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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第103話 拡大

 マルコが荷馬車を購入し、運送屋をやり始めたのが二月の中頃だった。それから一ヶ月もしないうちに、マルコは今度は一気に三台の荷馬車を購入した。

 これはいける、と踏んだからだった。

 実際にやり始めてわかったのだが、物を運んでほしいという依頼はいくらでもあった。

 これまでは運びたくても運搬手段が用意できずにあきらめるしかなかった――そんな人々が多くいたのだ。

 だからマルコが「別の街に何か運びたい物がありますが?」と聞いて回れば、お客はすぐに集まった。

 これは十分な商売になる、と思ったマルコはすぐに決断した。業務を拡大する、と。

 幸い手元資金には余裕があった。密輸用の資金を除いても、荷馬車を購入することはできた。

 問題は人材確保の方だった。

 マルコからレンに連絡が行き、それから集落のダールゼンへ。

 ダークエルフはすぐに集めることができたが、ここでも御者がいないのが問題になった。

 すでに何人かのダークエルフが実際の荷馬車の運用に参加し、御者の訓練を行っていたが、彼らの訓練終了を早めることにした。突貫作業になってしまい、少し不安が残ったものの、ここは時間を優先した。

 こうして短期間で四台の荷馬車を運用するようになったマルコだったが、それでも全然手が足りなかった。

 手頃な値段で運んでもらえるのなら、あれも運んでもらいたい、ついでにこれも運んでもらいたい、といったように仕事の依頼は次々とやってきた。

 さらにその話を聞いた別の商人もやって来て、取引相手も増えていった。

 荷物だけでなく、人を乗せていってほしいという依頼も多くあった。今までは手頃で安全な移動手段がなかったので、街の外へ出かけたくても無理だった――そんな人も多くいたのだ。

 また、これまでは自前で荷馬車を用意していた商人たちも、マルコのところへ相談に来るようになった。

 自前で用意すれば、金もかかるし手間暇もかかる。だったら外部に頼んだ方がいいだろう、と考えるのは自然なことだった。


「そろそろ誰か雇わないとダメか……」


 マルコはそんなことをつぶやいた。

 現在、彼の下では数十人のダークエルフが働いているが、彼らはいずれも現場作業者だった。

 営業とか、書類などの事務手続きとかは、全部マルコ一人でやって来たのだ。

 これまではそれでどうにかやってきた。密輸をやっている以上、下手に人を増やしたくないというのもあって、一人でがんばってきたのだ。

 だが運送屋をやり始め、荷馬車が四台に増えたことで、さすがに手が回らなくなってきた。

 取引相手の商人と会って、荷馬車の運行スケジュールなどを決めて、他にも諸々の仕事をして――となると限界である。

 そのあたりも手助けしてくれるダークエルフがいれば良かったのだが、そんな人材はいなかった。

 まず営業だが、これはダークエルフでは絶対無理である。使いっ走りならともかく、ダークエルフと突っ込んだ商売の話をしよう、なんて人間はまずいない。


「ダークエルフを寄越すとは、私をなめているのか!?」


 と激怒されるのがオチだろう。

 現場の汚れ作業ならダークエルフを受け入れても、それ以上の仕事となると、実利第一の商人相手でも難しかった。

 だから手伝ってもらうなら中の事務作業ということになるのだが……

 残念ながら事務作業どころか、簡単な読み書きができるダークエルフもいなかった。一応、レンには連絡してみたのだが、やはり「いない」との答えが返ってきた。

 またこの読み書きの問題は、運送の現場作業にも悪影響を及ぼしていた。

 読み書きができないということは、届け先の住所氏名とか、商品の注意書きとかも読めないことになる。

 何のメモとかもなしで、物を運ぶというのは中々難しい。

 ○○の街の××さんに届けてほしいと言われ、それを運んでいる途中で、


「あれ? そういえば××さんだっけ? それとも△△だったかな?」


 とかなったら困ってしまうだろう。

 一つの荷馬車に一つの荷物ならまだよかったが、複数の荷物を積んで、複数の街の相手に届けるのである。

 ダークエルフたちは全員で届け先の相手の名前などを覚え、出発する。また手紙などを預かり、それを相手先に手渡して読んでもらい、引き渡す商品などを確認していた。

 だがそれでもミスは何度も起こっていたし、効率も悪くなる。

 一人でも字が読めるダークエルフがいれば、業務は大いに改善するはずだったが、今すぐの対応は難しかった。

 大きな問題にならずにすんでいるのは、依頼主たちもそんな失敗を許容していたからだ。

 これはダークエルフへの差別意識が影響していた。

 彼らは元々ダークエルフが字を読むなど無理だと思っていたし、ちょっと難しい作業もできないと見下していた。だから彼らが失敗しても想定内のことだった。そしてそれを承知で仕事を頼んだのだから、少しぐらいの失敗があっても、


