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9話『歓迎会、なんだよな?』

 薄暗い部屋に男がいた。

 長く垂れた前髪は目元を覆い隠し、その奥にある瞳の色を悟らせない。


 彼はずっとカタカタとキーボードを叩いていた。そのキーボードはただのアルファベットではなく、不可解な記号が両手の広がる範囲一杯に広がっている。おそらくその数、数百個。

 彼は一人で両手を軽やかに動かしながらそのキーボードを凄まじい速さで叩いていた。


「………………ッチ」


 光源は彼の全面に広がっている画面のみ。

 だからだろうか、男は複数ある画面のうち、右上の画面に映る文字がうまく見えずに知らず知らずに舌打ちをしていた。

 が、当然そんなものは慣れたもの。

 カタタッと瞬時にキーボードを打つことで文字を読める程度に拡大。

 黒いローブを纏った男はキーボードを打つ手を止めると、それを読み始めた。


「……………………なるほど」


 やがて、黒ローブの男は納得したようにそう呟くと、深く椅子にもたれかかった。

 質の良いものなのか、音はほぼしない。


「…………ニィ。やはり……」


 ポツリと呟いた男はしばらく目を瞑り、身体を休めると徐に立ち上がる。

 部屋の広さは膨大だ。追われている身でどうしてこんなにも広い拠点を持てるのかと疑うほどに。

 男はノロノロと画面とは反対方向へと歩く。


 男の向かう先には人が一人入るほどの巨大なビーカー。

 中には緑色の液体が八割ほど入っている。

 そして、その中に【それ】はいた。


 男はビーカーのすぐ側に行くと、そっとビーカーに触れた。

 

「さて、最終調整も出来ているだろう。【起きろ】」


 男がそう呟くと、中にいた【それ】は動き出した。

 【それ】は水中を泳ぐように動き、わざと沈むと底へ足をつけると、一気に跳躍する。

 中の液体は非常に粘着力が高く、【それ】が跳躍により外へ出ても未練がましく足へへばり付いて邪魔をしていたが、勢いに負けてビーカーの中へと戻っていった。


 そして【それ】は男の前へと着地すると同時、跪いた。


「ごしゅじんさま、ごめいれいを」

「次の襲撃場所へ向かう。ついて来い【三号】」

「はい」


 【三号】と呼ばれた少女に見向きもせずそう言った男は歩き出す。

 そして少女もまた、無表情の中に悲壮感を感じさせながら、その後に続いていくのだった。







 ☆











 ワタクシはワタクシが嫌いだ。


 この顔が嫌いだ。前髪が嫌いだ。性格が嫌いだ。思考が嫌いだ。行動が嫌いだ。閃きが嫌いだ。


 そして何より、何も好きになれない自分が嫌いだ。


 モノは見方を変えれば好きにも嫌いにもなれる。


 例えば、重そうな荷物を持ったおばあさんを助けている爽やか系のイケメンがいたとしよう。

 女なら『カッコイイだけじゃなく、優しいなんてキャー!』なんて言ってもてはやすだろう。

 男なら『イケメンでもちゃんと周りに目をかけてるんだな』なんて言って見直したりするだろう。

 もちろんこれらは人それぞれによって感じ方は違うし、中には全く別のことを考える人もいるかもしれない。だが、まあ今は置いておこう。


 そんなほとんどの人が好感触を抱く好青年。

 しかし少しだけカレの内側を想像してみよう。

 カレはどんな意図があってご老人に接触したのか。

 周りからの印象? 自己満足? 金一封を期待して? もしくは周りにグルの人間がいてこの様子を写真なんかに撮らせることで身近なところ、学校なんかでの評判稼ぎ?


 もちろんカレがそんなものを望まず、ただ単にご老人を心配して助けたのかもしれない。

 だがそんなものはほんの僅かな可能性に過ぎない。

 昨今の人間はそんな『善』で生きているわけじゃない。


 ……こんな風にワタクシはモノを肯定的に捉えることが出来ない。

 全てを否定的に捉えてしまう。

 自らの成した事でさえ、何か心の奥底で利益を考えて行ったのではないか、とかんぐってしまう。


 だからワタクシは、そんなワタクシが嫌いだ。




 ――――――




 ――――




 ――





「――しました。ごしゅじんさま」

「……ああ、分かった。ならば引き上げるぞ」


 【三号】から話しかけられてワタクシは現実へと帰ってきた。


 また……またワタクシは益体もないことを考えてしまっていたのか。


 ワタクシは【三号】の報告に、自らのやるべきことを再度確認してから返事を返す。

 もうやるべきことはない。今回の狙いはあの不当で不愉快な裏取引の現場を滅茶苦茶にすることだ。漂ってくる血の匂いから【三号】はしっかりと働いたと見える。ならば後は蛆共が湧いてくる前に撤退するのみ。


