(6) 雨が降ったらおうちに入ろう。
「さて、落ち着いたのはいいけれど、これから、どうしようか」
果てしなく広がる大地の上に、「はに神」と、二匹の「にゃー」だけが、ありました。
「はに神」が発する光は、クリーム色の大地を、どこまでも同じように照らしているようでしたが、「はに神」にも、どこまでもすっかり見えているわけではありません。
とてもとても離れたところは、なんとなく、ぼんやりと薄暗く感じられました。
「どこまで行っても、何もないんだね、ここは」
「にゃー」たちは、動きまわっていることに少し飽きたのか、「はに神」の足元にねそべっています。
「もうちょっと、世界に変化というものがほしいかも」
「はに神」が、そうつぶやいた途端、ぽつりぽつりと、上のほうから、ぱらぱらと落ちてくるものがありました。
それは、透明な液体のつぶでした。
最初はまばらに、ゆっくりした感覚で、「はに神」や「にゃー」たちの体に当たっていましたが、次第に密度を増して、やがて、ざあざあと音をたてて、見渡す限りの大地に降り注ぐようになりました。
クリーム色の大地全体をぬらした液体は、「はに神」の放つ強い光を乱反射することで、世界をいっそうの輝きに満たしました。それはとても清らかで、荘厳な光景でした。
「ときどき、こういうことがあっても、悪くはないね」
けれども「にゃー」たちは、この液体のつぶが、どうもあまり好きではない様子で、「はに神」にぴったりと体をつけて、直接あたるのを避けようとしています。濡れた体毛が気持ち悪いらしく、ぷるぷると体を震わせています。
「このままだと、ちょっとまずいかもしれない。これを避ける構造物が必要だね」
「はに神」は、「にゃー」たちに腕を差し伸べて抱き上げてから、少し離れた大地を眺めました。
「望みを言葉にすると、すぐに実現されるらしいから、ここは少し慎重にやらないといけないのだろうけど」
とはいうものの、具体的なビジョンもありませんから、出たとこ勝負のお任せでいくしかありません。
「よし。まあやってみよう。出でよ、我が家!」
すると、「はに神」が眺めていたあたりの大地が、もこもこと、隆起を始めました。
幅は、「はに神」が両腕を横に広げて伸ばした長さの、ざっと二十倍ほど。
高さは、「はに神」の背の高さの、およそ五倍。
それだけの大きさになると、もこもこした隆起は止り、壁面に細かな変化が起き始めました。
いくつかの場所で、壁が四角に、すぽり、すぽりと、くり抜かれ、開閉する平らなパーツがはめ込まれていきます。内側は、空洞になっているようでした。
パーツには、透き通った素材が使われているため、中の様子を見ることができました。
「はに神」がのぞき込むと、広々としたドーム型のワンルームに、居住に必要な設備が、いままさに、細々と作り上げられようとしているところでした。
「ふむ。腰掛けたり、横になったりできる台がある。いいね」
「にゃー」たちを抱いたまま、「はに神」が家のなかに入ると、床全体が、うっすらと桃色に染まりました。
「我が家の、テーマカラーということかな。悪くはないね。飽きたら変えるけど」
「はに神」は、桃色の床に、「にゃー」たちを、そっと下ろしました。
すると「にゃー」たちは、家のなかを一通り見回ってから、しつらえられた家具のなかで、最も高い、タンス風の立体物に、競い合うようにして、駆け上りました。
「高いところが好きなのか、君たちは」
「にゃふぁ」
「みゃふぁ」
「ふむ。それなら、君たちが登ってくつろぐための、塔をつくろうか。出でよ、にゃータワー!」
声に応じるかのように、部屋の中央の床が、ぐもももももも、と隆起しはじめました。
隆起した床は、太い柱となって、ゆっくりと、左回りに身をねじりながら、天井へ向かって伸びていきます。
ねじりの動きに従って、柱の表面には、らせん状の深い溝が刻まれていき、それはちょうど、「にゃー」たちが通行できるほどの幅になりました。
太い柱は、天井に届く直前で、伸びを止め、らせんの溝の一部を、水平に引き延ばして、広い棚のような形にしました。
さらに、柱の中ほどの高さから、ひろげた腕のような二本の太い枝が出現し、それぞれの先端には、丸い形の小部屋が形作られました。
柱が動きを止めると、「にゃー」たちは、待ってましたとばかりに、らせんの坂を駆け上がり、てっぺんの棚のところに乗って、二匹でじゃれはじめました。
「それが、好きかい?」
「にゃっふぁー」
「みゃっふぁー」
「なら、それにも名をつけてやろうか。何がいいかね。なんでもいいけど、呼びやすいのがいいね」
「はに神」は、ちょっと考えてから、こう言いました。
「にゃふえると、みゃふぁえるに愛される柱よ、汝の名を、『ばべる』とする」
すると、柱から、ぶーんという、低いうなり声が聞こえ始めました。
「おや、何か言いたいことが、ありそうだね。言ってごらん」
「はに神」がそう呼びかけると、ちょうど「はに神」の顔と向き合うあたりに、しゃべる口が、ぽっかりと現れました。
「神よ! お初にお目にかかります! 私、『ばべる』でございます!」
「うん、知ってる。いまつけてやった名だから。で、用件は?」
「まずは、ご挨拶を! 名をいただきましたので、今後は、偉大なる我が神と一つ屋根の下に住まう柱として、せいいっぱい、お仕えいたします!」
「ふむ。いい心がけだね。といって、何かしてもらうつもりも、なかったんだけど」
「はに神」の言葉に、「バベル」の柱は、いささか不本意といった様子で、話を続けました。
「いちおう私、この麗しき神殿を支える、中心的な立ち位置にありますので、司るべき職務は、それ相応の重要なものとなることが予想されます! 私の中の、とてつもなく柱的な感性が、私にそうささやいております!」
「位置はそうだけど、君は、この家ができた後で、床から生えてきたんだよね」
「ななななんと!そうだったのですか!?」
「覚えてないのか」
「意識が生まれたのは、名をいただいた直後からですので・・・・ということは、私が、このすばらしい神殿を支えて、力強く立ち上げたのでは、ないのですか、ないのですか・・・」
「バベル」の柱は、だいぶ意気消沈したようでした。
少し気の毒に思った「はに神」は、とりなしの言葉をかけました。
「立ち上がってくれたことは、うれしく思うよ。『にゃー』たちも、喜んでいるからね」
「おおおおお! おおおおおおおお! 我が神よ! ありがたき幸せぇぇぇぇぇ!」
気の毒に思った気持ちは消えて、ちょっぴり暑苦しいやつだと、「はに神」は思いました。
そうとは知らない「ばべる」は、喜び勇んで「はに神」に願い出ました。
「偉大なる我が神にお願い申し上げます! 司るべき職務を、この柱にお与えください!」
「んー、ではひとまず、『にゃー』たちの見守りを、よろしく頼む。職務については、これからゆっくり考えてみる」
「思し召しのままに! さあ『にゃふぁえる』様! 『みゃふぇる』様! 心置きなく、この柱の上でおくつろぎあれ!」
《選択肢 6》
「はに神」と「にゃー」たちは、家のなかで・・・
1. とりあえず寝る。
2. とりあえず食事。
3 とりあえず作戦会議。
4 その他