第112話 シャドウズの実力
先陣を切って助けに入ったのは、やはりガー太に乗ったレンだった。
全速力で駆けつけてきたレンは、弓が届く距離に入ったところで、走る速度を落としつつ矢をつがえる。
狙いは兵士に襲いかかろうとしている二体のハウンドだ。
一射、二射。
続けざまにはなった矢は、どちらも見事にハウンドに命中した。
普通の矢なら牽制程度にしかならないが、レンの持っていた矢は魔獣の素材を使用した特別製で、命中すれば超回復を阻害する。
この時も矢は効果を発揮し、それを受けた二体のハウンドは、どちらも苦しむ様子を見せ、動きを鈍らせた。
その場で立ち止まり、さらに別のハウンドを狙うレンの横をカエデが駆け抜けていく。
「無理するなよ!」
「はーい!」
レンの声に元気に応えたカエデは、左右の腰につるしてあった二本の剣を抜く。
今のカエデは二刀流だった。
剣はどちらもヴァイセン伯爵からもらったもので、それまで使っていた安物の剣とは切れ味が違う――らしい。
試し切りしたカエデが、すごく切れるよ! と喜んでいたので、そういうことなのだろう。
この世界の剣には、大まかに分けて小さな片手剣と、大型の両手剣があった。
片手剣は盾と組み合わせて使うのが普通だが、まれに盾を持たず、両手に一本ずつの二刀流で戦う者もいる。
だがカエデの二刀流は少し違った。
彼女の剣はどちらも片手剣ではなく、両手剣に分類される大型の剣だった。
長さは一メートルほどで、両手剣としては小さい方だが、小柄なカエデにはそれでも大きすぎるぐらいだった。なにしろ腰にまっすぐ剣を帯びると、剣先が地面についてしまうのだ。だからカエデは剣をだいぶ斜めにして腰に下げていた。その姿は少しアンバランスで、小さな子供が無理して大きい荷物を持っているように見えた。レンもなんだかほほえましいなあ、なんて思ったりしていた。
だがそれは見た目だけのことだ。
一度剣を抜けば、ほほえましいなどとは誰も言わないだろう。
ハウンドの群れに突っ込んだカエデは、二本の剣を自在に操り、次々と魔獣を斬り伏せていく。
彼女の動きは素早い。ガー太に乗ったレンは感覚が強化されているから、彼女の動きを追い切れている。だがもしガー太から下りてしまえば、彼の目では捉えきれないだろう。
しかも素早いだけでなく攻撃も苛烈だった。
一撃でハウンドの足を軽々と斬り飛ばす、などというのは序の口で、胴体すら一撃で両断する。いかに超回復を持つ魔獣とはいえ、さすがに体を真っ二つにされたら回復できない。
カエデはそれを二刀流でやっているのだ。
彼女の剣は小さめの両手剣だから、レンでも片手で持つことはできる。だが単に持つのと、それで戦うのとでは話が全然違う。
もしレンがカエデと同じように二刀流で戦えば、すぐに疲れて腕が上がらなくなるだろう。
しかしカエデは疲れたそぶりも見せず、縦横無尽に動き回っている。
助けられた兵士たちも、その戦いぶりに圧倒され、喜ぶよりも驚いているほどだった。
そしてそこへ、少し遅れてきたシャドウズのダークエルフたちが加勢する。
結成から数ヶ月、カエデやガー太相手に延々と訓練してきた彼らの技量は、大きく向上していた。
ダークエルフの集落では、腕のいい狩人ならハウンドと一対一で互角に戦える、と言われてきた。だが今のシャドウズの隊員なら、一対一でハウンドと戦えば勝てる、と断言できるぐらいの実力を持っていた。
さらにシャドウズの隊員たちは、一人でハウンドと戦おうとはせず、必ず二人一組で動いていた。
これはカエデとの戦いの中で編み出された戦法だ。
一対一で勝てないなら二対一で――単純だが効果的、互いに弱点を補い合うことで力は倍増する。もっともそれでもカエデには勝てていないのだが……
とはいえハウンドに対して二人一組というのは、非常に有効な戦い方だった。カエデのように一撃必殺とはいかないが、着実にハウンドを倒していく。
「このまま勝てそうですね」
レンの隣に来ていたリゲルが言う。彼とディアナの二人は戦いに加わらず、レンを守るように側に控えている。別に打ち合わせをしていたわけでないが、自然とそういう位置取りになっていた。
ただリゲルの方はリラックスしているようだったが、ディアナの方は少し不安そうな顔をしている。
身体能力はディアナの方が高いのだが、やはり臆病な性格は簡単には変えられないようだ。
とはいえレンもあまり人のことはいえない。
今はハウンドと戦っても落ち着いているが、これはガー太に乗っているおかげだ。もしも一人だけで戦場にいたら、とても落ち着いている自信はなかった。
この世界に来てから何度も修羅場を経験したので、それなりに度胸はついたと思う。だが元は荒事とは無縁の日本人だ。そう簡単には変われない。
だから怖がるディアナの気持ちはよくわかった。
「ディアナ、もうちょっと気楽にいこうよ」
「は、はい。がんばります!」
返事も少しぎこちない。気楽にというのは難しそうだ。
だが幸い、今回の戦いでは二人の出番はなさそうだった。
カエデとシャドウズはハウンドの群れを圧倒しており、後ろにいるレンのところまで迫ってくるハウンドはいない。
レンは安心して弓での援護を続けた。
ハウンドを次々と倒し、どうやらこのまま完勝できそうと思ったレンだったが、まだ安心できないことを思い出した。
敵が魔獣の群れなら、それを率いる超個体がいるはずだ。
