4話『事件って…………』
自己紹介を終えてしばらく俺らは教室で過ごしていた。
と言っても、転入生にありがちな質問とかは欠片もなかった。彼らにとって他人とは他人であり、興味すら湧かないらしい。なお、先生であるsuzakuはいつの間にか消えていた。職務放棄かよ。クズめ。
そんなわけで俺は教室にある四十余の机の一つに腰掛け、ただボケーっと頭を緩やかに働かせていた。
まあ、いつものことだ。こんなことになったのは何がいけなかったのか、などを考える。いつも結果的には、何も悪くなかったとなるがな。
そんな風に分かりきっている結果について考えること数十分。
唐突に、携帯の着信音が鳴った。
「……爺や、事件か?」
俺がやや上に向けていた視線を下ろすと、薄い板状の携帯を耳に当てる銀髪の青年――皇帝が視界に入った。
彼は開口一番に物騒なことを言い出すと、そのまま幾つかの質問をしていった。
向こうの相手である爺やとやらはスラスラと質問に答えているのか、質疑応答は滑らかに進んでいく。全く、どんなことを話しているのやら。
そしてそんな中、俺は徐に視線を動かしてみる。この世間一般でいう、普通から外れている人達のことが気になっているのだ。俺もそう言われてたように。
にしても、本当に他人に興味がないんだなぁ……
俺は動かした視線の先で思い思いのことを行っている彼らを見てしみじみとそう思った。
一人は机に脚を乗せ、ヤンキーのような格好で漫画を読み、彩禍はナイフで太腿を抉っていた。
まるで共通点のないように見える彼らだが、周りに興味がない、という一点でのみ同じだった。
そんな彼らを見て俺はつい考えてしまう。
きっと彼らは世間という鎖に縛られていた者達だったのだ。いくら自由に動いているように見えても、その実、世間という常識からは逃げられず、自然と行動の制限を受けていた。そしてそんな狭い世界に閉じ込められ、普通と違うという理由で迫害を受けていたのだろう。故に彼らは周りを気にしない。自分の考えというのはこの世で唯一のものであり、尊ばれるものであるために。他人に穢されるなんて以ての外と考えていたために。こんな考えはやはり一般的という檻の中では忌避される考えだ。だが俺はそれが悪いと思わない。先ほども考えたように人の考えることとは、この世で唯一のものなのだから。だから彼らが他人の介入を防ぐために他人への関心を無くしたことだって変なことではない。もちろん他にも選択肢はあっただろうが、これが彼らが選んだものであるならば、何故他人がその選択肢を否定できようか。人生の先輩としてアドバイスするのは分かる。だがそれを押し付けるのは可能性を大いに潰すこととなるだろう。だが、押し付けることが絶対に悪というわけではない。時にはそんな選択も必要だろう。だから――――
「おい、聞け蛆虫共」
俺が思考の海へと深く沈み始めた時、そんな声が俺を地上へと引き上げた。
はっ、と顔を上げればいつの間にか携帯をしまった皇帝が俺の方を向き、ついでとばかりに銃口も向けていた。俺が顔を上げればすぐに横へとそれていったが。
そして銃口は未だに漫画を見ている一人へと向けられる。
「ぶはははは! ごなん主役ば、むがんねぇがんがん。ばがりんどごやんみゃあ」
「…………」
無言の発泡。
弾丸は一人の額へと命中……した?
俺は自分の目を疑った。何故なら皇帝から放たれた弾丸が一人の額で急にエネルギーを失ったように止まっていたからだ。
俺が弾丸が一人の額に命中したと分かったのも、一人の額に弾丸がくっついていたから。
「チッ、やはり欠片も気付いてない、か」
弾がポトリと落ちるのを見た皇帝は眉を寄せ、結果が分かっていたかのようにそう呟くと銃口をやや下に向けた。
その先には一人の持つ漫画。
皇帝は発泡した。
「ぶははは、はぁ?! 皇帝ば、なんじゃらどんかん! うげんばわんどぐっちばん!」
「いつも通り新しいのを用意する。だから静かにしろ」
「どん!」
返事……なのか?
