第3話 襲い来る美女魔法使い軍団!だが俺は屋根を伝って逃げるぜ~(完)
「にゃぁ!ごちそう様にゃん!」
俺はボルシチのような中世風の食事を終え、木のテーブルにスプーンを置いた。
とても美味しかったにゃーご☆
「にゃん様、お口にソースが…」「にゃ?」
クルールが俺の口元をハンカチ?のような物で拭いた。
「にゃー、恥ずかしいにゃん」
「ふふ」
彼女はクルール。
さっき街の広場で出会い、俺と感動的なセッションをした、ここ『ペレットの街』の住人だ。
食事中に聞いた話では、彼女はほぼ毎日お昼にあの広場でライブを開催しているらしい…。
彼女の家…ここは宿屋で、彼女の両親が営んでいる。
つまりクルールは宿屋の一人娘だ。
両親は先に食事を終え、今は仕事中。俺はさっき会って、二階に上がる前に軽く挨拶をした。
広場で歌っているクルールは、いつも遅れて食事を取るそうだ。
「クルール、にゃん様に靴買って来たよ」
と、クルールのお母さんが入って来た。
「ありがとう。お母さん。ごめんね、ニャン様、やっぱり男の子だったのね。サイズが一緒くらいだったから…」
俺がまさか女だと思われていたとは。あり得ないな。
ステキとか言われた気もするが…いや、クルールの趣味がそっちと言う事は無いはずだ…。
クルールのお母さんは、クルールにそっくりで美人だった。
四十?歳くらいか?
「はい、どうかしら?クルールと一緒の大きさってこれくらいよね」
「にゃん、俺、お金…無いにゃん」
「あ、そんなのいいのよ。恩人なんだから。ほら今日は、クルールとたくさん稼いでくれたお礼?靴下もあるから…良かったら履いてみて」
「にゃー、にゃー…ぅ」
俺は椅子に座って、言われるがままにやぶれた靴下を脱いで、意外と出来の良い中世靴下を履き、靴を履いた。そして試しに少し歩いてみた。
薄茶色の、短い、革の編み上げブーツだにゃん。履き心地はいいにゃん!
「気に入ったにゃん!ぴったりニャ!」「良かったわ!」
「あら、お似合いです!そうだ、お母さん、お兄さんの服、差し上げても良いかしら?この格好だと…」
「そうね、さすがに取っておいても使わないし…。あ、それにしても、異世界って本当にあるのね…―、あら。そうよ!あなたがクルールのメシア様?」
「あ、違います、…ニャン」
俺は控えめに否定した。
…クルールのお母さん相手だと、キッパリ否定できないニャン。
お母さん。
「…にゃぁ…、にゃぁ」
そして俺はにゃーにゃーと泣き出した。
俺の母親は、俺が小二の時、俺と愛タンを置いて、親父の他に男作って…。
ある日、出てったきり、帰ってこなかった。
タバコ攻撃が怖かったニャン。
俺は不覚にも、その最低な母親を思い出してしまったのだニャン。
「にゃー…」
涙が止まらないニャン。こんな優しい母親が欲しかったニャン。
なぜか俺は頭をナデナデされた。
「ど、どうしたの?よしよし、泣かないのよー」
ねにゃんねねゃんねや~ん♪
ねにゃんねねゃんねや~ん♪
「あ、これが電話です。ちょっと待ってて」
俺は涙をぬぐって携帯に出た。
「―愛タン!!元気だったかニャン!?」
『…あら、通じるの??』
「なんだ叔母さんか。何か用?愛ちゃん元気?」
『今どこにいるの?』
「だからここはメールした異世界だって。ペレットの街。電池切れると不味いから、あ、通夜と葬式はちょっと出られないゴメン…。先に愛タンと代わって?」
『にゃんお兄ちゃん…』
「愛タン、わるいのにゃ…、お葬式、良い子に出来るかにゃ?」
『おっけ、だにゃん』
―愛タン!!