 自らの思考に従い、ワタクシは踵を返す。

 しかし、ふとワタクシは足を止め、視線を今回襲った場所へと向けた。

 薄暗いコンテナ。その床に広がる真っ赤な血溜まり。倒れている複数の人影。

 人影は全て何かに切り裂かれたような、鋭い傷を残していた。


「……………………」


 しかしそれを見たワタクシの中に何かが生まれることはなかった。

 ただ、そこにある事実を受け止めるのみ。


「…………?」


 視界の端で【三号】が小さく首を傾げた。相変わらず無表情で愛想の欠片もない。いや、そうしたのはワタクシであるのだから文句など筋違いだ。

 ワタクシは小さく、気付かれない程度に息を吐くと、前を向く。

 そして何も言わずに歩き出した。












 ☆











「か~んげ~い……パァァァァァアアアアアリィィィィィイィイイイイイイ! フゥ! フゥ! イヤァァァァアアアアアッハァァァァァアアアアアアア!!」


 ドンドンパフパフとsuzaku(スザク)が一人で騒ぐ。うるさい、ウザイ、うっとおしい。最悪の三拍子だな。

 なんて思っているとやはりというか、腹に響く重低音が数発轟いた。

 出所はもちろん、龍王子りゅうおうじ皇帝カイザーだ。


「うるさい死ね。今宵は総輪(そうわ)ただしの歓迎祭だと言ったのは貴様だろう。目立ってどうする」


 そう、今夜は俺の歓迎会を開いてくれているのだ。

 切っ掛けは簡単。【対黒ローブ&狼少女会議】が終わった後、suzakuが出現し俺の歓迎会をやろうと言ってくれたのだ。

 それに対して皇帝は『確かにまだ総輪は初日だったな。よし、歓迎会を開く。さっさと準備しろ』と言って俺の歓迎会が開かれた。もうここの決定権は皇帝って決まっちゃってるんだな。まあ仕方ないといえば仕方ないものだが。

 ただ俺の歓迎会なのに俺が一番準備してたってどうよ……なんか虚しい。


 ともあれ、現在学校机を四つ長方形に並べて、各々座っている次第だ。なおsuzakuの席はない。まあ勝手にそこらへんに椅子を持ってきて座っているんだが。


「正君! 改めておめでとうと言わせてもらうね! ここへようこそ! これから君はボク達の仲間であり、友であり、家族だ! たまに殺し合ったり面倒ごとに巻き込みあったりするけど、それらは全部が全部新たな経験であり、自らの財産となるものだよ! つまり、積極的にボク達を巻き込んでね、ってこと!」

「おう! これからよろしく!」


 皇帝がいつものようにぶちギレてどうしようかな~、と思っていると血で真っ赤に染まった、ネグリジェを着た、壊零こぼれ彩禍さいかが話しかけてきてくれた。なんで似合うんだよ……色気出すなよ…………お前本当は女なんじゃ……

 彼の話は俺を確かに歓迎してくれているもので、しかもここでの暮らしを少しばかり教えてくれるものだった。すんごく帰りたい。

 なお、彩禍はそれを言い終えると、とれた左脚をチクチクと縫い合わす作業に戻っていた。『もうこの経験は飽きたんだけどなぁ』なんて言う辺りやはりこれくらいは日常茶飯事なのだろう。


「んだがび、おらがんどんば!」


 失った血を作るためか、歓迎会のためにどこかから持ってきた豚の丸焼きにかじり付く彩禍を横目に、急に立ち上がった蠱毒こどく一人イツヒトへと俺は視線を投げた。

 彼は俺と目を合わせるとズシズシと近付いてきて、そのゴリラそのままな顔をゴリラっぽく歪め、ゴリラゴリラ話しかけてきた。


「あらだんば歓迎しちょばっだんで! おでどんがはん、やぶぁげどんどまいがんべ。んだがん、おべぇもやんばうようけにえんげんだ!」

「お、おう。よろしく」


 俺の前に壁の如く立ちはだかるゴリラ……間違えた、一人イツヒトにプレッシャーを感じながらも俺はなんとか返事を返した。何を言っていたのかはほとんど分からなかったが。

 ともあれ歓迎してるって気持ちは伝わってきた。うん、余はそれで満足じゃ。


 再び自分の席へ戻り、机の上に広がるお菓子へと手を伸ばす一人を眺めていると、不意に銃声が消えた。

 皇帝カイザーへ視線を投げかけてみると彼はちょうど超高速リロード用に袖へ通していた弾倉がなくなったためか、忌々しそうな顔でsuzakuを睨みつけている。

 しかし彼は最後に舌打ちを一つして、すぐにそれをいつもの無表情へと戻すとこちらに向き直って言葉をかけてきた。


「チッ…………教室へ貴様が来たときも言ったが……よく来たな、人類の超越者達の募るこの場所へ。貴様も今日から余達の仲間だ。時に助け合い、時に殺し合うだろう。だがそれらを乗り越え、更なる絆を結ぼうではないか」


