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たぬき

作者: たえん


月夜の晩にたぬきを拾った話。


♪月の光る夜更けに

鳥が卵産んだよ


ひそかに口ずさみながら、宇高桂子はハンドルを握り締めた。年の瀬も押し迫ったこの月夜、会社帰りの気安さについつい浮かれる。楽しい、楽しい今日は金曜日。明日は会社は休み。次の週をこなせば、年末の休みに入る。世の中、不況と言われてるが、そんな中きちんと正月を休めるのだからありがたい。

外は都合よくよい月夜。どこかに寄ろうかと考えたその瞬間、

ぼん

とボンネットに何かが降ってきた。

きゅーっとブレーキを踏み込む。幸い前後に車はいない。工業団地と言えば聞こえはいいが、田んぼの真ん中にぽつんと会社だけがあるのは珍妙だ思う。この辺は、そういうトコが多い。

「っていうか、何?」

狭い道ゆえ、対してスピードは出ていなかった。落ちてきたものはボンネットの上に襤褸切れのように黒く丸まっている。車を降りておそるおそるボンネットの上のものをつついた。

「なに、これ?生きてる?」

それは目を回した一頭のたぬきだった。


「いやぁ、誠にかたじけない。このご恩は決して忘れません」

ぽりぽりと頭を掻いてそれは照れたように話はじめた。

「で、何でたぬきが話してるわけ?」

「それはそれ、そこはそこです。世の中には深く追求してはいけないことがあるのです」

まじめくさって、たぬきが答えた。宇高は呆然と頭を抱えた。

拾い上げて、助手席のシートに置いた途端、意識を取り戻したたぬきがしゃべり始めたのだ。それにパニックを起こした彼女をたぬきが宥めるのに数十分かかったのだが、この際それは省略する。

「なんでたぬきが?」

「・・・・・・・たいがい、しつこいですね、あなたも。徳島って言えば、たぬきはメジャーな妖怪でしょうが。今更、私がしゃべったぐらいでどうこう言わないで下さいよ。たぬき祭りぐらい行ったことあるでしょう?」

「たぬき祭りの着ぐるみはしゃべんないし、中身人間だし」

「ははん、あなた尻尾引っ張った口でしょう?」

「何でわかんのよ!!そのくらいましよ、私の友達なんて、その着ぐるみの口にゴミ放り込んでたし」

「悪がきですね・・・・・」

「しかも、そいつお祭りイベントでたぬきカー当てるし。いいよねー車貰ってさー」

「まあ、その話は置いといて」

ちょこんと座って、小さな前足でモノを脇によける動作をして見せる。めちゃ可愛い。というより、どこでこのたぬきはそんな動作を覚えたのだろう?

「ここはセオリー通り、是非是非ご恩返しをさせて頂きたい」

「はひ?」


♪そおれは、たぬきであ〜ったんだ

かたかたかたかた、かたかたかた

「おもてに出たんだけど、だあれもおらなんだ」

阿波のたぬきの話ですぅ〜


昔、たぬき祭りで聴いたのんきな歌を思い出してた。夜中にドアを叩く奴がいるから外にでるのだが、誰もいない。そいつはたぬきの仕業だ。っていう唄。

たぬきの祠巡りのスタンプラリーってのもあったよな。大学時代それの受け付けの短期バイトもやったよな。あれ結構日当がよかったんだよ。

「で、お望みとかありますか?」

ああ、そうじもしなくちゃ。明日の土曜日晴れるといいな。

「やっぱ、ここは年頃の若い女性としては、ばっちぐーの彼氏とか?私の話、聞いてます?」

「聞いてない」

妙なところで変な言葉を使うたぬきだ。極力、その存在を無視しようとして無視できない宇高であった。たぬきはつぶらな瞳をくりっと光らせて生真面目に言う。

「聞いて頂かなくては困りますねえ。受けた恩は返すっていう約束があるんです。そんなふうに人の話を聞かないから彼氏の一人もできないんですよ」

「・・・・いま、なんか言った?」

「いいえ、何にも。あっ、お茶入れて下さるなら、お茶うけもお願いします」

ずうずうしいたぬきだ。

「あのさあ、たぬきの恩返しって話、あんま聴かないけど。恩返しって普通、鶴でしょ?」

「なんと、最近の若い方は?」

どんっなんてテーブルを叩く。宇高の視線がとろけた。かわいすぎる。少々口は悪いけど。薄汚れてるけど。

「金長まんじゅうもご存知ない?」

「へっ?あの徳島銘菓の白あんをチョコレート風味の皮でくるんだあれ?包み紙の模様はたぬきだったけど。名物にうまいもんなしって言うけど、あれけっこうおいしいよね」

鼻面の前でちっちっちと前足を振る。

「銘菓とご存知なら、由来も知っていて頂きたいですね。あれはですね、昔、悪さをしたたぬきを成敗した人がいたのです。でぇ、そのたぬきがその人に感服いたしまして、お仕えしたのです。で、商売を手伝いまして、繁盛させ、それがあの饅頭の由来なのです」

「?なんか、それホントに饅頭に関係あるの?」

「さあ、知り合いの家族の話ですから」

「はあ?」

2LDKの狭い部屋に茶をすする音が木魂する。

「和んでる場合じゃない!!!そういや、あんた何でボンネットの上に降ってきたのよ!!」

「世の中不可測予測事は付き物です」

それでいいのか?たぬき?

