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13話『急な邂逅、って急過ぎ!』

「爺やさーん! この飛び降りさせる方針変えません!?」

「坊ちゃんは一刻も早く事件現場へ到達することが望みですので、それは承知しかねます」


 再びヘリで空を旅すること数十分。

 俺はまたも上空数百mからの飛び降りを強制されていた。


 最後の悪足掻きとして爺やさんに進言するもなんなく撃沈。この世に神はいなかった。

 前回はなんとか一人イツヒトの異能のおかげで衝撃が消えて(・・・)無傷だったのだが、今回もそうなるとは限らない。

 だから最後の最後まで渋っていたのだが…………


「ぅおお!?」


 突然の衝撃。

 ヘリの扉の前で渋っていた俺は、一気に全身冷たい外気へと晒される。

 誰が、とは思わない。

 俺と爺やの他に乗っていてこんなことするやつなんてあいつしかいない。

 回転する視界の中、度々映るあいつへ届くように俺は叫んだ。


「GOOD BYE! HAHAHA!」

「suzakuぅぅぅぅぅうううう! テメエエエエエェェェェェ」


 しかしあいつは笑顔で大きく手を振るばかり。

 俺の叫び声は虚しくも、通り過ぎゆく風の音に紛れ、掻き消されるのだった…………




「あ~、全くしょうがない……」


 suzakuに蹴落とされてから三秒後。

 suzakuはあんなやつだ、と自分に言い聞かせつつ、俺はパラシュートを開く準備をする。

 今更喚いたって変わらない。このままだと肉片に変わるだけだ、と分かっているために。


「よっと」


 そんなわけで開いたパラシュート。

 重力に従い、加速していた身体が一気に減速し、負荷を与えてきた。

 しかし今はそんなことを気にしている暇なんてない。


 俺は眼科に広がる山と道路を見やる。

 今からなんとかパラシュートを操作し、出来るだけ安全に着地できる場所を探さなければいけないのだ。

 出来なければ、死ぬ。


 いや、もしかすると(・・・・・・)道路に落ちてもそこが偶然・・脆くなっていて着地と同時に罅割れて衝撃を逃がし、一命を取り留めるかもしれない。

 が、それだと痛みを覚悟しなければいけない。

 故に却下。


 ではどうするか。

 映画やアニメだと木の中に突っ込むのが多々ある。

 木々の中に突っ込むことで枝などにパラシュートが引っかかり、かつ枝が折れるなどして徐々に減速するため、地面に激突してグシャッという心配がないのだ。

 ただ、ここは現実。

 実際にそんなことがあり得るのか。

 そんな都合の良いことが、こんな都合の悪いことばかり起きる現実で。


 普通ならあり得ない、あり得る筈がない、と言われるだろう。

 だが、それでも俺はこう言う。

 『あり得る』と。


「ほっ、よっ」


 俺は皇帝カイザー達が降り立った(もしくは落ちた)場所に最も近い、木々の密集している場所目掛けてパラシュートを操作する。

 気分は悪くない。

 自分で自分の異能に気付くことが出来たから。

 結果がそうなると感じることが出来るから。


 やがて、俺は皇帝達のいる道路に面している崖の上へと落ちていく。

 山であるそこは当然木々の密集地帯。


「イタッ! ッつぅ!」


 木々の枝が俺へと殺到する。

 いやぁ俺ってば人気者だなぁ、なんて馬鹿なことを考える余裕はあるが痛いものは痛い。

 正直これは予想外。


 しかしちゃんとパラシュートは枝に引っかかり、徐々にその速度を落としていく。

 過程はどうあれ、結果としてちゃんと俺の提示した可能性通りになったわけだ。


 俺はそこにはちゃんと満足感を示し、地面まで数cmのところでぶら下がる。

 後はパラシュートの止め具を外せば地面に安全に降り立つことが出来るだろう。

 しかし…………


「はぁ、手足が血だらけだ…………服に染みが出来ちゃうだろ……」


 ズキズキと痛む手足を見て、そんな感想を漏らす俺。

 こんな手足で動いたらさぞかし痛いだろう。

 ぶっちゃけそれは嫌だ。

 せめてこの痛みに少しくらいは慣れてからがいい。


 そう結論を出した俺はまず出来ることをしようと自分の体に落としていた視線を前へと向ける。


「……………………」


 するとそこには身長百五十cm、銀髪のショートヘアーから凛々しくそそり立つ狼のような耳が特徴的な少女がいた。


「……………………」


 彼我の距離、僅か三mほど。

 お互い無言で見つめあう。


「……おいおいおいおい…………」


 思考停止から戻ってきた俺は思わず疲れたようにそんな言葉を発してしまう。

 どう見ても目の前の少女は前回黒ローブと一緒に居た狼少女だと気付いてしまって。

