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15話『え? 負けてる?』

 待て待てまてまてマテマテ!

 俺は痛みで飛びそうになった意識をとどめつつ、自分の異能が何をしたのか考える。

 とりあえず今起こったことだ。

 まず、俺は手を差し出していた。

 そしてその手を、涙ながらに決意した少女は鋭い爪で切り裂いた。


 な ぜ こ う な っ た!


 俺の思い描いていた展開と違うぞ!

 俺は異能を発動するために考えていたことを思い出す。


『俺の足止めを行う少女。しかし殺しはせず、その慈悲から俺を生かして話をする。その時、少女は俺の言葉に心を動かされ、やがて涙ながらに俺へと協力するようになる』


 当然これは『かもしれない』という可能性であり、この通りに起きるとは思っていなかったが…………あまりにも違いすぎねぇか? 特に最後の部分。

 協力ってか、強襲しちゃってるよね?

 手伝う気とかさらさらないよね?


 俺は数多もの『なんで』が頭の中を渦巻くが、そろそろ『考えないと』危なくなってきたので思考を切り替える。

 これから考えることはただ一つ。

 生き残ること。

 少女は今感情が溢れ出て制御できていない状態だ。

 その状態でこんな攻撃をしていてはいつ手が滑って『殺っちゃった☆』となるかわからない。

 とにかくそれだけはごめんだ。

 俺は感覚を研ぎ澄まし、次の攻撃へと備える。


「ッ!」


 下から喉へと迫ってくる少女の手。

 俺の鋭敏になった感覚のおかげか、なんとか見ることは出来る。

 しかし俺の体が異様に重い。

 少女の手が迫ってきているのに数mmしか動けていない。


 俺はすぐに回避が不可能だと判断した。

 だが何も諦めたわけではない。俺の思考は生きている。

 俺は少女の足下を見て『異能』を発動させた。


「ぅぐ!」


 突然体勢を崩し始める少女。

 踏ん張っていた足が滑ってしまったようだ。

 たまたまこの瞬間に水が染み出してきたりしたのだろう。

 そんな可能性だってあったわけだから。


 俺はその一瞬の隙にその場を――――


「ぁぁぁあああああ!」


 ――――俺の身体能力じゃ無理だったようだ。

 崩れた体勢のまま無理矢理軌道変更して俺の喉を狙う少女の爪。

 俺はほとんど動けていない。直撃コースだ。

 何か、可能性は…………ほんの少し動くだけでこの状況を覆せるような、そんな可能性は…………!


