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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第105話 傭兵たちの不満

 最初は酒場での愚痴だった。


「あの商人め、ふざけやがって」


「ダークエルフなんぞに荷運びをやらせるとは。きっと荷物を盗まれたりして大損するぞ」


 仕事を失った傭兵たちが三人、酒場でそんな風に不満を言い合っていた。

 三人とも、とある商人に雇われて荷馬車の護衛をするはずだった。ところが直前でその話がお流れになった。

 何かやむをえない理由で、荷物を運ぶのが中止になったのなら、まだあきらめもついた。

 だがその仕事は横からかっさらわれてしまったのだ。聞けば、その相手はダークエルフを使う運送屋だという。

 それが彼らにはなにより許せなかった。なぜなら彼らも、ごく当たり前にダークエルフを見下している人間だったからだ。それがダークエルフに仕事を奪われてしまったのだから、不満を爆発させるのも当然だった――少なくとも彼らにとっては当然のことだった。


「いっそのこと、あの運送屋を襲って目にもの見せてやるか?」


 などと言って盛り上がったりもしたが、それが無理なのは彼らもわかっていた。


「あのダークエルフどもを雇っている商人……マルコとか言ったか? あいつの背後にも貴族がいるらしいからな……」


 有力な商人の多くは金品を送ったりして、貴族とつながりを持っている。あるいは犯罪組織とつながりがあり、いわゆるケツ持ちがいたりする。

 個人でやっているような小さな店を襲うならともかく、そういう背後がある商人を襲うのはマズい。下手に手出しすれば、報復を受けることになる。

 マルコがオーバンス伯爵家に雇われる形で、黒の大森林の巡回商人をやっていることは調べればすぐにわかる。そしてマルコもそのつながりを自分から宣伝していた。


「オーバンス伯爵様には色々とお世話になっております」


 などと会話の端ににじませたりするのだ。

 実際のところ、オーバンス伯爵はマルコのことなど気にかけてはいないだろう。深く付き合いがあるのは伯爵本人ではなく、その息子のレンだ。だがマルコはそこを上手くごまかし、伯爵本人と付き合いがあるように見せかけていた。

