第115話 ディアナの悩み
今年もよろしくお願いします。
ガトランからの連絡を待つ間、特にすることもないので、レンは付近を散歩したり、昼寝をしたりして、時間をつぶすことにした。
カエデは一人、ずっと元気にあたり走り回っている。
「レンも来て」
などと言われて最初はレンも付き合っていたのだが、さすがに疲れた。ちょうどいい木があったので、今はその下で寝っ転がっている。
横にはリゲルとディアナもいた。
シャドウズの二人は、少し離れた所で、立ったまま周囲を警戒している。
「少し休んだらどうですか?」
と二人にも声をかけたが、
「警戒してろという命令ですから」
と断られてしまった。こうなるとダークエルフは融通が利かないので、そのまま警備を続けてもらうことにした。
ただ、この二人も警戒に集中し切れていないようで、チラチラとガー太の方を見ていた。
ガー太は少し離れた所で、丸くなって寝ていた。まるで日向ぼっこをしている猫のようだ。
レンが見てもかわいらしい姿なので、ダークエルフたちもそう思っているのだろう。
シャドウズの二人の視線からは、かわいいなあ、もっと近くに行きたいなあ、なんて気持ちがあふれ出ていた。
あれだけ熱心に思われているのだから、ガー太ももうちょっと相手をしてやればいいのに、と思うのだが、相変わらずガー太はダークエルフに冷たい。二人のことも徹底して無視である。
「あの、レン様」
横にいたディアナが、おずおずと話かけてきた。
「なに?」
「その……さっきはすみませんでした」
申し訳なさそうに頭を下げられてしまった。
「何か謝られるようなことがあったっけ?」
何も思い当たることがない。
「さっきの戦いです。みんな戦っているのに、私だけまた何もできませんでした」
「いや、あれは僕を守ってくれたからでしょ。ねえリゲル?」
彼女の言う通り、さっきの戦闘では、ディアナはハウンドと戦っていない。だがそれは後ろにいたレンを守るためだったはずだ。リゲルも一緒だったので、彼も戦っていない。
リゲルもそうですね、とうなずいている。
あれが問題だというなら、それは役割とか位置取りの問題であり、謝るようなことではないと思った。百歩譲って謝る必要があるとしても、直接戦っていたゼルドたちに謝るべきで、少なくとも守られていた僕に謝る必要はない、とも思った。
「違うんです。リゲルは戦おうと思えば戦えたけど、レン様を守ろうと思って後ろに下がっていただけです。でも私は怖くて動けませんでした」
「そういうのは性格とかもあるからね……」
「でもこのままじゃ私は役立たずのままです」
「そこまで思い詰める必要はないと思うよ。戦うことだけが全てじゃないし、他のことをがんばるとかでもいいんじゃないかな。適材適所だよ」
「では私はどうすればレン様のお役に立てますか?」
「それはだな……」
すぐに答えが出てこない。
「ロゼもリゲルもちゃんと戦えるし、戦う他にもレン様のお役に立っています。でも私だけ戦うこともできずに、何のお役にも立てていません」
今回、ロゼはダークエルフの子供たちのまとめ役ということで屋敷に残ってもらったが、これは方便というわけではなく、彼女はしっかりとその役目をはたしている。子供たちの日々の生活管理や、勉強のスケジュール管理などは、今ではロゼに全部任せている。
リゲルは数字に強いので、密輸関連のお金の計算とか、そのあたりの仕事を手伝ってもらっている。
この二人と比べると、確かにディアナにはこれといった得意分野がないように思える。実は身体能力の高さという長所があるのだが、引っ込み思案な性格が災いして、この長所をいかせていない。
今では屋敷の子供たちも増えたが、やはり最初に来たロゼ、ディアナ、リゲルの三人は、レンにとってちょっと特別だった。三人の方もそう思っているようで、今でもレンの身の回りのお世話係は三人の持ち回りだった。
同じ集落で生まれ育ってきた三人だが、その中でディアナは他の二人に劣等感を抱いているのだろう。
「ディアナの気持ちも少しはわかるよ」
「……レン様は立派な方です。何もできない私とは違います」
ディアナはレンの言葉を信じていないようだ。
「僕だって一人じゃ何もできないよ。ここに来るまでは、これだけは自信があるって言えるものもなかったし。もし変わったとすれば、ガー太に会ってからだよ」
