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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第101話 運送業

「運送屋をやるのはどうですか?」


 最初にそう話を持ちかけたのはレンの方からだった。

 もう結構前のことで、マルコと「これからどうやって商売を広げていくか」みたいな話をしていた時のことだった。


「運送屋といいますと?」


「荷馬車に荷物を積んで、街から街へ運ぶんです。需要はありますよね?」


「いやー、どうでしょう。あるとは思いますが……」


 マルコの反応はあまり良くなかった。


「ダメですか?」


「中々厳しいんじゃないかと」


「そうなんですか? でも以前にマルコさんは、それをやってましたよね?」


 レンが言った通り、マルコは短い期間だったが、運送屋のようなことをやったことがあった。

 今マルコは荷馬車を二台保有している。

 一台は巡回商人用の荷馬車で、死んだナバルの物を相続した。最初はマルコが乗って監視村を回っていたが、今は商品の仕入れだけを行い、運用は監視村の住人たちに任せている。

 もう一台は密輸の商品を運ぶため、マルコとダークエルフたちが共同で購入したものだ。御者を含め、運用はダークエルフたちが行っている。

 この二台目を購入してから少しの間、運ぶ商品がない時期があった。

 そこで荷馬車を遊ばせておくのがもったいないからと、マルコは別の物を運ぶ仕事をさせたことがあったのだ。

 あの時はあっさり運送の仕事を見つけてきたので、そういう引き合いはたくさんあるのかと思っていた。


「あの時は、遊ばせておくよりはマシ、ぐらいのつもりでしてからね。ほとんど儲けの出ない安値で引き受けたんです」


「じゃあ値段を安くすれば仕事はあるんですか?」


「あるとは思いますが、それだと危険に見合いませんし、儲けも少なくなります」


 この世界には魔獣が存在する。街から街への移動中に魔獣に襲われれば、例え護衛がいても荷馬車は全滅する危険がある。

 さらに治安も良くないので、盗賊に襲われる危険もある。

 高い金を払って荷馬車を購入し、人を雇って送り出したらいきなり全滅――これでは商売にならない。

 危険込みで料金を考えれば、ある程度高くする必要があったが、そうすると今度は仕事が少なくなってしまう。どこで釣り合いをとるか、そもそも釣り合いがとれるものなのか、マルコもわからないと言った。


「大きな街道でしたら、兵士も巡回してたりして、それなりに治安も保たれています。ですが、そういう街道にはすでに商人たちの荷馬車が行き交っています。そこで今から運送屋をやっても、やっぱりダメでしょう」


「運送屋をやってる商人は多いんですか?」


「いえ……それ専門、というのは聞いたことがありませんね」


 マルコが詳しく説明してくれた。

 今のこの世界では、運送屋というか運送業というのがあまり発展していない。

 遠くへ商品を運ぶ際は、商人たちはその都度、自前で馬車を用立てるのが普通だそうだ。

 金のある商人なら、自分一人で馬車を用意し、それを動かす人間や護衛を雇う。

 そこまで金がなければ、何人かで集まって共同で馬車を用意するか、あるいは金を払って別の商人の馬車に便乗させてもらう。

 大商人の中には、自前の荷馬車を何台も運用している者もいる。だがそんな彼らも、基本的に運ぶのは自分の商品だった。

 他の者から頼まれれば、金をもらって便乗させるが、それはあくまで副業。本業で運送業だけやっている運送屋、というのはマルコも知らないらしい。


「ただ、大きい街と街との間を、定期的に荷馬車を行き来させているような大商人はいます。で、それを他の商人もお金を払って利用していますから、そういうのは運送屋が商売の一つ、といえるかもしれません」


「でもそういうのは限られた場所だけですか?」


「そうですね」


「だったら上手くいく可能性があると思うんです」


 すでに運送屋をやっている者がたくさんいるなら、今さら新規参入しても遅いかもしれない。

 だが誰もやっていないなら大きなチャンスがあると思った。


「大きな街道沿いはダメかもしれませんけど、そこから離れた場所に物を届けるんです。そういう場所に商品を届けたいって人もいるはずです。誰もやっていないなら、仕事を独占できるんじゃないですか?」


「ですが、そうなると先程も言いましたが、危険が大きいですよ?」


「荷馬車の運行にはダークエルフを雇おうと思っています。考えてみて下さい。彼らは黒の大森林で密輸を行ってるんですよ」


「……なるほど。言われてみれば確かに」


 これまで乗り気でなかったマルコの顔が、少し変わった。


「危険といっても黒の大森林ほどじゃない。そこを通り抜けられるようなダークエルフたちなら……」


「人手はすぐに集められると思います」


「密輸をやっているダークエルフに、運送屋をやらすわけですか? そうなると密輸の方が疎かに――」


「いえ、密輸の方は今のままで、新しくダークエルフを雇います」


「ですが、そうなるとその新しく雇うダークエルフは信用できるんですか? いえ、レン様を疑うわけじゃないですよ。ですが……」


 魔獣や盗賊など、荷馬車を襲う危険は多いが、その危険は外から来るだけではない。

 例えば護衛に傭兵を雇ったとして、その傭兵が信用できるのか? という問題がある。

 この時代の傭兵というのは、ほとんどゴロツキと変わらない。

 誰かに雇われていれば傭兵、誰にも雇われていないときは盗賊――そんな風に言われているぐらいなのだ。

 護衛が裏切って荷馬車の商品を強奪するとか、襲ってきた盗賊たちと護衛がグルだったとか、そんな話も珍しくない。

 移動中の荷馬車が消息不明になっても、それが発覚するまで時間がかかるのも問題だった。裏切られたと気付いたときには、裏切った傭兵たちは遠くへ逃げた後だった、なんてこともある。