 ダークエルフたちを雇っているのも、伯爵の後ろ盾があってこそ、というような言い方をしている。

 その方が他の商人たちから一目置かれるし、信用を得やすいからだった。

 運送屋にしても、背後にオーバンス伯爵がいるなら大丈夫だろう、と思って依頼してくる者も多い。

 傭兵たちもそのことは知っていたから、マルコに恨みを抱いても、直接手を出すのはマズい、と思っていた。

 だからこうして酒場で愚痴るしかなかったのだが、そこへ一人の男が現れた。


「ちょっと失礼しても?」


 声をかけてきたのは中年の男だった。

 傭兵たちは四人がけのテーブルに三人で座っていたのだが、その男は返事を聞く前に、空いている席に勝手に腰を下ろした。


「なんだお前は?」


 傭兵の一人が険のある声で聞く。元から不機嫌なので、すぐにでも殴りかかりそうな雰囲気だ。

 しかし男は平気な顔で笑って答える。


「まあまあ。まずは挨拶代わりに一杯おごらせて下さい」


 そう言って男は酒場の店員に、酒を三杯注文した。


「他にも頼みたい物があればどうぞ遠慮せず。支払いは私が持ちますので」


 男の言葉に、傭兵たちは顔を見合わせた。

 傭兵の一人が、探るような目付きで男に訊ねる。


「誰だお前は? どこかで会ったか?」


「いえ、初対面です。ただ、おもしろそうな話が聞こえたので、もう少し話を聞かせてもらえればと。あ、私はカイルといいます」


「おもしろそうだと? クビになった俺たちを笑いに来たのか?」


「とんでもない。怒っている皆さんの気分がよくなる話を持ってきたんです。近頃ハデにやっているあの運送屋のせいで、皆さんは仕事を失ったんですよね?」


「ああ」


「その運送屋に一泡吹かせてみたいと思いませんか?」


 その言葉に傭兵たちの顔が少し変わった。


「何かいい方法があるのか?」


「はい。その前に、皆さんのお名前を聞いても?」


「俺はグレイクだ。こっちの二人はラングとアサイン」


 傭兵の一人が名乗り、ついでに一緒に飲んでいた二人の傭兵仲間も紹介した。


「それで、奴らに一泡吹かせる方法ってのは?」


「簡単なことです。荷馬車を襲って荷物を奪うんです」


 それを聞いたグレイクたちの顔に失望の色が浮かぶ。


「お前、何もわかっちゃいねえな。あの商人の後ろには貴族がいるって話だ。そんなところを襲ったら、こっちもただじゃすまない」


「確かにあのマルコという商人の後ろにはオーバンス伯爵家がいます。ですが襲ったのが我々だとバレなければ、いかに貴族でも手の出し用がない」


「そんなに上手くいくのか?」


「私はとある盗賊団とつながりがありまして。彼らなら奪った荷物を秘密裏に売りさばくルートも持っているので、そこから足がつくこともありません。多分、王都あたりまで運んで売りさばくことになるでしょう」


 カイルは話を続ける。


「荷馬車にはダークエルフたちが護衛に付いているようですが、そいつらは当然皆殺しです。そうなると事が露見するのに時間がかかるでしょうから、その間に我々は別の街まで逃げればいい。ただし、やるとなるとグレイクさんたちにも、このジャガルの街から消えてもらう必要がありますが。ほとぼりがさめるまで、最低でも一年ぐらいは、ここに戻るのはあきらめて下さい」


 グレイクは言われた内容について考えた。

 盗賊団に協力することには、別に躊躇はない。傭兵として戦争に参加した時は、盗賊のような略奪行為も行ったことがある。今更それを嫌がったりはしない。

 しばらくこの街から離れるのも別に構わない。別れを惜しむような相手もいなかった。


「おもしろそうな話だな。もう少し詳しい話を聞きたいが、お前らはどうする?」


 他の二人に確認するが、もうグレイクは腹を決めていた。もしここで二人が嫌だと言えば、話が他に漏れないように、殺す必要が出てくるかもしれないな、とまで思っていたが、その心配はないだろうとも思っていた。

 そして彼の予想通り、他の二人もカイルの話に乗った。

 三人とも事情は同じようなものだ。ここで断る理由はなかった。


「では商談成立ということで、グレイクさんたちに聞きたい事があります。皆さんは、どんな商品をどこへ運ぶ予定だったんですか?」


 カイルの質問を聞いて、グレイクは合点が行った、という顔をした。


「なるほど。それが聞きたくて俺たちに話を持ちかけてきたのか」


 荷馬車を襲うのは、当然街の外だ。そうなると荷馬車がいつ、どこへ向かうのかが重要になってくる。

 グレイクたちはその情報を詳しく知っている。なにしろその荷物を護衛する予定だったのだから、どこへ何を運ぶかはわかっている。行き先がわかっていれば、その途中で待ち伏せすればいい。


「まあそんなところです」


 とカイルは笑って答えた。


「詳しい話は場所を移すとして、まずは前祝いということで飲んで下さい」


 三人に酒を勧めながら、しかしカイルは酒を飲まなかった。

 彼はそれとなく酒場の中を見回し、自分たちの話に聞き耳を立てているような者がいないかを確認していた。

 酔った客たちの中に、カイルたちの方を気にしている者はいなかった。




 カイルたちが酒場で話していた日から一週間後。

 一台の荷馬車がジャガルの街を出発した。

 荷馬車には荷物が満載だった。

 中身は貴金属、衣類、食料など、色々な物が混在していた。

 マルコは三人の商人から依頼を受け、それぞれの荷物をまとめてこの荷馬車に積み込んでいた。

 彼らの目的地は西に四日ほどの距離にあるバルムの街だった。そしてその途中にあるロハの村にも立ち寄って、荷物の一部を下ろすことになっていた。

 護衛しているのは五人、御者を含めて六人のダークエルフがついている。

 その護衛の中にレパントという若い男のダークエルフがいた。

 六人の中では一番若く、二十一才だった。他のダークエルフたちも見かけは二十代だが、中身は全員がそれより年上で、彼だけが外見と年齢が一致していた。また六人の中で一番序列も低かった。

