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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第98話 発足

 南集落に帰ってきたレンは、この日はここで一泊し、次の日の朝、屋敷に帰ることにした。

 そしてその日の夜、ダールゼンの家にリゲルとゼルドが集まった。

 ターベラス王国へ行く時もこの三人が集まったが、帰ってきた時も同じ三人が集まったことになる。

 リゲルはレンと一緒に今日戻って来たばかり、ゼルドは次の密輸に備えて集落で待機しつつ、新人の訓練などを行っていた。


「領主様から話は聞いたが、一応、お前からも何があったかを聞いておきたい」


 別にレンが嘘をついていると疑っているわけではなかったが、人の話というのはどうしても主観が入る。だからダールゼンは念のためリゲルの話も聞くことにした。

 リゲルは自分の見てきたことを二人に話したが、その内容はレンの話とだいたい同じだった。

 一通り聞き終わってから、ダールゼンが質問した。


「領主様はヴァイセン伯爵から剣を二本もらったと言っていたが、本当にそれ以外は何ももらっていないのか?」


「はい。僕の知る限りではそれだけです」


 どうやら物品として受け取ったのは、本当にそれだけのようだ。しかし物以外を受け取った可能性はある。

 例えば密約とか。

 今回、領主様はヴァイセン伯爵を助けた。ならば将来、今度はヴァイセン伯爵が領主様を助ける、という約束を交わしていても不思議ではない、とダールゼンは思った。

 その場合の問題は、領主様がどんな将来を想定しているかだ。


「北集落のルドリスは、領主様の最終的な目標は、自分の国を作り、王になることではないか、と言っていたそうだが……リゲルはどう思う?」


 ルドリスの考えは、すでにゼルドから聞いていた。だがダールゼンは、それはないだろうと思っていた。彼の知っているレンは、そういう覇気に乏しい人間に思えたからだ。


「僕も話を聞いて色々と考えたんですけど、やっぱり違うと思います。レン様は、むしろ人の上に立ったりするのを、面倒くさいといやがるんじゃないかなあって」


「私もそう思っていた。昨日までは。実は昨日、領主様から新しい命令を受けたのだが――」


 そう言ってダールゼンは、昨日レンから受けた命令――ダークエルフの特殊部隊の創設について語った。


「特殊部隊というのは、普通の兵士とは違う特殊な任務を行う部隊のことらしい。領主様は潜入とか偵察などと言っていたが……。明言はしなかったが、私は他の目的があるのではないかと思っている。ゼルドはどう思う?」


「目的と言われても、私にはよくわかりません」


「例えば、警備が厳重な貴族の家に、危険を冒して少人数のダークエルフが忍び込むとしよう。どんな場合に、そんなことをする必要が出てくる?」


「貴族の家にですか……何かを盗み出すとか?」


「それもあるかもしれないが、もっと危険な仕事があるだろう」


「もしかして……暗殺ですか?」


 言ったゼルドも、それを聞いたリゲルも驚いた顔になる。


「そうだ。領主様はダークエルフによる暗殺部隊を作れと言いたいのではないか? だが直接そう言うのはマズいので、特殊部隊と言ったのだろう」


 それがダールゼンの出した結論だった。


「もしダークエルフの暗殺部隊が組織され、それが有効に活用できれば、領主様は邪魔者を排除できる強力な武器を手に入れることになる。ゼルド、そんな部隊を作れるか?」


 聞かれたゼルドはしばらく考え込んでから答えた。


「……おそらく可能でしょう。我々の身体能力は人間を凌駕しています。人間なら突破不能な警備でも、我々なら突破できる可能性があります。それに今思ったのですが、我々には暗殺者としての適性があると思います」


「適性とは?」


「死を恐れないことです。私は暗殺の経験などありませんが、おそらく誰かを殺す場合に一番難しいのは、殺すこと自体ではなく、殺した後にどう逃げるかです。元より捨て身で殺す気なら、標的が誰であれ、難易度は大きく下がるはずです」


 言われてダールゼンもそれに気付いた。


「人間は自分の命が一番大事だが、我々はそうではない、ということか」


 ダークエルフにも恐怖はある。だが命令を最優先に考える彼らは、死ねと命令されればそれを実行する。誰もが命を捨てた死兵になれるのだ。


「人間も自分の命を捨てて行動することはありますが、それは簡単ではありません。ですが我々は命令されれば、それを実行します」


 レンが直接ダークエルフに命令を下すことはない。レンから命令を受けたダールゼンが、誰かに命令することになるだろう。

 では、もし領主様に誰かを暗殺しろと言われたら、自分はそれに従い、集落の者にそんな危険な命令を下すだろうか? とダールゼンは自問する。

 答えはすぐに出た。

 きっと命令するだろう。

 国王を暗殺しろとか、あまりにも危険な任務なら反対するだろうが、そうでなければきっと従う。レンにはそれだけの恩を受けてきたからだ。

 ダールゼンがレンと直接会ってから、まだ二年もたっていないが、その間に集落の状況は一変した。収入が増え、当面は食糧不足の心配もなくなり、さらに発展しようとしている。なにより集落が魔獣の群れに襲われた際、直接戦って救ってもらったこともある。

 一方、それでレンが何を得たかというと、ほとんど何も得ていない。

 ダークエルフたちがレンのためにしたことといえば、温泉の近くに新しい屋敷を建てたことぐらいか。だがその屋敷や温泉も多くのダークエルフたちが利用している。レン個人の利益のためとはいえないだろう。