 だから荷馬車の護衛を雇うなら、それなりに信用できる者を選ぶ必要があった。だが信用のある傭兵というのは、雇う値段も高くなるのが普通だった。あるいは金で解決できるならまだ良くて、探しても信用できる相手が見つからない、ということもあった。

 人材確保が難しいというのも、運送業が発展しない理由の一つだった。

 だがダークエルフたちなら、そんな心配は無用だとレンは思った。序列に従って行動する彼らは、ちゃんと言われた通りに働いてくれるはずだ。

 しかしマルコはダークエルフの序列について知らないから、レンはそれらしいことを言ってごまかすことにした。


「もちろん誰彼構わず雇うなんて事はしません。集落の方へ話して、信用できる者を選んでもらいます」


「レン様がそう言うのであれば……」


 マルコはダークエルフたちと一緒に仕事をしていたが、実のところ、彼らを信用しているわけではなかった。

 彼が信用していたのはレンである。それもレン個人ではなく、オーバンス伯爵家の息子としてのレンだった。

 例えばダークエルフたちが密輸の商品を持ち逃げしたとしても、レンがそれを許さないだろう。領主である彼は、ダークエルフの集落に制裁を下すはずだ。それがわかっているから、ダークエルフたちも妙なマネはできない。

 そして密輸が上手くいっている限り、レンが自分を裏切ることもないだろうと思っている。

 もしレンが裏切ったら、マルコには彼の父親のオーバンス伯爵に訴え出る、という最終手段がある。もちろん密輸のことがバレればマルコも破滅だが、死なば諸共である。順調に儲けが出ているなら、レンもそんな危険なことはしないだろう。


「しかしそこまで強く押すということは、レン様には上手くいくという目論見でもあるのですか?」


「ありますよ。もしかしたら最初は苦戦するかもしれませんが、ちゃんと仕事をこなしていって、信用される運送屋になれれば仕事はたくさんあるはずです。今はそんなつもりがなくても、便利な運送屋があるなら、荷物を送ってもらおうって人はどんどん増えていくはずです」


「そう上手くいくでしょうか?」


「僕はいくと思うんですけどね」


 レンが自信を持ってそう言えたのは、綿密な計算に基づくものでもなければ、天才的な直感によるものでもなかった。単にそういう事例を知っていたからだ。

 運送屋を考えたとき、レンの頭の中にあったのは現代日本の宅急便だった。

 そういえば宅急便はクロネコヤマトだけだったっけ? と思ったレンだが、まあどっちもでもいいか、と深くは考えない。

 もちろん宅急便と同等のサービスを、この世界で実現できるとは思えないが、基本は同じはずだ。

 宅急便が発展して送る品物が増え、送る品物が増えるから宅急便がさらに発展し――という歴史をたどったように、この異世界でも運送屋が発展すれば、きっと需要も増えるはずだ。潜在的な需要はいくらでもあるはずで、それを掘り起こすことも必要かもしれないが、そのあたりマルコさんにがんばってもらおうと思った。

 また運送屋にはダークエルフたちの働き口を確保したい、という思いもあった。

 差別されているダークエルフたちは、人間社会ではまともな職に就ける者が少ない。貧しい暮らしを送っている者が大半なので、そんな彼らに仕事を作りたかった。

 もし本当に運送屋をやることになれば、最初は値段を抑えても仕事量を確保したいと思った。その分、ダークエルフたちの給料は低くなってしまうが、別にレンが搾取しようというわけではない。給料を低く抑えても、多くの雇用を確保する方が先決だと思った。

 安値だったとしても、それ以下の貧困で暮らしている者の方が多いのだから、とにかく最低限の生活を保障すべきだろう。




 こうして運送屋をやってみようということで話はまとまったのだが、残念ながら今すぐに、とはいかなかった。

 荷馬車を買うのにも金がかかるからだった。

 本業の密輸の儲けのいくらかを貯めていって、それで新しい荷馬車を買いましょう、とマルコが提案し、レンもそれに賛成した。

 ただマルコはやはり運送屋にはあまり乗り気ではなかった。隊商にも参加して、実際に魔獣に襲われた経験もある彼は、不確定要素が多すぎて危険ではないか、という思いを捨てきれなかったのだ。本当にレンが言うように需要があるのか、それも疑問に思っていた。

 だから新しい荷馬車の資金は少しずつ貯めていけばいい、と思っていたのだが、いきなり予想外の大儲けがあった。

 魔群の発生から、ロッシュの戦いでの早期決着による輸入品価格の乱高下で、マルコは大きな利益を得ることに成功した。

 これでマルコは予定を変更し、すぐに荷馬車を一台購入することにした。

 例えそれをすぐに失うことになっても、全然問題ないぐらいの利益を得たからだった。レンが乗り気だったことを覚えていたマルコは、ご機嫌取りも兼ねて運送屋を始めることにしたのだ。

 レンにも、すぐに人手を用意してほしいと連絡を送った。

 これが今年の二月上旬のことだった。

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