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7話『ただの子煩悩』

「……ここがお前ん家?」

「そうだが? 何かおかしい所でもあったか?」


 皇帝カイザーの実家へとまたもヘリにて向かった俺たちは、やたらでかい車に、数十分揺らされてようやく屋敷へと辿り着いた。

 そして放った一言目がさっきのもの。

 だがそれも仕方ないものなのだ。だだっ広い、しかし丁寧に整理された庭に、馬鹿でかくだけど調和のとれた美しい洋館。

 そこからは、ザ・金持ちって雰囲気がありありと見て取れる。

 皇帝カイザーが坊ちゃんなのは、しかも大財閥のだとは、知っていたんだが……実際に見るとまた違うなぁ……


「ん? まあいい、行くぞ」


 俺が屋敷を見上げてアホ面を晒していると、もう要件はないんだなとばかりに皇帝は歩みを進める。

 俺らもそれに続くわけだが……

 俺はチラと横に並ぶ彩禍さいか一人イツヒトを見やる。

 彼らはやはりというか、欠片も緊張などしてないようだった。俺もしてないけどね。


 やっぱ俺ら(・・)って普通じゃないんだろうなぁ。

 そんな俺らを改めて確認すると、自然とこんな思いが浮かんできた。

 自然と、という言葉で分かる通りもうそれは自分の中でも確定してしまっているんだろうなぁ、と思う。

 確かに俺は普通という曖昧な定義に異を唱えることが多い。しかしやはりこのように漠然と、しかし確然とした思考も持っていることを自覚すべきだな。


 屋敷へと入ると先ずはエントランスへと出た。五階建てと思われるものが吹き抜けとなっており、遥か遠い天井にかけられたシャンデリアが一階であるここからでもしっかりとその豪華さを視認できた。

 まあ、取り敢えずここにあるものは全部高価なものだってことでいいだろう。別に興味ないしそんなマジマジと見るものでもない。


 せかせかと前を歩く皇帝カイザーに無言でついていくこと数十分。広いっていうのもそれはそれで大変なものだな……俺は庶民で十分だよ。

 てかいどうやらなんやらでもういい時間だよなぁ。飯、食わせてくれねぇかなぁ。昼くらいから食ってないし……


「着いたぞ」


 取り留めもないことをつらつらと連ねていると、ようやく目的の場所へと辿り着いた。ようやく、だな。

 それにしてもこの間、よく彩禍さいか一人イツヒトは顔色一つ変えることなく入られるなぁ。

 彩禍はずっとその中性的な顔に、可憐な微笑を貼り付けているし、一人はずっと虚空を見つめている。変な奴らだ。


 皇帝カイザーはチラと俺らがちゃんと着いてきていることを確認すると、一歩扉に近付き、ノックする。


皇帝カイザーだ。来てやったぞ」

「…………入れ」


 相変わらずの不遜な態度に、ブレないなぁ、と益体もないことを考えつつ、皇帝カイザーの入っていった室内へと足を踏み入れる。


「…………ッ」


 その瞬間、緊迫した空気をその身に味わった。

 明らかに空気が違う。実際に何か気体が混ざっているとかいうわけじゃない。これはプレッシャーだ。


 流石は大財閥の長。

 俺は瞳を、奥の社長机に座る白髪の人物へと向ける。


 剛健質実といった言葉が似合うまさに堅物。


 第一印象はこれだ。

 さて、そんな彼からはどんな言葉が飛び出てくるのやら……面倒ごとの臭いしかしねぇよ……


 部屋へ全員入ると扉の横で待機していたメイドらしき人物が扉を音もなく閉めた。

 そして、静々とした動作でさりげなく白髪の人物の斜め後ろへと移動した。凄いな、普通の人なら全く気付かないほどに気配が希薄だ。流石、ここにこれるだけのメイドってところか。


 そして沈黙が訪れる。誰もが動かないためか、音すら生じず、無音の中に聞こえる神経の音が耳に響く。

 ……やがて、白髪の人物が口を開いた。


「…………皇帝カイザーよ」

「なんだ? さっさと用件を言え。ないなら帰――」

「まあ待て。そうくな。来たばかりじゃないか。そろそろ夕飯時だろう。一緒にご飯でも食べよう」

「断る。らは忙しいんだ。さっさと用件を言って余らを帰らせろ」


 白髪の人物の提案をばっさりと切り捨てる皇帝カイザー。容赦ねぇな。

 それにもめげずに白髪の人物は声をかけるのだが、俺には分かった、分かってしまった。

 彼が皇帝カイザー――息子に断られるたびに悲しそうな雰囲気を出すのを。

 …………もしかしてあれか? ツンデレ的なサムシング? 本当は一緒に夕飯を食べたいんだけど素直に誘うことは出来ない的な。なにそれめんどくさい。


 俺は未だに二人で言い合いをしてる彼らに若干のため息を吐きつつ、助け舟を出してやった。


「あー、腹減ったなー、昼から食ってねぇし、今すぐ食いてーなー」

「断る」

「人の好意を無駄にしやがって!」


 それの渾身の棒読みに即答で返答した皇帝カイザーはこれ以上余計なことを言うなとばかりに睨んできた。おお、怖い怖い。殺されちゃうよ。……いやマジで。これ以上口出すのやめとこう。