 しかし焦ってしまった俺は上手い考えも思いつかず、何も出来ずに喉を――――


「ッ!?」


 突如弾かれる少女の爪。遅れて聞こえる銃声。

 腕を大きく横へ伸ばされながら少女は倒れる。

 一瞬、俺の思考が止まる。


 なぜどうしていまなぜここでどうしてなぜ――――


 そして俺の体は勝手に動き出す。

 少女の方へと走り出し、乱暴ではあるが足をつかんで引きずっていく。

 少女は俺と同じように頭が真っ白になっているのか何の反応も返さない。


「うっ…………」


 聞こえる少女のうめき声。

 そして再び聞こえる銃声。

 明らかに狙われている。

 方向は少女の吹き飛ばされた方向からだいたいは分かった。

 しかし俺に何か出来るわけじゃない。

 ただ俺は出来るだけ少女が傷つかないように連れ回すだけだ。


 ……………………いや、何も出来ないわけじゃない。

 俺には『異能』があった。


「チッ!」


 再びなる銃声。

 どこに当たったかもわからない。


 敵の位置は多分分かった。

 ここを狙えてかつスナイパーライフルの有効射程、そして少女が倒れた方向をまとめて考えるに敵は、皇帝カイザー達のいる方向とは逆の崖の上だ。

 ならば俺は考えよう。

 あの崖が先日の雨で脆くなっており、今にも崩れそうな場所である『可能性がある』と。

 そして、今までなんとか形を保ってきていた崖は、銃声という空気の振動によって崩される『可能性がある』と。


 その瞬間。


「…………よっし、ご都合主義万歳」


 遠くで崩れる崖。

 そこから何か動くものが飛び出していった気がするが、まあ今は関係ないだろう。


 俺は走るのをやめ、掴んでいた足を離した。

 振り向けば泥まみれ落ち葉まみれ全裸の少女がいる。

 目は虚ろで、どこも見ていない。自慢であろう銀色の尻尾なんて艶がなくなっている。

 その上、髪も乱れてまさに『事後』といった感じだ。


 ……なんとなく予感はしていたんだ…………だけど、俺も必死で、その、なんというか………………


「……………………ごめん」

「……………………」


 だらん、と何の反応もしない少女に俺は何もしていないにも拘わらず罪悪感を感じる。いや、引きずったけど。

 どうしようか傍目から見たらただの強姦魔だぞ、と俺は自分を客観的に分析しつつ、これからのことを考える。

 そしてしばらくして。


「………………ぉ」

「ん? 起きたのか!?」


 少女が呻き声のようなものをあげ、こちらを見た。

 それに反応した俺は叫び声のような声かけを行う。

 俺の大声が耳に響いたのか、少女の表情は変わらないが、その大きな狼耳を嫌そうに丸めた。

 それを見て俺は、犬と違って動かせるんだなぁ、なんて思いながら。


「意識はどうだ? 怪我は?」


 一応攻撃されても反応できるように俺は数歩後ずさっている。

 流石にまた攻撃されたらかなわないからな。

 しかしその心配は杞憂だったようで。


「……………………」


 少女はその無機質な瞳で俺をジッと見つめる。

 体が痛むのか、少女は動こうとしない。

 そして、そんな状態で少女は言った。


「私は命令違反を犯した。だから命を狙われた。一度、失敗しただけで。感情に振り回されてあなたを殺そうとしたから。足止めが命令だったのに。違反したから。役立たずって、命令さえ聞けない駄犬だって。私は用済みとなって、処分されそうになって…………」


 何度も何度も繰り返される『違反』や『失敗』という負の言葉。

 それは少女を縛り付けている鎖だ。

 自分では何も出来ないと刷り込まされ、命令がこなせないならば存在価値はないと洗脳する。

 だから少女はこんなにも虚ろな目でいる。

 捨てられた自分はもう用済みだから。

 一人では何も出来ないと思いこんでいるから。


 さて、予想外のこともあったが、続きを行うとしよう。

 俺は少女に近づき、しゃがみこむと小さく手を差し出した。


「……?」


 少女は先ほど同じように不思議そうな眼差しで俺の手を見つめる。

 今度は先ほどと違って空虚なためか、落ち着きがあるようだ。

 そんな彼女へと、俺は差し出した手を細かく振り、もういいだろう、とこの手の意味を説明する。


「この手は簡単に言えば救いの手だ。否定され続け、何も出来ないと思いこんでいるお前に俺が命令を与えてやる。そして俺は前の飼い主とは違ってお前を肯定してやる。例え失敗しても、命令違反しても、負けても、傷つけても、何をしても肯定してやる」


 俺は少女を見つめながら真剣に語る。

 少女はそんな俺の心持ちを知ってか知らずか、変わらぬ瞳で見つめ返してくる。


「人のやること成すことは全て正しいんだ。悪も善も無も有も全て等しくこの世界のものであり、それらがあることで成り立っているのがこの世界だ。だから俺はそんな世界にいるお前だって認めてやる。お前はお前で、一つの個体で、失敗することもある、ただの少女だと」


