27歳の私に魔法少女のオファーがきたのだが
「おはよう! 美咲ぃ、おはよぉーー! 朝だぞー!」
う、うるさい・・・。日曜日だってのになんでお母さんは起こしにきたのだろう。
目をゆっくり開け顔を向けてみると、
そこには猫っぽい生き物が二本足で立っていた。
「おはよう、美咲。僕はジローだよ。」
「いやぁあああああああああああ」
私は取り乱した。かなり取り乱した。だってお母さん起こしに来たと思ってたら、たまにスコーンとか焼いてくれる優しい優しいお母さんが起こしに来たんだと思ってたら、
ニャン公がつっ立ってるんだよ? そりゃあびびります。
「――あのぉ」
「何よ化け猫。」
「ジローだよ。というか、もう落ち着いたの?」
「適応力には自信ありまして。アジャストの美咲とはアタイのことよ!」
「いや、知らないよ、そんな異名!」
目を丸くしてツッコむ猫。表情豊かでなかなか可愛く見えてきたような気がしないでもない。
「ねぇ美咲、実はお願いがあってここに来たんだ。」
「何よ化け猫。」
「ジローだって。あのね――」
珍獣からのお願いか。まぁ聞いてやろうではないか。
「――魔法少女になってもらいたいんだ!」
「ちょっと意味わかりませんね。」
「だ~か~ら~、美咲が魔法少女になってくれたらなって!」
「それっていうとあれかい? 変身してステッキ振って悪者退治しろってのかい?」
「なんで江戸っ子調なんだよ!もう!」
このニャン公、ツッコミはまぁまぁできるタイプらしい。
「――で、やってくれるかな?」
「あー無理。」即答した。
「えー、なんでー。いいじゃんいいじゃん。別に変なことしないからさー。オレらと遊ぼうよー。」
「ナンパみたいに言われても無理ですわ。」
「お願いしますよー。1ヶ月だけでもいいんで!洗剤も付けますから!」
「新聞の勧誘かよっ。」
「で? やってくれる? YESかOKで答えてねっ。」
「選択肢ひとつじゃない!? NOだよNO!」
なんだなんだこの猫野郎、今度はボケモードなのか。
しかも何? 右手(というか右前足?)で左の二の腕のあたりをぽんぽんって叩いている。
腕あるだろ?的な? いや、そうでもないだろ。ドヤ顔しやがって!
まぁ確かに? ニャンコロにしてはボケもツッコミも評価できますけどね?
しかーし、私はお笑い激戦区と言われる人間界で揉まれているのよ!
格の違いを思い知らせてあげるわっ!
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「ばみゅーーん!!」
両手両足をくねくねさせながら渾身の変顔!
眉をへの字に。右目は上、左目は下を向く。舌先を鼻に伸ばし、髪を爆発させる!
恐れ入ったか! これが人間の力だ!
「で、魔法少女ってね――」
スルーされたー!はい、私の完敗!
「――時間戻すことできる可能性あるよ?」
「うるさいよ!すべったことくらい受け止めるわよ!」
正直言うとこの短時間でのこいつとの会話で、信頼関係は築けたように思っている。
魔法少女になって欲しいという願いに応えることもやぶさかではない。
が、しかし、応えられない。
応えたくない、ではなく――
応えられない。
「ねぇ、ジロー。」
「やっと名前呼んでくれたね。なんだい美咲。」
「私ね、27歳だよっ! きゃぴっ!」
どうやらフリーズしたようだ。
さっきまで会話していたのは何かの勘違いで、実はさっきからずっと私の目の前にあったのはぬいぐるみだったんじゃないかと思えるくらい微動だにしない。
「――――ん、えーと、あれ? 実家で暮らしてるし、普通に学生かと・・・。しばらく結婚しそうなオーラを微塵も感じなかったし、普通に学生かと・・・」
ぶつぶつとディスり始めた。
「ジローごめんね。」
「うるさい。気安く名前呼ぶなよ。」
なんか態度変わった!せっかく打ち解けたと思ったのに!
