置き換え前②
とある事件――善逸が襲われて、愈史郎が隊士達を傷付けた事件の三日後――愈史郎は岩柱・悲鳴嶼行冥のおかしな鎖で縛り上げられ、産屋敷邸に連行された。
珠世も同じく連行されたが、珠世は自分の意志でついてきていて、拘束されていない。
そうでなければ愈史郎は暴れていただろう。
『少し前に来たばかりだな、意外と近いのか?』と愈史郎はどうでも良い事を考えた。
――通されたのは以前と違う大広間だった。
そこには輝哉と、妻のあまね、輝利哉、それに男女が並んでいる。男女は柱だろう。
愈史郎は畳に転がされた。
『こいつがその鬼かぁ?』
愈史郎の髪を掴んで言ったのは、理性も知性もなさそうな傷だらけの男だった。
『何だぁ?地味で小っせえ鬼だな』
覗き込んで言ったのは、上背のある、目元に気色悪い化粧をした男だった。
その他の柱は静観している。
『……行冥、乱暴にしてはいけないと言ったのに』
あまねの説明を聞き、輝哉が言った。
『お館様。しかし抵抗するそぶりを見せました』
岩柱が頭を垂れて言った。
『それはお前がいきなり屋敷を壊したからだろう!この阿呆が』
愈史郎は言った。この大男は壁を壊して入って来たのだ。善逸も何事かと臨戦体勢を取った。その後で岩柱と分かり、うろたえていた。
岩柱は善逸も連れて行きたがったが、珠世が進み出て止めた。善逸は留守番と修繕を申しつけられている。
『屋敷の場所の特定ができなかった故。やむを得ず破壊した』
岩柱の言葉にそれなら仕方無いという空気が流れた。
『それなら仕方無いね。ではひとまず、拘束を解いてみよう』
輝哉が言うと、お館様!という抗議の声が飛び交った。
『別に暴れたりはしない』
愈史郎は呆れて言った。そろいも揃ってって阿呆ばかりだと思った。
冨岡は無表情だし、胡蝶はおかしな形に口をゆがめている。
鎖が解かれ、愈史郎は起き上がって正座した。
『何の用だ。珠世様は寛いでいらっしゃった。それを邪魔したのは許さない』
愈史郎は珠世の煎れた紅茶が冷める、と思った。善逸だけであの壁を直せるのだろうかとも考えた。
『用件は、先日、君が隊士を傷付けた件について。――なのだけど』
輝哉が言った。
曰く、その件については隊士達の自業自得という事もあり、不問になる予定だった。しかし、人を傷付ける鬼は危ない。処分すべきだと、柱達が主張した。
輝哉がそれなら一度本人を見て見るといい、と言ったので、岩柱達が勘違いし、すぐに連れて来た。
特に胡蝶しのぶが、なら連れてくればいいじゃないですか、と勧めたという。
『……帰りましょう、珠世様』
愈史郎は言った。
『待って下さい、愈史郎さん』
引き留めたのはしのぶだった。
『今回の貴方の行動で、我妻隊士の立場がずいぶん悪くなっています。処罰した隊士達の育手から抗議の文も届いていますし。育手は罷免の予定ですが、我妻隊士は鬼と通じていたとして、鬼殺隊士としての適性を疑われています』
『馬鹿馬鹿しい。適性を疑われるのはあのアホ共だろう。そんなやつらを野放しにしていたお前等の、上役としての適性はどうなる?』
『確かにおっしゃる通り、面目次第も無いのですが、やはり過剰防衛ではないかと』
しのぶが言った。
『ならどうしろと?殺してやろうと思ったが手加減した。今は加減したことを後悔している。殺しておくべきだった』
愈史郎は言った。鬼殺隊は思った以上に馬鹿の集まりだった。罵詈雑言でも吐くかと思って口を開けたとき、絶妙の間で、珠世が愈史郎を窘めた。
『愈史郎、そんな事を言ってはなりません』
『……』
愈史郎は眉根を寄せたまま口をつぐんだ。
『とにかく、我妻の適性を疑うのはお門違いだ』
『ですが、鬼と知り合いというのは不味い』
しのぶが言った。
『なぜ不味い?禰豆子も鬼だ』
『……その件でも、我妻隊士には指摘が出ています』
『どうせ阿呆の指摘だろう』
善逸が狙われた理由が『炭治郎や禰豆子と親しくしていたから』なのだから、そういう輩が五月蠅いのだろう。
『竈門に手を出せないから、我妻に手を出す。馬鹿の発想だ。……お前達は手紙の事を産屋敷から聞いていないのか?』
愈史郎はあえて言った。
愈史郎は珠世がしたためた文に、自身の文も添えていた。
三日前のことだし、行き渡っていないのかも知れない。あるいは保留になっているか。
『手紙とは?』
しのぶが言った。
『三日前に珠世様がお出しになった手紙だ。それとも届いていないのか?』
言って、愈史郎は輝哉を見た。
『確かに届いているよ。あまねに読んで貰った』
輝哉が言って微笑んだ。
『――産屋敷さん、その件について、今ここで、お返事を頂けないでしょうか?』
珠世が言った。
『こちらの条件を全て呑んで頂けるなら、文に書いた通り、炎麻草の在処と、『人を鬼にする薬』についてお話しします』