 だとすると前回顔を見られた俺はこの子にも敵だと認識されている可能性が高い。

 しかし下手に動こうものなら一瞬にして俺の命は刈り取られるだろう。

 それこそ俺が異能を使う前に。


 俺の異能の弱点は、俺の認識できないことは異能の発動のしようがないということ。

 俺の異能は俺の提示した可能性を実現させる。

 それはどんなに荒唐無稽なことでもあり得る(・・・・)のならば実現される。

 自分でもかなりのご都合主義能力だと思っている。

 だがそれも俺が考える暇もなく攻撃されれば関係のない、発動さえさせてもらえない、無意味な異能。


 ならば俺は今ここを動くわけにはいかない。

 下手に動けば目の前の少女がどうするか分からないため。

 少なくともここまで動かないということは同じようにジッとしていれば何もされないのだろう。


 だから、体を動かすな、頭を働かせろ。

 俺は必死に解を求める。

 数多の可能性を、荒唐無稽な、しかし可能性としてはあり得る小さな存在の集まりを、探せ。


 もし目の前の少女がたまたま単独行動をしていたら? 俺のことを覚えていなかったら? 黒ローブの男に指示されていなかったら? その黒ローブが襲撃のため下見に行っていたら? そのまま皇帝達と戦闘になっていたら? 少女は命令待ちだったら? あの悲壮感漂う声音が本当だったら? 少女は何を望んでいる? ジッとここにいて何をするつもりだ? もしかして待機なのか? ならば動いても問題ないのではないか? いや、俺の異能はこれから起こる可能性を示唆するもの。つまり既に行われた事実は曲げることが出来ない。ならば少女はこれから何をする可能性がある? 俺を助ける? 可能性としてはもちろんある。黒ローブが嫌いだとか、命令の中には入っていないだとか、気分なんてこともある。


 俺はそこまで数秒で考えると結論を出した。

 『少女は俺を助ける』。

 その可能性は確かにあり、俺はそれを肯定する。

 あり得ないなんてことはあり得ない。

 万物は無限の可能性を秘めている。

 時の未来に制限なんてものはない。

 全てはこれから起こりうる可能性。


「……………………んで」


 俺の思考が終わりを告げてから数秒の後。

 少女がその小さな口を開いた。

 しかしその声は掠れ、満足に聞き取ることは出来ないもの。


「……なんで」


 それが分かったのか、はたまた表現としてなのか、少女は同じ言葉と思われるものを繰り返す。

 少女の虚ろな視線は真っ直ぐ俺へ。

 前と同じ、前後の開きがない服――プルオーバーの裾をそよ風に揺らされながら。

 彼女は言った。


「……なんで、ここにいるの?」


 …………え?


「気になるの?」

「……ん」


 俺の問いにコクリと頷く少女。耳の先っぽも一緒に軽く折れたのが萌えた。

 俺は彼女の真っ直ぐな視線とか、雰囲気からもっと重大な話――例えば、彼らの目的や俺らと明確に敵対するのか、または彼女の正体など――がくると思っていたので、彼女のごもっともな問いに肩透かしを食らった気分だ。

 だが、今のところ彼女が俺と敵対する気配はない。

 だから多少は彼女に合わせても問題ないのではなかろうか。


 俺は小さく息を吐き、知らず知らずのうちに強張っていた体の力を抜くと相好そうごうを崩して柔らかな表情で話し始めた。


「いやぁ、パラシュートで降りてきたんだけど、道路に落ちたら死んじゃいそうだったからここに突っ込んできたんだよ」

「…………ん、そうなんだ……………………降りないの?」


 俺の答えに興味が欠片もないような声音でそう返すと、少女は小首を傾げながらそう言った。

 くそ、可愛いじゃないかこの野郎。

 しかし俺はそれを表に出すことはせず、普通に返事をする。


「あ、いいの?」

「ん? 別に、いいけど……」


 俺の返事に再び不思議そうにする少女。

 無表情なのに割と分かるもんだな、なんて思いつつ俺は止め具を外して地面へと降り立った。


「ッつぅ!」


 その瞬間俺を襲う鋭い痛み。

 木々に裂かれた皮膚が急に動いたことによってパックリ開いてしまったのだ。

 ちゃんと過程も考えていればよかった、なんて思いながら痛みに顔を歪めていると、不意に風を感じた。

 疑問と共に顔を上げれば、目と鼻の先、ほんの数cmの距離に少女が立っている。


「ッ!?」

「ん? どうしたの?」


 俺が驚きと共に後ろへ跳ぶと、彼女はその場でまたも不思議そうに小首を傾げる。

 よかった、気分を害した様子はない。

 俺は自分の軽率な行動を咎め、悪い方向に転がらなかった結果に安堵すると彼女の問いに答えた。


「い、いや、傷が痛むんだよ。あと君が急に目の前に来たから驚いただけ」


 ふと思ったのだが、何故俺はこんなところで敵である彼女と話しているのだろう?