また不思議な現象が起きたが、なんか気にするだけ無駄な気がしてきた。彼らはそういうものなんだ。この世界は広い。こういうのだってありえるさ。
皇帝はチラと彩禍を見て、欠片も気付いていない様を見るとサッサと発泡した。躊躇ねぇな……
「どぅふっ!?」
「聞け」
「りょー……か、い」
まあ撃たれた本人は喜んで……いや、悦んでいるようだし別に気にすることじゃないか。
そして、皇帝は全員の視線が集まったことを確認すると厳かに話し始めた。
「今余の子飼いの者達が面白そうな事件を発見した。いつも通り外にヘリを待たせてある。さぁ、行くぞ」
そう言って皇帝はニヤリと嗤う。
今まで見られなかった彼の仏頂面以外の表情に、俺はなんとも言えない不安を覚えるのだった。
「うおぉ……」
皇帝が不安にさせるような笑みを浮かべながら事件なんて物騒なことを言ってから数分、現在俺達はヘリに乗って移動していた。
メンバーはクラスにいた俺、皇帝、一人、彩禍、そして皇帝の執事である、爺やと呼ばれる御老人。運転は御老人がしている。
窓から外を見てみれば、家々が豆粒……は言い過ぎにしても、とても小さく見える。しかも結構な速さで移動しているのか、景色の流れが速い。
だが、それに対してプロペラ音や、風の音などはびっくりするほど少ない。最先端技術って凄いなぁ、と思う今日この頃である。
「……じゃなくて、今から何処に行くんだ?」
滅多にないヘリに乗るという経験に感動してちょっとはしゃいでいた俺だったが、ふと何故こんなものに乗ることになったのかと当然の疑問を思い出した。むしろなんで今まで忘れていたのか、と不思議なくらいだ。
そしてそんな俺の呟きは、比較的静かであろうヘリの中でしっかりとみんなに届いた筈なのだが……
「ぶはははは!」
「ふぅ、ヘリに乗るという経験は既に何度も味わっているから新鮮味がないなぁ……そうだ! 何故ボクは受け身の姿勢でいるんだ! 新たな出来事を待たなくても自分から新しいものを経験しに行けば退屈なんてしないじゃないか! よぉし、ならまずは外に出てヘリの足にぶら下がってみよう!」
「はてさて、今度の事件はなんだろうか。爺や、余を楽しませる程度の面白みはないと困るぞ」
「……誰も聞いちゃいねぇ……」
いや、薄々感じていたよ? 一人は発砲されても無視だったし、彩禍は変態だし、皇帝は自己中心的だし……本当に誰も俺の話なんて聞かねぇな……
俺は、この数時間で何度ついたか分からない、ため息をつく。
だが何故だろうか、俺の口角が僅かに上がり、心がこうもワクワクするのは。
いや、自分でも分かっている。世間から、同級生から、ご近所から……変人、変態、キチガイ、精神疾患……そう言われ続け碌に人と接してこれなかった俺がこうして少々変なやつらだが――いや、むしろだからこそ――接することが出来ている。それがたまらなく嬉しいのだ。
今は無視されているが、まあこれが彼らなのだから仕方がない。
俺は、誰にも相手にされないことにため息をつきつつ、しかし自分を敬遠しようとはしない彼らに少しばかりの感謝を抱く。
そして、誰も俺の話を聞いていないことに気付いたのか、御老人の声が響いた。
「総輪様、現在はある山道へと向かっています。そこで何者かによる襲撃を受けた者がいるようなので、私達が向かっている次第です」
「ん? どゆこと? なんでそんなことに俺らが行くんだ?」
「坊ちゃんは刺激を追い求める方です。それ故、このような事件に首を突っ込みたがるのです。なお、事件については上手いこと揉み消しているので大丈夫ですよ」
にっこりと、その柔和な表情を優しく歪めた御老人はまさに好々爺という言葉が相応しい。セリフはかなり物騒なのだが。
それより、事件に首を突っ込みたがるとのことだが、命の心配などはしていないのだろうか。もちろんその命とは、自分達の命もそうだし、相手の命、そしてその事件に関わっている人たちの命のことだ。
それに気付いてしまった俺は途端に自分の命の心配をする。いや、それは当たり前のことだろう。人間は、いや生物は自分の生命の存続を第一に行動しているのだから。
「あの、それって安全……」
「はっきり言いまして途轍もなく危険といえます」
「ですよねー」
一縷の望みをかけての確認は食い気味に否定された。まあ事件だしね。刺激のある事件とか危険の臭いしかしねぇよ。
だが考えてみよう。彼らはそんな事件に首を突っ込んでなお生きている。もしかしたら何か生き残る術があるのかもしれない。
となればその場所に着く前に聞いておこう。
そんな思いとともに俺は唯一返答してくれる御老人に質問を投げかけた。