「愛タン…、お兄ちゃんは、すぐ帰るニャン!!」
『早く帰ってきてね!あっおじさんが、お父さんになってくれるって――おばさんと代わるね』
「にゃ。――マジ?嘘…!」
『ええ、本当よ、今まで――』
「にゃ?」
電波が悪い様子だニャン。
ぶつ。
いきなり携帯が切れた。
「にゃー!?電池切れ!?」
俺はすぐに確認した…まだ86%残ってるニャン!?
これはどうやら電波障害のようだ。
「にゃー、良かったニャン。きっと、また通じる…ニャン?」
俺が振り返ると、クルール達が号泣していた。
…うっかりスピーカーボタン押してたにゃー。
「ぐすっ…にゃん様、私と王都へ行きましょう!!お連れします!お母さん良いわよね!?」
クルールが言った。
「ぐすっ、ええ。寂しいけど、可愛いから、家にずっといてくれれば良いと思ったけど…早く帰ってあげて…!コレも持って行って!」
そうしてあっと言う間に俺は、ニャンニャンガルドの王都、マタタビに行くことになったにゃん。
魔法関係のことは大概、女王ラフィーネ様がお自ら何とかしてくれるらしいニャン!
よい支配者だにゃん!
「にゃぁ」「さあ、行きましょう」
俺とクルールは旅立つ。その前に。
俺はお辞儀した。
「クルールのお母さん、お兄さんにありがとうって伝えて下さい。また服、返しに来ます」
「―、そうね、ええ、また、遊びに来てね」
クルールが、俺の手を引いた。
「じゃあ。…行きましょうか」
「にゃあ??」
クルール、ちょっと泣いてるニャン?
街中、かなり進んで、広場まで来た。そう言えば、街の人はみんな木靴を履いてるニャン?ブーツは珍しいニャ。
クルールも、今は履き替えて革の長い編み上げブーツ。きっと旅用なのかニャン?
「さあ!ここから王都までは、だいたい50パスです」
「うにゃ?パス??」
新しい単位だ。距離の単位かニャ??
…銅貨と銀貨の単位は『ゼイラ』だったニャン。その上に『グラン』
グランは金貨のみの単位で、金貨1グラン=銀貨50枚。
銀貨一枚は70ゼイラ…つまり銅貨70枚分。
そう決まっているらしい。
ええと看板に出てた、クルールの宿が1泊夕食つきで、180ゼイラだったな。
それ以外は一階で食べるごとに支払い。支払いは銀貨と銅貨、混ぜて良いらしい。
丁度会計中の客がいたが、魔法天秤という物があって、そこに適当にザラザラ置いたら、目盛りで計算出来てたニャン…。すごい魔法世界だにゃん。
1ゼイラで、グラスワイン、あるいは味の薄い、安価なピンク色のお茶がティーカップに一杯分飲める。100円じゃグラスワインは飲めない??だがあのお茶は麦茶みたいな味だった。となると150円~200円くらいか?
うーん、物価がよく分からないな。
10ゼイラで、少し贅沢な美味しいお休みの外食。
1ゼイラ200円で、外食が2000円だと高いな…せいぜい1500円くらいか?
いや、ピンクの麦茶がカップ一杯だと…やっぱりもっと安い?120円?
1ゼイラ=120~150円…多分そのくらいかにゃ??
