(4) 落ち着くために、やるべきこと。
足元でじゃれついている、二匹の「にゃー」を見やりながら、「はに神」は、つぶやきました。
「なんかここ、落ち着かないね」
周囲には、虚空しかありません。空も地面も、上も下もない世界です。
「にゃー」たちがよく動くために、ふとしたはずみに「はに神」の視界から外れてしまいます。無重力の空間ですから、どこに行くかわかりません。
「はに神」の目は、たまご形の頭部の片面に、二つ、ついているだけですので、目のない側に「にゃー」が移動すると、すぐには見つけられなくなることもありました。
そのまま「にゃー」を見失ったら・・・そう思うと、「はに神」はかすかな不安を感じました。
できたばかりの、この世界に「ある」ものは、「はに神」と二匹の「にゃー」だけです。「ある」はずなのに、お互いに、目が届かなくなってしまったら、どうなるのか。
「どうなるんだろうね。ただずっと、離れて会えないままなのか。それとも、いつかまた会えるのか。会えない間に、何かが起きるのか、何も起きないのか」
それはきっと、「わからない」ということでした。
「そう。わからない。わからないことが『ある』というのは、不思議な感じだね。この世界には、にゃーたちと自分しかいないけど、いまは『ない』なにかが、もっと現れるのかもしれない。この世界には、わからないことや、いまはまだ『ない』ものが、やまほど『ある』んだ」
「はに神」は、気づいていました。その『ない』ものを出現させるのが、おそらくは自分の役割なのだろうと。
いつか、はてしなくひろがる虚空が、「にゃー」たちや、それ以外のもので、いっぱいに満たされる日が、くるのかもしれない・・・
そう思うと、「はに神」は、なにかが浮き立つような、高揚するような、奇妙な思いが生まれるのを感じました。
でも、それはそれとして、いまはとにかく、「にゃー」たちが自分の目の届くところにいることを、「はに神」は望みました。
「危なかったり、さみしかったりしても、知らないまま、ずっと離れていなくちゃならないのは、ごめんだからね」
ところが、「にゃー」たちは、すこしもじっとしていません。すぐに「はに神」には見えないところに、姿を隠してしまいます。
「不便だね。目を減らさなければ、よかったか」
その瞬間、ヒト型に近くなっていた「はに神」の全身に、真っ黒にぬれた眼球をはめ込んだハマグリ型の眼窩が、ぎっしりもこもこと、現れはじめました。
「うわっ、なんかキモいわ! やめやめ!」
現れかけていたハマグリ型の目の群れは、即座に引っ込みました。
「当面は、にゃーたちの落ち着いた居場所作りをメインに、環境構築していこうか」
動きのすばやい「にゃー」たちは、「はに神」の視界から、わざと外れるいたずらをしているかのように、めまぐるしく移動していました。
「この子たちが目の届かない状態で、場所や物を作るのは、危ないね。なんとか一時停止させないと」
二匹の「にゃー」が視界に入った瞬間を狙って、言葉をかけてみることにしました。
「そこだ! にゃーたちに命ずる。動くな。止まれ!」
「にゃふぁ」
「みゃふぁ」
この世界で初めて発せられた、鋭い命令の言葉に、二匹の「にゃー」は、驚いたように動きを止めました。
一体なにが起きるのかと、期待半分、緊張半分といった様子です。
「ちょっと言い方が、堅苦しかったかな。とりあえず、しばらくの間、見えるところに居てくれる?」
「にゃふぁ」
「みゃふぁ」
二匹は、申しわけ程度に3秒ほど立ち止まっていましたが、またすぐに飛び回り始めました。
「ふむ。次は、二匹が止まった瞬間に、場を作るとするか」
「はに神」の肩の上に、じゃれ合った二匹が転がるように現れた瞬間、「はに神」は、力強く命じました。
「にゃーたち、止まれ! 大地よ出でよ!」
ずばーーーーーーーーん!
それまで、全方位に何も存在しなかった虚空に、果てしない、クリーム色の大地が広がりました。
それは、「はに神」の足元を中心に、どこまでもどこまでも、平らにつづいていました。
二匹の「にゃー」は、驚いて、「はに神」の肩にしがみついていましたが、地面に興味を持ったらしく、そろそろと「はに神」の体をつたって、大地に降り立ちました。
大地の出現と同時に、世界には重力も生まれたようでした。「にゃー」たちは、全方位自由自在に飛び回るのをやめて、大地の上で遊ぶようになりました。
「ふむ。大地と、ものとは、引き合うらしい。これで、ちょっと落ち着いた」
遊んでいる「にゃー」たちは、よく見ると、それぞれ、少し違った姿をしていました。
「にゃふぁ」と声をあげたほうは、もう一匹よりも体が大きく、どこかふっくら、優美な様子をしていました。
「みゃふぁ」と声をあげたほうは、ちょっと小ぶりで、きびきびした印象がありました。
「落ち着いたところで、君たちの呼び方を決めようか。」
「にゃふぁ」
「みゃふぁ」
「そうだね。大きいほうが、にゃふぁえる。小さめのほうは、みゃふぁえる。安直で悪いけど、何か意見ある?」
「にゃふぁ」
「みゃふぁ」
二匹は、もらった名前に異存はないようでした。
《選択肢 4 》
いっぽうその頃、「はに神」たちの知らないところで
1.なにかがつぶやいていた。
2.なにかが起きていた。
3.なにかが、振り返っていたる
4.その他