第108話 犯罪ギルド
レンは犯罪が起これば、ちゃんと捜査して犯人を捕まえるべきだ、と思っている。これは彼に限らず、現代日本人ならほとんどそう思うだろう。
だから今回の襲撃事件でも、なんとしても犯人を捕まえなければならない、とレンは当たり前のように思っていた。自分が被害者なのだからなおさらである。
しかしマルコの考えは違う。
誰もが生きるのに必死なこの世界では、基本的に頼れるのは自分だけだ。
盗賊に襲われても誰も助けてはくれない。
その地を治める貴族に助けを求めても、ある程度の地位や金を持っていないと無視される。無力な人々の声など誰も聞いてはくれない。
だから多くの人々は犯罪の被害にあってもあきらめることにした。これは天災と同じようなもので、どうしようもない、運が悪かった、と。
マルコも同じで、今回のことは運が悪かったで片付けるつもりだった。
また彼の場合は損得も計算している。
逃げた盗賊を捜そうとすれば、金も時間もかかる。それで必ず見つけられるならともかく、見つからなければ金と時間の無駄だ。
だったら気持ちを切り替え、次のことを考えた方が建設的だと彼は思っていた。
もし金品を奪われただけだったなら、レンもマルコのように損得で考えていたかもしれない。だが護衛のダークエルフが殺されたのだ。レンはこれを許すつもりはなかった。損得の問題ではなかった。
「逃げた盗賊の手がかりとかはないんですよね?」
「ありません。というか、本当にご自分で盗賊を捜すつもりですか?」
「自分でというか、ダークエルフたちの力を借りるつもりですけど」
さすがに本当に自分一人でやるつもりはない。
「でもどうやって? 誰がやったかもわからないし、どこへ逃げたかもわからないんですよ?」
「それは……」
言われて考える。
やみくもに捜しても見つからないというのはレンにもわかる。
「ちょっと思ったんですけど、盗賊は荷馬車ごと商品を盗んでいったんですよね? だったらそれをどこかで売って金に換えると思うんですけど、どうやるつもりなんでしょうか?」
「どこかの商人に売るつもりだと思いますが」
「相手が盗賊でも商売するんですか?」
「さすがにはっきり盗品とわかる物を買い取る商人はいないと思いますが、出所があやしいと思っても、詳しく聞かない、ということで取引する者は多いでしょう」
「マルコさんもします?」
「今の私はやりません。そんな危ない橋を渡る必要がありませから。まあ密輸をやっておいて、危ない橋というのもおかしいですが……。ただそれをやる前ならやっていたでしょうね」
「だったらそこから調べられませんか? 盗賊たちと取引した商人を捜して、そこからたどるんです」
「その商人をどうやって捜すんですか?」
「ある程度は絞り込めると思います。盗品を売るとしたら、やっぱり大きい街の方がいいですよね?」
「それはまあ。小さい街だと目立つでしょうから」
「この近辺で一番大きな街はここだと聞きましたけど、さすがにこの街には来ないでしょうから、他に大きな街ってありますか?」
「いくつかありますが……」
少し考えてからマルコが言う。
「やはり盗品を売るつもりなら王都でしょう。あそこは人の多さも群を抜いていますし、国中から色々な商品が集まってきます。盗品を持ち込んでも目立ちませんから、多少時間がかかっても王都へ行くと思います」
グラウデン王国の王都ロキス。
レンも名前だけは知っていたが、行ったことはない。ここジャガルの街から王都までは、二十日ほどかかるらしい。
「じゃあ王都の商人を調べれば……」
「無理でしょう」
マルコは一言で否定した。
「王都の人口は十万とも二十万ともいわれています。商人だって山ほどいるし、その全てを調べるなんて人手がいくらあっても足りません。それに調べたとしても、商人が自分の取引について簡単に教えてくれるとも思えません」
「そうですか……」
自分では結構いい案を思い付いたと思ったのだが、マルコにダメ出しされてしまった。
そしてマルコの言い分の方が正しく思えた。
人手はダークエルフたちに頼めば何とかなるかもしれない。だがそのダークエルフたちが商人のところへ行っても、話を聞くどころか、門前払いされてしまうだろう。
この日の話し合いでは他にいい案も浮かばず、そのままレンはマルコの家で休むことにした。ちなみにマルコの家と店は同じ建物である。