…もう、150円で良いな。よし、これからそれで計算しよう。
金貨1グラン=銀貨50枚。と言う事は、金貨1枚で50万円くらいか…。
あとこれはまだよく分からないけど『ゼイラ』の下に、小銭的な紙幣『パル』という物があるらしい。
この国では、紙幣より貨幣の方が価値が高いらしいにゃーご…。
「どうしました?いきなり携帯をいじり出して?あっ、人にぶつかりますよ」
俺はチートスキルで華麗に衝突を回避した。
「おっと!…電卓機能だニャン。王都まで具体的にどのくらい時間がかかるニャン?泊まりになるニャンか?だったら急ぎたいニャン」
このペレットの街は、中々大きい。
俺達は色々な街人とすれ違いながら、まだ続く街の中心街を歩く。
多分ここが一番の大通りニャン。けどこの一本奥もなかなか賑わっている通りみたいだニャ。
さっきのぞいたら働いてる人がいたニャン。逞しい男の人がお鍋を直してたニャ…。
進む方向の右手に、さっきから教会みたいな?白くて高い塔が見えるにゃー。
あと五、六分くらいでそこまで行けそうかな。
その塔のてっぺんには金色の大きな鐘がある。この街の建物の屋根はだいたい青だが、たまに赤とかもある。さらにたまに、黄色もある…。時々見る立派な建物、その壁は白い石材。クルールの宿屋はクリーム色、あるいは灰色ぽい石…。多分クルールの家は、結構良い宿だな。
他の建物やお店、おそらく民家?は、だいたい木造だった。枠のような感じに木の柱が通り、斜交いがあり、赤茶色い漆喰で壁が塗ってある。この辺りの中心街は特にスイスっぽいニャ。
クルールの宿のあたりは、もっと簡単な木造住宅も沢山あったニャン。けどこの街は、おおむね立派という印象だ…。
にゃー。この世界は、中々文明が発達してるみたいだにゃーご。
「いえ、3ニャンゴク掛からないくらいです。今から出発すれば、よほどゆっくり歩いても、日が暮れるまでには、城門をくぐれます。魔法守護街道1号を通って、癒やしの丘を越えたら、ニャンニャンガルド城が見えますよ」
「にゃ?!近いニャ!!」
これは、王都のとなり街だにゃん!
そうか。だからこんなに栄えてるのか…。
クルールは笑った。
「ええ。私もお城に勤めてる友達がいて。良くお城に遊びに行くんです。サム達はお城の魔法楽団員です。あ、お見舞いは――またで良いわね。私…いつか、お城の魔法楽団員になりたいなって思ってるんですけど…、けど、庶民ですから、貴族音楽学校には入れません…。あ!魔法アイテム…『ニャンレッタ』『ニャンスレット』『ニャンクレス』とかがあれば、庶民でも魔法は使えますが、とても『魔法スプレー』が高価で」
彼女は頰を少し赤らめながら、楽しそうに話すにゃ。
俺も色々聞けて楽しい。
「魔法スプレー??」
「ええ。魔法スプレーは液体状で、ほのかに良い匂いがします、庶民は魔法アイテムに吹きかけて使うんです。時間が経つと効力が消えます」
「にゃ!?」
クルール曰く。庶民にとっての魔法とは、そういう香水みたいな物らしい。
だが貴族や王族は、普通に魔法を使える。
つまり貴族や王族が、魔法スプレーを作っている。
クルールの猫の髪かざりは、ニャンレッタの一種で、スプレーが無いので今は魔法が使えない…。
「舞台用の魔法スプレーをニャンレッタにかけて歌うと、光がぱぁあーーと広がって!綺麗ですよ。また見せてあげたいですが…やっぱり高いですね!歌い手用の舞台効果スプレーは一本、1グランです。天秤用のとか、他はそうでも無いんですけど…やっぱり高いかな。…貴族に生まれたかったですが、けど、今でも十分です…」
クルールが苦笑した。
「…あの、その、こうしてにゃん様にお会いできたし…」
「にゃー、応援するにゃん!またいつかセッションしたいニャン」
俺は言った。
――その時。
ニャゴーン、にゃりごーん、にゃんからかーん!!
白い塔の鐘が鳴った。
「あら――?」
クルールが見上げる。
ざわ、さばっ、と音がした。
幾つもの影が、周囲の屋根からバサッと降りてきた。
それは人だった。
女性!?
