序章
はじまるよ。
もうそれは昔の昔のこと、遠い遠い室町時代、足利が天下の話…………
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
「なんみょ〜ほ〜れんげーきょ〜………」
笠を被った僧の呪文のような題目が、薄暗い京都の街にうつらうつらと響く中。
2人の男が歩いていた。1人は小柄な若い男、もう一人は初老で痩せぎすな男。
「嫌なもんだねえ、大将。 花見でもしようと思えばこんな曇り天気、挙句帰り道に辛気臭い坊主の念仏!」
若い男がうんざりしたように言うと、初老の男は彼にうんざりしたように言う。
「文句を言うものでもないだろう。 2人で花見など…馬鹿げている。」
「あとな、あれは念仏ではなく題目というのだ。 南無阿弥陀が念仏で、南無妙法蓮華経が題目だ。」
「……知らなかった。 どうでもいいや、そんなこと。」
会話だけなら、どこぞの村人でもやっていそうなものである。
だが、この2人は。 様子がとても呑気な村人ともとれない。
まず、格好が違う。明らかに武士ではないような粗末な着物なのに、若い男は立派な刀を手に持っている。
初老の男も、懐に短刀を眠らせている。
いわゆるならず者と取られてもおかしくない格好だが、単なるならず者かといえば、それも違う。
目付き。雰囲気。歩く姿の一歩一歩が、違う。
わかる者にはわかるだろう、気配というやつである。
そんな彼らが、笠を被った僧の前を通り過ぎた時。
南無妙法蓮華経、が途中でピタリと止まった。
その場の空気が変わる。 それにつられるように、2人も僧の前で足を止めた。
笠の下から、柔らかげな、それでいて低い声が2人に伸びる。
「あなた方」
「………殺生を、しましたね。」
やはり、わかる者にはわかるのだ。
依然として止まったままの空気を、若い男の声が裂く。
「そうだよ」
黙ったままの僧に、言葉を継ぐ。
「説法は勘弁してくれよ、聖殿。僕達は必要だからそうしたんだ。 仕事でもあるんだ。」
「それより」
と、初老の男が彼をさえぎる。
「なぜ我らが殺生をしたと?」
疑うような、探るような目で僧を見下ろす。
「それはもちろん」
と言って僧が指差したのは、裏に血がついたわらじだった。
若い男は、血の足跡を付けて歩いていたのだ。
「おっと、これは恥ずかしい。」
若い男は笑う。
その笑顔を見咎めるように、僧は言葉を重ねる。
「……あなたは明るく話しますね。」
その下には、(人殺しをした帰りなのに、)という、責めるようなニュアンスが秘められている。
だが、彼はそんなことに気付きもしなかった。
どうも、と言っただけで、わらじを脱ごうともせず、さっさと歩こうとする。
その後ろ姿を、僧は何も言わず見つめていた。
その視線には、呆れ、哀れみ、悲しみ、様々な感情が入り組んでいることだろう。
しかし、この若い男、水原義道は、振り返らずに歩いていく。
血の足跡を残しながら。