 もしかして、それらも全て計算ずくだったのか? とダールゼンは思った。

 レンはこれまでダークエルフたちに恩を売るだけ売ってきた。結果、ダークエルフたちはレンに対して返していない恩義が積み上がっている。さらに密輸によって大きな利益を得ている現状では、レンに逆らうことは非常に難しい。

 心情的にも、実利の面でも、今やダークエルフたちはレンの忠実な配下になっている。

 もし領主様が最初からここまで計算していたとしたら――考え過ぎかとも思うが、そう考えればしっくりくるのだ。

 実のところ、ダールゼンはレンのことを少し不気味に思っていた。彼が自分たちを助けてくれるのはいいのだが、見返りを求めないため、それが不思議であり不気味でもあったのだ。

 最初にレンの命を救ったのはダークエルフの方だが、それにはもう十分報いただろう。それでも変わらぬ厚意を向けてくれるのはなぜだろうか、と。

 これが現代日本であれば、レンの行動はそれなりに納得されたはずだ。なにしろ命を救われたのだから。元来、お人好しな日本人にしてみれば、受けた恩義をずっと忘れず、無償で助けたりするのは、そこまでおかしな事ではない。

 だが誰もが自分のことで精一杯なこの世界においては、レンの行動はかなり異質だった。特に貴族は、下の者が上の者を助けて当たり前、と思っている者が多い。きっと彼らはダークエルフに助けられても感謝などしないだろう。それどころか、ダークエルフに助けられたことを恥と思うかもしれない。

 そんな中、貴族なのに自分の利益を求めず、ダークエルフたちを助けるレンの行動は、ダークエルフたちにとっても不思議だったのだ。




 もし、レンがダールゼンの思っていることを知っていたら、慌てて否定していただろう。

 レンは自分が欲深い人間とは思っていなかったが、無欲な人間とも思っていなかった。

 日本で生きていたときは、いつも「もっとお金が欲しいなあ」と思っていたのだから。

 前世では買いたい物や、やりたいことはいくらでもあった。

 本、アニメ、ゲームなどのオタク趣味がメインで、置き場があるならグッズだって買い集めたかった。

 もしお金に余裕があるなら、高い料理とか、豪華な旅行にも行ってみたい、とも思っていた。

 一方、この世界ではそれらのほとんどが実現不可能だ。

 まずオタク趣味は全滅だった。これで一番のお金の使い道が消えてしまった。

 旅行に関しては、レンがやりたかったのは、例えば一流ホテルに泊まって優雅に過ごすような旅行だ。この世界でも似たようなことができるかもしれないが、どこへ行くにも移動が大変だ。車も電車も飛行機もないのだから。

 宿泊も、この世界でどんな豪華な宿に泊まったとしても、冷暖房もない。だったら無理して旅行に行きたいとは思わなかった。

 登山とか、そういうアウトドア系の趣味を持っている人間なら、この世界は天国だったかもしれない。だがレンは自然の中のキャンプより、家でボーッと過ごしているのを選ぶような人間だったから、無理してどこかへ行こうとは思わない。

 上から目線になってしまうが、レンにはこの世界でお金をかけてまでやりたい趣味がなかったのだ。

 唯一の例外が料理だった。これは高いお金を払ってでも改善したいと思っていた。

 冷蔵、冷凍の技術が発達していないこの世界では、素材の調達には限界があるだろう。だからまずは調味料や香辛料などを手に入れたかった。色々とこの世界の生活に慣れてきたレンだが、基本的な味付けが塩だけという食事だけは、慣れることができなかった。

 本当に料理に関してだけは、色々なものが安く食べられた日本が懐かしい。もう一度、味付けの濃いジャンクフードが食べたい。

 まあ化学調味料は無理としても、天然の香辛料はこの世界にもある。ただレンがいるこの国というか、ここ大陸西方全域で、香辛料は自生していないため、かなりの高値で取引されている。だからこれまでは手が出なかった。

 しかし商売は順調だし、そろそろちょっと贅沢してもいいだろう、と考えているところだった。もちろん独り占めするつもりはない。ダークエルフたちも含め、みんなの食生活をもっと豊かにしたいと思っていた。




 だが、ダールゼンはそんなレンの考えなど知らなかったので、自分の推測に基づき、話を進めていく。


「領主様が将来、特殊部隊を必要だと思っているなら、我々は一刻も早くそれを実現しないといけない。ゼルドにはその特殊部隊の隊長を任せる」


「わかりました」


 作るとなれば、やはり隊長にはゼルドが一番の適任だろうとダールゼンは思った。ベテランの狩人である彼の経験は、人間相手にも通じるはずだ。

 だが一つ懸念があった。


「お前が商隊から抜けても大丈夫か?」


「今なら大丈夫でしょう。経験を積んだ者も増えてきたし、なにより宿泊小屋が作られてきたおかげで格段に楽になりましたから」


 以前、ガングに襲われて多くの人員を失い、商隊の育成計画は大きな痛手を受けた。人材の育成は一からやり直しとなり、やっと数が揃ってきたところだ。

 まだ自分がいた方がいいとは思うが、いなくても何とかなるだろうとゼルドは判断した。


「ではさっそく隊員を選んでくれ。最初は十人ほどでいいだろう」


 こうしてレンが話を持ち出したその日の夜に、特殊部隊の創設が決定した。

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