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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第四章 シャドウズ
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第97話 思い付き

 レンがダークエルフたちの南集落に戻ってきたのは、年が明けたばかりの一月二日だった。

 行きとは逆のルートで、黒の大森林を抜けて帰ってきた。

 日本なら新年二日目は正月休みで、色々と雰囲気が違うものだが、新年を祝う習慣のないダークエルフの集落は、いつもと全然変わらない様子だった。

 ロッシュの戦いが終わった後、レンたちはまず黒の大森林にある北集落へと戻ったのだが、そこからそのまま帰ってくれば、もっと早く戻ってくることもできた。

 だが、さすがにヴァイセン伯爵には報告しておかないとダメだろうと思い、レンはガゼの街へと向かった。

 一緒なのはカエデとリゲルだけだったので、この時にはすでに黒い仮面は外していた。

 レンたちがガゼへ到着したときには、すでに勝利の知らせが届いていたようで、ヴァイセン伯爵は大喜びでレンを出迎えてくれた。


「レン殿! よくぞやってくれた!」


 と言って大笑いしたのはいいが、笑いすぎたのか、いきなり苦しそうに胸を押さえてしゃがみ込んでしまった。


「大丈夫ですかヴァイセン伯爵?」


「大丈夫、大丈夫だ。年甲斐もなくはしゃぎすぎてしまった」


 苦しそうな顔で、しかし笑いながらヴァイセン伯爵は答えた。

 なにしろ敗北必至と思われていた魔群との戦いに勝ったのだ。ヴァイセン伯爵が喜ぶのも当然だった。


「勝利を祝い、盛大な宴を開こう」


 上機嫌なヴァイセン伯爵からそんなことも言われたが、レンはそれを固辞した。

 自分の正体を明かすことはできないし、宴を開くお金があればロッシュの復興に回して欲しい、といった理由を述べて。

 それを聞いたヴァイセン伯爵はいたく感心していたようだが、実のところそれは建て前だった。本音をいえば、そういうのが苦手なので出たくなかっただけである。ロッシュの街でダルタニスの誘いを断ったときと同じだった。

 その代わりに、ヴァイセン伯爵にはこれからの密輸の拡大と、ダークエルフたちへの配慮をお願いしてきた。


「レン殿と友誼を深めるのは、こちらとしても望むところだ。これからも互いに助け合っていこうではないか」


 とヴァイセン伯爵は快諾してくれた。

 元々、お金を貸して助けてくれたのはヴァイセン伯爵の方だった。だからレンはそれに感謝して、ヴァイセン伯爵に好意を持っていた。今回の一連の行動も、全てその好意に基づく行動だった。

 人付き合いに慣れていなかったレンは、他人からの親切に弱い。それはお人好しな日本人全般にいえることかもしれないが、レンは特にその傾向が強かった。

 だがこの世界は、レンが暮らしていた日本と比べてはるかに厳しい環境にある。

 日本なら受けた恩義を返すのは当たり前だった。しかしこの世界では、どうしても利害関係が優先される。厳しい生活環境が、日本の当たり前を許さないのだ。お人好しでは生きていけないのである。

 だから今回のレンの行動は、ヴァイセン伯爵に強い印象を残すことになった。

 命がけで行動したというのに、自分の利益を求めなかったレンは、それによってヴァイセン伯爵の信用を勝ち得たといえる。

 ただ、そんなレンが唯一というか、二つ要求したものがあった。

 ヴァイセン伯爵に何か欲しい物がないかと聞かれ、


「でしたら質のいい剣を一本、いえ二本いただけないでしょうか」


 と答えたのだ。

 自分用ではない。カエデ用だった。

 今回の戦いではっきりとわかったが、カエデが持っている剣では、彼女の技量を生かし切れていなかった。

 カエデを含め、ダークエルフたちが持っている剣は、安物の量産品ばかりだった。だがそういう剣では、強力な魔獣相手と戦うのに心許ない。彼女の腕にふさわしい剣を持たせてやりたかった。

 一本ではなく二本要求したのは、カエデがこれからは二刀流でいくと言い出したからだった。

 カエデの膂力なら、普通の剣でも片手で軽々と扱える。今回の戦いで実際に二刀を振るったカエデは、それが自分に合うことに気付いたようで、ロッシュを出るときからずっと二本の剣を腰に帯びていた。

 ヴァイセン伯爵は喜んで頼みを聞き入れ、手持ちの中から指折りの剣を二本、レンに譲ってくれた。

 さっそく近くの物で試し切りしたカエデは、その切れ味の鋭さに大変喜んでいた。

 今回の戦いで、レンが手に入れた直接的な報酬は、その二本の剣だけである。

 それからヴァイセン伯爵に別れを告げ、北集落へと戻ったレンは、リーダーのルドリスとこれからのことについて簡単に話し合った後、ターベラス王国への帰途についた。

 ルドリスに道案内のダークエルフを一人つけてもらったこともあり、帰りの道中に特に問題は起こらなかった。

 こうしてレンは黒の大森林を抜けて、およそ二ヶ月ぶりに南集落へと帰ってきたのだった。


「お帰りなさいませ領主様。それにガー太様も。ご無事でなによりです」


 南集落へと帰ってきたレンを、リーダーのダールゼンは丁寧に出迎えてくれた。


「ゼルドから話は聞いております。あちらで魔群との戦いに参加されたそうですが、どうだったのでしょうか?」


 行くときに一緒だったゼルドは、一足先に集落へと戻ってきていた。

 商隊のリーダーだった彼には、そちらの仕事を優先してもらい、商品を持って先に帰ってもらっていた。ただ彼らが帰ったのは、レンがロッシュへ向かう直前だったから、その後どうなったかまでは伝わっていない。

