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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第一章 出会い
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第9話 急成長

 翌朝の目覚めは最悪だった。

 頭は痛いし、体はひどくだるい。

 風邪でもひいたかなと思いつつレンは目を開け――そこでガー太のことを思い出した。

 昨夜はガー太の隣でいつの間にか眠ってしまったのだ。

 眠気は一気に吹き飛び、慌てて隣で寝ているはずのガー太を確認したのだが、


「うわっ!?」


 レンの口から驚きの声が出た。

 隣で寝ているガー太というか、本当にこれはガー太なのだろうか?

 ベッドの上には一羽のガーガーが丸くなって寝息を立てていた。

 しかし昨日までのガー太とはサイズが違う。大きすぎるのだ。

 ガー太はまだ生後十日もたっていないが、昨日まですごいスピードで成長していた。一日ごとに体が大きくなっているのがわかるぐらいのスピードだった。

 だが今朝の変わり様は、その異常な成長速度と比べても異常すぎる。このガーガーが本当にガー太だとすれば、一晩で一メートルぐらい体が大きくなっている。アヒルサイズだったのが、一晩で白鳥ぐらいの大きさになったのだ。

 これはもはや成長ではなく変身といった方がいいだろう。

 もしかして別のガーガーと入れ替わってるんじゃないか? と疑ったレンは名前を呼んでみた。


「ガー太?」


 すると寝ていたガーガーは目を開け、


「ガー」


 と元気な声で答えた。

 その鳴き声を聞き、レンはこのガーガーがガー太であることを確信した。この鳴き声はガー太だと直感でわかったのだ。それにガー太の間にある目には見えない絆も確かに感じる。やはりガー太で間違いない。


「もう大丈夫なの?」


「ガー」


 大丈夫だと言わんばかりに、ガー太はバサリと羽を広げた。

 この羽も大きい。横に広げた長さは二メートルぐらいありそうだ。

 ガーガーは飛べない鳥だが、羽は大きくて立派なのだ。


「傷は?」


 体に巻かれていた包帯は、体が大きくなったせいか、ほどけて落ちている。

 昨日、魔獣にかまれたのは首の付け根あたりだった。

 レンは慎重な手つきで、そのあたりを確認するが、傷口は見あたらなかった。

 血の跡はあるのだが、傷口がどこにもないのだ。


「傷も治ったのか。すごいな」


 何が起こったのかはよくわからない。だが、とにかくガー太の傷が治って元気になったのだ。

 よかった、と思ってホッとしたレンだったが、すると急に体が重くなったように感じた。

 体を起こしているのもつらくなって、もう一度ベッドに横になる。

 ガー太のことが気になって一瞬だけ忘れていたが、今朝の体調は最悪だったのだ。

 気がゆるんだことで、改めて体全体に疲れが押し寄せてきた。

 やっぱり昨日のあれかな、とレンは思った。

 昨日、ガー太に触れていると力が吸い取られていくような気がした。

 その結果が今朝のひどい体調だったとしても、それでガー太の傷が治ったのなら問題ない。

 すっかり元気になったガー太とは対照的に、疲れ切ったレンは、その日一日を寝て過ごした。

 筋肉痛で寝込んだと思ったら今度は体調不良。なんだか寝込んでばかりだなとレンは思った。

 幸い、体の疲れは一日寝ていたら、翌朝にはほとんど回復していた。

 ガー太の傷も治ったし、ひとまず安心だったが、これで全てが一件落着とはいかなかった。


「村に警戒を呼びかけるのはわかりますけど……」


 レンは嫌そうな顔でマーカスに言った。

 マーカスから、魔獣が出たことを周囲の村へ伝えなければなりませんと言われたからだ。


「レン様を襲ったのは一体だけでしたが、それが前触れということもあります。次は群れが現れる可能性もあります」


 マーカスはそう言って、大きな危険があることを訴えた。

 魔獣は一体だけでも危険だが、本当に危険なのは超個体と呼ばれる強力な魔獣が出現し、群れを形成することなのだ。

 通常、魔獣は群れを作らず単体で行動する。

 超個体とは突然変異のような強力な個体で、これが出現すると、同種の魔獣たちを従えて群れを形成するのだ。

 群れの規模は数体から、ときには数百数千という巨大な集団になることもある。こうなると、もはや村や街で対処できるものではなく、国家規模の非常事態だ。

 故に、魔獣が出現した際は、それが単体なのか、群れの一体なのかを判別する必要があり、群れだとわかれば早急に手を打たねばならない。

 群れがこれ以上大きくならないうちに討伐するか、それとも下手に刺激しないように人を遠ざけるか、とるべき対策はそのとき次第だ。

 レンが遭遇した野犬のような黒い魔獣は、ハウンドと呼ばれる魔獣で、出現数の多い魔獣の一つだ。黒の大森林付近でも、年に数回は出現し、監視村の村人が襲われて犠牲者が出ることもある。