「まあダークエルフだし仕方ないな」


 とあきらめていたのである。

 最初から期待していなければ腹も立たない、というわけだ。

 マルコもそういうあきらめを持っていたので、現場作業の改善には着手しようとは思っていなかった。

 まずはさらなる業務の拡大に向け、ちゃんとした人間を二三人雇おう、と考えていた。




 ダークエルフに期待していなかったマルコとは対照的に、レンはこの問題を解決しようと手を打つことにした。

 要はダークエルフが勉強し、せめて簡単な読み書きができるようになればいいのだ。

 そこで頼ったのが家庭教師のハンソンだった。


「大人のダークエルフたちに、簡単でいいんで読み書きを教えてもらえませんか?」


 と頼んだのだ。


「レン様はこの老体にまだ仕事を増やすおつもりですか?」


 とハンソンがぼやいたのは、決して大げさではない。

 ダークエルフの集落の人口が増えるにつれて、レンの屋敷の子供たちの数もどんどん増えており、今では二十人になっていたのだ。

 レンも手伝っているとはいえ、ハンソンが一人でこの子供たちに勉強を教えているのである。

 しかも子供たちはバラバラで屋敷にやって来たため、一人一人の習熟度が違う。ハンソンはそれも考慮して、一人一人の面倒を見ていた。

 ダークエルフたちは子供でもしっかりと言うことを聞くので、授業態度などでの面倒は少なかったが、それでもこれだけの数の子供に勉強を教えるのは大変だった。

 そこへ大人たちの読み書きの授業を増やそうというのだ。


「お願いしますハンソンさん。ハンソンさんだけが頼りなんです」


 とレンは頼み込んだ。


「まったく、仕方ありませんな……」


 などと言いつつも、ハンソンは承諾してくれた。

 勉強したいという子供たちの熱意にふれているうちに、彼もちょっとした熱血教師のようになっていて、やる気を見せてくれたのだった。

 こうしてまずは十人のダークエルフが、レンの屋敷で読み書きを勉強することになった。

 彼らのうち半分は、ある程度まで読み書きを身に付けた時点で、すぐにマルコのところへ働きに行ってもらう予定だ。残りの半分はそのまま勉強を続け、他のダークエルフたちに読み書きを教える先生役になってもらうつもりだった。


「今になって、領主様のおっしゃっていたことの意味がわかりました」


 ダークエルフの大人たちに読み書きを教えることになった際、屋敷にやって来たダールゼンがそんなことを言った。


「子供たちに勉強を教えると聞いた時には、正直、それが役に立つのだろうかと疑問に思ったのです。ですが、こういう事だったのですね」


「僕もここまで早く、読み書きが必要になってくるとは思いませんでした。ですが外で働くとなれば、やっぱり必要になってくるみたいです」


 レンが目標にするのは、やはり現代日本である。将来的にはダークエルフの識字率を100%近くまで上げ、読み書きはできて当然、ぐらいまで持って行きたかった。

 マルコのおかげもあって、ダークエルフたちの働き口も増えてきた。だが今後は仕事の内容に合わせた人材育成も必要になってきそうだとレンは思った。


「マルコ様は運送屋の仕事をさらに拡大するつもりでしょうか?」


「そうだと思いますよ」


 マルコからはそういう連絡を受けていた。

 まずは事務仕事ができる人間を雇うつもりだが、その後でさらに荷馬車を増やしたいという事だった。

 実のところ、運送屋の仕事はたくさんあっても、まだそこまでの儲けは出ていない。値段を抑えているせいだった。

 レンとしては仕事を増やすことを優先してほしいから、それでいいと思っている。

 本業の密輸が順調だったからだ。取引量は増えていっており、それに伴って利益も増大している。当面はそちらの利益を、運送業の方につぎ込んでいく予定だった。

 マルコの方も、今はあまり運送屋での利益については考えていなかった。赤字にさえならなければいい、ぐらいに思っている。

 彼の場合は、レンと違ってダークエルフの働き口、ということには興味はなかった。彼が運送屋に期待していたのは、取引先を増やすことだった。

 この世界の商売も、やはり信用が大切だった。当たり前だが信用のない相手とは商売はできない。

 だからまずは小さな仕事を積み重ねていき、それで少しずつ信用してもらい、やがては大きな取引へ、というのが基本だ。

 とはいえ、その最初の一歩が難しい。今まで商売したことのない相手に話を聞いてもらい、小さくても何かの商売につなげるというのは大変だった。

 その点、運送屋の仕事は都合がよかった。

 他にやっている競合相手がいないため、マルコのところには向こうから仕事の依頼が舞い込んでくるのだ。知り合いの商人の紹介で、新規のお客もチラホラやって来るようになった。

 マルコとしては、これをきっかけにして将来の商売につなげていきたいと思っていた。具体的には密輸品の取引相手として、である。

 特定の相手とだけ密輸品を取引していれば、


「あいつは、いつもどうやってこの商品を仕入れているんだ?」


 といったように、どうしても相手から不信感を抱かれてしまうだろう。

 取引相手が増えれば増えるほど、そういう疑念を抱かれにくくなるし、表の業務として運送屋が大きくなれば、それだけ裏の密輸が目立たなくなる。

 つまりマルコにとってはあくまで密輸が本業、運送屋はそれを生かすため、という位置づけだった。

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