 そして俺は待つ。

 言うことは言った。やることもやった。

 後は少女の返答次第。


 ボーッとこちらを見つめる少女。

 少女を何を考えているのだろうか。

 結論はとうにでているだろう。

 あとは過程がどうなるかだけ。


 やがて、処女はその目に涙を滲ませ、俺の目を見た。

 ただただ不安で、心細くて、助けを求める、幼き少女のように。

 そして、少女はゆっくりと手を伸ばし、俺の手を取った。


「……助けて」


 たった一言の本心とともに。

 俺はグッと手を引き、上半身を起こさせるとそのままの勢いで少女を抱き締める。

 不自然な体勢ではあったが、少女は身を預けるように力を抜き、もたれ掛かってきた。


 辛かったろう、寂しかったろう。

 否定とはそれだけで人間を孤独へと追いやるのだ。

 だから俺はそんな少女の心を救い出そう。

 否定を嫌い、どんな人でさえ否定できないこの俺が。

 嫌われ者、いや『異常者』として忌避されてきたこの俺が。


「あぁ、もちろんだ。俺はお前を肯定してやる。もう何にも怯えなくていい。もう一人にならなくていい。俺はお前を受け入れよう」


 俺の言葉が終わると同時、少女の慟哭が薄暗き森へと響きわたる。

 俺はただ、言葉通り少女を受け入れ、泣きやむのを待つのだった。











 時は少し遡り、総和そうわただしが少女と出会った頃。


「ワタクシ一人に対してソチ達は三人…………一人を囲んでリンチなど心が痛まないのか?」

「知らん! 余はただ貴様と戦うのみ! 他のことなどどうでもよいわ!」

「ボクは意図的だけどね~。だってこの人達が一緒の人物を攻撃するなんて滅多にないことだよ! それはつまり新たな経験! だから大人しくボクの糧となってね」

「あばぶん! どりゃあみんみばよぅておらんげんと! おとじゃあしんば、ほんべーしんどん!」

「ソチ達は何を言っているんだ……まずは正しく相手へ意思を伝えることを学びたまえ」


 先に特定された襲撃予定場所で待っていた龍王子りゅうおうじ皇帝カイザー壊零こぼれ彩禍さいか蠱毒こどく一人イツヒトの三人は、襲撃者である黒ローブと対峙していた。

 しかし相変わらず話の通じない彼ら。

 黒ローブの姿を見るなり襲いかかった彼らに、黒ローブも苦言を申す。

 何故だろうか、自分勝手な思想で麻薬の運輸をしていたトラックを中の人ごとぶっ飛ばした黒ローブが常識人に見えてくる。


「よし、死ね!」


 そんな中、最初に攻撃したのは皇帝カイザーだ。

 いつも通り手に持った銃を黒ローブへと向けて乱射する。

 走りながら、かつ反動を無視して連発という欠片も当たりそうにない射撃。

 しかしそこは皇帝。

 銃身はぶれることなく黒ローブへと向いており、全て直撃コースをたどっていた…………はずだった。


「そう焦るな」


 余裕のある黒ローブの呟き。

 そしてその余裕のある態度のだ示すとおり、銃弾は全て的を外していた。


 ニヤァと口を裂く皇帝。

 まさに楽しくて仕方ないといった表情だ。


「つーかまーえ……たッ!」


 黒ローブが皇帝の表情に気を取られたその瞬間、横方向からその緑髪を振り乱しながら飛びついた彩禍が黒ローブの腕を掴む。

 そして彩禍の緑色の瞳が濁るように深緑へと変化していき…………


「他人に干渉する『異能』か。しかし残念であった、ワタクシにその手の異能は効かない。効いてはいけない(・・・・・・・・)


 一息に黒ローブがそう言った瞬間、変色していたはずの彩禍の瞳が一瞬にして元のライトグリーンへと戻ってしまった。


「え? ぁ…………」


 そして、黒ローブが懐から取り出したナイフに心臓を深々と刺されて彩禍はその場に崩れ落ちる。

 だがやはりというべきか、異能が効かないという初めて(・・・)の経験を得たためか、その表情はどうにも嬉しそうなものであった。


「おりゃあ! よそみばしてんげんばみぞ!」


 続いて黒ローブへと襲いかかったのはイツヒ――――


「やはり貴様は面白い! 総輪といい何故余の異能が通用しない!」


 ――――トではなく、黒ローブの周りを走りつつ発砲している皇帝だった。

 しかし乱射している弾は全て的を外しており、一つも傷をつけることはかなっていない。

 一人にも当然当たっているのだが、彼は異能のおかげもあってか、欠片も気にしていないようだ。


 だが――――


「っぐ!?」

「ふむ、やはりソチは無効化系の異能持ちであったか」


 ――――一人が黒ローブに手のひらを向けられた次の瞬間、皇帝の外した弾丸が一人の肩を撃ち抜いた。

 これには皇帝も驚きのあまり足を止める。


 一人の異能とは『無視』だ。

 自分の注目していること以外のほぼ全てにおける影響を阻害する。

 それによって、一人はいつも弾丸を受けても無傷でいられたし、人類を相手にしても殺されないのであった。


 しかし今この異能が否定・・された。

 よろよろと数歩後ずさり、一人はしゃがみ込む。


「……………………何故………………我が輩の知らない…………が…………」


 片膝をつき、片手で顔を覆った一人はぼそぼそと呟く。

 その様子に、言葉に、皇帝は途轍もない驚愕を覚えた。


 そして、初めて見る一人の姿、言葉、態度、感情に理解が追いつかないようで、皇帝は次の行動までの一歩が遅れる。


 投げられたナイフ。

 それは空気を切り裂きながら皇帝へと飛んでいき、太股へと突き刺さる。


「ッぐ! 貴様ッ!」

「戦闘中の余所見など攻撃してくれと言っているようなもの。それくらいソチも承知であろう?」


 苦しそうな声音で喚く皇帝へと黒ローブは冷ややかな目を向ける。

 そして、その場に静寂が舞い戻った。

 

 ある程度離れた位置で膝をつく皇帝カイザー

 数m離れた場所でうなだれる一人イツヒト

 黒ローブの足下でうつ伏せに倒れている彩禍さいか


 状況は最悪。

 異能は通じず、身体のパフォーマンスまで奪われた。

 ここからどうやってひっくり返すというのか。


 しかし皇帝だけはその目に自信という武器を失ったりしていない。

 ナイフを刺されているというにもかかわらず、いつもの傲岸不遜な態度を崩さず、不適に笑う皇帝。

 この態度にしかし黒ローブはピクリとも反応せず、懐へと手を伸ばし――――


「あれ? 嘘、マジで? お前らどうしたん?」

「…………チッ」


 ――――突如聞こえた声に、忌々しそうに舌打ちをするのだった。




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