俺達はあっと言う間に囲まれた。
「――そこの美しい街人、その子猫ぎみからはなれたまえ!」
ハタチくらい。イチゴのような赤い長いストレートヘア、深緑色の、切れ長の目をしたDカップくらいの程良い胸を持つ美人がそう言った。
防御力ゼロっぽい、胸の露出した青い格好をし、スカートの下は白いズボン、スカートだけは緑色で金の縁取りがついた派手なスカート。緑のブーツ。青いマントを羽織っている。
胸元には赤い鎧?みたいなアーマー?つまり結構派手だ。
周囲の女性達も同じような格好だが、Dカップくらいの人は、胸のねこ装飾が豪華だ。
「おお!メリス様だ!」「きゃー!魔法戦士団よ!」
「メリス隊長すてき!」
周囲が沸き立つ。
「にゃ?子猫ぎみって、俺の事かにゃん?」
俺は言った。
「そうだ。ある方の命令により、お前を今から捕縛する」
メリスは言った。
「にゃっ!?」
捕縛とは、穏やかじゃない。
「待って、恐れながら、メリス様!」
クルールが進み出る。
「なんだ?」
「あの、この方は…今、丁度お城へ行くところなんですが…」
おずおずと、彼女は俺を庇う様に立つ。
「何?城に。――、それは…どうする??」
メリスが右の部下を見た。緑の髪、黒い目。ツインテールの女性だ。
「そうですね。メリス様、それは捕まえてから考えましょう!!」
「さぁ。可愛いねーこっちおいで!」「いやんステキ!」
手が伸びてくる。その数、メリスを入れてちょうど五人。
その後ろにまだ五人。
「ひぃぃ!怖いにゃー!!」
俺は思わず後ずさった。
捕まったら、どうなるか…分からない!
「ダメです!せめて、理由を――」
「ん理由?えっと。…どうする?シルヴィ」
メリスがまたさっきの緑髪ツインテの部下を見た。
「うーんそうですね。メリス様。ここは伏せておきましょう!」
シルヴィが言った。
「メリスの妹がって、私的すぎだもんな」
隣にいた、黒髪の、ぱっつんロングの女性が言った。
「こら、ローラ!ダメでしょう」「おっと悪い…」
黒髪のローラは、金髪真ん中分けの女性に叱られた。
「あの、この方は、実はいせ――あら???」
クルールが俺を見た時には、俺はすでに屋根を走っていた。
メリスと、シルヴィ、ローラ、あとだれか金髪を残し――。
俺は咄嗟に樽を踏み台にし壁によじ登ったのだ。
そして屋根の上を必死に走る!
「うゎあああにゃなにゃにゃ!!???」
――何で逃げちゃったんだ!?
今のは逃げる状況では無いと思うが――?
もっと話せば何か、捕縛されそうな理由が分かりそうだったが。
「うわぁあああにゃぁああ!」
俺はひたすら逃げていた。
そのうちに、追っ手が屋根をピョンピョンと高速で飛び走り来た。
つか、飛んでるやつもいるし!!?
何なんだこいつ等!?
「にゃぁあぁあああぁああ!怖いニャン!!!」
「シルヴィ、あの子猫ぎみ!何で逃げるんだ!?」「さあ」
メリスが赤い髪を風になびかせ、飛んで追ってくる。隣のシルヴィがジャンプしながら返事する。きゃぁ。とスカートがなびいた街人女性が驚く。
「にゃぁあぁあああぁああ!怖いニャン!!!」
俺は屋根の上をひたすら走る。そして俺は気が付いた。
戦闘時、逃げ成功率100パ。
にゃんだそれ!!?
―――逃走本能か!?
「にゃぁああ!!!」
俺はとにかく逃げた。
「にゃぁああ!!!」「いたぞ!」
「にゃぁああ!!!」「こっちに」
「にゃぁああ!!!」「すばやい!」
「にゃぁああ!!?」「おいでー」
「にゃぁああ!!!」「ああもうっ」
「にゃぁああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
そして。
「にゃーーー?そしてここは…どこニャ?」
…俺は街のどっかで、迷子になった。