 いつもと違う真面目な、ただの傲慢な言葉じゃないことに俺は驚いて口が塞がらない。

 しかもいつもなら両手で眼鏡をクイッてやるところ、今回は片手で、しかもかっこよく上げている。

 どうした……何か悪いものでも食ったか?


「どうした……何か悪いものでも食ったか?」

「死にたいようだな」

「suzaku! 担任だろ! 助けて!」

「おい! やめろ! 私の異能だって完全じゃないんだ! だから私を盾にッ! うぉぉぉぉおおおおおおおお! 避けろぉぉぉぉおおおおおお!」


 命の危機を感じた俺はすぐさま盾となるsuzakuの後ろへ隠れたのだが、俺の予想とは裏腹にsuzakuはマジトーンで拒否の言葉を吐いた。そしてそれと同時、皇帝カイザーの弾丸を受けないために全力で横に跳んだ。もちろん俺も続いた。

 てかsuzakuも命の危機だと流石にふざけないんだな。


「……………………まあいい。さて、歓迎会の続きをやるぞ。早く席に着け」

「…………どの口が言うか」

「死ぬか?」


 自分でこの騒動を巻き起こしておいて、早く席に着け、なんて何様だと思いつい口走ってしまったのだが、皇帝からのとんでもないプレッシャーに負け、自分の席へと電光石火の如く着いた。まだ死にたくはないのだよ。


 それからというもの、歓迎会は静かに続いた。

 そう、静かに、だ。俺らの間に会話はない。あれ? 俺の歓迎会だよな? 何でこんなにも何もないんだ?


 皇帝は紅茶を口に含むと目を閉じ、おそらく紅茶の風味とかそういうのを楽しんでいる。

 彩禍は相変わらず、その風貌に似合わない形相で豚の丸焼きにかじりつき、チクチクと自らの体を縫い合わせている。ちなみに左脚は終わったので残りの右腕を縫っている。

 一人はとにかくお菓子を食っている。トランクス一丁で。

 suzakuはsuzakuで逆に何もしていない。あえて言うなら瞑想をしているのか? 椅子に座って目を瞑っている。


 ……………………うん、そうだな。こいつらに向こう流の歓迎会をやれるわけがない。ま、俺はこれでも楽しいし、好きだけどね。


 そう再認識した俺は、つい笑みになりお菓子を頬張った。

 その時だった。


「……あ、そうじゃんそうじゃん。トゥモローはユーとゼイでファイトでカモン!」


 suzakuが思い出したように目を見開くと俺と俺以外を指差しながらそう言った。

 ぶっちゃけ何を言っているのか分からん。日本語話せと言いたい。


「ごめん、分からん。日本語を話せ」

「オゥ! とうとう正君にも敬語をやめられたよ! しかも言いたいことを言った雰囲気があるぜぃ! う~ん、一皮剥けたねぇ!」


 あ、口に出てたか。まあ、こんな人だし別に敬語はいいか。皆もこんな感じらしいし。

 こちらを見て清清しいほどにウザイサムズアップをキメたsuzakuは、やがて少しだけ真面目な顔で話し始めた。


「うぅ~ん、寂しいね~。ま、何が言いたいかっていうと、異能を理解しといてってことやんねんまんねん」

「つまり?」

「そうやって急かすのは早漏のしょう――ご、ごめん! だからその笑みをやめてくなんはくし! あ~、え~、つまりは彼らと戦って彼らの異能を理解し、自らの異能を発見しておいて、ってことですね、はいです」


 いちいち語尾に変なものがついているが、まあなんとなく理解できた。

 理解出来た…………のだが。


「俺が? 戦う? この化け物達と?」

「イェェェエエエエッス! わー()はそこんおる人外達と戦ってもらう! へっ! ザマァァァァアアアアアア!」

「……マジかよ……」


 最後に落とされた爆弾によって俺はこの夜大いに悩むこととなった。

 なお、suzakuにはしっかりと拳をくれてやった。人って空を飛べるんだな……

















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