ある男が友達に女の子のプリントシール見せてもらって、うわっこの娘可愛いなぁ、紹介してよってなって。
そしてメルアドを友達経由で手に入れその娘にウキウキ気分でグイグイ攻めたメールを送るものの、
実際会ってみたら写真と全然違ってて、ごめん俺用事思い出したって帰っちゃう的な態度の変わりようだよ!
しかし仕方ないのかもしれない。
ジローは所詮、私のことなど魔法少女候補としかみていなかったのだろう。
「うーん・・・」
何か考えるような顔つきで唸るジロー。
早く帰れ。スカウトニャンめ!
「そうか・・! その手があったか!!」
ジローは左の手のひらを右手の拳でぽんと叩きながら顔をあげた。
諦めてなかったの?何か考えが?なんだろう・・・
まさか!!?
さっき魔法で時間戻せるかも、なんて言ってたから
もしかしてもしかしてもしかして!
私を若返らせて正真正銘の少女にしちゃうとか!?
あ、う~ん、でもなー。別に若い方が良いとか思わないし?
今の私なんて大人の魅力にあふれてますからねぇ。
もし若返ちゃったら、若い男の子達が私に群がって争奪戦になるのは確実!や~ん!
でもーー!私ってぇー、若くてピチピチで純粋な男の子なんて全然興味ないしぃー。
青春時代をやり直したいなんて微塵も思ってないしぃ~?
はっきり言って少女になるなんて嫌よ?本当に無理。全然無理。
いやー、まぁでもねぇ。この猫ともなんだかんだここまで友情を育んできたわけだしね?
断ったら可哀想よねー。うん、可愛そうよ。人助けよこれは。猫助け!
若返ってもメリットは皆無、むしろデメリットだらけと言ってもいいくらいだけど、
でもまぁ猫を助けるためよー。情に深いこの私が一肌脱ぎます!
「美咲、改めてお願いがあるんだ!」
「はっ、はいぃ!」
私は唾を飲み込んだ。栄光の瞬間は目の前まで来ている!
あ、いや、別に若返りたくないけどね。
「魔法女性になって欲しいんだ!」
うそーーーん。
私の年齢を変えるんじゃないんだ。そっちを変えるんだ。
「魔法女性って言葉初めて聞きましたが。」
「魔法を使う女性だねっ!」
「いや、あのね? 魔法でその――」
「なに?」
「――だからさぁ~、ほら、魔法で若返らせて魔法少女になればいいじゃない。魔法少女!って響きのほうが何かと良いんじゃなないかなぁと。」
「フッ、若返りたいんだ?」
鼻で笑いやがったぞコイツ。
「――でも無理だよ。」
「でもさっき時間戻せるようなこと言ってたよね!?」
絶対言ってた。間違いなく言ってた!そこを私は強く主張します!
「あー、あれ嘘だねー。」
クソが。
「ねぇ美咲、とりあえず変身してみようよ。あんまり乗り気じゃないみたいだけど、やるかやらないかはそれから決めてもいいよ。」
何を言い出すかと思えば変身しろですって?27歳のままで?
「自分で言いたくはないけど、この年齢で魔法少女の格好になるのはキツい気が・・・。」
「大丈夫!きっと似合うよ!さぁ、このステッキを振りながらマジックチェンジと叫ぶんだ!」
仕方ない。魔法少女(魔法女性)に変身する機会など二度とないだろうし、
何かの記念だと思って1回やってみよう!
それに変身してみたら本当に似合っちゃっうかもしれないし。
似合い過ぎて本当の少女に見えちゃうかもしれない!!
「ステッキはチャーシューメンのリズムで振るといいよ。チャーで振り上げてシューでタメて、メンで正面に向かって振り下ろすんだ。」
「なるほど、コツがいるのね。四川風坦々麺のリズムね!」
「どんなリズムだよ! マジメに!!」
さぁ、いくわよ!
「マジックチェーンジ!」
「アハハハハハwwwwwww 美咲ぃ、全然似合ってないよwwwwwwwwwwwwww」
この直後、私は猫の妖怪をマジカル正拳突きで退治しました。