そしてそれはのそりと林の中から姿を現した。
他のハウンドと比べて倍以上の巨体。間違いなく群れを率いる超個体だ。
林の中から現れたそいつを見て、レンはあれ? っと思った。
「ねえリゲル。このハウンドってなんか姿が違うよね?」
今戦っているハウンドを最初に見たときから、レンは少し違和感を抱いていた。
黒の大森林で戦ったハウンドと、なんだか姿形が違う気がしたのだ。
黒の大森林のハウンドは黒くてオオカミのような姿をしている。
だが今戦っているハウンドの毛は灰色だ。それだけなら色違いだが、体型も微妙に違っている。黒の大森林のハウンドと比べると、体毛は短く、全体のシルエットは丸っこくなっている――ような気がしていたのだ。
気のせいだろうか、とも思っていたのだが、こうして巨大な超個体を見て確信した。明らかに別物だろう。
だがリゲルから返ってきた答えは、
「いえ、ハウンドだと思いますけど」
だった。
「でも黒の大森林のハウンドとは、明らかに体型が違うよね?」
「魔獣は色々いますから、少しぐらいの違いはあると思いますけど……これはハウンドじゃないんですか?」
「どうなんだろう……」
聞き返されてもレンにもわからない。
魔獣に関しては僕よりリゲルたちの方が詳しいだろうし、そんなリゲルがハウンドだと言うならこれもハウンドなのかな、と思ったレンだったが、どこか釈然としない。
このレンの疑問は正しかった。だがリゲルが間違っているともいえなかった。
この世界では、まだまだ魔獣の分類が未発達なことが原因だった。
大まかにいってしまえば、小型の四つ足の魔獣は全部ハウンド、ぐらいの分類なのである。普通の動物で例えると、野犬もオオカミもハイエナも、全部まとめて犬といっているようなものだ。
もし詳しく生態などを調査すれば、今目の前にいる灰色のハウンドと、黒の大森林にいる黒いハウンドは、別の魔獣に分類されるはずだ。
だがこの世界では、まだそこまで詳細な魔獣の調査や分類は行われていなかった。そもそも危険な魔獣の生態を調査する、という考え方が一般的ではなかった。逃げて近寄らないようにするか、全力で殲滅するか、魔獣への対応はこの二択だった。
だから現時点においては、灰色のハウンドも黒いハウンドもどちらもハウンドなのだ。
レンはそういう魔獣の分類について詳しく知らなかったのだが、もし知っていれば、色々と言いたいことがあっただろう。だが今はそれについて考えている場合ではなかった。
巨大な咆哮を上げ、超個体のハウンドが襲いかかってきたからだ。
カエデが正面からそれを迎え撃つ。
両者がすれ違い――ハウンドの体から血しぶきが上がった。
すれ違いざまに、カエデの剣がハウンドを切り裂いたのだ。
だがその傷もすぐに回復する。
普通のハウンドなら致命傷となるカエデの一撃も、超個体まで一撃とはいかなかった。
ハウンドは再びカエデに襲いかかり、カエデはその攻撃を回避しつつハウンドに斬りつける。
カエデの剣は何度も相手の体を斬りつけるが、その傷はすぐに回復していく。
だがそれでも優勢なのはカエデの方だった。
ハウンドの牙も爪も、カエデを捉えることができずに空を切るばかりだ。カエデの素早い動きに翻弄されているといってもいい。
そしてそこへシャドウズの隊員たちが加勢する。
彼らはカエデの邪魔をしないように注意しつつ、浅い踏み込みでハウンドを攻撃する。
そんな攻撃ではかすり傷しか与えられないが、それでハウンドの気を引ければ十分なのだ。ハウンドが自分にまとわりついてくるシャドウズを払いのけようとすれば、その隙を見逃さずにカエデが攻撃を加える。
レンも矢を放ってカエデを援護した。
こうなると後は時間の問題だった。
レンたちは超個体を相手にしながら、終始危なげなく戦いを進め、最後はカエデがハウンドの首を切り落として決着した。
首を無くしたハウンドの巨体が地面に倒れると、カエデは笑顔を浮かべてレンのところへ戻ってきた。
「やったよ!」
満面の笑みを浮かべるカエデはとてもかわいらしい。その両手に持った剣からは、魔獣の血がしたたり落ちていたが、レンもそんなことは気にせず、
「うん、さすがカエデ。よくやったね」
と笑顔で彼女の頭をわしゃわしゃとなでる。
数十体のハウンドを倒し、こちら側は死者どころか、けが人もゼロ。終わってみれば完勝だった。
勝利を喜ぶレンだったが、実は一番うれしかったのはカエデの活躍ではなく、シャドウズの活躍だった。
今回の戦いで一番の戦果を上げたのは間違いなくカエデだ。二刀流になってさらに腕を上げたようで、それはもちろんうれしい。だが彼女の実力はすでに十分承知していた。だから今回の活躍も予想の範囲内だった。
だがシャドウズは今回が初陣といっていい。
今まで厳しい訓練を続けていたのは知っていたが、実際の技量がどの程度のものなのか、実のところレンもよくわかっていなかった。レンも戦いの素人なので、その訓練が本当に有効なのかどうか自信がなかったのだ。
しかし今回の戦いでシャドウズの実力は証明された。
元々、魔獣と戦うためにダークエルフの戦闘部隊を作ってはどうだろう、というレンの思い付きから始まったのがシャドウズだ。
ハウンド相手に余裕をもって戦う彼らを見て、レンは自分たちのやってきたことが間違いではなかったと確信できた。
彼が感じていたのは、そういう安堵の喜びだった。