第117話 もう一人の百人隊長
ガトランとの話を終えたレンは、さっそくキリエスという男に会いに行くことにした。
彼がいるのは王都の壁の中、ということで、そこまではガトランの部下に案内してもらうことになった。
王都警備隊の建物を出たレンたちは、そのまま王都の壁へと向かった。
壁に向かうにつれて、建物も、道行く人々も増えていく。
そのまま三十分ほど歩いて、レンたちは外壁まで到着した。この壁の中こそが、本当の王都ともいえる。
王都を囲む外壁は石造りの立派なもので、高さは五メートルぐらいあった。
けど前に見たロッシュの街の方が高かったな、とレンは思った。向こうは国境沿いの城塞都市だったから、より高い壁を作ったということだろう。
外壁の門は東西南北にあって、基本的に常時開放されている。それだけ人の出入りが激しいのだ。だが素通りではないようで、レンたちが向かった東門でも、兵士たちが出入りする人々をチェックしていた。
「簡単な荷物検査もやっています。朝と夕方は特に人の出入りが多いので、ああいう風に列ができます」
案内の兵士が説明してくれた。彼の言う通り、門のところには長蛇の列ができていた。
「僕たちもあそこに並べばいいんですか?」
「いえ、そこは王都警備隊の特権です」
案内の兵士は、門のところの警備兵と話をすると、すぐにレンたちを手招きした。
並んでいる人たちを横目に、レンたちはそのまま門を通り抜けることができた。ちょっと気が引けたが、並ばずにすむのはありがたかった。
門を入ったところは大きな通りになっていた。
たくさんの人が行き交い、通りの左右には店が建ち並んでいる。
「すごい活気でしょう?」
誇らしげに兵士が言う。外から来た人間に、王都のすごさを自慢したいようだ。
「そうですね」
とレンは無難に答えておいた。
兵士が言う通り、王都の活気は大したものだった。
壁の外も人通りが多かったが、中の大通りはそれ以上だ。
ジャガルの街と比べても、圧倒的に人の数が多いし活気もある。
だが人混みなら、レンはもっとすごい人混みを知っている。現代日本ほどじゃないな、というのが正直なところだった。
ただそんなことを思ったのはレンだけで、一緒にいたリゲルは、
「すごいですね……」
と言いながら目を丸くしていた。
ディアナとロットも同じようなもので、三人とも人の多さに圧倒されているようだった。
「こちらです。はぐれないようにして下さい。迷子になると、探すのは中々大変ですから」
兵士の後について、王都の中を進んでいく。
大きい通りを歩いている間はよかったが、途中で道を曲がり、小さな通りに入ったあたりから、レンは道がわからなくなってきた。
なにしろ同じ様な石造りの家ばかりが並び、目印になるようなものがないのだ。門まで来た道を戻れと言われたら、戻れる自信がなかった。
まあ、本当に道に迷ったらとりあえず外壁まで歩き、そこから壁伝いに歩けば門まで戻れるだろうが。
「ここが警備隊の詰め所です」
到着した王都警備隊の詰め所は、これといった特徴のない石造りの家だった。周囲の家と比べると建物は大きかったが、違いといえばそれぐらいだ。ただ入り口のところに見張りの兵士が立っていたので、ここだというのはすぐにわかった。
ここまで連れてきてくれた兵士は、見張りの兵士と話をして、案内役を引き継いだ。
「では私はここで失礼します」
「ありがとうございました」
そこからは別の兵士に案内され、建物の中に入った。
すれ違う兵士たちが、リゲルたちダークエルフをうさんくさそうな目で見るのは、先程の外回りの駐屯所と同じだった。
「こちらでお待ち下さい」
通されたのは来客用の部屋らしかった。
さっきの駐屯所の部屋は殺風景だったが、この部屋にはちゃんと調度品などが置かれていた。
待つことしばし、一人の男が現れた。
「失礼します。キリエス・モンドと申します」
キリエスは三十ぐらいの男だった。
ちょっと軽い感じの男だな、というのがレンの第一印象だった。
「ガトランから話は聞いております。私のような者が、あなたのような方のお力になれるとは思えませんが」
「あの、普通にしゃべってもらっていいですよ」
言葉遣いは丁寧だが、なんだかわざとらしいしゃべり方で、バカにされているような気がした。
「そうか? じゃあこんな感じで話すけど、それでいいか?」
いきなり口調が変わる。だがさっきのわざとらしいしゃべり方より、こっちの方がマシだった。
「それでお願いします」
「なるほど。ガトランから聞いてた通り、ちょっと変わり者みたいだな。全然貴族らしさが感じられない」
「よくそう言われます」
「家は伯爵家なんだろ?」
「僕は勘当同然で追い出された身ですから」
他人事みたいにレンが言う。
というか他人事だしなあ……とレンは思った。今の彼にとっては全然関係ない話なのだから。
「まあ、そういう所は気に入ったよ。正直言うと、偉そうなバカ息子とかだったら、丁重にお引き取り願うつもりだった。犯罪ギルドを紹介してほしいんだって?」
「はい。奪われた荷物を取り返したいんです」
レンは自分と関係のある商人が襲われ、荷馬車ごと奪われたことを説明した。もちろん密輸とか、そういう余計なことは話さない。
「それで盗品の行方を探して、わざわざ王都まで来たのか。考え方は間違ってないと思うが、実際に探すとなると話は別だ」
「やっぱり難しいですか?」
「王都に盗品が流れ込んでくるのは事実だ。だが国中から山ほど盗品が入ってくるんだぞ。その中から特定の品物を探すのは、山の中で特定の一本の木を探すようなものだ。だが荷馬車ごと持ち込むなんて話は中々ない。その盗賊が盗品をバラ売りせず、荷馬車を丸ごと売り払おうというなら目立つだろうな」
「見つかる可能性があるってことですね」
「犯罪ギルドに話を聞いてやってもいい。だが忘れるなよ。あいつらは金のためならなんでもやるような連中だ。一度そんな連中と関わりを持ったら、後でやっかいなことになるかもしれないぞ?」
「そこはまあ、大丈夫かなと。用事が済めば、王都からは帰るつもりですから」
「それで縁が切れればいいがな。だが話はわかった。今回は奴に貸し一つってことで、犯罪ギルドをいくつか当たってみよう」
「よろしくお願いします」
見つかる可能性がある、と言われたのはうれしかった。それがどれほどの確率なのかはわからないが、絶対無理だと言われるよりはいい。
「それにしても……」
キリエスはレンの後ろに立つリゲルたちを見た。
レンはソファーに座っていたが、三人のダークエルフはこの部屋に入ってからずっと立ったままだった。
実はさっきの駐屯所でもそうだった。
レンは座ったらと言ったのだが、それは無礼な行為になります、とリゲルに言われてしまった。
ダークエルフだからというわけではなく、貴族の従者がソファーに座ったりするのは、マナー違反になるらしい。
ここがレンの屋敷ならともかく、相手の所を訪問しているのだ。それがこの世界のマナーなら従うしかなかった。
というわけで三人はここでも立ったままだった。
「本当にダークエルフばかり連れてるんだな。どうして人間の従者を使わないんだ?」
「彼らは働き者ですから、わざわざ人間の従者を雇う必要がありません」
「ふーん……」
キリエスは納得していないようだった。だがここでダークエルフの関係を一から説明するつもりはなかった。向こうもそれ以上は聞いてこなかった。