 それでもレンが勝てたように、一体だけなら村人たちだけで対処可能だ。

 だがこれが群れになると危険度が跳ね上がる。おそらく十体以上の群れになった時点で、村単位では対処不能になるだろう。そうなると軍隊を呼んで退治してもらうしかない。

 実際に襲われたレンは、魔獣の怖さを嫌というほど思い知った。だからその危険性を軽視するつもりはなく、村に警戒を呼びかけるのは大賛成だったが、


「僕が行かなくちゃダメですか?」


「それが領主としての勤めです」


 電話もメールもないのだから、魔獣が出たことを伝えるには、直接南の村まで行って村人たちと話をしなければならない。だがレンはもうあそこへは行きたくなかった。

 レンは南の村の住人から憎まれている。そこへ出かけていっても素直に話を聞いてもらえるとは思えない――というのは建前で、本心は怖いから行きたくないというだけだ。

 前回訪問したときは、村人たちに囲まれて憎しみの目を向けられた。マーカスは命の危険もあったと言う。そんなところへ出かけていく度胸はなかった。

 村人たちの誤解を解いて仲良くなろう、などという前向きな発想は出てこない。嫌われているなら近寄らなければいいというのがレンの考えだ。逃げかもしれないが、その方がお互いに幸せだろうとレンは思っている。


「でも僕が行ったら、話が余計にこじれませんか?」


「それはそうかもしれませんが……」


「マーカスさん、お願いします。僕はケガをしたということにして、マーカスさんが村に行ってきて下さい」


「……わかりました。私が村へ行って伝えてきましょう」


 マーカスも前回の訪問時の様子をこの目で見ている。本人が出向いて魔獣の出現を伝えることが一番だと思うが、それで別のトラブルを引き起こしては意味がない。

 結局、マーカスが南の村へ行ってくれることになったので、レンは肩の荷が下りた気がした。


「それにしてもガー太、立派になったなあ」


「ガー!」


 傷から急回復したガー太は、すでに大人のガーガー並に大きくなっていた。体を包んでいた白い産毛も、全て白い羽に生え替わっている。

 見た目はすっかり大人のガーガーになってしまったのだが、普通のガーガーとは少し体型が違う。

 大きなアヒルのような基本型――足と首が短く、胴体が大きい――は同じだが、普通のガーガーが丸々とした体型なのと比べると、全体的に角張っているのだ。足も少し長いような気がする。

 スラリと引き締まった筋肉質な体つきのガーガーといえばいいだろうか。他のガーガーと並んでいても、一目で見分けがつくはずだ。

 立ったレンと大きさを比べてみると、レンの胸ぐらいにガー太の背中がくるので、背中の高さは一メートル五十センチぐらいだろうか。頭はレンの頭より少し高いので体高は2メートル近くになっている。

 二日前まではレンが抱き上げることができたのに、もう持ち上げることは無理だろう。

 逆にレンの方がガー太に乗れそうだ、というか乗れた。

 二日ぶりに屋敷の外へ散歩に出ると、ガー太が身をかがめて、乗ってみろとばかりに「ガー」と鳴いたのだ。

 大丈夫なのかと思いつつ、ガー太にまたがってみると問題なく乗れた。レンを乗せてもガー太はびくともしなかったのだ。

 それどころか、


「なんだこれ?」


 思わずそんな言葉が出た。

 ガー太に乗ってみると、それが異様にしっくりきたのだ。

 以前、別のガーガーに乗った時も、まるで自分専用に作られた椅子に座ったかのように、ピッタリと体に合うような感じがした。

 しかしガー太に乗った今の感じは、その時を余裕で越える。

 もはや「合う」とか「しっくり」とかを通り越し、体が一体化したかのようだ。

 地面を踏みしめるガー太の両足は自分の両足であり、ガー太の体は自分の下半身だ。


「軽く歩いてみようか」


「ガー」


 ガー太は軽快な足取りで、トットットッと歩いていく。

 背中にレンを乗せているのに全然苦にしていないことが、レンにもよくわかった。

 自分の足にどれくらいの負担がかかっているか、自分の足がどれくらい疲れているか、それがわかるようにガー太のこともよくわかる。

 最初はゆっくり歩いていたが、すぐに走り出して草原を疾走する。

 見晴らしのよい草原を、車並みのスピードで自由自在に走り回る。風を切って走るのはとても爽快だった。

 派手に動き回っても、ガー太の上からは落ちなかったし、落ちるかもしれないという恐怖すら感じなかった。走っている人間で、自分の上半身が下半身から振り落とされたどうしよう、と心配する者がいないのと同じだ。

 またガー太は走るスピードだけではなく、持久力も並外れていた。

 30分ぐらい走り回っていても平気で、一時間ぐらいを過ぎるとさすがに疲れてきたが、それでも少し休憩すればすぐに回復した。

 散歩に出たのは昼を過ぎてからだったが、夕方近くまでガー太に乗って走り回っていた。

 そうやって調子に乗っていたレンは、とある大事な教訓をすっかり忘れていた。

 それが襲いかかってきたのは、屋敷に帰ってきたときだった。

 門のところでガー太から降り、屋敷の玄関を開けたところで、レンはいきなり倒れたのだ。


 あれ、なんだこれ?