「昔のレン様は今とは違ったのですか?」
「今もあんまり変わってないと思う。僕が立派な人に見えるというなら、それはガー太のおかげだし、ディアナや他のダークエルフたちが助けてくれたおかげだよ。一人じゃ何もできないんだから」
ここに来る前、という言葉を、ディアナはそのまま今の屋敷に来る前のことだと思っただろう。だがレンが言う「前」とは前世、現代日本に生きていた頃の話だ。
小さい頃から勉強も運動も、人に自慢できるような得意科目は何もなかった。ただ運動が最下層レベルだったのに比べ、勉強の方はどうにか中の上ぐらいにはいたので、大学に進学して就職することもできた。
だがそれは他人に自慢できるようなことでもなかった。
自分より下はいっぱいいたと思うが、自分より上もたくさんいた。そんな自分より上の相手に嫉妬したことだってある。僕だってやればできるはずだ、なんて妄想したこともある。
だが現実は妄想のようにはいかず、前世のレンは特別なモノを持つことはなく、どこにでもいるような人間として生きるしかなかった。そして三十を過ぎる頃には、別に平凡でもいいじゃないか、と折り合いをつけられるようになった。あるいはしょせん僕には無理だ、とあきらめたともいえる。
だから劣等感に悩むディアナの気持ちがわかった。
彼女の場合、周囲の二人が優秀な分、その悩みはレンより深いだろう。レンには兄弟はいなかったし、親しい友人もいなかった。孤独だったが、そのおかげで身近な人間と自分を比べて悩むこともあまりなかった。
「僕はここに来て劇的に人生が変わったんだ。だからディアナもあせる必要はないよ。今はやりたいことや得意分野が見つからなくても、これから探していけばいいんだ。まだ若いんだし、時間はたっぷりある。もちろん僕だって協力するし、リゲルも協力してくれるよね?」
「はい。というか、僕はディアナがうらやましいんですけどね。本気になって戦ったら絶対勝てないし」
「私はリゲルみたいに戦えないから……」
「じゃあ少しずつ性格を直していこうよ」
というのがリゲルの意見だったが、レンは違った。
「僕は別に無理して戦う必要はないと思ってるから。これから先、ダークエルフがやれる仕事はどんどん増えていくだろうし、その中から新しいことを見つければいいと思う」
「……わかりました。もうちょっとゆっくり考えてみます」
レンの言葉に完全に納得したわけではないだろうが、ディアナは少し気が楽になったのか、笑って答えてくれた。
ガトランからの使いの者がやって来たのは、夕方近くになってからだった。
現れたのは中年の男性で、身なりからして王都警備隊の兵士ではなく、近くに住む農民のようだった。
「ご案内します」
という男に連れて行かれたのは、古びた一軒家だった。
「こんな家ですが、いいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
案内されたのは石造りの家で、しばらく使われていなかったのか結構荒れていたが、レンは一目で気に入った。
なにしろ立地条件がよかった。小さな池のほとりにポツンと建っている一軒家で、周囲には他に家がない。レンたちにとっては好都合だ。
広さも申し分なかった。十人以上のダークエルフが入っても、まだまだ余裕があった。夜露がしのげればいいと思っていたので、これで十分だった。
案内してくれた男は、これで用は済んだとばかりに、そそくさと帰っていった。ガトランが何を言ったかは知らないが、レンたちのことをうさんくさい連中だと思っていたようである。
家の中に入ったレンたちは、とりあえず軽く掃除しておくことにした。シャドウズの一人がゼルドたちを迎えに元の場所へと戻ったが、残りの全員で掃除する。
そうやって日が暮れる頃には、ゼルドたちも家にやって来た。
「首尾はどうでしたか?」
「上手くいきました。明日には犯罪ギルドにいるダークエルフと会えると思います」
さすがダークエルフ同士、話が早い。
明日も引き続き、ゼルドたちにはダークエルフたちと接触してもらうことにする。
後は食料の買い出しなども行うことにした。
ここまでずっと携帯食の硬いパンばかりだったので、とにかくあったかいものが食べたかった。
この買い出しにはレンが行くつもりだった。王都がどんな街なのか、興味津々だった。