そして次の日。
レンの後を追うようにして、集落からダールゼンもやってきた。
彼に事件のあらましを説明したレンは、盗賊たちを探すいい方法がないか聞いてみた。
正直、あまり期待はしていなかったのだが、
「上手くいくという保証はありませんが、一つ手があります」
という答えが返ってきた。
「どんな方法ですか?」
「盗賊について聞くなら、盗賊に聞くのが一番です。ですから犯罪ギルドに話を持ちかけてみてはどうでしょうか?」
「犯罪ギルド?」
この世界に来てから初めて聞く言葉だった。
「犯罪ギルドというのは、その名の通り犯罪を生業とする裏社会の集団で――」
ダールゼンが簡単に説明してくれたが、それはつまり元の世界でのヤクザやマフィアみたいな犯罪組織のことだった。
元の世界でも、こちらの世界でも、犯罪者がいることに変わりはなく、同じように犯罪組織も存在しているというわけだ。
そんな犯罪組織を、この世界では犯罪ギルドと呼んでいる。
最初、犯罪ギルドと聞いたレンは、一つの巨大な犯罪組織があるのかと思ったのだが、そういうわけではなく、小さなものは数人、大きなものは数千人という規模で、大小様々な犯罪ギルドが存在しているらしい。そのあたりは日本の暴力団と同じだな、と思った。
「そういう犯罪ギルドと簡単に話ができるものなんですか?」
「簡単というわけではありませんが、あちらこちらの犯罪ギルドにもダークエルフがいます。ほとんどが下っ端ですが、彼らを窓口にして接触できるかもしれません」
これまた元の世界と共通することだが、犯罪ギルドの構成員は、やはり下層階級出身の者が多い。
小さい頃から暴力や犯罪に手を染め、そのまま犯罪ギルドへ入るという流れだ。そして差別されるダークエルフもまた、同じような道をたどって犯罪ギルドへ入る者が多い。まともな職に就けず、生きるために犯罪に手を染めるのだ。
「もちろん領主様が嫌でなければですが」
当然ながら貴族は犯罪ギルドを嫌っている。中には平気で手を組むような貴族もいるようだが、それは少数派だ。犯罪ギルドとの付き合いが明らかになれば、名誉に傷がつくことになるから、まともな貴族なら犯罪ギルドと付き合いを持とうとはしない。
レンは貴族の名誉など気にしていないが、それでも犯罪ギルドには嫌悪感を持った。
それは前世の経験というか、常識によるものだった。
普通に暮らす日本人なら、ヤクザと関わり合いになりたいとは思わないだろう。前世のレンは暴力とは無縁の人生を送っていたので、当然のごとく不良とかヤクザとかを毛嫌いしていた。
だがここは異世界だ。
もし本当にそれで犯人を見付けられるなら、手段は選んでいられないとレンは思った。
「わかりました。犯罪ギルドのダークエルフの方とは、すぐに連絡が取れるんですか?」
「はい。少し時間がかかるかもしれませんが、それほど難しくはないはずです」
これまでダールゼンは犯罪ギルドに所属しているようなダークエルフとは関わりを持ってこなかった。
集落に移住する者を集めた際も、犯罪ギルドにいるダークエルフには声をかけていない。
嫌っていたからではない。ダークエルフは人間とは違い、職業で相手を差別したりはしない。
声をかけなかったのは優先順位の問題だった。
犯罪ギルドに入っているダークエルフたちは、一応それで生活が成り立っている。だったら集落へ誘うのは、もっと苦しい生活を送っている者を優先した方がいいだろうと思ったからだった。
犯罪者といってもそれは人間相手のことで、序列のあるダークエルフには関係ない。接触して話を聞くのは難しくないだろう。
「ただダークエルフのほとんどは、やはり下っ端です。情報を得るためには、そこからもっと上の人間に話を聞く必要があります。そうなるとお金が必要になってくると思いますが……」
情報料というやつだ。
「僕は必要なら出すべきだと思いますけど、ダールゼンさんはどうですか?」
密輸で稼いだ金は、あくまでダークエルフたちの資金だとレンは思っている。だからそれを使っていいかどうか、確認しなければならない。
「我々としては、仲間の敵討ちです。領主様がそれをやれと言うなら喜んでやります」
「わかりました。どれくらいお金がかかるかわかりませんが、可能な限りやりましょう。徹底的に捜すんです」
「徹底的に、ですね」
「そうです。徹底的に、です」
レンとダールゼンが頷き合った。