第120話 味覚
出てきた料理は鳥肉と野菜の炒め物だった。ここにいる五人分なのか、大皿でどんっと出てきた。取り皿もちゃんと五枚出てきた。
トッコルという鳥の肉らしい。残念ながら実物がどんな鳥なのかは知らなかった。
「うまい」
一口食べたレンが思わずつぶやく。
「そうか。じゃんじゃん食べてくれ」
笑いながらキリエスが言う。
「いただきます。みんなも食べよう」
レンの言葉にダークエルフたちも次々と料理を口に運び、やはり「おいしい」という言葉が飛び出す。
味はピリ辛風味だった。鳥肉と一緒に何種類かの野菜が炒められているが、それらがこの味を出しているようだ。ハーブっぽいというか、ちょっとクセのある味もする。
正直に言えば、もしこの料理が日本で食べられるとしても、わざわざ食べたりはしないと思う。出されたら食べるが、別に自分から食べたいとは思わない――そんな味だ。
だが今はこれがとてもおいしい。
砂漠のオアシスみたいなものだ。異世界に来て一年以上たつが、これまで単調な塩味ばかりだったので、この料理がとてもおいしく感じられる。間違いなく、この世界に来てから一番うまい食べ物だった。
料理は他にもパン、サラダ、スープなどが出てきた。
パンはやっぱり固かったが、それでもいつも屋敷で食べているパンよりも香ばしくておいしい。屋敷のパンは日持ちを優先した固いパンだが、ここのパンは固いといってもそれよりは柔らかい。保存優先か味優先か、その差が出ているのだろう。
「食ってばっかりだが、一杯どうだ?」
キリエスは大皿の料理には手をつけず、自分の分は別に注文していた。
それと一緒に飲み物も注文していて、それをレンに勧めてきた。瓶に入った酒のようだった。
「お酒ですか……」
「飲めるんだろ?」
「多分ですけど」
「なんだそりゃ。自分のことだろ」
他人事のようなレンの答えがおかしかったのか、キリエスが笑う。
だがレンは今の自分が酒を飲めるかどうかわからなかった。この世界に来て、酒を飲んだことがないからだ。
日本にいた頃のレンはほとんど酒を飲まなかった。完全な下戸というわけではない。あまり強くもなかったが、それよりお酒を全然おいしいと思わなかったからだ。
ごくまれに付き合いとかでビールを飲むこともあったが、その時も嫌々ながら飲んでいたのだ。
ここで断るのはやっぱり失礼だよな、とレンは思った。
酒の席のルールというのは、どこの世界でも同じようなものだろう。それが嫌なのだがしょうがない。未成年というのも関係なさそうだし。
「じゃあ一杯」
コップを持つと、そこにキリエスが注いでくれた。
酒の見た目はワインのような、というかワインにしか見えなかった。
「ぶどう酒ですか?」
「そうだ。俺はこれが一番だな。もしかして苦手か?」
「いえ、そんなことは」
この世界にもブドウがあるんだな、と思った。ちなみにこの世界の言葉でブドウはバウドという。ちゃんとその言葉もレンの頭の中にあった。
注がれたワインを一口飲んでみたが――意外なことにおいしかった。
もう一口飲んでみるが、やはりおいしい。
「おいしいですね」
「なんだ、いける口じゃないか。どんどん飲め」
つがれたワインを飲みながら、どうやら味覚が変わっているようだと思った。
日本でのレンは、何度かワインも飲んだことがあるのだが、これも他の酒と同様、おいしいとは思えなかった。
安いワインだったからかもしれないが、ここで出ているワインも高級品ではないだろう。
今のレンの体がワインをおいしいと感じているのだ。しかも今の体は酒にも強いようで、ワイン数杯では全然酔わなかった。
料理だけでなく、お酒もおいしくいただいて、レンは満足しながら店を出ようとしたのだが、
「おいしかったです」
「ありがとうございます」
最後にレンは店主にそう伝えたのだが、向こうの返事は微妙だった。
口ではお礼を言っているのだが、顔は迷惑そうだった。
そんなのはいいから早く出て行ってくれ――無言でそう言われているような。
やっぱりダークエルフは歓迎されてないんだな、と思うと、おいしい料理を味わえたうれしさが消えていく気がした。
「それじゃあ、ここまでだな」
店を出たところでキリエスとは別れることになった。