 切っ掛けは俺の落ちてきた場所に彼女がいた、というだけ。

 ならばこうやって彼女が何もしないのならば適当に話して逃げればいいのではないか?

 少し話した感じでは彼女は俺を害するつもりはないようだし。


 そう思えばすぐさま行動あるのみ。

 俺は出来るだけ少女を刺激しないようにゆっくりと行動を開始する。


「それじゃ、さ。俺皆を待たせてるからもう行くよ」


 未だに小首を傾げてピクリとも動かない彼女に小さく笑いかけつつ、俺は自然にその言葉を吐き出した。

 そしてこれまた自然に別れるように踵を帰す。

 まさに友達との別れ際。完璧な演技。

 俺は内心で、ナルシとか皇帝かよ、と自分を諌めつつゆっくりと、しかし遅すぎない程度の速度で少女に背を向け――――


「……どこ、行くの?」


 ――――背を向けたはずの少女と目が合った。


 ……………………お、おう、こ、これくらいは予想内だ、もちろん。


 俺がやや呆然としつつも後ろの元少女が居た場所を見れば、そこは土が捲りあがり、なんとも悲惨な状態となっていた。

 おそらく、いや確実に地面を蹴った衝撃でめくりあがってしまったのだろう。

 とんでもない身体能力だ……い、いや知ってたから。さっきも言ったし。


 ともあれ今は彼女の疑問に答えるのが先決だろう。

 あの様子だと俺を逃がすつもりはないらしい。

 微かな望みとしてただ疑問に思っただけなどの可能性があるが、その可能性は既に過去のもの故、俺の異能は力を発揮しないだろう。

 となれば俺が取る行動は一つ。

 出来るだけ時間を稼ぎ、これからの可能性を模索していくことだ。

 だから俺は彼女の問いに、出来るだけ長く、しかし不快に思わせない程度の長さの間を空けて答えた。


「……………………言っただろう? 皆が向こうで待ってるって。だから俺もそちらへ行こうと思ってだな――――」

「――――ダメ、あの人達と、一緒にいては、貴方が、傷ついちゃう」


 俺の言葉を遮りつつ言った彼女の目は、出会った頃と変わらない、死んだような目のままだ。

 しかしその顔が、その雰囲気が彼女は本当のことを言っているのだ、と俺は確信できた。


 しかし、だ。


「残念だがその言い分は聞けそうにない。あそこに行かないと殺されちゃうんでな」


 俺は行かなければいけないのだ。

 無論、本気で殺されるとは思っていない。

 むしろ行った方が殺されるかもしれないだろう。


 だが、ここで待っていてもしあいつらに何かあったらどうする。

 俺はここに、いやこの世界に一人置いてけぼりだ。


 俺は既に異能という人ならざるものを持っている。

 それは爺やの言った裏組織からしてみれば決して許せるものではない。世界のパワーバランスを崩すような、人類にとっても地球にとっても厄介極まりない生き物だ。

 だからまた俺は捕まってしまう。

 今度は一人で。


 それは嫌だ。


 俺はたった数日だが複数人で騒ぐ楽しさを知ってしまった。

 あの変人共と一緒に騒ぐ楽しさを知ってしまった。

 そして…………周りに腫れ物を扱うような接し方をされ、一人になる寂しさを感じてしまった。


 俺はわがままなんだ。

 【自分の提示した可能性を実現させる異能】なんてものを持つほどに俺はわがままだ。

 自分の思い通りにならないとむかむかするような子供だ。


 だから、俺は行く。

 『俺が行くことで彼らが死なない』という可能性を提示したから。

 『俺が行かなくても彼らは死なない』という可能性は不安が大きいから。

 そして何より、『俺は死なない』という可能性が確定されていることを心で感じ取ることが出来たから。


「……………………そう」


 俺の決意を前に、銀髪の少女は短くそれだけを答える。

 ずっと変わらない眠たげな、意志の死んでいる瞳をこちらから外さずに。


 そしてお互いがお互いを見つめ合うこと数秒。

 俺はもう言うことはないとばかりに彼女の横を通り過ぎようと足を踏み出した。

 その瞬間。


「――――なら、仕方ない」

「え? ッ!?」


 か細く聞こえた少女の声。

 それに答える間もなく、俺の太股が切り裂かれた。










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