第114話 王都警備隊
知り合いを紹介してくれるというガトランの申し出は、レンにとってはちょっとありがた迷惑だったが、とにかくもう少し詳しい話を聞いてみようと思った。持っている情報が少ないので、すぐに判断できない。
「王都警備隊っていうのは、そういう犯罪ギルドなんかとも付き合いがあるんですか?」
「王都警備隊について知らないのか?」
「はい。王都に来るのも初めてなので」
「そうか。簡単に説明するとだな――」
王都警備隊というのは、その名の通り王都を警備する軍隊のことだ。組織は王国軍に属し、治安維持のため、貴族にも対抗できるだけの大きな権限を与えられている。巨大な王都を守る部隊なので規模も大きく、総数は三千人もいるそうだ。
「で、この王都警備隊なんだが、大きく内回りと外回りに分かれててな。俺なんかは外回りだ。こうして街の外を回って、盗賊とか魔獣とか、そういうのを取り締まっている。内回りっていうのは街中だ。あっちは街中の犯罪や住民同士のトラブル、後は貴族がらみのやっかいごとの処理なんかも仕事だな。だから自然と犯罪ギルドとも関わるようになる」
外回りというのは軍隊の仕事に近く、内回りというのは警察の仕事に近いって感じか、とレンは理解した。
「じゃあ紹介してもらえる知り合いの方というのは……」
「内回りの人間だ。俺とは古い友達というか、腐れ縁というか……。俺もあんまり人のことは言えないが、普段の行いはあんまりよくない。だが、そういう奴だからこそ、犯罪ギルドとの付き合いもある」
日本でいう悪徳警官みたいなものだろうか。ヤクザと付き合いがあるような。
話を聞いてみても、あまりお近づきになりたい相手には思えなかった。
だが好き嫌いではなく、役に立つかどうかで考えれば、役に立ってくれそうな気がする。有効な情報が手に入るかもしれない。犯罪ギルドのダークエルフに接触するつもりだったが、それで上手くいく保証はない。手段は多く確保しておいた方がいい気がする。
犯罪ギルドと付き合いがあるといっても、それで悪人と決めつけることもできないだろう。日本の警察だって、ヤクザと付き合いながら情報を得ている、なんて話を聞いたことがある。マンガなどで得た知識なので、どこまで正しいかはわからないが。
治安の悪い社会では、犯罪組織が必要悪として機能している場合もある。レン自身、犯罪ギルドを利用しようとしているのだ。表と裏の区別が曖昧な世界で、それをきっちり区別しようとするのが無理なのかもしれない。
「会う日時はこっちから連絡しよう。王都ではどこに泊まる予定だ?」
「いえ、まだ決まって……」
言いかけたレンは、それについて協力してもらえるのでは、と思った。
「実はまだ決まっていません。それでちょっと聞きたいことがあるんですけど、どこか王都の近くで借りられる一軒家とかありませんか? ちょっと広めだったらありがたいんですけど」
「家を借りるつもりなのか?」
「ダークエルフと一緒だと、泊まれる宿屋ってありませんよね?」
「一緒に泊まるつもりなのか?」
「はい」
当然のごとく答えたレンにガトランは驚いた。彼の常識では、わざわざダークエルフと一緒の場所で寝泊まりするというのはあり得なかった。自分だけどこかの宿屋に泊まり、ダークエルフたちには野宿でもさせておけばいい。
ガトランは特にダークエルフを嫌っているわけではない。ごく自然にダークエルフを見下しているだけだった。例えるなら、それは家畜に対する感情に近い。
馬は人間を乗せて走るのが当たり前、みたいな考え方で、ダークエルフは人間より下なのだから、人間のために働き、人間を助けて当たり前、みたいに考えていたのだ。
だから今回助けられたことについても、レンには深く感謝していたが、ダークエルフには感謝などしていなかった。自分を助けるのは当たり前だからである。
そんなガトランには、ダークエルフと一緒の宿に泊まろうというレンの気持ちは理解不能だった。だが彼は自分は自分、他人は他人という柔軟性も持っていたので、
「まあ、レンがそうしたいなら、そうすればいいか。だがそうなると、確かに泊まれる宿を探すのは難しいな。どこかの空き家でも借りるか……」