彼はこれか警備隊の詰め所へと戻り、レンも郊外の家に帰るため、街の門へと向かう予定だ。
「お前の捜し物だが、何かわかったらガトランを通じて知らせよう」
「よろしくお願いします」
キリエスと別れたレンたちは、ひとまず大通りへと向かう。方角はキリエスに教えてもらった。大通りに出れば、外門へはそのまま歩いていけばいい。
教えられた方へと進むと、すぐに大通りにぶつかった。
朝来たときもそうだったが、今も人通りが多い。
「やっぱりすごい人ですね」
とリゲルたちも感心している。
レンはその人込みを見ながら、ここで商売できないだろうか、と考えていた。
王都に来て実感したが、ここにはヒト・モノ・カネが全て集まっている。ジャガルの街も大きな街だが、ここは規模が違う。
ここで商売ができれば、ダークエルフたちの働き口も大幅に増えるだろう。
ジャガルの街へ帰ったら、マルコに相談してみようと思った。
もっともマルコはあちこちを旅してきたそうだから、王都の賑わいについても知っているはずだ。
レンが言わなくても、とっくに計画済みかもしれなかった。
レンが王都近郊の家に帰ってきたのは、夕方近くになってからだった。
あれから王都を出たレンたちは、帰りにも警備隊の駐屯地によって、ガトランに頼み事をしてきた。
家で使う日用品や、食べ物などについてだ。
最初は自分たちで買い出しに行けばいいと思っていた。今日の帰りにも、どこかの店によってみようかと思ったのだが……
実際に買おうと思うと、どの店に入っていいのか全然わからない。
日本のスーパーやコンビニみたいに、色々な商品が並んでいて、好き勝手にそれをカゴに入れて、みたいな店があればよかったのだが、そういうお店はないようだ。基本的に個人商店ばかりで、そういう店には入りづらかった。
手当たり次第に店に入って話をして――とやればいいのかもしれないが、レンはそういうのが苦手である。
ダークエルフたちに頼むという手もあったが、彼らの場合、入店を断られる可能性が高い。
というわけでガトランに頼んでみることにしたのだ。
「わかった。じゃあ出入りの商人に話をしといてやるよ」
警備隊の駐屯地には、何人か商人が出入りしていた。隊員たちの食料や衣類だけでも、それなりの商売になる。
そんな商人を紹介してもらうことになった。
ガトランの紹介なら大丈夫だろう、とレンも安心して家に帰ってきた。
「お帰りなさいレン様」
家に帰ると、別行動を取っていたゼルドたちがすでに戻ってきていた。
「そっちの話し合いはどうでしたか?」
レンはさっそくゼルドに訊ねた。今日は犯罪ギルドのダークエルフと会う予定だったはずだ。
「話し合いは上手くいきました」
「何か問題でも?」
上手くいったというわりには、ゼルドの表情が曇っている気がした。
「いえ、そんなことはありません。盗品について調べてみる、とのことです」
「まずは最初の一歩ってところですね」
レンの方は表の王都警備隊から、ダークエルフたちは裏の犯罪ギルドから。これで目当ての情報が見つかればいいのだが、と思った。
「それでレン様。今日会ったダークエルフなのですが、一度レン様にお会いしたいとのことなのですが」
「いいですよ。いつですか?」
レンはあっさり答えた。頼み事をする相手だ。一度、直接会っておくべきだろうと思った。
「レン様がよろしければ、明日の朝、ここに来るそうです」
「わかりました。じゃあ明日はとりあえず、その方を待っていればいいですね」
犯罪ギルドのダークエルフ、どんな相手だろうかと思った。
これが人間ならもっと緊張したと思うが、相手がダークエルフだからだろうか、あまり不安に思ったりはしなかった。
人間とは違い、何をしていてもダークエルフはダークエルフ、という安心感があった。
「そういえば向こうの方とゼルドさん、どっちの序列が上でした?」
一番重要なことを思い出した。これが上か下かで話が大きく変わってくる。
「向こう、ルーセントという名前ですが、彼の方が私より序列が上でした」
「そうですか……」
これはもしかして問題になるかな、とレンは初めて不安に思った。
ゼルドの方が序列が上なら何の問題もなかった。しかし向こうの序列が上だと、レンの頼みを断られる可能性がある。
明日の話し合いは大事だな、と思った。