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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第119話 けじめ

 三人組――今は一人が地面に倒れているが――は、店から出てきたキリエスを見て、ホッとした表情を浮かべる。

 これで助かったと思ったようだが、そんな彼らに対し、キリエスは冷たく言葉を放つ。


「お前ら、何やってんだ?」


「えっ? だってキリエスさんが――」


「黙れ」


 三人組の一人が何か言おうとしたが、キリエスはそれをさえぎる。


「チンピラが軽々しく俺の名前を呼ぶな」


 三人組はさらに何か言おうとしたが、キリエスはにらみつけて黙らせた。ここで余計なことを言わせるわけにはいかないので、さらにたたみかける。


「お前ら、この人が誰だかわかってるのか? 立派な伯爵家の息子だぞ?」


「えっ?」


 三人組は絶句した。彼らはレンの素性について何も聞かされていなかったのだ。もちろんキリエスがわざと言わなかったのだが。

 言ってしまえば、彼らはレンにケンカをふっかけるのを尻込みしたはずだ。貴族相手に無礼な態度を取って、無事ですむはずがない。

 今さらになってその事実を知り、彼らは愕然としたのだ。


「消えろ」


「えっ?」


「そこでのびてるバカを連れて、さっさと消えろって言ってるんだよ! それとも牢屋にたたき込まれたいか?」


「す、すんません!」


 キリエスの怒声に、二人は慌てて倒れていた仲間を引き起こし、脱兎のごとく逃げ出した。

 どうやらだまされていたことに彼らも気付いていたが、相手は警備隊の百人隊長、文句を言える相手ではなかった。


「すまないなレン。ああいうクズどもを、のさばらせてるのは俺の責任だ。王都警備隊の隊長として謝罪する」


「いえ気にしないで下さい。大丈夫でしたから」


 レンたちに怪我はない。

 むしろ相手の方が心配だった。

 向こうが一方的にケンカをふっかけてきたのだから、反撃されても自業自得だ。だがディアナのあの一撃、あれはやり過ぎではないだろうか?

 マジで死んでなければいいんだけど……


「すみませんレン様。勝手なことをしてしまいました」


 心配そうなレンの顔を見たからか、ディアナが泣きそうな様子で謝ってきた。


「ディアナが謝る必要なんてないよ。助かったよ、ありがとう」


 慌ててお礼を言う。


「本当ですか?」


「本当、本当。さすがディアナ、助かったよ」


 とにかくほめておく。もちろん「やり過ぎでは?」なんてことは言わない。

 ほめまくったおかげか、ディアナが少し笑ってくれたので、レンはホッとした。


「迷惑をかけたお詫びに、昼飯は俺がおごろう。中々いい店があるんだ」


「いえ、それはちょっと……」


「何か予定でもあるのか?」


 せっかくのキリエスの誘いだったが、レンはためらった。

 あまり知らない人とご飯を食べに行くのが嫌だった、というわけではない。あまり気は進まなかったが、これからのことを考えれば、行った方がいいのはわかっている。仕事上のお付き合いみたいなものだ。

 レンがためらったのは別の理由があって、


「そのお店、ダークエルフが一緒じゃダメですよね?」


「こいつらも一緒に連れて行くつもりか?」


「はい」


「レン様。僕らのことなど気にせず行ってきて下さい」


 リゲルからはそう言われたが、レンは譲らなかった。


「いや、僕一人だけでおいしいものを食べに行くわけにはいかないよ」


 これはレンのけじめだった。

 この世界でダークエルフが差別されていることは、現実として受け入れるしかない。今のレンが何を言ったところで、その現実は変えられない。

 だが自分がその差別に加担するようなことはしたくなかった。

 店がダークエルフの入店を拒否するなら、その店には行かない。宿がダークエルフの宿泊を拒否するなら、その宿には泊まらず野宿する。

 それがけじめだった。

 おかげでレンはこの世界に来てから、お店に入って料理を食べたことがない。

 ジャガルの街に行ったときも、マルコからは、


「おいしいお店に案内しますよ」


 などと誘われたのだが、そういうのは全て断っていた。

 正直、かなり心は揺れた。

 なにしろこの世界に来て以来、おいしいものを食べていない。

 塩味だけの肉とか、硬いパンとか、そんなのばかりである。

 食べるものがなくて飢えるよりマシだ、というのはレンもわかっているが、現代日本の食生活に慣れていたレンにとって、この食生活はかなりつらかった。

 ラーメン、ハンバーガー、牛丼――そういう味の濃いものが食べたかった。

 幸い、ダークエルフの懐事情にはかなり余裕ができてきた。これまでは量が優先だったが、これからは質にもこだわっていくべきだろう、と考えているところだ。

 おいしい料理が食べられるようになるには、まだ時間がかかりそうだが、自分で決めたのだからしょうがない。キリエスの誘いも断るしかなかった。

 そんなレンの返答を聞いたキリエスは、なるほどな、と思った。

 それがこいつの人心掌握術か、と納得していた。

 キリエスはダークエルフを嫌っていた。

 王都にも多くのダークエルフがいるが、差別されている彼らは、ほとんどまともな職には就けない。結果、人がやりたがらない汚れ仕事とか、犯罪ギルドの使いっ走りとか、そういうことばかりをやっている。

 警備隊のキリエスからしてみれば、そんな彼らは目障りな存在でしかない。先程の三人組のチンピラと同じクズだった。

 レンはそんなダークエルフを部下として使っているが、彼にそんな考えはない。ダークエルフを全く信用していないからだ。

 だがクズでも使いようはある、というのは理解できた。レンは上手くやっているのだろう。それが彼のやり方というなら、こちらに害を及ぼさない限り、文句を言うつもりはない。

 そして部下として扱うなら、相手がダークエルフであっても、ある程度はご機嫌を取る必要がある。

 アメとムチ、というやつだ。キリエスだって、たまには部下たちをねぎらったりしている。そうでなければ人はついて来ないし、それはダークエルフだって同じだろう。

 レンはダークエルフが一緒でなければダメだと言ったが、それを聞いたダークエルフたちはどう思うだろうか?


