかりだが、要はそのレンという貴族、伯爵家の息子らしいが、そのレンが常識外れの貴族というのが、全ての原因らしい。

 人間社会の中で生きてきたルーセントは、人間は多種多様だ、ということをよく知っている。信じられないような悪人もいれば、ダークエルフに好意的な人間だって、数少ないが存在している。

 だからダークエルフに友好的な貴族がいてもおかしくないとは思うが、それにしてもその貴族は異質だ。異質すぎる。

 ゼルドの言っていることが本当なら――彼がウソをつくはずがないのはわかっているが――単なる変わり者で片付けられない何かを感じた。

 どんな人物なのか非常に興味がある。だがそれ以上に危険だとルーセントは思った。

 何が危険かといえば、序列について知られてしまっていることだ。

 人間たちはダークエルフを、自分たちとは違う存在として差別している。だがルーセントに言わせれば、人間たちはダークエルフを同じ存在と見ている。褐色の肌など、見た目は普通の人間とは違うが、根本的に同じような思考をする存在だと思い込んでいる。

 ダークエルフと人間の一番の違いは見た目などではない。最大の違いは序列だ。これこそが両者の根本的な違いなのだ。これに比べれば見た目など、それこそ些細な違いでしかない。

 だから彼は序列について、人間たちに知られないようにしてきた。

 実はルーセントの序列はかなり高い。

 王都とその近郊には多数のダークエルフが暮らしている。正確な数は誰にもわからないが、数千、あるいは数万のダークエルフがいるが、その中でルーセントは自分より序列の高いダークエルフと会ったことがない。

 必然的にルーセントが王都のダークエルフのリーダーということになるが、彼は王都のダークエルフをとりまとめるどころか、可能な限り、他のダークエルフとの関わりを避けてきた。

 他のダークエルフにも同じように、


「できる限りダークエルフだけで集まったり、行動したりするのは避けろ」


 と命じている。

 それもこれも序列について知られないためだ。

 もし人間たちにダークエルフの序列を知られたらどうなるか?

 おそらく今の差別など、ぬるま湯程度にしか思えない、徹底的な排除が起こるはずだ。

 少し考えればわかる。

 どれほど付き合いが長くても、どれほどの友好関係、あるいは利害関係があっても、ダークエルフは上からの命令を優先する。人間から見れば、いつ裏切られるかわからない、というわけだ。そんな存在を側に置くはずがない。


「序列について、絶対に人間にはしゃべるな」


 ルーセントは初対面のダークエルフには、まずそれを命じてきた。

 これは彼だけではない。他にも同じように考え、序列を隠そうとしてきたダークエルフは多くいた。人間を知るダークエルフなら、その危険性に気づいて当然ともいえる。

 多くのダークエルフたちが序列を隠すように命じ、多くのダークエルフがその命令に従ってきたからこそ、今も人間たちには知られていない。

 人間たちがダークエルフを見下すだけで、その生態を詳しく知ろうとしなかったおかげでもあるだろう。

 だがここに来て、そのレンという貴族がダークエルフの序列を知ってしまった。

 ダールゼンというダークエルフが教えたせいだが、彼はずっと黒の大森林の集落で暮らしていたそうだから、人間について知らなかったのだろう。

 だからあっさりと教えてしまった。

 これは非常に危険な状態だ。ゼルドの話を聞く限り、レンは序列について他人に広めたりせず、むしろ秘密にする方針を徹底しているらしい。ダールゼンに対しても、レンから秘密にするよう命じられたようで、ゼルドを含む他のダークエルフたちもそれを守っている。

 だから今のところは大丈夫――などと安心はできない。

 レンという貴族がその気になれば、序列に関する情報はあっという間に人間社会に広がるだろう。結果、ダークエルフ全体に対して多大な影響が出ることになる。それも悪い方の影響が。

 人間に教えてしまったものはしょうがない。後はそれにどう対処するかだ。

 これは推測だが、きっと過去にもダークエルフの序列を知った人間がいたはずだ。だがいまだに人間たちにそれを知られていないのは、その都度、ダークエルフたちが適切に対処してきたからに違いない。

 今ならまだ間に合う。

 秘密を守るために、そのレンという男を殺すしかないと思った。

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