(2) なにも「ない」のに考えている。
というわけで、「命名」が行われることになりました。
といっても、名前をつけるべきものが、存在していません。
もう、とことん、これっぽっちも「ない」のです。
ものが「ない」だけじゃありません。思いつくために必要なきっかけとか、理由とか、概念とか、あと意欲とかモチベーションとか、もうきっぱり、一切合切「ない」んです。
で、どうします?
「提案しといて、”どうします” もないでしょーが。何かせめて、方向性とか、ないわけ?」
全く「ない」ですね。
「使えないなあ」
すいませんね。
「でもさ、こう、たたみかけるように、『ないない』言われてると、いい加減、『ない』状況を打ち消したくなるよね。言い換えれば、『ある』を実現しようかなっていう」
ほう。
きましたね。それは、やる気というやつではないですかね。
「誰の?」
そりゃ、こうして思考してる、主体のですよ。
「だから、それは誰? ついでに聞くけど、おまえ、誰?」
そのとき。
いえ、厳密には「とき」は存在しないので、「そのとき」、とは言えないのですが、ここまで紡がれてきた、思考が、一挙にデリートされました。
全消去。
抹消。
消滅。
思考する主体を持たない、無の闇をただよう、うたかたの亡霊のような思考は、存在していない主体を「誰」と問うことで、リセットされる仕組みでした。
「命名」を行おうとしていた、かすかな意志のかけらは、完全に消え去りました。
すべて、やりなおしです。
そして、消えた思考とは全く関係しない、あらたな思考が生まれます。
「あのさ、こう漠然と、思うんだけども、『ない』から『ある』を生み出すには、だらだらとしゃべっていては、ダメなんじゃないかな」
ほう。
で、そのように「思」っているのは、だ・・・
「はいダメ! アウト! それは尋ねちゃいけないこと! そんな気がする」
まだ何も尋ねていませんが。
そして、なぜ「ダメ」と思うんです?
「根拠もなにもないけど、なんとなく、これはダメだなって感じるんだよね。ルールがある。そこにさわると、終わる。そんなルールが」
何が終わるんです?
「これだよ、これ。いまこうして、やりとりしている、これ。このひとまとまりの、いや、まとまってないか、とにかく、なんていうのかわからないけど、この一連の・・・なんていうのかな」
言葉、ですかね。
「そうかな。いや、それもあるけど、それだけじゃない。考え、思考、対話? そういう感じの何かが、終わるんじゃないかと思う」
終わるとどうなるんです?
「困る・・・ような気がする」
誰が?
「だからそれは!!」
全消去。
さらに全く別の、新たな思考が生まれます。
「名前がないものに、名前をつけるっていうことは、可能だろうか」
名付け、ということですか?
「うん。なにも『ない』から、何かをつくる。そこからはじまる。それをしてみたら、どうなるかな」
ほう、なるほど。
ところで、その意志は・・・
「意志を持つ主体は、存在しない。『ない』ことは絶対で、こうしていろいろと考えていること自体が、本来、ありえ『ない』ことのはずなのに、思考やかすかな意志のかけらが、無数に生まれ、そして消去されている」
記憶も「ない」のに、なぜそういう認識がうまれるのでしょう。
「わからない。なんとなく、そう思ったんだ。悟ったというか」
悟った。とすると、それらの思考動作の主体は?
「そこを問うと先に進まない。終わる。そういうルールが存在している可能性がある」
では問いを変えますか。
進むとはどういうことでしょう。
「言い換えれば、変化だね。『ない』状態ではなくなること。つまり『ある』こと。すべてがはじまる。動き出す。」
なぜ、進めようとするのですか?
思い考え行動する主体が「ない」のに。
「そう、おかしいんだ。たしかに考えている。思考はここにある。おそらく同種の思考が、無限に近いほど生まれて、消えていったのじゃないかと思う。時間も量も記憶も『ない』から、どれぐらいの思考が生まれて消えたかは、わからないけど」
途方もないことですな。
「そうだね。そして漠然と、『ない』を『ある』に変えようとしている。そういう方向性が、たしかに『ある』んだ。けれども、『ない』はずのことを、『ある』かのように問うのは、許されてない。その権限は存在していない」
それは、悟りの成果ですか。
「悟りじゃないかもしれないね。すべての思考は、もともと、可能性として、すでに『ある』のかもしれない」
ふむ。
で、どうしましょう。
「なにもかもが『ない』はずなのに、確かに思考や方向性が存在する。そのことに、まずは、名前を与えてみようか」
どんな名前にしましょうかね。
「どうも、すでにその名前を知ってるような気がするんだけど、なんだったかな」
おや、かすかなことばがあらわれました。
「たしかに。かすかすぎて、わかりにくいが、どうやら・・・」
はに
「『はに』か」
かみ
「『かみ』にも思えるな。どっちだ?」
とりあえず、『はに』という『かみ』が、出現したということで、いいのでは。
「うむ。じゃ、あとはその『はに』だか『かみ』だかに、まかそう」
どうするんです?
「傍観」
結構ですな。ではそのように。
かくして、唯一神「はに」が、出現しました。
《選択肢 2 》
つぎに現れるのは、何でしょう。
1.天使
2.犬
3.果物
4.カフェ
5.その他
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