「毎回皇帝達は生き残っていますよね? どうやって――――」
「あんな人間共に殺される理由が見当たらないからだ」
しかし俺の質問はニヤニヤと外を見つめていた皇帝に遮られる。その、窓から外を眺める姿がまたなんとも美しく、クールでなんだか悔しい。
先ほどの言葉の意味は何か、俺が小さく眉を潜めるとそれを察したように御老人が補足説明をしてくれる。
「坊ちゃん達は異能の持ち主です。そして異能所持者は全員異能とは他にどこか人を逸脱した身体能力を得ます。例えばそちらにいる壊零様は人間を超越した自己治癒力を持っています」
なるほ、ど? いや、確かに教室で見た現象は異能とかそんな存在でなければ証明なんて出来やしない。現に撃たれて、弾丸を抉り出していた彩禍の脚は、既に元どおりとなっていたし。軽く流していたけど、流しちゃいけないものだったな。
となると、皇帝、彩禍、一人の三人は皆異能プラス何か人を逸脱した能力を持っているわけで…………おい、俺はどうした。彼らはそれで大丈夫かもしれないが、一般人の俺をそんなところに連れて行ってどうすんだよ。
「大丈夫ですよ。総輪様も彼らと同じ存在なので。逆に言えば、同じ存在だからこそ、ここに呼ばれたとでもいいましょうか」
俺が自分の命の心配をしていることが顔に出ていたのか、御老人が優しげな声音でそう言った。
だが、内容まではわからない。理解が出来ない。
そんな俺の雰囲気を感じ取ったのか、御老人は説明を始める。
「坊ちゃん達はある組織の保護下に入っています。いや、正確には監視下に、でしょうか。先ほど言った通り坊ちゃん達は異能という人ならざる力を持っております。そしてそれは我々ただの人類からしたら途轍もなく強力なもので、もし悪用されたら最悪国が滅ぶことも可能性に入れなければいけません。故に人類の守り手である組織の監視下に入っているのです」
スラスラと定型文を言うように言われた言葉は幾つか引っ掛かる点はあるものの、概ね納得はできるものだった。
ある組織とは? 何故拘束ではなく監視下なのか? 最悪抹殺も考えられないのか?
全て、強力な異能のせい、で片付けられるものだ。
「ある組織とはなんですか?」
だから俺はただの好奇心でそれを聞いた。
「人類の守り手ですよ」
だが御老人はそれを言うだけで、何も情報は与えてくれない。
…………多少は警戒しておくか。
「さて、そろそろ目的地だ。準備しろ」
そして御老人と俺の会話がひと段落したところで皇帝が声をかける。いや、気を遣ったとかそういうのではなく、本当にそろそろなのだろう。彼奴が空気を読むわけがない。
『………………』
それにしても彼らは何をしているのだろうか。
皇帝は、まあ普通にパラシュート的な物を背負っている。ここからスカイダイビングって事自体おかしいと思うけど。パラシュートの意味あるのかな?
そして、問題は一人と彩禍だ。
二人とも特に何もせずに待っている。いや、彩禍は外でヘリの足にぶら下がったりしてるけど。さっきから揺れが酷い。
皇帝の言葉、そして用意からなんとなく飛び降りるというのは分かるんだけど、なら何故二人は何もしていないのか。…………謎だ。
「おい、貴様も用意しろ。死にたいのか。あぁ、死にたいんだな。ならここで殺してやる」
「違う違う違う! 分かったから! すぐに用意するから!」
俺が慌ててそう言うと、皇帝は俺の後ろを指差した。
皇帝はすぐに発砲するからなぁ、と思いながら慌ててパラシュート的な物を取り出し、背負う。
「行くぞ」
俺が背負った瞬間、皇帝がそう言いつつ扉を開けた。
突如舞い込む突風。おぉう……すげぇ……
そして皇帝が扉の淵へ手をかけ、体を外へ乗り出し――
「おい、飛び降りろ」
「アハハ! ここから飛び降りるのは初めての経験だよ! 凄い、凄いね! 体が揺らされ――」
「うるさい、さっさと行け」
ヘリの足にぶら下がってた彩禍を撃ち落とした。文字通り銃でな。マジかよ。
そして皇帝もそれに続く。
一人は……なんか扉へと向かって歩き、床を踏み外したかのようにスーっと落ちていった。すげぇ、落ちるなんて欠片も意識してないようだった。
そして残るは彼らの落ちた先を呆然と見つめる俺。
「…………俺も続くの?」
「左様でございます。お急ぎください」
彩禍が消えたことで揺れのなくなったヘリの中、小さく呟いた言葉は風に散らされず、御老人へと届いたようだった。
…………はぁ、降りてすぐにパラシュートを開けば足の骨一本くらいで済むだろうか……
「分かりましたよ! 行けばいいんでしょ!」
「御武運を」
御老人のその言葉を最後に、俺は風に包まれた。