 レンはロッシュでの戦いの一部始終を説明した。


「すさまじい戦いだったのですね。本当に領主様がご無事でなによりでした」


 話の内容に驚きつつ、最後まで聞き終えたダールゼンはそう言った。


「それにしてもさすがは領主様です。まさか千体の魔群まで倒してしまわれるとは」


「僕はガー太に乗ってただけですよ。超個体を倒したのもカエデです」


「ですが全ての発端となったのは、領主様がロッシュの向かうことを決断したからでしょう。共に向かったダークエルフたちも、領主様の決断に従っただけです。そう考えれば、ロッシュを救ったのは、やはり領主様ではないでしょうか?」


「そういう考え方もできますけど……」


 それでもレンには自分がロッシュを救ったんだ、という思いはなかった。だが何もできなかったとも思っていない。ロッシュを守る手助けができた、ぐらいが正直な思いだった。


「それに勝ったとはいえ、またダークエルフたちに大きな犠牲を出してしまいました」


 戦いで亡くなったダークエルフは七十六人。本当に大きな犠牲だった。


「我々は我々の目的に従って行動したのです。領主様がお気になさることはありません」


「それはわかっています」


 言われるまでもなく、レンは彼らの犠牲をあまり気に病んではいなかった。ダールゼンが言うように、彼らは彼らの意志で戦い、そして死んでいった。そこはレンが気にする部分ではないと思っている。

 この世界に来たばかりのレンなら、きっと頭ではわかっていても、自分のせいではないか、ともっと気にしていたはずだ。だが何度かの戦いを経て、レンもそれなりに割り切った考え方をするようになっていた。

 この世界では、日本と比べて死がずっと近くにある。レンは否応なくそれを受け入れつつあった。


「そうだ。一つ思い付いたことがあるんですが」


「なんでしょうか?」


「今回もダークエルフの皆さんは大活躍でした。ですが戦闘を専門にしているダークエルフの兵士っていないんですよね?」


「傭兵経験のある者は何人かいると思いますが」


「それとはちょっと違います。戦い方とかを、基礎からちゃんとした訓練した兵士ってことです。そういう人はいるんでしょうか?」


 傭兵というのは自分の技量が頼りだ。別に訓練とかをしていなくても、なろうと思えば誰でもなれる。それで生き残れるかは別問題だが。

 身体能力の高いダークエルフは、それだけで普通の人間以上に戦えるので、手っ取り早く傭兵として金を稼ごうとする者も多い。ただ世界樹から離れている期間が長いと身体能力が低下する。戦闘が長引いた際、勝手に持ち場を離れるわけにはいかないから、身体能力が人間並みに低下して、戦闘で死んでしまう者も多い。

 レンが考えていたのはそんな傭兵ではなく、例えば自衛隊のように、専門の教育や訓練をしっかりと受けた兵士のことだ。ダークエルフにそんな兵士はいないのではないか、と思ったのだ。少なくとも集落にはいないはずだった。

 傭兵として戦っていた者や、狩人として暮らしていた者は、兵士としても高い能力を発揮しているが、きっちりとした戦闘訓練を受けているわけではなかった。

 今回の戦いには、戦闘経験のないダークエルフも多く参加していたはずだが、そんな彼らが、あれほどの活躍を見せてくれたのだ。しっかりと訓練して鍛えれば、もっと活躍するのではないかと思ったのだ。


「確かにしっかりとした戦闘訓練を受けた兵士というのは、集落にはいないと思います」


「ですからふと思ったんですよ。訓練したダークエルフの兵士、そしてそれを発展させた対魔獣用の特殊部隊を作れないかなって」


「特殊部隊?」


 どうやらダールゼンは特殊部隊という意味がわからなかったようだ。


「えーとですね、普通の兵士たちって、武器を持って、陣形を組んで敵と戦うじゃないですか。そういう一般の任務じゃなくて、もっと特殊な任務を少数精鋭で行う部隊です。だから特殊部隊です」


 レンは自分の思っている特殊部隊について説明する。


「例えば今回のロッシュの戦いですけど、元々の僕の目的は、ヴァイセン伯爵の娘や孫を救出することでした。そういった救出任務とか、同じような感じで、例えば建物の中に忍び込んで人質を救出するとか、普通の兵士じゃ難しい任務を遂行するんです」


 言いながら、レンはこれはもしかしたら結構いいアイデアなんじゃないかと思い始めていた。

 単なる思い付きだったのだが、考えてみれば少数精鋭というのは、ダークエルフの実情によく合っている。人間より圧倒的に数が少ないのだから、どうしても質を高める方向にいくしかないからだ。


「他にも色々あると思うんですよ。潜入とか偵察とか、そういう特殊な任務です」


 レンがイメージしている特殊部隊というのは、ハリウッド映画に登場するような、人間離れした兵士たちだ。

 小数で敵地に乗り込み、敵をバッタバッタと倒していく――というのはさすがに難しいかもしれないが、身体能力の高いダークエルフを、さらに鍛え上げていけば、それに近いことができるのではないだろうか。

 あるいは忍者でもいい。こちらもフィクションに登場する超人的な忍者をイメージしている。

 ダークエルフならやれるのではないかと思った。


「そういう特殊部隊について、ちょっと考えておいてもらえればと思って」


「わかりました」


 レンとしてはあくまで思い付きだった。

 今すぐ実現するのは無理だろうと思っていた。だから頭の片隅にでも置いておいてもらえれば、ぐらいのつもりで、ちょっと考えておいてほしいと言ったのだ。

 だが言われた方のダールゼンは、そう受け取らなかった。

 彼はレンの言葉を、今すぐ特殊部隊を作れという命令だと受け取った。

 この両者の認識の齟齬から、ダークエルフの特殊部隊は生まれたといってもよかった。

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