 レンは自分が倒れたこともよくわからなかった。

 周囲がぐるぐる回り、ガー太の鳴き声も遠くからぼんやりとしか聞こえない。

 迎えに出てきたマーカスは、倒れているレンを見て仰天し、慌てて彼の部屋のベッドへと運んだが、そのときにはすでに意識を失っていた。

 そして翌朝、目が覚めたレンはまたも強烈な全身筋肉痛に襲われた。

 前と同じか、とレンは思った。

 最初にガーガーに乗ったときも、そのときは調子がよかったのに、翌日激しい筋肉痛になった。

 今回のは、あのときと比べてもさらにひどい。ちょっと体を動かすだけで体中が痛い。

 すっかり忘れていたと後悔しても遅かった。

 結局、その日と次の日はまたもベッドで寝て過ごすこととなった。

 ちなみにサイズの大きくなったガー太はレンの部屋に入るのが大変になったため――最初に部屋から出るときもとても苦労した――屋敷の庭で寝転んでいた。

 その翌日もまだ筋肉痛はまだ残っていたが、起き上がれるぐらいには回復したので、そこからレンはいつもの日常生活に戻った。

 午前中は家庭教師のハンソンの元で勉強。

 午後からは自由時間として、授業で習ったことを復習したり、マーカスに武術を教えてもらったり、ガー太と一緒に散歩に出かけたり。

 以前と変わったのはマーカスに教えてもらう武術の内容だ。


「槍の扱い方を学びたいのですか?」


「うん。マーカスさんは槍も使えるんですよね?」


「はい。むしろ剣よりも槍の方が使い慣れておりますが……」


 レンはこれまで剣の訓練を行っていたのだが、それに加えて槍の扱い方も学ぼうと思ったのだ。

 理由はガー太に乗れるようになったからだ。

 レンは戦いの素人だが、素人なりに少し考えてみたのだ。

 次に魔獣に遭遇した場合、ガー太に乗って逃げるという選択肢が増えた。それで逃げ切れれば問題ないのだが、逃げられない状況になった場合、ガー太に乗って戦うことが想定される。

 で、そうなったときには剣よりも槍の方がいいのではないかと思ったのだ。

 ガー太の上から剣を振っても中々届かないが、槍だったら届くのではないか? という単純な思いつきだ。

 思いつきではあるが、別に間違いではない。

 この世界にも馬に乗って戦う騎士がいて、彼らのメインウエポンも剣ではなく槍だからだ。とはいえ馬上での戦闘は簡単ではなく、かなりの修練を要求される。

 だがレンには他の人間よりも有利な点があった。

 ガー太から落ちる心配がないということだ。

 馬に乗った状態で武器を持ち、それを振り回したりすれば落馬の危険がある。ちょっとバランスを崩せばそれで終わりなのだ。

 しかしレンにはガー太から落ちる危険がなかった。少なくともガー太から両手を離して、武器を振り回した程度では落ちたりしない。それは自信ではなく事実だ。

 というわけでガー太に乗ったまま戦うために槍を教えてもらおうと思ったのだ。


「しかし槍は魔獣との戦いで、あまり有効とはいえませんよ?」


 人間相手なら、槍で体のどこかを突けば、一撃必殺とはいかなくても、相手の戦闘能力を大きく奪うことができる。

 だが超回復能力を持つ魔獣には分が悪い。

 槍で突いた刺し傷はすぐに塞がってしまうからだ。魔獣に大きなダメージを与えるならば、剣で体を切断するのが最も有効な手段なのだ。

 この世界には、凶悪な魔獣を倒した英雄の話が数多くあるが、そういう英雄譚でもほとんどが剣で魔獣を斬り伏せたことになっている。

 また、似たような理由で騎兵も魔獣相手の戦いに投入されることは少ない。魔獣に馬がおびえて戦いにならないことも多く、効果的ではないからだ。


「別に積極的に魔獣を狩ろうって訳じゃありませんから」


 レンが想定する魔獣との戦いは、逃げながら戦うというものだ。

 魔獣に遭遇した場合、まずはガー太に乗って逃げることを優先する。

 それでも相手の方が速かったりして逃げられない場合に、ガー太に乗りながら槍を使うのだ。相手を牽制し、逃げるチャンスを作るなら槍も十分役に立つだろうと思った。


「わかりました。それでは槍の使い方もお教えしましょう」


 こうしてレンは新たに槍の訓練を始めた。

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