 レパントは生まれたときからずっと、ジャガルの貧民街で貧しい暮らしを送ってきた。

 それが変わったのが数ヶ月前だった。

 知らないダークエルフが彼のところにやって来て、黒の大森林にある集落に移住しないかと誘ってきたのだ。

 これが人間なら、何かだまそうとしてるのでは? と疑うところだが、ダークエルフにはそんな心配はない。序列のある彼らには同族をだます必要などない。命令すればいいだけだ。

 話を持ちかけてきた相手は、レパントより序列が上だったが、移住は命令ではなく、あくまで誘いだった。

 そしてレパントは即座にその誘いを受けた。

 それまで生活に未練などなかったし、なにより集落には世界樹があると聞いたからだ。

 生まれたときからジャガルの街で生きてきたレパントは、それまで世界樹を見たこともなかった。そんな彼でも世界樹への敬意というか、信仰心を持っていた。

 誰に教えられたわけでもない。ダークエルフの本能というしかなかった。

 こうしてレパントは集落へと向かい、そこで初めて世界樹に触れ、その加護を受けることとなった。

 その時の感動を彼は一生忘れないだろう。

 まるで長い眠りから目覚めたかのような、今までとは別の自分に生まれ変わったような、そんな感じがした。それこそが世界樹の加護を受けるということだった。彼は生まれて初めて本当の自分になれた気がしたのだ。

 それからしばらくは、黒の大森林での訓練が続いた。

 森の中を歩き回り、そこで生きるための知識や技術を教えられ、魔獣とも戦った。

 うわさ話で聞いていた通り、黒の大森林は魔獣が棲息する危険な場所だったが、そこでの生活を苦しいとは思わなかった。

 世界樹があり、命令を与えてくれるリーダーがいる。それだけで幸せだった。さらに衣食住も十分なものが与えられた。驚いたことに、毎日腹一杯の食事をとることができた。

 聞けばこの集落も、つい数年前まではとても貧しかったという。転機となったのは集落のダークエルフの一人が、領主様の命を助けたことだという。それがきっかけで領主様から多大な援助を受けることになり、ここまで一気に豊かになったそうなのだ。

 レパントはその領主様に会ったことはなかったが、話を聞いただけで深い感謝の念を抱いた。彼が集落に来られたのも、その領主様のおかげといってよかったからだ。

 さらにその領主様はあのガーガーに乗っているという。とても臆病で人にはなつかないはずのガーガーを、どうやって手なずけたのか。話を聞くとそのガーガーも普通のガーガーとは違うそうなのだが……。

 集落が魔獣の群れに襲われた時には、領主様はそのガーガーに乗ってダークエルフたちと共に戦ったそうだ。

 バッタバッタとガーガーが魔獣を蹴り倒したそうなのだが……そこまで聞くと、もはや想像の範疇を超えている。

 とにかく常識を越えた方のようだ。

 そして数週間前。

 レパントはその領主様の命令により、再びジャガルの街に戻ってきた。

 荷馬車の護衛が彼の新しい仕事だった。

 彼は希望に燃えていた。命令に従い、仲間の役に立つことがダークエルフの喜びだったからだ。それもまたダークエルフの本能だった。

 今回が初仕事だったが、レパントはやる気満々だった。集落では世話になるばかりだったが、これでやっと自分も仲間のために働ける。

 ジャガルを出発した荷馬車は、予定通りに進んでいた。

 一日目は何もなく終わり、二日目も順調で、昼過ぎには小さな森にさしかかった。

 その森を抜けた先が、最初の目的地のロハの村だ。

 事件はその森に入ろうとしたところで起こった。

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