ちょっと考えてからガトランが言う。
「わかった。何とかなると思う」
警備隊として、この近辺を回っているガトランは、近くの村や集落に顔が利く。家を一軒借りるぐらいはどうにかなるだろう。
「できるだけ急いだ方がいいな?」
「そうですね。そうしてもらえると助かります」
「じゃあ急いで探してみよう」
「ありがとうございます」
「命を助けられたんだ。これくらいで借りを返せたとは思っていねえよ。知り合いの方にも急いで都合をつけてもらうから、それも待っていてくれ」
レンはその知り合いに会う、とは一言も言っていなかったのだが、ガトランの中ではすでに決定しているようだ。
まあいいか、と思った。余計な人付き合いなどはしたくないが、どうせ用が済めば王都から帰るのだ。それまでの付き合いと割り切ってしまえばいい。
「それじゃあ俺も一度王都に戻るが、レンも一緒に来てくれるか?」
「僕もですか?」
「上の人間に会ってほしい。魔獣を倒したのは、お前だからな。大手柄だ」
「あ、それは……」
「なにかマズいことでもあるのか?」
「マズいというか、事情が事情なんで、あまり目立ちたくないというか」
ウソは言っていない。だがそれよりも大きな理由は、面倒くさいからだ。
ガトランの上司に会えば、色々と話を聞かれたりするだろう。手柄を立てたことで、もしかしたら式典とかパーティーとか、そういうのに呼ばれたりするかもしれない。レンの一番苦手な分野である。
報酬だけもらって後は知らんぷり、とかができればいいのだが、そういうわけにもいかないだろう。付き合いというのはどの世界でも重要なのだから。
「もし手柄になるというんでしたら、それはガトランさんにお譲りします。僕の名前は出さずに、通りすがりのダークエルフたちに助けてもらったって事にしてくれれば。その代わり、僕らの盗品探しに協力してもらえませんか?」
レンにとっては中々いい交換条件に思えた。まだ王都警備隊の影響力がどの程度のものかよくわからないが、王都に初めて来た自分たちに、ガトランの協力は大きな力になってくれると思った。
「本当にそれでいいのか?」
「ええ」
ガトランの方は、この交換条件は釣り合いがとれないと思った。
名誉よりも目の前の実利を優先した、とも考えられるが、やはり貴族にとっては名誉こそが一番大事なのだ。ガトランも貴族の端くれだから、それをよくわかっている。
魔獣の群れを倒した、という名誉をあっさり捨てようというのだから、おそらくこのレンという少年には、まだ隠している裏事情がありそうだな、と彼は推理した。
人間の従者を連れずにダークエルフばかり十人も連れていたり、ガーガーと思われる鳥に乗っていたり――とにかく色々と普通ではない。だったら普通ではない隠し事があってもおかしくないのでは?
気になったガトランだったが、それ以上詮索するのはやめた。
命を救われた恩義があるし、手柄を譲ってくれるのはありがたい。感情面でも、実利の面でも、断る理由がなかった。
「わかった。じゃあそういうことで話を通しておこう」
後で部下たちにも言い含めておこうと思った。彼らにとっても得になる話なので、余計なことを言う者はいないだろう。
「それじゃあ、まずは住むところだな。急いで探して連絡しよう」
そう言ってガトランは王都の方へ帰って行った。
さて、これかどうしようかとレンが思ったところへ、ゼルドが提案してきた。
「領主様。ここには何人かだけ残し、王都に行ってダークエルフと接触した方がいいと思うのですが」
「そうですね。早く行動した方がいいですよね」
「領主様はどうされますか?」
「じゃあ僕がここに残ります。ゼルドさんは王都の方へ行ってもらえれば」
知らない相手に会いに行って話をするとか、あまりやりたくなかった。
それにダークエルフ同士の方が話がしやすいだろう、と言い訳めいたことを思う。
「わかりました。では、夕方ぐらいには、ここへ戻ってこようと思います」
念のため、ということでゼルドはシャドウズから二人を残し、残りの八人で王都へと向かった。
レンと一緒にリゲルとディアナも残り、当然のごとくカエデも残った。
彼らはここで連絡を待つことにした。