12話『次の戦い』
「え? なんて?」
「貴様ッ! 少し異能が使えるからと言って調子に乗りおってッ!」
皇帝の憤怒の叫びと共に飛んでくるのは、子供の頃よく折り紙で作った手裏剣――――の本物バージョン。ただしそれの刃は不思議なことに潰れているようだ。
よって、それが俺に当たることはあっても、俺を傷つけることはない。
俺が……いや俺の異能がそうさせたのだから。
さて、俺が異能を使えるようになってから三日。
俺はほぼ完全に異能を使いこなせるようになった……と思う。
ご都合主義よろしく『頭の中に使い方が流れてくる!』とかないから本当に使い切れているのかは分からないのだ。
結局のところ、いつも考えている次起こるであろう様々な可能性の中から、自分に害のない可能性を出来るだけ多く思いつくだけだからそんなに使い切れていない訳じゃないと思う……いや、思いたい。
そして、異能が使いこなせるようになってからというもの、俺は今までの鬱憤を晴らすかのように皇帝を弄り倒してる。
時にその言動、時にその眼鏡、時にその仕草。
全部俺が今までおかしいと思いつつも中々言えなかったことだ。
それを弄る。それはもう、盛大に、かなり、皇帝がぶちギレる程度には。
そんな風に今日も皇帝をキレさせて遊んでいる時。
「最近キレやすいんじゃないの~? チ、ミ~? ヒャッホォイ!」
ずっと俺へとポスポス当たり続ける手裏剣をポケーっと眺めていたら、俺の後ろから叫び声、否煽り声が聞こえた。
視線をそちらへと向ければ、いつも通りピシッとしたスーツを着て眼鏡をかけた見た目真面目そうなひょろっとした長身の男が立っていた。
彼は相変わらずその顔に、そこはかとなくムカついてくる表情を浮かべ、煽り言葉を投げつける。
「チィッ!」
だが皇帝の手裏剣は彼に向かわない。
全ては俺へと集中している。全ては運の良いことに刃が潰れていたり、脆くなっていたりで碌にダメージを与えていないが。
あるぇ? ここはあいつにも手裏剣を飛ばすところじゃないん?
「………………お、おう、そんな怒ることだったか?」
「それがむかつくということを知らないのか、貴様はァ!」
皇帝様は相当ご立腹のようだ。
触らぬ神に祟りなし。放っておこう。
俺は皇帝に完全に背を向け、我らが担任、suzakuへと向き直る。
より一層背中に当たる物が多くなったが、それはご愛嬌。
流石期待を裏切らない男、皇帝!
何故かもっと激しくなった衝撃がマッサージのようで心地よさを感じながら、俺は俺に見られて不思議そうな顔をしているヒョロ男へ話しかけた。
「んで、suzakuはどうした? 何か用?」
「いや、何か用? って…………チミ達自分らが学生ってこと忘れてないん?」
そう言って、ため息を吐きつつヤレヤレとポーズを決めるsuzaku。ウザイ。
しかし今日はいつもよりウザさが足りない。
動きも割りと普通だし、奇声も発しないし、何より顔のウザさがいつもの三割減だ。それでもウザイのは変わらないのだが。
……三割減でもウザイって、元々のsuzakuの顔は何なんだよ……自分で言ったんだけども。
俺は自分のすぐに逸れる思考に、またか、と突っ込みつつ彼の言葉を反芻する。
前半は別にいい。ただの雑音だ。
問題は後半。
彼が言ったのは、俺らが自分達の身分を忘れていないか、という小さな疑惑。
この俺達が、たかが自分達の身分程度を忘れていないかという侮辱。
「はぁぁぁぁ…………」
「ん?」
俺は深い、深いため息を吐き、不敵に小さく笑うとさっきの彼と同じように、両掌を上にし肩程度の位置で軽く左右に揺さぶる。
そして俺は言う。
彼と同じように、しかし今日の彼に勝てるくらいのウザさをこめて。
「ヤレヤレだぜ」
「解せぬ」
「で、俺らは学生だけどどうした?」
「あぁ、ワタクシもあまりやりたくはないのだが――――」
スッと何事もなかったように会話を元に戻した俺はsuzakuの元もとの予定を聞く。
その瞬間、彼は全開の嫌々オーラを出しつつ、真面目モードになって話し始めた。
彼曰く、俺達は学生。故に学業こそが俺達の仕事。
そうなると当然のことながら授業を受けなければいけない。
だがこんな俺らに授業を出来る存在なんて俺達と同じ異能持ちか、suzakuみたいな異常者。
結果として、俺達の授業は彼が担当することとなったのだ。
しかしそこはおふざけが命のsuzaku。出来るだけそんな真面目なことはやりたくない。
やらなければいけない、だがやりたくない。
どうすればいいのか、頭を抱える毎日、そんな彼に天啓が閃いた。
――そうだ、一週間分を出来るだけ凝縮しよう。そうすれば他の日はありのままの自分でいられる。
その結論に達した結果、彼は毎週月曜の一日だけ授業日として設けているそうだ。
そんなわけで、今日の彼の機嫌、というよりウザさは三割減となっていたようだ。
「本当に、ほんっとうにワタクシはやりたくないのですが、これは仕方のないこと。割のいい仕事ですからやめれないですし……てかあれ?ワタクシは週に何日働いていましたっけ?ワタクシの記憶が確かなら七日間ここにいる気がするんですが……はぁ、ワタクシはいつから社畜になったのでしょうか…………働きたくねぇ…………」
いけない、大分suzakuの本音が漏れ始めている。
しかしそれは俺に関係のないこと。故に止める必要性も皆無。
俺は話の中で気になったことを素直に彼へと投げかけた。