「さすがは領主様、私たちのことを考えて下さっている」


 と感謝するのではないだろうか?

 普段、差別されているダークエルフたちなら、その思いは一層強いかもしれない。

 食事というのは単純だがわかりやすい。人間であれ、ダークエルフであれ、同じものを食べるというのは効果的だろう。

 そうすることでレンは銅貨一枚も使わず、ダークエルフたちの感謝を得たことになる。

 力自慢のガキかと思っていたが、中々計算高い奴じゃないか、とキリエスはレンを評価した。彼は人の上に立つ者には、そういう計算高さが必要だと思っていた。


「ダークエルフが一緒じゃないとダメなんだな? わかった、そういうことなら店主に話をしてみよう」


「いいんですか?」


「これでも多少は顔が利くんだ」


 ここは相手に恩を売っておこうとキリエスは思った。

 まだレンのことはよくわかっていない。だが彼の勘が、こいつと付き合えば得になる、と告げていた。

 彼はひとまず自分の勘に従うことにして、レンたちを連れてなじみの店に向かった。


「あのダークエルフたちも一緒にメシを食わせてやってくれ」


 店の外で待っているレンたちを指差して言うと、予想通り店主は嫌そうな顔をした。


「残飯でもめぐんでやればいいんですか?」


「ちゃんと店に入れて、俺たちと同じ料理を出すんだ」


「なんでダークエルフなんかに……」


 ここでキリエスは声をひそめるようにして言う。


「ダークエルフたちと一緒の少年がいるだろう? あいつは伯爵家のご子息でな。そのご子息が、従者のダークエルフも一緒に入れろと言い出したんだよ」


「なんでまたダークエルフなんかを?」


「知るか。気まぐれか何かだろうが、貴族ってのはそういうもんだろ?」


「ダークエルフなんか入れると、店の評判に傷がついてしまいますよ」


「じゃあお前が断ったって言っていいんだな? 伯爵家の恨みを買うかもしれないぞ」


「勘弁して下さいよ……」


 結局、最後はキリエスが押し切った。百人隊長としての立場と、レンの伯爵家の息子という立場を合わせた力業で。

 レンたちは店の奥のテーブルに案内された。

 すでにお昼のピークは過ぎていたが、店内にはそれなりに客がいた。彼らは入店してきたダークエルフたちを見て、何でダークエルフが? といった顔付きになったが、警備隊の装備を身につけたキリエスが一緒だったからか、文句を言ってくる者はいなかった。


「注文は俺がしていいか? この店は鳥肉がうまいんだが」


「お任せします」


 この世界の料理を知らないので、キリエスに任せるしかない。


「念のために聞いておきますけど、ガーガーの料理は出たりしませんよね?」


 さすがにガーガーを食べるつもりはない。


「ガーガーは俺も食ったことがないな」


 キリエスが笑って答える。レンの言葉を冗談と思ったようだ。


「もしかしてガーガーを食べたいのか?」


「まさか。間違って食べたらまずいと思っただけです」


「安心しろ。頼んでも出てこない。店主も神罰が怖いだろうし」


「神罰ですか?」


「ドルカ教の教えにもあるだろ。ガーガーに害を与えるなかれ、ってやつだ」


 初耳だった。

 ガーガーは魔獣の気配に敏感だから、そこにガーガーがいることは、近くに魔獣がいないことの証明になる。だから人間はガーガーに決して手出ししない、という話は聞いていた。ガーガーを追い払えば魔獣がやってくる、なんて言い伝えがあるとも聞いていた。

 だがそこに宗教も絡んでいたとは知らなかった。

 この国の国教でもあるドルカ教について、レンはほとんど知らない。

 屋敷にいるマーカスもハンソンも、ドルカ教の信者であるとは聞いている。だが二人ともあまり熱心な信者ではないようで、教義がどうこう、なんて話は聞いたことがない。

 というか多分、レンも信徒のはずである。ちゃんと確認していないが、貴族の息子なのだから国教の信徒のはずだ。入信したのは今のレンではなく前のレンだが。

 前のレンが熱心な信徒だったとは思えないので、マーカスもハンソンも、もうとっくにあきらめて何も言わないだけかもしれない。

 これまではそれで問題なかった。屋敷にいてダークエルフとばかり付き合っていたから、人間の宗教については知る必要がなかったのだ。

 だがこうして大きな都市に出てきて行動するなら、最低限のことは知っておいた方がいいかもしれない。

 知らずに宗教的なタブーを犯してしまったりしたら大変なことになる。

 宗教にはあんまり関わりたくないんだけどなあ……

 だがそうもいってられないな、と思った。

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