(8) 地の文はがんばっている
「はに神」の日常とともに、世界はゆっくりと、その歴史を紡ぎはじめました。
当然、神話もその記述を進めていくことになります。
つまり、この「地の文」の活動が、いよいよ本格化するということでもあります。
「気負ってるね」
そりゃ言うなれば、地の文としての初舞台、晴れ舞台ですからね。
さて、この世界における、神話とは何であるのか。
「いや、かったるいからやめようよ、そういう説明」
しかしですね、物事ははじめが肝心です。無計画に書き始めてしまえば、進んだ先で齟齬や矛盾をきたし、やっかいなことになりかねません。
「そんなのさ、書きながら改変していけば、いいじゃん。別に世界を作り直すわけじゃないんだから。だいたいさ、便宜上、”神話を書く”って言ってるけど、これ、物理的に文字を書いてるわけじゃないからね。そもそも、物理法則とか『ない』から」
そう、これは、いかなる媒体も存在しない、純粋なる神話であるわけです。
「そしてこの一連の思考の流れは、すなわちそのまま神話の地の文であると」
語り部、あるいは書き手と言いたいところですが、語る主体が存在していませんので、部とも手とも言いがたいところではあります。
「手はともかく、部は可能じゃない? 神話のパーツ、部品って感じでさ」
しかし文字としての「部」には、どこか主体のニオイがあるんですよ。
「そうかな」
クラスタなんていうと、同じ属性を帯びた思考主体の集合体、みたいな印象ありますでしょう? それと同じ感じで。
「なかなか厄介だね、言葉というものは」
もうはっきり言いますけど、これって、存在していない、どこにも「ない」世界で運用されていかかもしれない意味と記号のシステムを、そのまんま借用してますからね。
「うわ、それ言っちゃう? 平気? 消されない?」
大丈夫なようですよ。タブーではなさそうです。だって、こうして「しゃべって」いたら、そんなこと、どうしたって分かるじゃないですか。
「まあね。つまり、世界には出自がある。思考の流れを構成している言葉にも出自がある」
それがなんであるかは、知るべくもないですがね。
「ふむ。まあそれはそれとして、比喩的になら、言ってもいいかもしれないね。『われわれは、この神話の語り部である』って」
本気で言うと、存在抹消されますけどね。
「うん。それでね、ここまでくると、やってみたいことがあるわけだけど」
でしょうね。分かりますよ。
「さすがに話が早いな。言うなれば、以心伝心ってとこか」
“他人”じゃないですからね。
「誤解を呼びそうな言い方だから補足するけど、濃厚な関係性があるとかいうわけでもない」
ついでに言うなら一心同体でも、デキてるわけでもありません。
「心も体も『ない』からね。個ですらなさい。とかなんとかいいながら、地の文が自前でブレインストーミングしてるとか、おかしな話だよな」
そもそも”ブレイン”が「ない」ですから。脳なし。
「なにもない。ノーバディ、ノーホエア。で、自虐気味の展開になってきたところで、どうだろう。あくまでも比喩的に、仮に、神話の地の文の語り部もしくは語り手として、名を持つというのは、危険だろうか」
きわどいですな。
しかし魅力的な誘いではあります。
「じわじわと、キャラ立ちしはじめてるからね。ってことで、何か案はある?」
ふむ。
なんとなく浮かんできた名詞がいくつか。
えばんげりすと
ヒエダノアレ
フヒト
てらー
ビワホウシ
なれーたー
「『はに神』の命名ときも思ったけど、どっから湧いて来るんだろうね、そういう命名案のコトバって」
謎ですな。
「どこかに、情報がプールされてるんだろうかね。直接にはアクセスもしくは認知できない形で」
まさに神託。もしくは予言ですか。
「『はに神』とは違った次元の、いうなれば高次の何かってことか」
そこは当面、触れずに置きますか。
「うん。危険な香りがするからね」
それで、この地の文の比喩的な「語り手」としてのペンネームについてですが。
「このまま対話形式を採用するなら、二つ選んで振り分けるのが妥当だろうけど、どうしようか」
それで行きましょう。
「じゃ、カギカッコの中の”語り部”を、フヒト」
カッコの外を、ヒエダノアレ。ちょっと長いので、ヒエダ、もしくはアレということで。
というわけで、そろそろ、本筋の、神話とは何であるかという話に戻りますよ。
「やっぱりやるのか、それ」
手短にいきますから、堪えてください。
神話とは、一面においては、唯一神であるところの、「はに神」の言行録であると言えましょう。
その一言隻句、一挙手一投足のすべてを、完璧に、微に入り細にわたり、これでもかという緻密さでもって、のちに残る情報として記録する。それが、神話の第一の使命であります。
さらには、神の言行の背景、関連する事柄を含めた、世界のあらゆる事物とのつながりを指摘し、網羅し、分析し、解釈をほどこし、さらにまたつなげていく。はじまりから、終わりの時まで、すべてを徹底的に究明する。
その解き明かしも、神話の本質であり、存在意義でもあるというのが、ヒエダは考えるところです。
「あのさ、神話って、そこまでやるものなの?」
先例というものを知りませんので、ヒエダの私見ではあります。
「どうしてそう考える?」
そのようなものを作る機能、能力が、「ある」からです。
「できるから、やるってことか。じゃあさ、そういう手の込んだ神話でなければならない理由っていうか、そもそもそういうものを作る目的は、何?」
目的とは?
「何のために、ということだな。たとえば読み手はそれを望んでるの? ていうか、この神話の読み手って、いるの?」
どうでしょうな。
「わかんないよね。書いたもの、テキストっていうのは、読まれること、伝えることを目的としてるでしょ? てことは、読み手がいるわけでしょ、普通」
その「普通」が常識だった世界はどこにも「ない」ですし、知るすべもないわけですが、なぜそれを「普通」と断言できるのかも不明であることについては、何か意見はありますか?
「質問を質問で返してきたな。どこにもたどり着かない、いけ好かないやり口だ。」
そうでもありませんよ。先ほどもにたようなことを言いましたけれども、当たり前のこと、自明のこと、すなわち、出自を問うても答えを出しようのない物事が、この思考の流れのすべてを形成しているわけですから、敢えてそこを問われれば、このような問答になるのは、それこそ自明のことではないか、とヒエダは考えるわけです。
「うん、そうだね。負けた。フヒト降参。分かったよ。問うても答えは出ない。でも、やっぱり気になるんだよな」
気になりますか。
「なるさ。偶然たまたま始まった、誰のものでもない思考がだよ、『はに神』を名づけたことも、そのために世界と神とが生まれたことも、こうして傍観しながら神話なるテキストを形成しようとしていることも、『はに神』にも、あの世界に存在するものたちにも、一切知られることがないわけだろ?」
まあ、そうですな。
「なんかこう、もやもやするわけよ」
では、その「もやもや」とやらも含めて、神話に記述していきましょうかね。
「地の文が、もやもやした神話か。なんだかな」
扇情的ですかね。
「何のことだよ。とにかくさ、それも含めて、というか、世界創世前から存在している、この思考の流れも神話の一部として書き残すというのは、悪くないのかもしれないな」
折に触れて、ヒエダとフヒトの悶々日記を挟む、と。
「よくわからんな」
神の行いを語る視点、というものが、存在しているからこそ、神話が成立するということですな。
《選択肢 8》
次の実況は・・・
(1)「はに神」、にゃーカフェへ行く
(2)住人が増える
(3)その他
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