「いろいろ突っ込みどころはあるけど…………まずお前ってバカだな」
「解せぬ」
「本当にテンション低っ。まあいいけど。んで、次になんで俺らは授業を受けなきゃいけないわけ?」
「それは君達が学生である故、学業は本分であり――――」
「――――ならさ、suzakuが適当に問題集とか教科書を作って、もしくは買って、それを俺らに与えたらいいんじゃない? そもそも学校ってのは社交性とか協調性を高めるために多くの人数で勉強をし、活動するわけだろ? それだけじゃないかもしれないが、俺は学校の存在意義なんて概ねこんなもんだと思ってる。で、それを踏まえて、このクラスに仲間は四人。かつ協調性という言葉が萎縮するほどの自由人達。ほら、授業をする理由がなくなった」
俺の言葉に口を半開きにしてポカーンとするsuzaku。
そこには、なんでこんなことに気がつかなかったんだ、という驚愕が透けて見えた。
いや、まあ、彼も大変だったんだ。
週七日勤務、しかもその勤務場所がこの魔窟。
常人だったら気が触れてもおかしくはない。
そう考えると俺は不思議とsuzakuに憐れみを感じるようになってきた。
するとこれまた不思議なことに、少しばかり力を貸してやろうかと思えてくる。
従って、俺は俺の異能を使う。
可能性を、suzakuの行動によって起こる出来事が良い方向にいく可能性を提示する。
「ちょ、ちょっと上に確認行ってきマンボー!」
俺が可能性を提示すると同時、意識が戻ってきたsuzakuはハッとしてから俺の言ったことを実行するために部屋を出て行った。
嵐のようなやつだ。
「……………………」
が、そう思うのもつかの間。
俺はsuzakuの出て行った扉の方向を向いて固まる。
彼が昨日『明日は予定を開けとけっちんけんちん汁!』とかなんとか言っていたので、本日の予定なんて何も考えていなかったのだ。
俺は視界の端で今度は銃に持ち替えている皇帝に再び異能によって可能性を提示すると、顎を引き深く考える。
「…………さて、今日は何をしようか」
「取り敢えず余にかけている貴様の異能を解除し、余に殺されろ!」
雑音雑音。
「一人に借りた漫画は読んだしなぁ…………」
ぶつぶつと独り言を言うのは気持ち悪い気もするが、その程度気にしてたらここでやっていけない。
ちなみに、一人の漫画は標準語だった。
だからか、彼が漫画を読むスピードは非常に遅かった。
スピード感が大事な漫画でも遅いのだが……ちゃんと楽しめているのかな?
変な心配をしつつ俺は、はてさてどうしよう、と頭を悩ませる。
その時だ。
「…………あぁ?! 出てきただと?」
俺を狙って銃をぶっ放していた皇帝が撃つのを止め、携帯で何かを話し始めた。
最初こそ彼は俺への怒りからか、ムカッとした顔で応対していたのだが、それが次第に険しくなっていき、何故か最後には、ニヤァ、っと不安になるような笑みを浮かべていた。
彼の中でどのような感情の変化があったのだろうか。
別に知りたくもないけど。
その後、皇帝は数度相槌をうつと、ご苦労、と言って電話を切った。
そして彼は俺らへと視線を流す。
俺は既に今日の予定など考えていない。おそらく今から予定が埋まるだろうから。
彩禍は三点倒立をしつつ皇帝へと視線を向けている。おそらくあれでもちゃんと話は聞いてい――あ、撃たれた。
一人はいつも通り机に足を乗せた、ヤンキーっぽい座り方で席に着き、漫画を読んでいる。これまたいつも通りこちらの存在を認識していないようなので皇帝が強引にこちらへと引き戻した。
そして最後に俺らが自分の方を向いているか確認してから皇帝は口を開いた。
「いつも余の手を煩わせよって。まあ今回は許す。今、余は非常に機嫌が良いのでな」
そう言って小さく、ふっ、と笑う皇帝。
何? キザなの? ナルシなの? 笑っちゃうよね~。
そう思った瞬間、狙ったとおりに弾丸が発砲され、後ろの壁へと当たった。
「…………チッ、後で絶対殺す……」
目力だけで俺を射殺さんばかりに睨んでいた皇帝は、すぐさま表情を元の無表情に戻すと、再び平坦な声音で喋り始めた。
「さて、先ほど爺やが事件の前兆をキャッチした旨を伝えてきた。当然余はそこへ行く」
「ってことは自由参加――――」
皇帝は、『余は』と言っていたので自由参加だと思った俺は、一縷の可能性にかけて声をあげる。
が、
「――――なわけがないだろうが。貴様らもついて来るんだ」
この可能性の何がいけなかったのか、俺の異能は発動せず、皇帝による俺達の強制連行が決まった。あれか、理由とかがあまりにも適当だったからかいけなかったのか? いつも結構適当だと思うんだがな……
俺が静かに肩を落とす中、皇帝は続ける。
「今回の事件の前兆だが、これはあの黒ローブと狼少女の犯行である可能性が高い」
それを聞いた瞬間、ピクリ、と俺の耳が反応した。
「つまり、これはリベンジマッチというわけだ。前回はむざむざと相手を逃がしてしまった。しかも今回は前回から二週間も経っておらん。即ち余が狼少女に与えた傷はその程度のことだったのか、もしくはあれくらいの傷は簡単に治せるのか、はたまた他にも駒はいたということなのか。いずれにせよ余が舐められているのには変わりない」
そう言う彼は悔しそうな顔をする……と思いきや、随分と愉しそうな顔をしていた。
そして、最後に彼は両手を広げ、こう締めくくった。
「さぁ、つまらん人生の暇つぶしをしようか」
俺達の戦いが、始まった。