置き換え前①
愈史郎と珠世が冨岡に助けられてから数日経った、ある夜。
――愈史郎と珠世は冨岡の案内で、産屋敷邸を訪れた。
もちろん隠に囲われての移動だ。移動はひたすら不快だった。珠世が我慢しなさいというので、愈史郎は我慢した。珠世に触れていたのは女性の隠だったが、それでも本当に不快だった。
勿論、風呂敷包みは手放さない。愈史郎がしっかり持っていた。
『――わざわざ呼びつけて申し訳無い』
そうして産屋敷邸の奥座敷で、珠世と愈史郎は、産屋敷輝哉と対面した。
――柱である冨岡が退出する。気配は部屋の外にあった。会話も聞こえるだろう。
輝哉はまず、妻のあまねと、息子の輝利哉を紹介した。
『ご託はいい。それで、珠世様に何の用だ?』
愈史郎は言った。
輝哉との会話は主に愈史郎が行った。これはあらかじめ決めていたことだった。
最も、愈史郎がそう主張したのだが。
『その風呂敷の中身を譲って頂けないだろうか』
輝哉が言った。
『中身が何か分かるのか?』
産屋敷の総領は『先見の明』という予見のような力を持っている。
それがどの程度の物かは愈史郎にも珠世にも分からなかったが、冨岡を差し向らける程度には正確な物らしい。
輝哉は首を振った。
『分からない。先見の明があるといっても、全て分かるわけではないからね。ただ、それはとても重要な物のようだ』
『珠世様。風呂敷を解いても良いでしょうか?』
愈史郎は珠世を見た。
『ええ。――産屋敷さん、これは黒色の月下美人です』
珠世は輝哉に言った。これは盲目なので説明しただけだ。
愈史郎は包みを解いた。
『黒い花が五つ。確かに月下美人に見えます。みずみずしく、枯れてはいません。それと書き付けが三枚』
あまねが中身を説明する。
珠世が書き付けの内容を説明した。
『これは毒ですが、ある植物と合わせると、薬になるそうです。具体的には血鬼術を強化できると――だから鬼は探していたのです。これを渡して来た鬼は、蛭沼と名乗り、息絶えました。蛭沼はこれを藤美という鬼に届けて欲しいと。死因は毒のようでした。私と愈史郎は言われた場所を探しましたが、それらしい鬼はいませんでした。この書き付けにはその薬の製法と、必要な植物の特徴が書かれています』
珠世が言った。
愈史郎は風呂敷を畳んで元に戻した。
『俺達の望んでいる物が分かるか、分かるならこれはやる。分からないなら諦めろ』
愈史郎は言った。
輝哉が微笑んだ。
『……なるほど。それなら分かるよ』
『それは予測か?先見の明か?』
愈史郎は尋ねた。
『どちらでもないね。貴方がたは、私達と手を組むつもりでいる。そう感じるよ。条件つきだろうけど……あっているかな?』
輝哉が言った。
珠世が目を伏せた。
『ええ。ご明察です。……確かに、目的は近い。しかし、相容れぬ者同士です』
『いくらでもだまし討ちに出来る。お互いにな』
愈史郎は言った。
『それでいいなら。これはやる。研究については珠世様のご意見を尊重しろ』
――そうして、割合すんなりと協力関係となった。