 そんな感じで無駄に時間は過ぎていくのだった。こんなんなら素直に飯食えばいいのに……とは言えないんだよな。クソ。






 なんやかんやで飯にありつけた俺たちは、ガツガツと飯をかっ込みながら白髪の人物――龍王子王我(おうが)の話を聞いていた。

 まあ要約するとこんな感じだ。


『最近龍王子財閥の裏取引である、麻薬売買が何者かに邪魔をされている。

 そして今回は俺たちがそいつらの正体と思わしき人物を追い詰めたことから、その人物の捕縛、もしくは始末をお願いしたい。

 報酬はもちろん出すし、最大限のサポートだって行う。

 他にも裏取引が幾つも潰されているので本当に危急な案件である』


 ザッとこんなもんだ。

 なんてわかりやすく、かつこちらに有利な取引なんだ、と思いかなり警戒したが、特に穴などは見つからなかった。

 期間は相手を捕縛もしくは始末するまでだし、報酬は決めればいい。支援もどの程度いけるのか今探ればいい。

 唯一、相手の強さ、組織性や、始末した後の処理、俺らの世間への露見などが反対材料にあげられるが、強いなら手を引くことも契約にいれ、世間への露見は気をつければいい、となんとかなる。

 …………それが難しいのか。俺の馬鹿野郎。


 ま、どうせ俺が何かを言ったとしても皇帝カイザーが決めちゃうんだろうし、飯を食おう。

 それに王我おうがさんはこんなことを用件と言ってはいるが、皇帝カイザーと話したいというのが本音に思える。皇帝カイザーと話す彼は本当に楽しそうだし、満足気だ。

 皇帝カイザーは少しばかり邪険にしているが、それも気にならないのだろう。


「――――。よし、纏めると『期間は敵の捕縛もしくは始末、または執行困難の報告まで。報酬は余らの臨むものを父上の個人財産の半分で買える分だけ。敵の情報は優先的にこちらへ入ってくる。また、必要ならば百人程度の傭兵の自由行使権を与える。ただし大々的な行動は行わない』。これでいいか?」

「あぁ、それで良い。では、よろしく頼むぞ」


 皇帝カイザーが依頼内容の確認をすれば、王我さんは厳かに頷いた。


「ならばもう用はないな」


 そして、皇帝カイザーはそう言って立ち上がる。

 王我さんが捨てられた犬のような表情で立った皇帝を見上げる。やばい、吹きそう。

 でも俺たちも食い終わったし残る理由はないんだよなぁ……うん、今回は残念だったということで諦めてもらおう。

 そんなわけで、と俺も立ち上がると同じタイミングで彩禍さいか一人イツヒトも立ち上がった。

 王我はしばし何かを言おうと逡巡していたが、ふと諦めたように息を吐き、弱々しい笑みを浮かべる。


「そうだ。用件は終わった。何かあれば私へと電話するといい」

「分かった」


 親子の会話とは思えない短く、簡潔な会話。

 だが俺たちがそれに何かを言うべきではない。

 故にそのまま外へ出ようとする皇帝カイザーに三人揃ってついていく。

 そして皇帝が扉に手をかけた瞬間、皇帝は何かを迷うように一瞬動きを止める。


「…………ふぅ」


 俺はその様子を見て微かなため息を吐いた。こいつも人らしいところがあるじゃないか、と思って。

 全く、人というのは難儀なものだ。自分が正しいと思っていても、誰かに肯定されなければ踏み込めない場所がある。そう、それがあの傲岸不遜な皇帝でも、な。

 だから俺は肯定してやる。

 それしか、出来ないから。


「なぁ、言いたいこと、あるんだろ?」

「………………」

「確かにあんな態度をとっていたくせに、なんて思いもあるかもしれない。だが、言わないと伝わらないこともあるんだぜ」

「………………知った風な口をッ!」

「あぁ、そうだよ。俺は何も知らない。だから俺が言えるのは一般論だけだ。ぶっちゃけ『お前なんかにそんなことを言われたくなんか』ってムカつくよな。俺だってお前の立場だったら思ってる」


 皇帝カイザーはただジッと扉を見たまま俺の言葉に耳を傾ける。


「だけどさ、そんな一般論を言われるだけで意識が変わることもあるって思わない? 俺は思う。俺は自分の中でいつも自分の理論を繰り広げているが、不意に一般論が入ってくることがある。だがそのおかげで俺の考えはまた広がるんだ」


 皇帝カイザーはまだ何も言わない。

 あれ? 聞いてる? ……ちょっと心配になってきたな……


「まあなんていうの? 人の考えをたまに入れてみれば、もっと自分の納得出来る答えが出てくるんじゃないかな? そうすれば今のその迷いも消えて、真っ直ぐ進めるだろ」


 俺の長々とした説教くさい言葉を皇帝は扉を向いたまま黙って聞いている。

 やがて、彼は扉を開いて向こうへ行った。


「……そっか、それがお前の選んだ答えなら、俺は何も言わない。俺はお前を肯定しよう。お前は正しい」


 そして、俺たちも彼に続くように屋敷を後にするのだった。


















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