(7) 晴れた日はカフェに行こう
柱の「ばべる」が恐ろしいほどのハイテンションで、声高に「はに神」を賛美しつづけたので、「はに神」は内々に撤去を考えるほどでした。
けれども、
「あのさ、気が散って考え事ができないから、ちょっと黙っといてくれる?」
と釘を刺してからは、だいぶ落ち着いて、もっぱら「にゃー」たちの、良き遊び場、兼、見守り手に徹するようになりました。
「はに神」は、「にゃー」たちが気ままに遊ぶ様子を、大きな椅子に腰掛けて、長い時間、ずっと眺めていました。
「はに神」から発せられる光は、柱と「にゃー」たちのいる、家のなかだけでなく、外の世界をも、あまねく照らしています。
外には、できたときから変わることのない、無限の大地が広がっています。時折、透明な液体の粒が降り注ぎますが、それ以外には、何事もありません。
「穏やかな、すばらしい時の流れだね。ここには、好ましいと思うものだけが、ある」
そう言葉に出すと同時に、「はに神」のなかに、一つの疑念が生まれました。
いま「ある」ものは、いつまでも、ありつづけるのだろうか。
消えてしまうということは、あり得ないのだろうか。
すると、家の中が、ふっと、薄暗くなりました。
「はに神」は立ち上がって、家の外に出てみました。外も、同じように、薄暗くなっています。
「はに神」から発せられている光が、力を弱めているようでした。
そればかりか、クリーム色の大地のあちこちが、ゆらめくように色をうしない、闇に近づいていくようでした。
「ありつづけることに疑念を抱くと、この世界は、消えていくかもしれないのか」
そう気づいた「はに神」は、声に力を込めて、言いました。
「いま『ある』ものは、このまま、世界にありつづけよ!」
すると、世界は前のように明るくなり、大地のゆらぎもとまって、クリーム色を取り戻しました。
「はに神」が家のなかに戻ると、柱の「ばべる」が、待ち構えていたかのように言いました。
「神よ、ご報告いたします! 『にゃふぁえる』様と『みゃふぇる』様が、私の枝の上で、お眠りあそばしました!」
「そうみたいだね。よく寝てる」
「さきほど、あたりが暗くなると同時に、おやすみになられています!」
「そうか」
「はに神」は、柱の枝の高さまで、すっと浮き上がり、寄り添って眠る「にゃー」たちのそばに行きました。
「この子たちが寝てしまうと、静かすぎて、なんだか世界が止まってしまったような気がするよ。なにしろ、他には、見るべきものが、あんまりないからね」
「なんと! もしや我が神は、お寂しく感じておられるのでしょうか!? これはしたり! 私は一体何をして差し上げればっ! そうだ、大いなる賛美の歌を!」
「あーいや、歌はいい。ちょっといろいろ、考えなくちゃならないみたいなんだ。この世界が、このままありつづけるためにね」
「世界が、ありつづけるために・・・ということは、世界はなくなってしまうことも、ありえるということでありますか!?」
「うん。『ある』ことの確信がゆらぐと、世界を維持できなくなる可能性がある。そのことに、いま、気がついた」
「我が神が、この世界が『なくなるかもしれない』と考えてはならない、ということですか!?」
「そう。不安、疑い、否定、それらはおそらく、世界のすべてを消滅させる鍵になる」
「それはまた、なんという重責!! おいたわしや我が神ぃぃぃ!! 」
柱の「ばべる」が、嘆きのあまり、身をよじると、眠っていた「にゃー」たちが起き出して、「はに神」の腕に飛び移ってきました。
「重責、か。どうだろうね。できたばっかりの世界だし、『ある』ものといえば、大地と、『にゃー』たちと、この家と、君だけだ。でも、失いたくはないんだ」
そう言うと、「はに神」は、「にゃー」たちを抱いたまま床に降り立ち、嘆きの声を上げ続ける「ばべる」をそのままにして、再び家の外に出ました。
「『にゃー』たちは、愛しい。この家は、好ましい。『ばべる』は、まあちょっと暑苦しいが、あれはあれで、『にゃー』たちに愛されるものだ。愛しいもの、好ましいもの、共に住むものが『ある』ことは、心地よいことだ。それは、ありつづけることを、強く願う力になる」
「ばべる」の嘆きが聞こえなくなるところまで離れたところで、立ち止まった「はに神」は、まず、家を眺め、それから、反対側の、何もない大地を見渡しました。
「この世界はたしかに『ある』。そのことが、揺らがないために、何をすればいい?」
腕に抱いた「にゃー」たちに語りかけるように言うと、家を生み出したときのように、足元の大地が、もこもこと、ふくらみを作り始めました。それはまるで、どんなものでも作り出せますよと、「はに神」を誘っているかのようでした。
「そうだね。できることは、いまここに『ない』ものを、作り出すこと。好ましい、愛しいものを増やしつづけること」
「はに神」は、もこもこする大地に向かって、命じました。
「この世界にある、すべての者の憩いの場となるべき家よ、出でよ!」
クリーム色の大地は、ぽぽぽぽぽーんと、楽しげな音を発しながら、隆起しつづけ、やがて、かわいらしい三角屋根の家の形になりました。
世界ではじめての、「にゃーカフェ」が、落成しました。
《選択肢 7》
さて、それから・・・
1. カフェの開店祭り
2. 柱の「ばべる」の性格改造
3. 新たなる住人の登場
4. その他