年の瀬の夜はこうして更けていった。


そいで次の朝。

「ちょっと、宇高さん、回覧版」

どんどんどん、と激しく扉を叩きながら、管理人のおばさんが叫んでいる。

勘弁してよ〜昨日、たぬきと遅くまでしゃべってたんだから〜

「出なくていいんですか?」

「恩返しを主張するなら、あんたが人間にでも化けて出てよ」

「時間外労働はお断りします」

使えない。外の声はあきらめていない。

「すいません、寝てたもので・・・・・」

「はい、これ。いいわねぇ、いつまでも寝てれて。最近は長い事寝てると腰が痛くて・・」

「はあ・・・・・」

管理人さんの嫌味か皮肉かわからん言葉を受け流す。まだ、土曜の7時だ。こんな時間で文句言われたくない。

「ひえっ、ちょっと!!ここ、ペット禁止ですよ」

「えっ」

後ろを見るとちょこちょことたぬきが出てきた。管理人さんが目を三角にして怒鳴る。

「いいえぇ、違うんです。ちょっと、夕べ拾っただけで・・・今日には処分するつもりで・・・・」

「とにかく!!ペットは駄目ですからね!!」

まだ何か口の中で文句言いながら、管理人さん退場。


「全く、あんたのおかげで管理人さんに睨まれちゃったじゃない!どこが恩返しよー」

回覧版を放り出して、たぬきに食ってかかる。たぬき素知らぬ顔で、

「あの人、前からあんな感じでしたか?」

「あんな感じって?」

「怒りっぽいとか」

「?あんまわかんないけど、そうなんじゃないの?」

「恩返しできそうですよ。ところで、朝御飯は何ですか?」


閑話休題。朝御飯の場面省略。


「1000年くらい前の話です」

たぬきはお茶を片手にしゃべり始めた。

「金長のたぬきときつねが合戦をしました。それはひどい争いで、人間たちの間でも、阿波のたぬき合戦として知られています。そこで、弘法大師さまが仲裁に入ったのです」

「へえ、弘法大師さまって、あの、八十八ヶ所を作った人?」

「正確には作るように指示した人です。四国を巡回したはわずか2年あまりの話らしいですから」

「2年回っただけで、お寺、八十八ヶ所も作らせたの?」

「そういう説話はいくらでも残ってるでしょうが?民話くらい知ってても損にはなりませんよ。一応、郷土の歴史なんですから」

「八十八ヶ所くらい知ってるよー春になったら、白装束で笠かぶって、巡礼にでるあれでしょう?笠に同行二人って書いてあって、同行二人って弘法大師と二人で回るって意味なのよ」

「何番寺まで行きました?」

「うっ、一番寺までかな」

「徳島には割と近い距離に札所がいくつかあるんですから・・・・」

「あ、あのさあ、で、弘法大師が仲裁に入ってどうしたの?」

「ええ、ああ、そうですね。きつねとたぬきに言い聞かしたそうです。きつねはたぬきに負けたから、四国から出ていかなくてはならない。四国はたぬきのものだから。しかし、鉄の橋が架かったら帰って来てよいと」

「1000年前の話でしょ?」

「妖怪は1000年くらい生きますよ」

「ごめん、話見えない」

「だから、明石大橋がかかったでしょーが」

「えー、淡路島だよあれ」

「鳴門大橋も架かってます。だから、本土からきつねが帰ってきたんですよ」

「で、話の落ちは?」

「さっきの管理人さん。きつねが憑いてます」

「あーもうーそういう話から解放してー」

宇高壊れかけ。たぬき哀れむようにそれを見る。

「現実に順応なさい。いい年をして」

「だーかーらー、たぬきに説教されたくない」


とりあえず、宇高はたぬきに説得されて管理人室にたぬきを連れていった。ものすごい物音がして、悲鳴が聞こえて大騒ぎになった。

たぬきは戻ってこなかった。

管理人さんはそれから人が変ったように穏やかになった。

宇高はちょっとだけ徳島の風物に興味をもつようになった。


で、大晦日の晩。

薬師寺(八十八ヶ所の一つ)に初詣に出掛ける途中。

ぼん

ボンネットに黒い影が降ってきた。

「おこんばんは」

黒い影が言う。あー、たぬきに憑かれたんだろうか・・・・?わたしは?

宇高はハンドルの上にかがみ込んだ。


<終>


ご拝読頂きありがとう御座います。

少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

ご意見、ご感想が御座いましたら一言でよいのでお願いします。

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